アルゴ岬から気球船で飛び立ったふたりは、一路ロモスへ向かっていた。
といっても道中ミリアと影夫にすることはない。
気球船の操作をしているのはアキーム。
風を調べ、天測しながら地図を見たり、バルブをまわしたりと忙しそうである。
「あの~長々と付き合わせることになっちゃって、アキームさんにも都合があるでしょうに迷惑かけてすみません」
「いえ。これはベンガーナ王よりの特命ですのでお気になさらないで下さい。全力で勇者さまを助力せよと仰せつかっております!」
「それでもです。旅先で俺達が側に居ない間は、好きに過ごしてもらって構いませんから。ゆっくりしておいてくださいね」
猫ぐるみ姿の影夫がぺこぺことアキームに頭を下げる。
世界一周のこの旅には数ヶ月はかかる予定だ。その間彼はずっとミリアと影夫の為に奔走することになる。
それが彼の任務であるとはいえ、影夫には気が引けてしょうがなかった。
「ご配慮感謝いたします! しかし自分も武人の端くれ。待機中は鍛錬でもさせてもらうといたします!」
アキームは、大げさなくらいの動作でミリアたちに頭を下げ、普段どおりの真面目くさった顔のまますらすらと言ってのける。
しかしそうなると余計に気が引けるのが影夫だった。
「じゃあせめて、何か希望があったら何でも言って下さいね」
アキーム個人にもそうだが、ベンガーナ王国にも多くのお世話になってしまっている。勇者の支援は名声を高めるとか、強者を取り込みたい等の狙いもあるのだろうが、影夫には借りが増えていくのがどうにも心苦しい。
魔王軍襲来の際に役に立つことで恩返ししますから。と心の中で罪悪感を打ち払い気にしないことにした。
「では、鍛錬をお願いできませんか。力をつけて王のお役に立ちたいのです!」
「わかりました! いいよなミリア?」
「いいよ~。たまに試合してあげるね」
「ご指導のほど、よろしくお願いいたします!」
深くお辞儀をしてアキームが嬉しそうに笑った。
原作でクロコダインが認めただけのことはある武人ぶりであった。
できるだけ彼の希望に沿ってあげたいと影夫は思う。
「ところでさ、気球船って何で浮いてるの?」
「ガスのつぼから、浮遊ガスが出てそれで浮くのだとか。くわしい作り方や仕組みは、自分には分かりかねます」
「すげー。ガスが無限に沸いてくるのか? 無から有? どうなってんだ半端ないな!?」
「は、はぁ。たしかに不可思議でありますね」
「あ、でもガスを生み出す部分が魔法具で、魔法力を使ってガスを生み出しているとか? うぅーん。それならまぁありえるのか……いやでもっ」
「あの、クロス殿……?」
「あーまた始まっちゃったぁ。ほっといたらいいよ。聞こえてないから」
「はっ。仕事に戻らせていただきます!」
DQ4でもずっと不思議な乗り物だった気球に突っ込み、考えに耽り出した影夫は華麗に放置されるのだった……
「見てみてっ、あれが王宮かな!?」
眼下に王宮と城下町のような建物が見えてくる。
周囲が森に覆われている中にぽつりとある。
空から見下ろすとまるで森という海に浮かぶ島のようだ。
「みたいだなー」
実際、中世はそんな感覚だったらしいと、影夫は昔どこかで読んだことがある。
ともかくあれが目的地であるロモスの城下町と王宮であろう。
「それじゃとつげきーっ、王宮の中にどーんと降りちゃえー!」
「えっ……」
アキームが呆然とした様子で聞き返す。
パプニカでやったような無茶をまた……と顔色が蒼白になる。
「いやいや。奇襲じゃないんだから! まず王宮に許可もらわないとな」
「えーめんどくさいね」
「アキームさん、ちょっと待っててください。ミリア行くよ……飛翔呪文!」
「よ、よかった……」
ミリアと影夫はトベルーラでロモスの城下町に降り立って、王宮に許可を貰いに向かう。
街の外側で気球は待機することとなり、アキームは心から安堵するのだった。
★★★
「よくきた勇者ミリアと伝説の武具殿! ベンガーナでの活躍は耳にしておるぞ。邪悪な魔物に苦しむ幾多の集落を救い、勇者でろりんとともに凶悪な洞窟の主をもみごと討伐したのだとか!」
「恐悦至極に存じます。勇者ミリアはまだまだ未熟で若輩ではございますが、今後とも精進を重ねていく所存にございます。さぁミリアご挨拶を」
