マトリフが激しくうねる魔法力のオーラを放出しながら、地面に撃墜させられた気球に向けて杖を向けていた。
「てめえら、いい度胸してるじゃねえか。ああ?」
すぐにでも強大な呪文が放たれ、気球もろとも爆発四散させられてしまいそうだ。
想定以上に怒っている様子に影夫は慌てて猫ぐるみの中から這いでて、ミリアの体内に潜み首に顔だけを出した。
(ミリア。まぞっほ師匠とアキームに被害がいかないように俺達で受け止めるぞ。あの呪文があるから大丈夫だ)
(うん)
ミリアは、気球のゴンドラ部分から身を乗り出して地面に降り立ち、マトリフのほうへ一歩足を進めた。
「マホステ!」
影夫は最近習得したばかりの呪文、マホステを唱える。これはとっておきの対呪文用の切り札だ。
紫色の霧がミリアの周囲に立ち込めて、魔法力を遮断するバリアと化した。
これであらゆる呪文を防げるはずだ。
魔法力そのものの遮断という性質は反則級の特性である。おそらくメドローアですら遮断できるのではないだろうか。
(……まぁそんなに上手い話はないだろうけどな)
ラリホーが効くかどうかの判定に相手の力量が関係するのがダイ世界のルール。相手の力量しだいという傾向があるのだ。
DQ4では無条件で完全な呪文遮断ができたからといって、ここでもそうとは限らない。
だが、少なくとも多少の軽減には使えるだろう。と影夫はこの呪文に賭けた。
「ほう。ずいぶんおもしれえモンを使うじゃねえか。だが、俺にそんなもんが通じると思うか?」
マトリフは杖を掲げてそこに自身の強大な魔法力を集めていく。
「いいことを教えてやる。使い手以上の魔法力を直接ぶつけれりゃ、かき消えるんだよ」
マトリフが放ったまばゆい魔法力の波動はいとも簡単にミリアが纏っていたマホステを消し飛ばした。
(やっぱりか! まぞっほ師匠の呪文は防げたけどマトリフクラスにゃ通じないか……)
(どうする? 倒しちゃう?)
(無理だろうし、攻撃しちゃもっと怒らせるだけだろうな。元々悪いのはこっちだ。暗黒闘気の全力で防御するぞ)
「てめえらはこれで終わりだ!」
「っ……責任はとらなきゃ、ね」
「監督不行き届きは保護者の責任ってな。ふたりでとめるぞ!」
すかさず影夫はミリアの肩から凶手を伸ばし飛んでくるであろう呪文に備えた。
ミリアも両手に暗黒闘気の盾を出現させて待ち構える。
暗黒闘気は魔法との相性が良く、干渉をしやすいのだ。
原作においてミストバーンは放たれた魔法を増幅して打ち返すということをしていた。
彼とは性質や素質が異なるので影夫やミリアに同じことはできない。
大体マトリフは力量が上すぎて打ち返す真似を簡単にゆるしてもらえるものではない。
しかし、物質化するほど凝縮した暗黒闘気であれば呪文を軽減することくらいはできる。
「歯ぁ食いしばれや。お仕置きの時間だ!」
「あ、兄者待ってくれ! ワシらは敵ではない! 用があってきただけなんじゃ!!」
ついにマトリフが杖を掲げていよいよ呪文を放つ、その寸前でまぞっほが転がるようにゴンドラから這い出て、始まりかけた戦いをとめようとした。
「あ? 誰かと思えばまぞっほじゃねえか。」
「あ、兄者……ひ、久しぶりで、その……」
「師匠んとこからおめぇが夜逃げして以来か。んで、何の用だ。もしくだらねえ事だったらてめぇもろともきつい仕置きをくれてやる」
杖をまぞっほに向けるようにしてギロリとマトリフがまぞっほを睨みつける。
ひっと声をもらしつつも、意を決してまぞっほは声を張り上げた。
「ワシに修行をつけてほしい!」
「あん? ……どういう風の吹き回しだ。てめぇがんなことを頼んでくるなんてよ」
「頼む兄者。師匠亡き今、兄者にしか頼めないんじゃ……」
「断る。んなことをして俺に何の得がある?」
まぞっほの意外な申し出に、ピクリとかすかに頬を揺らしたマトリフだが、即座に却下した。
「あ、あのっ、ごめんなさい。呪文を撃ったのはわたしが勝手にやったの。まぞっほ師匠は、乗せられただけだよ! だからお願い!」
「……師匠だと? 先生なんざやってんのか」
「弟子に教わってばかりの不肖の師匠じゃが……頼む兄者。ワシの全財産、20万ゴールドを授業料として渡してもいい。じゃから!」
「ほう。用意がいいじゃねえか。だが興味はねえな」
「後生じゃ! ワシらには兄者の教えと必要とする事情がある……なんでもするから頼む兄者!」
ついに弟子の前だというのに、見栄も張らず恥も恐れず、まぞっほは躊躇いなく土下座を始めた。
以前の彼からは考えられなかったその姿勢は微かにマトリフの心打った。
「分かった。俺と勝負しろ。認めさせることが出来たら事情とやらを聞いてやる。その上で気が済むまで鍛えてやろうじゃねえか」
「そ、そんな……ワシなんかが兄者と……?!」
「嫌なら帰れ」
「わかった。やる……やってみせる!」
まぞっほは、覚悟を決めて立ち上がり、マトリフに相対する。
「あ、すまん。ちょっと待ってくれ……」
(周囲に魔物は……やはり居ないか)
マトリフがまぞっほと勝負を始めようとする直前、影夫は割り入った。
影夫は、気球でバジル島にやってきた時から、周囲の邪気を探って、悪魔の目玉のような偵察役の魔物がいないかチェックしていた。
マトリフは魔王軍にマークされていると思い、マトリフがやってきてからも何度か探ってはいたのだが一向にその気配はなかった。
(ミリア、周囲に魔物はいないか?)
