それから3ヶ月が経っていた。
でろりん達と影夫&ミリアは依頼をこなしてこなしてこなしまくった。
さすがに低レベルな依頼には手を出さなかったが、周辺の盗賊団の壊滅から、凶暴な魔物の数が増えすぎた山の間引き、ダンジョン化した森や洞窟の掃討と封鎖、要人護衛など、多種多様な依頼をこなしまくった。
そしてついに……今では、ミリアやでろりん達でないと達成が難しいような高レベルな依頼はなくなってしまった。
魔物達も凶悪な悪人どもも、ベンガーナに近づけば即壊滅させられるために寄り付かなくなったのだ。
おかげで世界一といわれるほどに安全な都市となったベンガーナは貿易拠点としてますます栄えていたが、影夫達は開店休業状態になっていた。
「こんにちはー」
「ミリアのお嬢ちゃんか。あいにくだが依頼ならないよ。低レベルな依頼は多すぎて困るくらいあるけどね。ったく人手が足りないよ」
「そうかぁ……平和なのはいいんだけどなあ」
ミリアの胸元に抱きかかえられている影夫は、そう言ってため息をつく。
ここ2週間ほどは、本当にやることがない。
報酬も経験も期待できなさそうな低レベル依頼をこなすくらいなら古文書あさりでもしていたほうがましだ。
ちなみにクラーゴンの討伐後くらいに、影夫は自らが変幻自在の姿を持つ伝説の武具であり、勇者ミリアを見込んで手助けしているという話はすでにルイーダに話してある。
「姐御ー、次の依頼は?」
「これだよ、さっさと行って稼いできな!」
「あいよっ!」
あわただしく酒場に戻ってきた冒険者が、依頼書を受け取るなりまた走り出て行った。
彼は、以前にミリアに絡んできた馬鹿の一人だ。
ルイーダによる矯正が功を奏したのか知らないが、それ以後はチンピラぶりはなりを潜め、低レベル依頼が溢れる今では勤労青年になっていた。
堅実な貯蓄もしているようで今度付き合っていた彼女と結婚するらしい。
仲間達にも慕われているらしいし、前途も明るそうだ。
ちなみにすでに彼からは絡んだことへの謝罪を受けており、影夫は許していた。
もっとも、許さないと自分が小さい人間みたいで嫌だからという渋々な理由からではあるが。
元々嫌いな類の人間だっただけに、いくら謝ろうがお前が愚かだった過去は永久に消えないと拒絶してやりたかった。
「あーあなんだよアイツ、まともになっちまって。なんだかなぁ」
影夫は面白くない。昔悪かった奴の典型的更正ストーリーといった感じがすごく気に入らない。
将来社会的に成功でもしちゃいそうな変貌振りとリア充ぶりだ。
「くそっ、なんだよ。DQNからリア充になるとか最悪だ!」
「お兄ちゃんああいうの嫌いだもんねぇー」
大嫌いな奴が、幸せいっぱいというのは影夫には大変面白くなかった。思い切り不幸になったらメシウマしてやったのに。と怨念を撒き散らす。
一度嫌うと根に持って嫌い続け、祝福する気持ちがわかないあたり、影夫の狭量さと俗物ぶりがうかがえた。
仮にあの青年が影夫に一生掛かって払うくらいの金を山と積んだり、物理的にケジメをつけるなら影夫も心から許せたのだろうが、ただの土下座謝罪だけで大嫌いな人間を許せるほど人間が出来ていないのであった。
その土下座が本当に心からの誠意なのか、熱した鉄板の上で試してやりたかった。ともかく気に入らないのだ。
「そんなことより、今日は話があるんだ。きてくれてちょうどよかったよ」
「話? 依頼……じゃないよな?」
「違うさ。王様からの呼び出しだね」
「はぁ?」
想像もしていなかった言葉に間抜けな声を出す影夫。
「おうさま? ベンガーナのいちばんえらいひと?」
「そうだよミリアお嬢ちゃん。あんた達の活躍を何度も聞いたみたいでね、ぜひとも会いたいそうだ。褒美もとらせるって話だよ」