「こんにちは王様。よ、よろしくお願いします」
「ほっほっほ……こちらこそよろしく頼むよ」
影夫に促されたミリアは、ぺこりと頭を下げて挨拶をする。
それを微笑ましそうげに見つめていたロモス王はまさに好々爺といった様子だった。
ミリアにお菓子をあげて、頭でもなでていそうな雰囲気で、彼の人の良さが伝わってくる。
「噂には聞いていたが、勇者を導き、姿を自在に変える伝説の武具とはなんとも凄いものじゃなぁ。ミリア殿」
「はいっ!」
「ほっほっほ。ロモスにも伝説の武具が伝っておるが、貴殿のような伝説の武具がいたとは……世の中は広いのう」
ロモスには覇者の冠と覇者の剣というオリハルコンで出来たまさに伝説の武具がある。
原作で確認されていて、人間が所有しているオリハルコン製装備はこのたった2つしかない。
冠や剣があるのだから、鎧やら盾やらがあってもよさそうではあるのだが……。
「して、何用かのぅ。勇者でろりんと同じ用件かの?」
「いえ、見聞を広める旅をしておりまして、まずはご挨拶にうかがった次第にございます。ロモス国内を回る許可を頂きたく……」
「いいともいいとも。その代わりといっては何じゃが、旅先で困っておる民がいれば助けてやってくれんか」
「無論でございます」
その後、ロモス王宮で食事会に招かれ歓待を受けた後、ネイル村へと向かうのであった。
★★★
「おい、あれはなんだ?」
「新種のモンスターか!?」
ネイル村は小さくてすぐ外は魔の森なので、騒がせてしまうことになるが仕方なく気球は村の広場へと降り立った。
「誰か乗ってるぞ……?」
「女の子?」
赤いドレスを着込んで猫のぬいぐるみを抱えている小さな少女の姿が見えたことで、泡を食っていた村人達の緊張がほぐれた。
もろはのつるぎは、気球の中の荷物入れに納めてあるので、見えない。
今、ミリアが身につけているのは武器は腰のベルトにつけてあるナイフシースに納められたどくがのナイフ2本きりであり、それだけなら旅の護身用といった印象なので威圧感は薄い。
さらに、気球を操っているアキームは、ミリアの背後に控えているため、護衛の従者に見える。
つまりぱっと見だと、珍しい乗り物で物見遊山にきたお金持ちのご令嬢に見えるのだ。
「なんだよ、旅人か」
「ベンガーナの紋章が描いてあるぞ。あの国の商家の人じゃないか?」
「さすがお金持ち国。やることが豪儀だなぁ」
何事かと集まってきていた村の大人達は、各々の仕事に戻るため、その場から散っていった。
大人達と入れ替わりに、興味津々な村の子供達が気球の周りに集まり出す。
「空を飛ぶなんて、すっげー!」
「乗ってみたい!」
「俺も!」
「私もー!」
ベタベタと気球船の籠部分を触り出した子供たちに、唯一この場に残った老人……村長が声をかける。
「これこれみんな。旅の人の乗り物を壊したらいかん。触るでないぞ」
「「「はーい」」」
「こんにちは、旅のお方。ベンガーナの方とお見受けするが、この小さな村にどのようなご用ですかな」
「お騒がせしてすみません、他に降りれるところがなくて……私はクロス。この娘はミリアです。友人のでろりんさんがこちらに来てると聞いて会いにきたんです」
丁寧な村長の言葉に、執事風に一礼をして猫ぐるみ影夫が返答してみせる。
「ねこさんっ、かわいーーっ♪ ねぇおねーちゃん、さわってもいー?」
「う、うん……」
「ごろごろにゃー」
「きゃーきゃー」
ビシっと決めた端から、影夫は女の子に撫で回されてしまう。
子供たちにひたすらに撫で回され続ける影夫であった。
「ミリアか!? 急に来るからびっくりしたぞ!」
「ひさしぶりでろりん!」
「おう。今日も元気だな」
「うんっ!」
すっかり和んだ場となっていた広場に、騒ぎを聞きつけたのかでろりんが駆けつけてきた。
その傍らにはピンク髪の女の子をつれている。
「お? ちょっと男前になったんじゃないか? 雰囲気違うぞ」
執拗に撫で回してくる女の子(ミーナというらしい)の魔の手から逃れた影夫が、ひょいっとでろりんの肩の上に走り乗る。
「そーかー? 自分じゃよくわかんねーよ」