(え? いないと思うけど……どうしたのお兄ちゃん)
「何だぁ?」
「あ、いや……悪魔の目玉みたいな見張りがいたら、排除しとかないとまずいと思ったんだが……居ないみたいなんだ。おかしいな」
「ああ? そういや昔はちょろちょろうっとおしいのが張りついてやがったな……だがもう10年以上側にはきてねえぞ」
「え? そ、そうなのか? なんでだ?」
「しらねえよ」
魔王軍の監視下にある……とすっかり思っていたが実に拍子抜けだった。
(でもよく考えたら人間を舐めきってる魔王軍の連中のことだ。最初は監視したけど、平和の中でただ暮らすだけなのを見て、途中で監視を打ち切ったとか? ……ありえる)
バーンは元々人間なんて相手にもしてないしな。精々アバンくらいだった、気にしていたのは。
直接脅威を味わったはずのハドラーにしてもバーンからもらった強い肉体に慢心してたし。元々見下している人間のことなんて気にもしないか。宿敵であるアバンは別として。
(……なるほど。ハドラー戦では閃華裂光拳もメドローアも見せてないはずだから、なおのこと脅威に思われてないってことか)
「見張りを心配するなんざおもしれえモンを見せてもらえるんだよなぁ。いくぜ! イオ、イオ、イオ、イオ!」
「ぐっ……!」
「おらおら、どうしたまぞっほ、認めさせるんだろうが」
両手から次々にイオの嵐を投げつけながら、必死に逃げ惑うまぞっほに向けマトリフが中指立てて挑発する。
「逃げるだけか? てめえは何も変わっちゃいねえんだな」
「く……ベギラマッ!」
その挑発にのり、まぞっほは右手を握りこみ、己が扱える最大級の閃熱呪文を放つ。
仲間と一緒に死闘を乗り越えたまぞっほのベギラマは並の魔法使いのものよりも威力が大きくなっていた。
金色に輝く閃熱がマトリフへと迫っていく。
「ほう、使えるようになってたか……ベギラマ」
こともなげに突き出した左手からマトリフも閃熱呪文を放つ。右手で鼻をほじりながらの余裕の態度。
「ちったあ腕をあげたようだな」
閃熱呪文同士のぶつかり合いは、マトリフが明らかに手を抜いているというのに、まぞっほが徐々に押されてしまっていた。
「ぐぐっ……! くぅっ……あ、兄者はやはりとんでもない!」
さすがはまぞっほに強く劣等感と敗北感を刻み込んだ兄弟子である。確実に強くなっていたというのにそこには圧倒的実力差があった。
しかし、まぞっほはそれでも己の成長を実感していた。昔であれば、鍔迫り合いにすらならなかったのだから。
だから、まぞっほは一心不乱に、弟子や仲間と出会って変わった己を信じ、呪文に力を篭め続ける。
「負けるわけにはぁぁっ……いかんのじゃぁ!」
その甲斐あって、押し込まれた閃熱呪文はまぞっほに殺到するギリギリで雲散した。
ついに呪文が切れるまで耐え切ったのだ。
「はぁはぁはぁっ……」
「俺様の呪文を受けきったのは褒めてやる……だが! その程度じゃ、認めてやれねえな」
ニタァと、人の悪い笑顔を浮かべ、マトリフは両手で炎のアーチを作り出す。
「そ、それはまさか……!?」
それは、かの魔王ハドラーですら使うことが出来ない極大閃熱呪文ベギラゴン。
「ベギラゴン」
圧倒的熱量を誇る閃熱の柱が、両手を組んだマトリフの手から放たれた。
「……さあどう防ぐ?」
マトリフはそう言いつつもまぞっほの次の行動にあたりをつけていた。
おそらく奴は極大呪文から逃げ出すはずだ。そうなったら姿勢が崩れたところにイオラの嵐をお見舞いしてやろうと思っていた。それでチェックメイトだ。
「ワシはもう、昔とは違うッ! ベギラマァーッ!」
だがマトリフの予想は外れてしまう。
まぞっほはその場から一歩も引かず、むしろ足を広げてその場に踏ん張るようにしてベギラマを放った。
「ほう。らしくねえな。見ねえ間に何があったんだ?」
なまじ頭がよく、物事を考えすぎるあまりに臆病で慎重なばかりの小賢しい性格であったまぞっほとは思えない行動だ。
まるで無鉄砲なガキのように恐れを知らない無謀な行動に、マトリフは首を傾げる。
「おめえにそれだけ覚悟をきめさせる事情ってのに興味が出てきたぜ……」
だがそれだけでは不合格だ。必死こいて覚悟を見せたとはいえ、ただ無鉄砲なだけでは、合格点はやれない。
「なんとかしてみせろ」
