「うーん。なんだか、あまり悪い感じがしないね」
「だよなぁ」
鉄の鎖ががんじがらめに幾重にも巻かれて封印されている木製の棺おけの前で影夫とミリアが首を捻っていた。
「いやいや、何言ってんだよ。十分嫌な気配しまくりじゃねえか!」
「そうよ。さっきから漏れてくる気配だけで寒気が止まらないのよ。本当に危ないわよ!」
影夫とミリアは今日、ルイーダから届けられた呪いの武器の制御を試してみようとしていたのだ。
万が一に備えて、ベンガーナの街の郊外で試すこととし、でろりん達に立ち会いを頼み、もしもの時はシャナクで解呪してくれないかとお願いしていた。
「そうかぁ? ちょっと悪いかもってくらいだよなミリア」
「うん。少し背筋がひんやりする程度だよね。みんな、おおげさなんだからー」
「でも、呪いの武器を棺おけに収納するとか凝ってんなぁー。ルイーダさんも案外おちゃめだよな」
「すごい雰囲気でていいよね! 今からこれに入るのはお前だ! とか敵の目の前で取り出して装備しちゃったり?」
「ひゃーっ、後で絶対背中かゆくなるぞそれ!」
街の外なので影夫は普段のシャドーの姿だ。
ミリアと影夫は一緒に笑いあって、呪いの武器を振り回す未来予想図を描いて、あーでもないこーでもないと胸を膨らませている。
「なんで和気藹々と楽しそうなんだよ、おまえらおかしいぞ! まじでやめとけって!」
「その武器は、殺気立ってて不吉だな……」
「万一があったらどうするんじゃ。わしのシャナクが本当に効くかもわからんのじゃぞ?」
「いや。いける。このくらいの邪気ならたぶん制御できるんだって。万が一やばそうだったら俺の手をぶった切って無理やり装備をはずしてくれ。最悪そうすれば解決だ」
予想以上にびびっているでろりん達をなだめつつ、影夫は武器が納められた棺おけに手を伸ばす。
「とりあえず俺が……」
手の先で刃を作り、幾重にもまかれた鎖を断ち切って、棺おけを開ける。
「お……」
ぶわっ、と邪気のプレッシャーがミリアと影夫の身体を揺さぶり、ミリアの黒髪を揺らした。
『さあ早く!早く手に取れ!』と訴えかけてきているかのようだ。
「もろはのつるぎ、か」
「すごいすごいっ、この痛そうで悪そうなデザインがかっこいいね!」
持ち手の方へも刃が向かっており、持ち主もろとも傷つけるようなデザイン。
これで傷つけられたらさぞや痛く傷口が大変なことになるだろうと思われるまがしい刃の形状。
さらに込められた怨念が目に見えているように剣全体からうっすらと黒い霧のようなものが立ち昇っているようにも見える。
だが、やはりそこまで深刻な邪悪さは感じられなかった。
ミリアが暗黒戦殺砲を放つときのほうがよっぽど禍々しいくらいだ。
そもそものコンセプトが、自分が傷ついてでも相手により大きなダメージを、という捨て身に近いものなので、きっと呪いも弱いのだろう。
「最初はまぁこんなところからだろうな」
拍子抜けするとともに影夫は安堵する。
呪い武器といっても色々ある。
はかいのつるぎや、みなごろしの剣などはどう考えても邪悪さや凶悪さの面でこれよりも上だろう。
ここはゲームのDQ世界ではなく、ダイの大冒険なのだ。
つまり一口に呪い武器といっても、物によって呪いの強さがことなるはずなのだ。
現に、ラリホーのような呪文は敵の力量によって効く効かないが左右されるという設定になっている。
(ちょっと失念してたけどいきなり凄い呪い武器を使おうとするのは無謀だよな……危ないところだった)
呪い武器を使えそうだと影夫は伝えていたが、万一の場合や、最初に扱うということを考え、ルイーダはあえて一番邪気の薄いものを用意してくれたのだろう。