「わぁ! すごいねお兄ちゃん」
ミリアは素直な反応を見せるが、影夫としてはきな臭いものを感じざるをおえない。
原作ではベンガーナ王はちょっと嫌な人物ではなかったか。傲慢な感じがあったような……。
「ちょ、ちょっと待てって……んなうまい話があるのか? 変な企みとかじゃないだろうな?」
「滅多なことを言うもんじゃないよ。王がだまし討ちなんて真似なんざしやしないさ」
「いや、逆に断言できるほどお綺麗な王だとそれはそれでこの国が心配だけど……」
「どこの国でもそんなもんさ。まぁ、神に仕えし一族の末裔ってことで権威を保って、建国以来ずっと王族やってるんだから、外道なことなんざ表立ってはできないってわけだ。暗殺とか強制勧誘とか、そういうのはないと言っていい。そんなことしたら明日からベンガーナ王は世界中から爪弾きで笑いものだろうからね」
「そうか。じゃあまぁ素直に出向くか……やべ正装なんてもってないぞ」
「あんたらは貴族様じゃないんだ。普段の格好でいいよ。清潔にしておけばそれでいいさ。言っとくけど呪いの品なんてもっていくんじゃないよ。城にいれてくれないからね」
「ああ、分かった。つまりDQ1ってことだな」
おーなるほどと、影夫は合点した。つまりDQ1のあれだ。
懐かしい思い出が蘇り思わずにんまりとする。HP1で城の外に追い出されたっけ。
「はぁ? まぁとにかく呪い武器はミリアのお嬢ちゃんに持たせるんじゃないよ」
「わかったよ。でも、うぅ、緊張するなあ……」
影夫は前世を含めて、王族みたいな偉い人と会う経験はない。ましてや国のトップになんて会えるはずもない。
影夫は権威や肩書きに弱い性格なので歴史ある国の王様との面会はとても緊張をする。
「け、敬語ちゃんと言えるかなぁ……失礼にあたらないといいんだけどなぁ……」
とはいえベンガーナは祖国ではないのでまだしも気は楽なほうである。もし、前世で同様のことがあったら影夫は緊張のあまり何もしゃべれないのは確実だっただろう。
「お兄ちゃんがんばって! 私はいつもどおりお任せするね」
「ミリアは気楽でいいよなあ」
「……変な奴だねえ。凶悪なモンスターと戦うほうがよっぽど怖いとおもうがね」
「いやぁ、そっちは最悪逃げりゃあいいけど、偉い人からは逃げられないからなー」
「ともかく、日時は明日の正午だ。くれぐれも遅れるんじゃないよ」
「あ……」
「なんだい?」
その時影夫は気づいた。
呪いの武器が城に入れないなら暗黒闘気の自分もアウトなのではないかと。
(やべ……でも、ミリアを一人で行かせるわけにも……)
「あ、いや。もろはのつるぎは置いていくけどさ、呪いの武器が持ち込めないってどうやって見つけるのかなって。何か神官とか神父が見張りでもやってるのかなーって思っただけだ」
「城でしているのは装備品と荷物のチェックだけだよ。呪いの武器はそこで没収になるってわけさ。神官や神父なんて忙しい連中を城の入り口に張り付けとくような真似なんかできやしないよ。大体、招いた勇者相手にそんなことしたら、信用してませんって言ってるようなもんじゃないか。だから形式上の検査だけだ」
「へーそうなんだ。勉強になったなぁー」
持ち物検査だけなら、事前にミリアの身体の中に隠れておけばチェックをすり抜けて城に入れる。
ほっと安堵する影夫であった。
☆☆☆☆☆☆
「ほう、そなたたちが最近話題の……」
ベンガーナの王、クルテマッカⅦ世が立派にはやした髭を撫でながら、興味ぶかげにミリアたちを一瞥する。
「は。左から、ガーナの勇者ミリア様、ベンガーナの勇者でろりん様、僧侶ずるぼん様、戦士へろへろ様、魔法使いまぞっほ様となっております」
