「刃よ凍れ!」
でろりんが叫ぶと、ふぶきのつるぎの刀身が凍りつき、剣状の氷柱に変わる。
「アストロン!」
それと同時に影夫は威力と効果を極力絞ったアストロンをもろはのつるぎにかけて、斬れない鈍器へと変貌させた。
「ありがと」
「んじゃ、がんばれよ~」
呪文を掛け終わったクロスがミリアの元を離れていく。
「いくよでろりんっ! ヤァァッ!」
ミリアは飛び込むように間合いをつめ、体重を乗せて勢いよくでろりんを斬りつけた。
「ふんっ!」
だが、ミリアの全力の一撃はでろりんによって弾かれるように防がれてしまう。
体勢を崩されるがミリアは構わずに、強引に剣を振り回して、がむしゃらに連続攻撃で押し捲る猛攻策に出る。
「これならどうっ!? ふぅっ、はぁァッ!!」
「相変わらずのっ! 馬鹿力だがっ、甘いぜ!!」
ロカの元で修行しなおし、磨き直されたその剣技は一流の高みに上り詰めていた。
一撃が異様に重いミリアの斬撃の嵐を、でろりんは力の方向を見極めて打ち弾き、いなしていく。
「まだまだぁっ! てりゃてりゃてりゃああぁっ!」
「ぅおっ?! させるかよ!」
さらに剣速を上げてミリアは猛然と斬りかかった。
剣がぶつかり合うたびに、砕けた氷が周囲に舞い散って、あたりは冷たい霧で覆われていく。
「はぁはぁっ……」
時に手首の捻りを利かせて勢いをねじ伏せ、時にはミリアの剣の勢いを利用して刃を大きく弾き続け、ついにでろりんはミリアの連続攻撃の全てを防ぎきった。
剣の技量はやはりでろりんが上だ。その上ここ3ヶ月はロカの元でみっちり再修業をしていたので、さらに上がっている。
対するミリアは戦闘勘に優れるがやはり技巧面では劣ってしまう。
戦術としては、どうしても暗黒闘気の特性や呪い武器を活かした力押しになってしまう。
「ほー。すげぇもんだな」
力と速さのミリアと技のでろりんといった印象を受けた影夫は、小さな身体とすばしっこさから放たれるミリアの速く重い連続攻撃を凌ぎきるでろりんの方にむしろ感心した。
「でろりん、つよくなってる」
剣の軌道を変えたり、力を変えたり、死角から斬りつけようとしても、その悉くを防がれたことで、このまま攻めても無駄と判断したミリアはバックステップで距離をとり、切れてしまった息を整える。
「ふぅー。ま、再修業の成果ってやつだ」
見た目には、でろりんは労なく攻撃をいなしていたように見えているが、実際には違う。
ロカに叩きこまれた剣理と技巧で紙一重で防いでいるだけで、極度の集中を必要とするのだ。
瞬間的に、適切な迎撃法を判断して対処し、考える暇なく最善手を打ち続けなくてはいけないが故に消耗は大きい。
(即席修行と実戦でここまで使えるようになるとか、やっぱとんでもねえな……ミリアは)
師匠としての意地で涼しい顔をしているが彼の内心は冷や汗ものだった。
「次はこっちからいくぜ! 荒れ狂え吹雪!」
でろりんがふぶきのつるぎを掲げると、ヒャダルコ級の吹雪がミリアを襲う。
「っ……暗黒衝烈破!」
吹雪にさらされ、身体が徐々に埋まっていく中、ミリアは暗黒闘気の衝撃波を打ち返して吹雪の嵐を迎撃する。
「そんなの無駄」
「だろう、なぁッ!」
ミリアが言い終わる前に、ミリアの死角から剣を振り下ろしていた。
でろりんは最初から、凍えさせて倒すなんてことができるとは思っていなかった。
ヒャダルコはあくまで目くらましと狙いを隠すための布石。
「っぁ!?」
「おらおらおらおらッ!」
身体に走った悪寒に従い、咄嗟に剣を死角の方へと振りぬいて辛うじてミリアは直撃を避けるが、それで体勢が崩れたところに、でろりんは容赦なく連続攻撃を仕掛けて押し込んでいく。
「ぐぅうっ……!!」
息もつかせないでろりんの攻勢で、防戦一方になったミリアはそれらを力任せに振り払って捌こうとする。
しかし、斬り、突き、払う。フェイントを織り交ぜた巧みな連続攻撃によって徐々に追い詰められ、氷の刀身が掠った肌に薄氷が張り、剣圧で小さな切り傷が出切るなど少しずつ傷つき動きも鈍っていってしまう。
「このままじゃあ……っ」
それでもどうにか決定打を受けないのは、暗黒闘気による肉体強化の効果と優れた反射神経とみかわしドレスの効果のおかげだった。
「ほらほらどうした!? 怪我しないうちに降参したらどうだ。今のうちだぜ?」
元々ミリアは防御は苦手であり、性にもあってないため、挑発混じりに攻められると、簡単に怒り狂う。
「こんのぉっ!」
正面から飛び掛るように斬り付けたミリアは、ふぶきのつるぎの刀身に、もろはのつるぎをぶちあてる。
力こそ強いが、いなされれば致命的な隙を造るだけの大振りの攻撃だった。
「はっ、これで終わりだぜ!」
「甘いねっ、暗黒破砕撃ッ!」
狙い通りに挑発が決まり、勝利を手にしたかに思えたでろりんだが、ミリアが暗黒闘気の奔流を剣に一気に流し込むと形勢は逆転した。
「うぉぉっ!?」
「隙ありぃ!」