(やっぱりいい人だなぁ)
もろはのつるぎというチョイスにルイーダの心遣いを感じる影夫であった。
「さて、やるか!」
「がんばってー! お兄ちゃん!」
「っ……!?」
柄を握った瞬間、影夫の体を、ぞわぞわっと悪寒が走りじんわりと体の中へと染み渡るように広がっていった。
影夫は心なしか、心がささくれ立っている気がした。
なんていうか、何か発散したくても出来ない状況の苛々感に近いというか、動きたくても動けないくらいの窮屈さと暴れてやりたいという気持ちがある。
だが、それだけだ。何か意識を奪われるとか、どうしようもなく破壊衝動に襲われるということはない。
30歳の冬。クリスマスやバレンタインの夜に街を歩いた時に抱いた怒りや嫉妬や絶望よりもはっきりいって下なのだ。
「どう?」
「なんともないな。ちょっと体うずいて苛々するくらいか。威力は……ってあれ? なんか上手く動かせないっていうか、変だな。ってくそっ、俺には装備できないってことか!」
いらだった影夫は放り込むように棺おけの中にもろはのつるぎを戻し、顔を顰めた。
「はいはいはいっ! 次わたしだよ、わたしが装備する!!」
彼と入れ違うように、ミリアが身を乗り出して棺おけの中を覗き込む。
「ん……じゃあやってみるか。念のためミリアと同化しとくぞ」
「うん。じゃあいくよ~それっ」
ぶわっ! っとミリアが掴んだ瞬間。もろはのつるぎの全体から黒い瘴気が噴き出してミリアを包み込んだ。
「わっ……?」
「ミリア離しなさいっ! あぶないわよ!」
「天上に住まう穢れなき精霊達よ、忌まわしき呪いを砕く力を……」
悲鳴まじりの声をずるぼんがあげ、まぞっほは杖を構えて魔法力を高めはじめる。
ミリアの危機に全力のシャナクを放とうとしているのだ。
「まって! このくらいっ、平気だよ! ハァァアアァッー!」
シャナクが使われる寸前。
ミリアが咆哮とともに暗黒闘気を噴き出させていく。
「このぉッ……暗黒衝烈破ァ!」
ひときわ激しく暗黒闘気の衝撃波を撒き散らされたかと思うと、ミリアを包む瘴気の靄はきれいさっぱり消し飛んでいた。
暗黒闘気の波動の余波で、黒髪を揺らめかせるミリア。
その瞳は赤く変化しており、肌には黒い紋様がうっすらと明滅していたが、狂化や精神操作をされている気配はなかった。
「やれやれ。大丈夫そうでよかった。手助けが必要かとおもったよ」
「あは。中に入ろうとしてきたけど大丈夫。ちょっと躾けてあげたらおとなしくなったから」
ミリアは嬉しそうにそういって右手で握ったもろはのつるぎを縦薙ぎに振ったり、横薙ぎに振ったりして感触を確かめていく。
邪気と怨念を撒き散らしていたもろはのつるぎは、観念したかのようにミリアの為すがままに揮われており、勝手気ままな野良から従順なペットに落ちた動物のようだった。
「何だろ……ふふふ。なんだかとってもいい気分なの! 体が軽くて、なんでもできちゃいそう! もう何も怖くないって感じだよ!」
そりゃあ逆にやばいんじゃないのかと思いつつ、影夫は異常のなさそうなミリアの様子に安堵して肩から手をだし、首元に顔を出すいつものスタイルにもどった。
「マジでお前らなんでもありだな!」
「呪いを抑えこむなど初めて聞いたわい」
「その剣、自分を刺しそうで怖いな……」
あっけにとられていたでろりん達も問題がなさそうな様子に安堵したのか、まじまじともろはのつるぎを観察したり、感心したりしていく。
「へぇーこれがミリアの闘気技なのか。呪いまでねじふせちまうなんてすげーな。俺にもつかえねえかなぁー。便利そうだし」