すかさず、御付の者が補足をいれて、ミリアたちを王へ紹介した。
この間、ミリア達は全員平伏中だ。原作でのロモス王やテラン王は気安いおじいさんな感じだが、クルテマッカⅦ世はいかにもいった王様なので謁見ではそれなりに礼儀を守る必要がある。
「すると5人PTなのか? 珍しいな」
「いえ、ミリアどのはお一人での活動を主としておられます。神の作りし伝説の武具殿とともに旅をなされているとか」
「面をあげよ」
「「「「「は……」」」」」
王の直接の配下ではないで、許可を一度辞退して~みたいな面倒な作法は免除されているので、全員が即座に顔を上げる。
ベンガーナ王は、原作で見たイメージよりも若い。バリバリ働く新進気鋭の若社長のようだと影夫は思った。
「お初にお目にかかりますクルテマッカ陛下」
「こうしてみると、まだかなり若い。ミリアといったか、そなた等そこらの子供と変わらぬ歳ではないか。それで本当に戦えるのか? ん?」
「は……若輩者ではございますが、皆の助力を得て日々努力させていただいております」
「ははは! 殊勝にして謙虚か。実に感心なことだ。ワシは年寄り大臣どもにまだまだ若いと侮られ、怒鳴り散らすことも多いが、そなたのほうがよほど大人であるな」
「は、はぁ……」
ぽかんとしてしまった影夫inミリアを見て、豪快に笑い、してやったりとニタリと笑う。
原作から高圧的な嫌な王なのだろうと思っていたが、まだ若いからだろうか?と影夫は脳裏で首をかしげる。
影夫には分からないが、実はクラーゴンの討伐や影夫とでろりん達でこれまでにこなした依頼が関係している。
本来なら、これらの問題はクルテマッカ王がベンガーナ王軍を大量投入して解決するはずだった。自国と軍隊の力を過信するようになったのは、その事が契機になっていたのだ。
「そなたらの働き、まことに見事である。おかげで王都はますます栄えた。礼を言おう。褒美もいくばくか用意してある」
パチンと王が指を鳴らすと、従者達が金貨や宝石の詰まった宝箱を持ってきて、開けて見せてくる。
すべてをあわせれば50万ゴールドはありそうだ。
「ワシとしてはそなた達をベンガーナ公認の勇者と認め、さらなる支援もしたいと思っておった……しかしだ、軍の整備を進める大臣がうるさくてな」
こほん。と咳払いを一つして、でろりん達をゆっくりと見回してくる。
「自称勇者等に金を渡したところで無駄になる、と。それよりも我が国の軍事技術の粋を集めた戦車と軍船の整備を進めるために資金を投じるべきだとな」
何が言いたいのか?と影夫は内心首をかしげる。見せておいて褒美はなしとはまさか言わないだろうし、意図が分からない。
「その大臣の言はワシにも一理あるように思えるのだ。これからは兵器の時代であるとワシも思っている。そこでだ、我が軍と一度手合わせをして勇者の力とやらを見せてはもらえぬであろうか?」
ベンガーナ王は挑戦的に笑いかけてくる。
力比べをしようというのだ。自らが信じる新しい兵器の力と勇者の力とで。
「無論、勝敗に関わらずこの褒美は授けよう。それに、我が軍団に勝つことがあれば我が国に伝わる伝説の装備品も授けようではないか。いかがかな?」
影夫に不快感はなかった。むしろ、勇者にただすがるのではなく、国として独立自存の意気込みをもつのは好ましく思えた。それに、勝敗に関係なく褒美を渡そうというのもそうだ。
「承りました。存分に競い合いましょう」
「うむ。それでは明日の正午より王城の庭にて手合わせを行うとする。本日は我が城に滞在なされよ。それでかまわぬかな?」
「承知いたしました」