暗黒闘気流は、ふぶきのつるぎを覆う氷を一気に砕き尽くした上に、その余波で彼の手を軽く痺れさせてその剣を弾き落としたのだ。
粉砕された氷の欠片が舞い散って光り輝き、周囲を激しい寒気が覆う。
「ちぃっ。そう来たか!」
これででろりんは素手となった。
仮にどうにか剣を再び拾ったとしてもすぐに攻撃は出来ない。ふぶきのつるぎは切れ味が良過ぎて、氷の刃で覆った状態でなければミリアを殺しかねないためだ。
「ふふーん。油断大敵だね? 挑発に乗せられても、策があればいいんだよ!」
それがミリアの狙いだった。
そうして、攻撃を封じている隙に勝負を決めようという作戦なのだ。
「じゃあししょー。頑張って逃げ回ってねー」
攻守逆転を確信して笑みを浮かべたミリアが剣の柄を握りしめ、すぐに逃げようとするであろうでろりんとの間合いを詰めるべく跳躍した瞬間。
「いや、チェックメイトだ」
「へっ?」
「腹に力いれろよー」
気が付くと殆ど抱きつくような距離に入り込んでいたでろりんが左手でミリアのお腹を軽くなでていた。
逃げるか、剣を拾いにいくとばかり思っていたミリアは思わず固まってしまう。
「イオッ!」
手加減されたとはいえ、腹部に零距離爆裂呪文をうけたミリアは吹き飛ばされてごろごろと地面を転がる。
彼女の手からはもろはのつるぎは離されており、対するでろりんはその隙に拾ってきていたふぶきのつるぎを構えてミリアに向けており、勝敗は一目瞭然だった。
「勝負あり、だな?」
「大丈夫かミリア!? ホイミ!」
慌てて駆け寄った影夫が地面に寝そべるミリアのダメージを回復させる。
「あぐぅ……お兄ちゃんありがと」
「こらぁーでろりん! もうちょっと手加減しやがれ!」
「おー……いつつつ。手加減はしたっつーの。しょうがねえだろ、俺も必死だったんだよ」
「そうは見えなかったぞ!」
「いやいや。速えわ重いわでギリギリだったっての。紙一重だぞ!」
「しかしなぁ。もうちょっとだな……」
呪文の余波で少し焦げた左手をさすりつつぼやくでろりんに、抗議を続けようとする影夫だが、小さな手が彼の体を掴んできたことで、止まる。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。真剣勝負なんだから痛いくらいは当たり前だよ」
「うーん……そりゃあそうなんだけどさ」
「そういうの、過保護っていうんだよ?」
「だぁーわかった、俺が悪かったよ!」
「心配してくれて、ありがとね」
思わず過保護モードに入った影夫だったが、ミリア本人にそう言われては、何もいえない。
影夫もついでろりんに文句を言ってしまったが、真剣な立会いなのは分かっているのだ。
ただ少し激しく吹き飛ばされて心配になってしまっただけで。
「でも悔しいなぁ。油断なんかしてなかったのに負けちゃうなんて」
「いや、ミリアの攻撃センスは凄いぞ? その分防御に問題が多いけど。クロスのフォローがなくなると問題が噴出してくるな……」
「うーん。防御は苦手なんだよ」
ミリアは腕組をしながら頭を捻る。
勝つためには防御技術も磨かなければいけないらしいというのは分かるが、ピンとこないのだろう。
「だいししょーはどうしたらいいと思う?」
「……さてな。短所をなくすのも、長所をもっとのばすのも、どっちも正解と言えるが」
「一撃必殺! ってほうが格好よくて好みかな? 攻撃伸ばしたい! 攻撃極振りにしたいよ!」
ふたりの試合を見届けていたロカは、正直なミリアの言葉に苦笑しつつ、言葉を続ける。
「ま。それはもっと後の話だ。攻撃も防御も未熟な部分があって、伸びる余地があるから、今は総合力を高めとけ」
「うんっ! ねぇでろりん。いきなり暗黒処刑術とか暗黒闘殺砲をしてたら勝ててたのかな?」
「あーその対策は考えてたぞ? 大技は隙も大きいからな。最悪受けるのが無理なら、全力で回避に専念して隙を突くとかすればなんとかなるかと思ってたし」
「うーん。わたしってまだまだだなぁ……」
勝てる見込みは薄かったと知り、はぁっと、ミリアはため息を漏らす。
「やっぱりでろりんししょーはすごいね。勝ったと思ったのに負けてた。修行の成果ってすごいね」
「いや、俺も課題が山のように出たさ。そもそもミリアに比べて非力な分、正面から強敵にぶつかった時にもうちょっと楽にさばけるようにしなきゃな。剣技の向上のみじゃ辛そうだ」
「まほー剣ができたらいいのにね」
「一応ふぶきのつるぎを使えば、斬ると同時にヒャダルコとかはできるぜ。でもダメだな。威力が限られすぎだろ」
「中級呪文だもんね」
「ま、ぼちぼちやるしかねえな」
こうして、ロカに見守られ、時折助言を受けながら、でろりんとミリアは修行を続けていくのだった。
風邪ひいてしまいました。熱出るわ身体痛いわ死ぬほど喉痛いわで困りました。
次はネイル村を出るところになりますかな。
マァムとミリアの友達っぷりや、影夫がレイラに教えを乞うとかも、掘り下げたいですが、長くなるので……