「でもなんかちょっと物騒よね、前も思ったけど目元はぎらつくし、言葉もどこかおかしくなるみたいだし、どこか不穏なのよねえ」
「すごいのぅ、ちょっと研究したいくらいじゃわい」
わいわいと、輪になって皆で談笑する。
暗黒闘気を使っていても特に何もなくて影夫はほっと安堵した。
「うっしゃ、次は威力の確認しようぜ! 刃があたりそうになったら受け止めるからまかせとけ!」
「いっくよっー! はぁぁっ! やぁっ! たぁっ!」
ミリアは、近くにあった大人の胴周りよりも太い大きな木に向けてもろはのつるぎを横薙ぎに思いっきり振りぬいた。
「きゃっ!?」
「うおっ!?」
グォンという空気を激しく切り裂く音がなったかと思うと、暗黒闘気を纏った刀身は、まるで紙でも裂くかのように木を一撃で断ち切ってしまった。
想像以上の切れ味があっただけではない。確実にミリア自身の膂力が増していたが故の結果であった。
「これ、いい。いいよこれっ! もろはのつるぎすっごく、いい!」
「んーなんかへんだな……」
「そぉれ! きゃはっ! なにこれ! なにこれなにこれぇ!! 最高だよ!」
ミリアが剣を薙ぐと木は次々に伐採されていく。
岩でさえも、簡単にかち割ってしまう。
時おり内側を向いている刃にミリアの体が触れそうになるがその度に影夫が凶手で受け止めて防ぐので呪いのデメリットも特にない。
怖いぐらいに、呪いの武器を扱っているのというのに順調だった。
「ほらっ! きこえる?! 空気が斬れてるんだよ!」
ミリアが手首のスナップをきかせて思い切りすばやく振りぬけば、真空の刃までもが発生して飛んでいく。
「あれ海波斬じゃねーのか!?」
「呪いの武器ってすごいのね! 今のミリアなら魔王にも勝てるんじゃない?」
「実際に魔王をみたことがないからわからんがのぅ。あるいは本当に……」
体が普段よりも強く素早く動くのがよほど楽しいのだろう。
ミリアはそのあたりを無茶苦茶に走り回って目につく木々や大きな岩をぶった切っている。
(何が起こってる……?)
いくらなんでも異様だった。
ミリアの全身の瞬発力が跳ね上がっている。呪いの武器が強いとかそういう問題じゃない。
(まるで全身の筋肉が今までより格段に強くなっているような……まさか!?)
「筋肉が100%の力で動いてんのか!?」
「おいミリア! 今すぐ動くのをやめるんだ! その動きを続けるのはやばい!」
影夫がその現象に思い当たると同時に、へろへろがその危険性に顔を真っ青にしてミリアを制止した。
戦士や武道家は、普段はセーブされている力を意図的により発揮できるように鍛錬をする。
へろへろはその際に危険性についても師から教えられていたのだ。
戦士や武道家の技術による力のリミッター解除は一瞬だが、ミリアはもう10分ちかく全力を発揮したままだ。
だというのに、ミリアの身体は普通の人間のものだ。
そのようなことをすれば……
「なんで? ぜんぜんへいっ」
「やべえっ!」
「き……あ、れ……?」
必死の呼びかけに振り返ったミリアが突然立っていられなくなり、その場に倒れ込んでいく。
「あがっ、ぎっ……かはっ、はっ、あっ……」
「ベホイミ……」
とっさに影夫が手で受け止めて、優しく地面に横たえさせて回復呪文をかけていく。
ろくに動く事もできないのか、ミリアはその場で手足をヒクヒクさせ、苦しげに荒い息を漏らしていた。
よく見れば、体のあちこちにうっ血や痣が出来ている。
ミリアの鼻や口からは血が垂れており、内臓へのダメージも窺えた。
「なん、で……いたっ……い?」
剣を振り回していたときは脳内麻薬か何かで痛みが分からなかったのだろうが、今は全身が痛いようで、うめいていた。
