壊れかけた少女と、元非モテおっさんの大冒険?   作:haou

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次話を投下。推敲はほどほどで速度重視継続中。



パプニカの賢者

ずるぼんは、パプニカのとある寂れた屋敷の中で一人の青年と相対していた。

 

その男の名は賢者バロン。

パプニカで新進気鋭の賢者として名を馳せていた、人物である。

 

「何の用だ? 俺は暇じゃない。早く言え」

 

彼は幼子の頃より魔法の天才と称されて周囲に過度の期待をされながらも、見事応えて賢者として堂々たるエリート街道を歩んできた。

しかし今では、誰も話題に上げず、細々と実権のない名誉職に甘んじる日々を送っているだけの男である。

 

「お願い! 私に修行の続きをして!!」

 

彼は、ずるぼんの元師匠であった。

声望を欲しいままとしていた頃。彼は多数の師弟を取っており、ずるぼんはその中の一人だったのだ。

 

「断る。帰れ」

 

しかし、バロンはずるぼんを冷たく見据えて言い放つ。

その瞳は冷たく剣呑なものが光っていた。

彼は見るからにやつれていたが、目だけが黒くギラついている。

今彼は逃げた弟子に関わる余裕などはないのだ。

心に秘めた野望の為に。

 

それは、ずるぼんにも分かっていた。

この男は、近い将来にパプニカ王家に牙を剥く予定なのだ。

それでも、ケジメをつけて前に進むため、怯むわけにはいかなかった。

 

「力が……力が欲しいの」

「ほう?」

 

目前に迫る大きすぎる脅威と世界の危機。

仲間とともに立ち向かう為に、彼女は力を蓄える必要がある。

そして本心から、切実に力を望むずるぼんの言葉はバロンに響いた。

彼も、激しく力を欲しているが故に。

 

「今の私は僧侶としては途中半端なの。基礎が完成してないから。特に攻撃呪文ね。全然威力を引き出せていないのよ。当然だわ、修行途中だったんだもの」

「固執してた回復呪文はいいのか?」

「ベホマはもう使えるわ。ザオラルも契約は済ませてある。あとは力量さえ使えば使えるようになると思うから当面はいいわ。それより今必要なのは攻撃呪文の力なのよ」

 

「ふん……」

 

バロンは、無精ひげの生えたアゴを撫でながら、ずるぼんを一瞥する。

彼は疑問を覚える。

ずるぼんは、力を選り好みする上に、どうにも腰の引けていた感じがあったのだが、今は気概に溢れるどころか、裏打ちされた自信すら感じられる。

 

弟子時代には虚勢は張っても、自信には欠けていたはずだ。

 

(何かあったか。俺の知ったことではないがな)

 

表舞台を去り、今では館に半ば篭りきりになっているバロンはずるぼん達の活躍を知らない。

彼女が、成長していることも知らないのだ。

 

「俺は忙しい。今パプニカには三賢者という優秀な奴らがいる。そっちへ行け」

「実は、ね。マホイミ……使えるけど……不完全なのよ。完成させたいって思ってるんだけど……何か知らない?」

「マホイミだと!? 伝説の失伝呪文だぞ!!」

 

ずるぼんが、ぽつりと漏らした言葉をきいて、バロンの態度は一変する。

マホイミは古の偉大な僧侶が操ったという伝説の呪文である。

それはバロンが昔会得を試みて失敗していた呪文でもあった。

だからこそ聞き逃せなかった。

 

「本当よ。本来の契約などはしてないからマホイミというよりは、あくまで、マホイミもどきかしら? お師匠の方が詳しいと思ったんだけど、契約の書とか持ってない?」

「いいか。その話は誰にも言うなよ。特にこの国の連中にはだ!」

「ど、どうして?」

「マホイミを使えるとなればお前は迫害を受けるからだ! 必ず殺すなんて物騒な呪文だ。無能な凡夫どもが騒ぐぞ」

「わ、わかったわ」

 

何か分からないが暗い実感をこめた迫力ある一言に、ずるぼんは素直にうなずく。

仲間もミリアも前向きに受け入れてくれただけに、彼女は恐れられる可能性には気付いていなかった。

 

「そうか。お前がマホイミをな……よし。ついてこい」

「何を……?」

「黙ってついてこい!」

 

言うなりバロンはずるぼんを古びた屋敷の奥へと引っ張り込み、さらに隠し階段を下りて地下へと降りていく。

 

(何……?)

