「綺麗……神秘的な泉だね」
「ああ、なんていうか不思議な雰囲気だよな。霊地みたいな感じ?」
水底まで見えてしまうような、綺麗で透き通った水が光を照らし、泉の周囲の緑を映えさせる。
清らかな泉の水と周囲の自然のコントラストは実に美しく、絵になっていた。
さすがは竜の騎士が傷を癒す場所である奇跡の泉だと、影夫とミリアは感嘆する。
そこは元アルキード王国の領土であり、今はベンガーナ領最南端で、アルゴ岬と呼ばれている場所にある泉である。
二人は、再びベンガーナ王宮に借りた気球船に乗ってこの地にやってきていた。
その気球船は操縦者であるアキームと共に、泉から少し離れた開けた平原で待機している。
「ここでバランさんとソアラさんが出会ったんだね。ロマンチック……ん~っ、すっごく美味しいね」
ミリアが泉の縁から手を伸ばして、手酌で水を掬い飲んでは笑顔を浮かべている。
綺麗に澄んだ水は、体力回復効果もありそうで、まさに奇跡の水といったところか。
商魂たくましいベンガーナ商人なら商売の種にしそうだが、周囲に人気もなく、知られてもいないのは、一夜にして滅んだアルキード王国の土地であったという理由からなのか、単に知られていないからか。
「飲んでもいいけど、泉は汚さないように注意しような」
「うんっ、分かってる!」
彼の人にとって思い出深く神聖な土地であろうこの地を穢すような真似はしたくないので、影夫としても妙な商売っ気は出さず、ミリアに注意を促す。
「水筒でも持ってきたらよかったかな。あ、でも生水は保存が利かないか……まぁ無理に持って帰ることもないか」
必要になったらルーラで飛んでくれば良いだけ。必要な時にだけ奇跡の水を少し拝借させてもらえばいい。
「この泉で傷つき倒れた最強種族の騎士と心優しい人間のお姫様の出会いがあり、やがてふたりが結ばれて、そして冤罪の末の悲劇か。劇になってもおかしくなさそうな題材だよな」
竜の騎士を人間側から引き剥がし、味方に引き込むバーンの暗躍があったかもしれない。
「んー、どうにも話が出来過ぎてるっていうか、誘導されてるように思えるな」
バランが追放されるまでの流れが気になる。原作の様子を見るに、本来調停者として強い自覚があったようだし、その振る舞いは高潔な騎士然としていただろう。
地上はすでにハドラー亡き後で、彼が恐るべき竜の力を周囲に見せて恐怖させるような状況は起こり得なかっただろう。
(いくらハドラー侵攻の記憶が新しくともなあ)
そもそも彼は実は魔物らしいと讒言されたといっても見た目も血の色もまるっきり人間ではまるで証拠がないではないか。
それは巧妙に化けているからである。とか言い始めたら自分以外の全員が怪しいということになってしまう。
それともよほど猜疑心の強い地方だったのだろうか? でもそうだとしたら当初バランが王宮に招かれたという話がおかしいということになる。
「やっぱり、バーンが仕組んでたんだろうか……」
いくらなんでも高潔な振る舞いをする騎士を証拠もなしに、それも当初王自らが笑顔で招き入れた人物を、追放する流れになるのが自然とは思いがたい。
手練手管で少しずつ臆病で欲深い人達に疑念の種を植えつけ、恐怖と敵意を煽って育てたのだろうか。
どうもそのあたりはキルバーンあたりが得意にしていそうな陰険で搦め手の心理的トラップという感じもする。
やはり疑わしい。尤も、もはやソレを暴く証拠も何もないが……。
「あっ。単に騎士としてのバランの高潔な振る舞いがあまりに度を越していたとか?」
性格的に不器用で実直で一本気すぎるのは原作からでも分かったし、空気もあまり読めなさそうに思える。
良かれと思って誰に対しても正論や王道を説き、王への諌言も躊躇せずに全方位に敵を作って孤立して……とか?
「あー所詮は下衆の勘繰りだな。考えても答えなんかないや」
「……バランさんは、よっぽどソアラさんのことが大好きだったんだね」
「ん?」
「国を滅ぼして直接復讐は果たしたのに、止まらなくって全人間を滅ぼそうとするくらいに。そっか、大事な家族をみんなうしなっちゃったから、かな。喪失感でどうしようもなくて……」
まるで自分のことのように、ミリアが沈痛な様子で俯いてつぶやく。
きっと自分と重ね合わせて考えているんだろう。影夫は黙ったまま、ミリアの言葉を聞き続ける。
「私も同じ。クロスお兄ちゃんに出会えなかったら……そして復讐のために力をやるって魔王軍に誘われたら、きっと同じことをしてたよ」
「ミリアはさ、どう思う?」
「分かんない……人間を滅ぼそうとするのは、やつあたりで、ひどいなって思うの。自分がやられたからって、関係ない人にやり返すなんておかしいよ」
「……そうだな、外から見れば彼はおかしい。理不尽で悪ということになる」
苦悩していたミリアが、ばっと顔を上げる。
「でもっ! 無理なんだよ。悲しくて苦しくて憎くて、心の中がまっくろになって、止まれない、止まりたくないんだもん!! それが、それが分かるから……悪だけど、おかしくない」
「そうだよな。おかしいけどおかしくなくって、自分じゃどうしようもない。だから人間には家族や友人や隣人が居るんだって俺は思う。俺やでろりん達がミリアの側にいるみたいにな」
影夫が優しくミリアの頭をなでてあげると、ミリアは感情移入して苦悩していた表情を和らげる。
「私、止めてあげたいよ。たぶんだけどソアラさんもそう思ってるんじゃないかな……」
「なら、止めてみるか。ダイが生きてるんだ。残された息子と一緒に生きてみるんだって説得してみればいい」
「だね。多分ケンカになるけど、それでも力尽くでも止めてあげたい!」
「じゃあいこうか」
「ちょっとまって……!」
ミリアはそういうと周囲の原っぱから点在して咲いていた野花を摘んできては、草で束ねて花束を作り始める。
「俺も手伝うよ」
影夫もねこぐるみ姿で周囲を走りまわり、花を探しては摘み集めてミリアに渡していく。
「できたーー!」
「じゃあお祈りするか」
しばらく後。手先の器用なミリアは、一抱えの花束を作り上げ、泉の脇にお供えした。
影夫とミリアは並んで黙祷する。
「つぎのとこにいこっ!!」
ミリアが影夫を肩の上にのせて、気球船の元へ走っていくのだった。
次はロモス。