「そしてやっぱりこうなると……はぁ」
影夫は馬鹿みたいに重たい幌馬車を曳いて舗装なんてされているはずもないデコボコとした山道を進んでいた。
正確には、馬に乗り移って操っていた。
やったことのない素人に御者の真似事ができるわけもなく、どうすれば動いて止まるのかすら分からないのだ。
こうなるのは必然だったともいえる。
「がんばって、クロスお兄ちゃん!」
御者台に乗ったミリアがはしゃぎながら、パシン!と鞭をうつ。
「ひでえ……」
影夫は馬を操っているだけなので痛みはない。でも逆を言えば鞭をいれても意味はない。
両親がやってたことの真似が楽しいのだろうか?
ちなみに、操った状態だと、村から街まで全力ダッシュなんてことも可能だ。
疲労も限界もない。途中で筋肉がはじけようが筋がちぎれようが骨が折れようがお構いなしに動かし続けることができる。
仮に死体になろうが関係はない。元々暗黒闘気は死体を操るのに向いているから死んだほうが動かすのが楽なぐらいだ。
が。馬も財産のうちであるので、影夫は馬がつぶれない程度のゆっくりとした速度で進んでいた。
まぁあまり速度をだすと振動で荷は傷むし、ミリアが転がったりしそうで危ないというのもある。
「ドナドナードーナードーナー」
やけくそで鼻歌を歌いながら、ぱっかヒヒンと歩みを進めていった……
「つ、つつつ、疲れたぁ……」
1週間にも及ぶ売りさばきの旅が終わったときには、影夫は過労死しそうになっていた。
ゲームなんかだと無限の容量がある道具袋に全部詰め込めるから1往復で済むのだけど、異次元収納な道具袋があるはずもなく馬車には積載限界もあるし道も悪い。
そんなこんなで、5往復もしたのだ。
糞長い時間が掛かる移動中は、馬に憑依して動かしつづけ、街についても楽は出来ない。
街中でモンスターの姿を見せるわけにもいかないからだ。
ミリアの体の中に隠れるしかなく、影夫は表に出れないのだが、ミリアは家族を殺されたことで人間不信とトラウマを抱えてしまっているのだ。
街中での行動はすべて影夫がミリアを動かして行うしかなかった。
影夫としても元々ミリアに任せきりにしようとは思っていなかったが、慣れない街中を宿屋探しや古道具屋探しで駆けずり回り、物取りや人攫いに狙われたりと無茶苦茶大変だった。
ミリアを付き合わせてしまった形になったので、彼女もクタクタになって今は馬車の中で寝ていた。
振動が酷い馬車の中でも熟睡するほど疲れているようだ。
「元が俺の貧乏性のせいだから、しょうがないかぁ」
「あー、俺がしんどいのは自業自得だけど、ミリアには悪いことしたなぁ」
高価そうななものだけを選んで売るようにすれば2往復くらいで済んだのだが……影夫にはそれができなかった。
最も、疲れただけの甲斐はあって、村中の持ち運び出来て換金できそうなものをあらかた売り飛ばし、所持Gはなんと27543Gになった。
街にそこそこいい家が買えてしまう値段だ。
しかし不正蓄財に励む奴がいたとはいえ、あの小さな村の財産でもこれだけになるのか。
そういえば偽勇者連中はロモスの城下街で火事場泥棒をしてたが、あれだと一体どれだけ儲かったことやら。
真面目に頑張るのが馬鹿らしくなりそうだと思って影夫は、怖くなった。
こんな美味しい思いを味わったら、抜け出せなくなってしまいそうだ。
こういうのは今回だけの特例ということで強く己を戒めよう。寝ているミリアをそっと、寝室まで運びながら、影夫は心に決めるのだった……
「えーミリアさん!」
「なぁに?」
「1週間すごくがんばってくれたレディにプレゼントをあげます」
「ほんと?! なになに?」
「これだよ」
そう言って、どんよりとくすんだ黒い宝石が嵌め込まれているペンダントを手渡す。
「うわぁ、きれい!」
そのペンダントはガーナの古道具屋の一角で見掛けた処分品だ。
その値段なんと5G。
あまりの激安ぶりに呪いでもかかっているのかと疑い、店主に尋ねたが、そういうことはないらしい。
なんでも、胡散臭い旅商人に騙されて買わされたゴミだから安いだけだとか。
最初は1000Gの値段をつけていたが、誰も買わないからどんどん値下げされていって5Gになっているとのこと。
まぁたしかにこんなにくすみ切って輝かないペンダントとか誰も要らないだろう。
装備品としても、まったく何の効果もないらしいし、贈答品としても装備品としても完全に無価値。
激安とはいえ5Gである。
日本円にして5000円相当。
誰も欲しがらず、喜ばず、役に立たないものに5G払うくらいなら、旨い飯でも食いにいったほうがいい。
というわけで売れ残っていたのだ。
こういう激安とか処分品にめっぽう弱い影夫は99.5%という破格の割引率の誘惑に耐えられず、ホイホイと購入したというわけだ。
「いやぁ、安物で悪いけどな」
「ううん、ありがとう! 大事にするね!」
壊滅的な女性経験のなさ故に、衝動買いした無価値の激安品を女性にプレゼントするという暴挙におよんだ影夫だが、彼は運がよかった。
もし、ミリアが現代日本のOLだったら、ゴミを渡すとかどういうつもりなのかとボロカスに陰口を叩かれていた事だろう。
「どう? 似合う?」
「ああ。とってもいいよ。うんうん。そこまでよろこんでくれると俺も嬉しいよ」
そんなことをなんら理解せずに影夫は、ペンダントをみにつけてはしゃぐミリアをみて無邪気に喜んでいた。
「さて、いよいよ明日村を出るよ」
「うん」
「馬車で行くから、持って行きたいものとかがあれば荷造りは今日のうちに終わらせておいてね」
「はーい」
「では明日の朝まで自由行動です。解散!」
「わーい!」
ミリアははしゃぎながら、家の中をごそごそとあさりだした。持っていく家族との思い出の品や形見を選んでいるのだろう。
影夫はというと、旅立ちにそなえて、街で揃えてきたアイテムや装備の確認と馬車への積み込み、行き先を世界地図で入念にチェックしたりと忙しい。
村を出てどこに行くか。最終的な目的地は、じつはもう決めていた。それはデルムリン島だ。
あの地上の楽園ならばミリアも心安らかに過ごせるだろうし、ダイと触れ合うことで心も癒えていくだろう。
だがとりあえずの目的地、ベンガーナの首都だ。ちなみにその名前は国名と一緒である。
ベンガーナの街は世界一の規模と人口を誇り、発達した交通網もあるので、世界中どこの物品も買えるし、どこにでも向かえるといっても過言ではないという。
しかしだ。何事にも順序というものがある。影夫は旅の経験どころかこの世界に慣れてすらいない。
なので、しばらくは最寄のガーナの街を拠点にして、呪文の習得やら戦闘の実戦訓練などをしつつこの世界と旅に慣れる予定だ。
情報を集めたり、ミリアに休みをあげたりと言ったこともする必要がある。
そんなことを考えながら影夫は荷造りを続けていった。