 

無言で歩くバロンについていきつつ、不穏な雰囲気にずるぼんは眉をしかめていた。

 

バロンからは敵意や害意は感じない。

むしろ、歩く速度もさりげなくあわせてくれているのを感じた。

そんな配慮は弟子だった頃には一度たりともしたことはなかったというのにだ。

そのこともずるぼんに妙な胸騒ぎを起こさせた。

 

やがて階段をおりきった場所は、少し広めの宿屋の一室くらいの大きさの地下室になっており、その中央には、巨大な金属の鎧のようなものが鎮座していた。

 

「これは……鎧? 違う」

 

それはあまりにも大きすぎた。鎧だとしたら巨人が着るようなサイズだ。

それにしては、足が異様に細くて絶対に入りそうにないから、巨人用の鎧でもない。

 

「レミーラ」

 

壁に掛かけられた薄暗い灯りだけでは全貌をつかめず、ずるぼんが困惑していると、バロンが、その鎧を照らして見せた。

 

「キラーマシーンだ。聞いたことがあるだろう。魔王ハドラーが作った勇者抹殺用の魔法兵器だ」

「……これがっ」

 

(クロスが言ってた魔王の兵器。もう持ってたのね! でもまだ改造途中みたい?)

 

「動力源は魔力。魔王の邪悪な意思と指令を受けて動くようになっている。魔王亡きいまはただの置物だがな」

「それが何故ここにあるの、お師匠は何をする気なの?」

 

ずるぼんは、探るように声を出してみる。

彼が未来でしでかすことは聞いている。しかし、自ら確かめる必要があると思ったのだ。

 

「……ある男が閃いた。魔力で動くのならば改造すれば人間が動かせるのではないか。とな。そいつの頼みで改造中だ」

「何のために?」

「力を得て王に成ると。そいつは言っていた。権勢を誇って欲望を満たすためだ」

 

単なる私利私欲のためにレオナを殺すというの!? 瞬間的にずるぼんの顔に怒りの朱が指した。

彼女は思わず口を開きかけ……

 

「だが! 俺の目的はそんなものではない!!」

「え?」

 

ギラついた目を輝かせ、バロンは激しくがなりたてた。

 

「俺の父も母も兄弟も! 知人友人も! 魔王ハドラーの地上侵略により死んだ!! 怪物どもになすすべもなく殺された!!!」

「……っ」

「力さえあれば。敵に備えてさえいれば。そんなことにはならなかったのだ! そして今、パプニカは同じ轍を踏もうとしている!!」

 

それを聞くなり、ずるぼんの顔が今度は蒼白になる。

クロスの語った未来視によると大魔王復活でパプニカは再び蹂躙されて亡国寸前まで追い詰められる。

 

そのことを何故かバロンが知っている。

もしや彼にも未来視が? それともどこからか情報が漏れたのかだろうか? 知っているなら、どうしたらいい?

ずるぼんの脳裏を混乱した思考が駆け巡る。

 

「なっ、なんでそれ、を」

「何?」

 

だがそれはずるぼんの思い過ごしだったようだ。

怪訝そうな態度を見せられたことで、彼女はどうにか混乱から逃れて、一歩踏み込んでみた。

 

「なんでもない。それより再び侵略されるって確証があるの?」

「……ない。そうだ。未来のことなど分かるわけがない。いつかくるかもしれないなどと、おびえていてはキリがない。この国の大臣連中はそう言った。そんなことだからパプニカは滅亡の危機に陥ったというのにだ!」

「……そう」

 

どうやら、彼は何も知らないようだった。

未来を見透かしたような準備も、単に強い危機感からのものだったらしい。

 

「今パプニカには次時代の賢者、三賢者がいる。彼らは若いが俺に並ぶ実力と才能の持ち主だ。それが3人。他にも賢者はいるし、王に仕える神官も兵士も、数だけは増えた。もしもに備えた戦力は万全。ならば徒に恐れず民の安寧に心を砕くべきとも」

「…………」

「だが違う、違うのだ。質が全く違うのだ! 俺はこの目で魔王を見た。凡百を揃えようが無駄だ。俺や三賢者がいようともだ! それが分かってない!!」

 

バロンの分析は概ね正しいと言えた。

ハドラーは、バロンらと同等以上の魔力を持ち、さらには武術の心得もある。

もし仮に魔法で互角だったとしても、腕力や体力の差で負けてしまう。

 

今のパプニカには、かつての大魔道士や勇者アバンほどの人材はいない。

ならば数でということだが、その見通しは甘い。魔王軍にも数があるのだ。

むしろ実際には、数の面でも劣勢なのはパプニカだろう。

中途半端な質の数を増やした程度では、結局歴史は繰り返すだけだ。

 

「その挙句、くだらぬ嫉妬や面子から、大魔道士マトリフ殿を追い出したりするのだ……救いようがない」

「それで、キラーマシーンってわけね」

「パプニカは二度と蹂躙させん。そのためなら何だってするし、何でも使う。とはいえそもそも本人が作ったものだからな。これを使っても勝てはしないだろうが……」

「でも、ないよりはずっと良いわね」

「……おまえは忌まないのか?」

 