ベギラゴンは、ベギラマで受け止められるほど甘くはない。若干速度を落としただけでまぞっほ目掛けて突き進んでいた。
このままではまぞっほはベギラゴンの直撃を受けてしまう。
「……ベギ、ラマァーッ!」
だが、まぞっほは左手からもベギラマを撃ち放つことでベギラゴンを押しとどめた。
2本の火線は大魔道士のベギラゴンを直撃寸前であるものの、どうにか受け止めていた。
「カカカッ! 呪文の同時使用か。やるじゃねえかまぞっほ。何があったのか知らねえが見違えていやがる!」
笑いながらマトリフが少し魔法力を篭めると、それだけであっけなく均衡は崩れた。
まぞっほは殺到してきた呪文を受けて吹き飛ばされてしまう。
とはいえ、呪文の威力は殆ど相殺することができているためダメージはほぼない。
まぎれもなく、まぞっほはマトリフのベギラゴンを防いで見せたのだ。
「及第点をやろうじゃねえか」
「は、はぁはぁっ……まだだ兄者! ワシの一撃……それでワシのすべてを見極めてくれ……!」
マトリフから合格をもらったが、まぞっほにはまだ余力があった。
余力を残して兄弟子に認められるなんてしたくはなかった。
変わった自分の全てを見定めて欲しかったのだ。
マトリフは不肖の弟弟子なんかに、ひねくれていて分かりにくいが色々と目を掛けてくれたと思う。それを裏切り、逃げ出した自分の過去への贖罪と決別の宣言だった。
「おもしれえ。通じるかどうかやってみやがれ!」
人を食ったような笑みから、微笑へと表情をかえてマトリフは足を広げて構えを取る。
変わったと言う弟弟子の全力を本気で受け止めてやるという表明だ。
「ありがとう、兄者……はぁぁぁぁ!」
再び立ち上がったまぞっほは残ったすべての魔法力を練り上げ高めて右手へと集めていく。
一切の出し惜しみはしない。自らの全てを切り札に賭けた。
「メ・ラ・ゾ・ーマッ!」
5本の指先に5発のメラゾーマを作りだす。
「……フィンガーフレアボムズ!!」
右手から放たれた5発のメラゾーマがマトリフへと迫る。
マトリフの逃げ場をふさぐように少しずつ位置をずらして放たれた5発の火炎球がマトリフを炎で包み込んだ。
「……フバーハ!」
しかしその炎はマトリフの全身から噴き出すように現われた魔法力の光膜によってさえぎられ、3発が虚しく雲散させられる。
「ちっ、小癪な……」
残る2発がマトリフに迫る。
杖を持っては迎撃が間に合わないと判断したマトリフはそれを投げ捨て、その手に直接魔法力を纏わせる。
異なる呪文であろうが同時に2つ扱えるマトリフにとって、素手の両手を使わさせられるというのは、本気にさせられたということだ。
苛立ちと感心の混じった感情を抱きながら、マトリフは左右から迫るメラゾーマの炎を、腕を交差して伸ばしてわしづかむ。そしてそのまま力づくで握りつぶした。
ぷすぷすと、炎の弾は掻き消えるが、彼も無傷ではない。両手が軽い火傷を負ってしまった。
まぞっほの切り札は、兄弟子の服と手を焦がすことしかできなかった。
しかし、世界最強の大魔道士の服を焦がして手に傷を負わせることができたともいえた。
間違いなくそれは凡百の魔法使いにはできないことだ。
まぞっほはそれを成し遂げた。
「うぐ……はぁはぁっ……!」
そしてまぞっほは代償に苦しむ。クラーゴンに放った時は3発だが今回は5発。あの時よりも実力がついているとはいえ、ただの人間には荷が重過ぎるのだ。
またもや確実に寿命は縮んだだろう。
「おい。自分が何をしたのか分かってんのか?」
「こうでもしないと兄者は認めてくれないと思った……兄者は強くて、厳しいからな」
「ちっ。ついてこい。事情ってやつを聞かせてもらおうじゃねえか」
「そ、それじゃあ兄者……?」
「この俺様に正面からぶつかって、両手を呪文で焦がしてみせたんだ。及第以上の合格をくれてやるよ。望みどおり鍛えてやろうじゃねえか」
パンパンと煤のついたローブをはたいて払ったマトリフは、まぞっほのケツを蹴り上げ、そういってさっさと洞窟へと歩き出していった。
マトリフがマホカンタではなく、フバーハで受けてくれたのは寿命を削ったまぞっほの覚悟に応えたひねくれたやさしさだったり。
さて、今回はテンポ悪めですがつめきれず時間切れ。改訂することがあれば手直しを試みます。
とりあえず途中で改訂を始めるのは危険なので新話作成を優先でいきます。