ポリポリと頬を掻いて、でろりんはとぼけてみせる。
だが再修業で精強さが増して、卑屈さが薄れた今の彼がやると不思議と様になっているようにも見えた。
「お兄ちゃんこういうの、雰囲気いけめん? っていうんだっけ?」
「この裏切り者がぁっ!」
「アホか! いだだっ、やめろ!」
ちょっと目つきの悪いクール系になりやがったとごちて、嫉妬の心が沸き上がった影夫は、でろりんの頬に猛然と猫パンチを食らわせ始める。
「あの、落ち着いてください!」
「あ、うん。ゴホン。えっと、ところでこのお嬢さんは? まさかでろりんの奴……ナデポニコポもやりたい放題か!?」
「あ~はいはい、きもめんこじらせたお兄ちゃんはだまっててね」
「ぐぁあ……」
「それで、この子は誰なの??」
面倒くさくなりかけた影夫をサクっと言葉の刃で引き裂いたミリアが、呆れ顔のでろりんに尋ねる。
「紹介するよ、この子はマァム。ミリアとおんなじくらいの歳になるか? 仲良くしてやってくれよな」
「それとクロスをちょい借りるぞ。おいっ、いい加減正気に戻れよな!」
「くっ、はなせ! お前は三枚目キャラじゃなかったのか!?」
「うるせえ!」
「ぎゃあ! 闘気をこめるんじゃない!」
一方、少し不安げな表情ででろりんを見送ったマァムはミリアの前に歩いてくるとすっと手を差し伸べていた。
「こんにちは。でろりんさんのお友達ですか?」
「うん。こんにちは。私はでろりん師匠のいちばん弟子なんだよ!」
ミリアとマァムが自己紹介をしている中、でろりんがようやく正気に戻った影夫に耳打ちする。
「でろりん、マァムと知り合いになったんだなぁ。というか何でネイル村にいるんだ?」
「ふふふ。聞いて驚けクロス。マァムは俺の師匠の娘さんだ!」
「おっ、お前の師匠ってあの戦士ロカだったのかよ!? やっぱ強いか?」
「ああ。本気でやったら多分今の俺らじゃ勝てない。まぁ呪文も効かない重病だから手合わせとかは無理だけどな」
「ねぇお兄ちゃん。マトリフさんでも治せないのかな? たぶん詳しいよね?」
それは残念とクロスがつぶやきを漏らしたところで、ミリアとマァムが話に加わってくる。
「マトリフおじさん? 知り合いなの?」
「ああ、マァムさんは知ってるんだっけ。俺達の魔法の師匠なんだよ。あの人ならもしかしたら……」
「ううん。数日前に父さんの具合を見にきてくれて、薬もくれたんだけど……治すのは難しいって……」
そう言って、マァムがうつむく。どうやらロカの病はマトリフにもお手上げらしい。
「うーん。その様子じゃあ俺らは遠慮したほうがいいかな。武の師匠がいないから、せめてアドバイスでも。と思ったんだけど……負担をかけるわけにはいかないし」
原作で死没していたことから、彼の死は避けられそうにないのは分かっていたが、クロスとしてもとても残念な気持ちになる。
「いや。師匠に聞いてみる。孫弟子と聞いたら会いたがると思うしな。ロカ師匠んとこへ行こう!」
「ししょーのししょーだから、だいししょーだね! どんな人かなぁ。楽しみ!」
「ミリア、病人さんだからさわいじゃダメだよ」
「わかってるよ!」
「ごほんっ」
話がまとまったタイミングで、じっと気球に群がって触りたがる子供達をやんわりと止めてくれていた村長が、咳払いをして気球を指差した。
「話はまとまりましたかな。このまま広場に置かれておると皆が少々困りますゆえ、そうですな。ワシの家の横にでも移動してもらえんじゃろうか」
「あ、待たせてしまってすみません! ごめんアキームさん! 気球の移動をお願いします!」
「了解しました。村長殿、場所の案内をお願いいたします!」
「わー! ききゅう飛ばすの!? 乗せて乗せて!!」
「す、すぐ降りるんだぞ?」
「それでもいいから~!」
「ずるい! わたしも乗る~!」
影夫らがロカの家に向かうと同時に、アキームは気球に子供を乗せて移動するのだった。
あまりに子供らが喜ぶので、結局村の上どころか、魔の森をくるっと一周する羽目になるアキームだった。
なんか文が上手く書けない? 書いてて詰まりました。
うーん。ちょっと心配です。
それと、正月の間にある程度書き溜めたものが枯渇してしまいました。
ペースは落ちます。