一通りしゃべって、落ち着いたのか、バロンがゆっくりとずるぼんを見やった。

 

「守る為なんでしょ? 力が全てとか手段を選ばんとか言うのは賛成できないわよ。でも大事なものを守りたいってのはわかるし、力がなきゃどうしようもないことはあるもの」

 

彼は肯定的な言葉が掛けられたのがとても意外だ、という表情だった。

 

「いいだろう。再修業の話受けてやる。だがお前にも手伝ってもらうぞ」

「わかったわ。といっても雑用しかできないけどね……」

「構わん。一人でやるよりはマシだ。危険視されていなければ部品の調達もやりやすいだろう」

 

半分解体されて機械部がむき出しになっているキラーマシーンの元へと歩み寄り、さっそくなにやら工具で作業を始めるバロン。

 

「ところでふと思ったんだけど、キラーマシーンに乗り込んで操縦したら呪文はつかえないわよね? 操縦しながら呪文も扱えるようにしたら、いい線いくんじゃない?」

「無理だ。操縦しながら呪文の行使は出来ん。器用さとか習熟の問題ではなく不可能だ。2系統の魔力が必要になるからな」

「じゃあ二人乗りにすれば? 『ニコイチ』で戦えばいいのよ」

 

ずるぼんが参考にしたのはクロスとミリアの戦い方だ。

一人で無理ならばあんなふうに二対一体となって戦えば良さそうに思えたのだ。

 

「しかし……いや。いけるかもしれん。と言っても、今のところは人間の魔力で動かせるようにしないと始まらん」

「ま、それはそうよね」

 

話が途切れ、周囲を見渡したずるぼんはふと工具やらが置いてある机の上に古びた本が複数置いてあるのに気がつく。

 

「あ、これ魔族文字ね。魔、工学の技術書? 魔法金属の加工から魔力炉の基礎まで……? ふぅん、よくこんなの手に入ったわね」

 

その本には大量の文字が書き込まれた手書きメモが挟まれていた。

その光景は、ずるぼんにも馴染みのもので、バロンは技術書をどうにか解読をしようと試みているようだ。

が、はさんであるメモを見る限り解読は順調ではないようだった。

 

「キラーマシーンと一緒に提供を受けたものだ。一応自前でも魔族文字の書物は集めているが……待て。お前は魔族文字が読めるのか!?」

「まあね。知り合いが解読してて、その手伝いをしたことがあるから。というかお師匠は読めないのね。この国を代表する賢者だったのに……」

 

ずるぼんはパラパラと魔工学の本の頁をめくる。

難解な専門用語らしき部分はさすがに意味が分からないものの、普通に読むことは出来そうだった。

 

「ふん! 邪悪な魔族の呪文や技術の研究、それも禁呪法に近いような魔法の研究がこの国で許されると思うか? 魔族文字=邪悪で違法というわけだ」

「なるほどね。魔族への恐怖を感じ続けた故の拒絶反応……というのは穿ちすぎかしら。平和を脅かす高度な魔族技術の悪用や拡散を恐れたといったところでしょうね」

 

「愚かしい……悪用や拡散が怖いなら厳重に対策をすればいいだけだ。魔族技術を知っていれば、仮に悪用されても対処できる。しかし、知らねばどうしようもない」

「そうねー。国が禁止してても、魔族が技術提供するとか、お師匠みたいに独自研究するかもしれないものねぇ」

 

(実際そうなるわけだしね。もしダイが居なかったら、レオナ暗殺は成功して、その後パプニカはお師匠が支配してたでしょうね)

 

「まあ盆暗共の話はもういい。ともかく書物解読も手伝ってもらうぞ。その代価は解読と研究成果の提供だ。望むなら装備や道具の類もくれてやる。それでいいな?」

「そっちも協力するわ。またよろしくね師匠」

「ああ」

 

ここに師弟の契約が成ったのだった。

 




実はバロンは無力感から歪んだ志を持つ元正しき人だったんだ! という展開に。

悪事の動機をはっきり述べたテムジンと違って、バロンはそもそも根底の動機がはっきりとは判明していないこと。テムジンに媚びる風でもなく、逆に最初から裏切ろうと企んでいるわけでもなく、協力してやっている風にも取れたこと。
それには何かがあったのでは!? という空想を膨らませてみました。

彼が決定的に歪むことになった分水嶺にあたる時期にずるぼんがもどってきた……という想定です。

投稿時作者は里帰りのため不在です。感想返信はしばらくのちになるかと。
次もできうるなら正月休みが終わるまでにはもう一話。

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