「ミリアしっかりしなさいっ……ベホマ」
あわてて駆けつけてきたずるぼんもベホマで回復していく。
「あっ。ふたりががりじゃマホイミにならないか?」
「そのくらい計算してるわ! 大丈夫、あんたのとあわせても過剰にならないようにゆっくりにしてるから……それより呪文に集中しなさいよね」
「あ、ああ。大丈夫か、しっかりしろよミリア」
ぐったりと動かないミリアをふたりがかりで治療していくのだった。
「もうあんな剣捨てちゃったほうがいいんじゃない? 危ないわよ」
「うーん……そうだなぁいくら強くても使うたびにミリアが酷いことになるんじゃなぁ」
「俺は、ふつうの剣をさがしたほうがいいとおもうぞ」
「でも、攻撃力がなぁ……いっそ駄目元でランカークスにいってみるべきか?」
ミリアの治療が終わった後、影夫とでろりん達は呪い武器の危険性をようやく認識して、どうしたものかと頭を悩ませていた。
もろはのつるぎの反動は、刃そのもののダメージではなく、無意識にセーブしている肉体の限界を発揮させるが故の反動だった。
よくよく考えれば武器の扱いになれていれば、刃が内側にも向いていようがなんだろうが、そうそう己を傷つけることはないはずなのだ。
それでデメリットをなくせるような上手い話はなかったというわけだ。
「やだ……私、使いたいよ! 強くてかっこいいんだもん。暗黒闘気の通りもすごくよくって相性もぴったりなの!」
ミリアはもろはのつるぎが気に入ったようで、大事そうに抱えて嫌々と駄々をこねはじめる。
そうはいっても影夫達も心配だ。ミリアの気持ちは尊重したいが、戦うたびに壊れるなんて賛同できない。
「それでもやっぱり危険すぎるよなぁ?」
「そうじゃのう、今は平和な世なのだし、強い武器に固執せずとも……」
「私は反対よ、体を壊してまで戦うなんて、やっちゃだめなのよ」
「でも、でも……」
でろりん達に反対される中、ミリアはちらちらと影夫をみながら、もどかしげに言葉を濁すしかできなかった。
でろりん達は大魔王軍がやってくることを知らない。
故に彼らからはそれに備えて力をつけようとしているミリアの姿が異様で痛ましく思えるのだろう。仲が深まったがゆえに、心配して何とか止めようとしてくれている。
悩ましいところだった。影夫としてもできれば使って欲しくないけど、大魔王軍との戦いを視野に入れると、そうも言ってられないだろうし、ミリア本人も乗り気だ。
「うーん。反動で身体が壊れるって問題は、戦闘中に俺がずっと回復し続ければ、たぶん大丈夫だと思う」
「そうだよね! お兄ちゃんもそう思うよね!」
「まぁそうだなぁ」
がばっと影夫にだきついて、ミリアは頬ずりして甘える。
甘えられて嬉しそうにしている影夫は、何でも言うことを利いてしまうダメ兄貴の姿そのものだった。
「「「「……………………」」」」
そうまでして必死に使いたがられてはでろりん達も無理強いもできない。
「仕方ないわね、でもできるだけ、普段は使わないようにしないとだめよ」
「うん!」
まだ傷の残る足の裏やふくらはぎに回復呪文を掛けながらずるぼんは、嘆息するのだった。
呪い武器のデメリットを舐めちゃあいけません。
しかし、これでまたなんていうか、恥ずかしい要素がふえることに……リミッター解除、フルパワーモード実装。やりすぎると肉体が崩壊。よくあるやつですね。
でも影夫が支援に徹したら常に筋力100%で戦えるという、某一子相伝拳法みたいな状態に。
しかし、毎日更新だとどうも日々の調子の波やテンションで練り込み不足になってしまいますね……考察や設定が正直練りきれてない感じが……