真昼間の宿の中庭。ちょっとした空き地程度の広さのあるそこで、影夫はでろりんに猫掴みされながらやってきていた。
プラーンプラーンと手足を揺らしながら運ばれる影夫。
「なあでろりんよ。知らないかもしれないがこの持ち方はダメなんだぞ。それに、ぬいぐるみボディが傷むからやめてくれ」
「え? そうなのかすまん」
丁度目的地についたことで、影夫は両手で抱えなおされてそのまま地面に下ろされた。
「で、こんなところに連れてきて何の用だよ?」
「とりあえずこれをみてくれ……イオライオラ!」
「うおっ!?」
突然、でろりんが両手にイオラを出して影夫に見せる。
「なにすんだよ、あぶねーな。はやくしまえ」
「ああ」
「……で、それがどうしたんだ?」
凄いとかよりもこんな場所で危ないじゃないかと影夫は思いつつたずねた。
「クロス、俺にもなんか必殺技を教えてくれよ! ずるぼんにはマホイミ、まぞっほにはフィンガーフレアボムズ、へろへろには闘気砲を教えたってのに俺には何もなしかよ!? ずるいだろ!!」
「あ~……いや、教えたっていうか、こんな技があるらしいよって話をしただけなんだけど……」
「とりあえず俺なりに色々頑張ってみたが、イオラじゃ同時に5発どころか、3発すら出せないんだよ。さっきみせた2発が限界だ。これじゃあ必殺技にしちゃあ弱いだろ」
「んな贅沢な……」
呪文の同時使用は凄いことだ。中級呪文で同じ魔法とはいえ、これができるやつは一握りだろう。
影夫も練習中だが、これが実に難しいのだ。右手と左手にそれぞれ糸を持って同時に穴に通そうとする感じだろうか。
ちなみに別の呪文の同時使用とかはもはや人間をやめているレベルだ。
右手で針の糸を通しながら左手を文章を書くようなもので、んなことできるかという感じなのだ。
「かといってマホイミも難しい。頑張って新しくべホイミを使えるようになったんだが、それじゃあ回復力が弱すぎてとてもじゃないがマホイミになりそうにないんだよ」
「そりゃなぁ、ずるぼんが成功したのだって奇跡的なことだと思うぞ。古代のすんごい僧侶の決め技とかだったんだから」
ずるぼんのアレだってぎりぎりだったらしいし、たぶんマホイミ1発で魔法力はほぼ空っぽだろう。
僧侶のずるぼんでそこまでギリギリなんだから、やっぱ難しいだろう。
「闘気砲……はそれなりに使えた。だが威力が弱すぎてすなおにイオラ使うほうがマシなんだよ。威力あげようとしたら死に掛けた。あ、死んだと思ってマジびびったぞ。こういうわけでもうお手上げなんだよ」
「へえ……いろいろやってたんだな。でもそんだけできれば凄いんじゃねえか?」
というか今さっきつくったイオラ2連発が必殺技でいいんじゃないだろうか。イオナズン級とは言わないけど、かなり強いとは思う。フィンガーフレアボムズよりは威力はないが集団には強そうだ。
闘気砲もイオとイオラの中間くらいの威力なら魔法力が尽きた時につかえばいいかもしれない。
「凄いって……これじゃあ中途半端でダメだろ!」
「でも、勇者って本来そういうもんだぞ。戦士より力はないし、呪文も魔法使いや僧侶よりはできない。でも勇者には勇気って武器がある。それさえあればいいって偉い人も言ってたぞ」
影夫は内心驚きつつ感心していた。そんなに積極的に頑張っていたとは。結局どれも中途半端になってしまった感じだが、本来、勇者ならそんなもんだろう。ダイが規格外すぎるのだ。
アバンも大概ではあるが。
「バカ、俺だけに必殺技がないとかカッコつかねえだろ。勇者とか言われてるのに、そんなんじゃ恥ずかしいっての。大体、いざってときに足手まといになるだろ! 何かいいアイデアをくれよ! なぁっ、頼むよ」
「……うーん」
仲間の足をひっぱりたくない、皆を守れる力がほしいというでろりんの気持ちは痛いほどわかる。
男としても、カッコつけたい、かっこ悪いのは嫌だという気持ちもよくわかった影夫である。
「そうだな……」
影夫は思案にくれて、原作の技ネタを思い返す。
「かの勇者アバンが使う技とか?」
「おおお! そういうのだよそういうの!」
「大地を斬る大地斬、海を斬る海波斬、空を斬る空裂斬、そしてすべてを斬るのが、アバンストラッシュ! 人間が扱う技としてはほぼ最強だろうな」
「そりゃあいい! 教えてくれ」
「無理だ。俺は概念を知ってるだけだからな。てか、マホイミもフレアボムズも闘気砲も全部アイデアを出しただけだから、そこからは努力次第だ」
「……ぅーん。そっか。まぁそれでも何とかやってみるから詳しく教えてくれよ」
影夫はでろりんに原作で語られていたアバン流の技の理屈を推測を交えながら伝えていく。
「まず大地斬だが、自分の力を無駄なく出し切るって技らしい。動きの無駄をなくす必要がある。身体中が疲労困憊になるまで修行した後に、剣で大岩を真っ二つに斬るって修行をきいたことがある」
「動きの無駄か。なくすのは大変そうだ」
「次に海波斬だが、炎や氷といった形の無い物を高速の剣圧で切り裂く技らしい。すばやく衝撃波が発生するくらいに剣を振りぬき、狙った場所に放てるようになれば修得完了ってところか。修行方法としては、ぶっつけ本番で呪文か炎を実際に撃ってもらって成功させないと怪我するって状況で頑張るんだ。背水の陣ってやつだな」
「習得があぶねーが、便利そうだな」
「そして空裂斬だが……心の目で見抜いた敵の弱点とか本性の部分に溜めて高めた光の闘気を撃ちはなって貫くって技だ。修行方法は、光の闘気を扱えるようになった上で、目隠しして木刀で稽古するのと、目隠しして闘気を感じる練習をするらしい。」
「ふむふむ……」
でろりんは腰のポーチからメモ紙と羽ペンを取り出してメモを取りつつ、熱心にきいている。
影夫はメモの速度に合わせつつ、ゆっくりと話を続けていく。
「最後にアバンストラッシュだが……剣を片手で逆手もちにして、斜め上に斬り上げる感じで放つんだったかな。えっと推測だけど地海空を極めないとダメな技だから、無駄なく効率的に力を発揮しながら、素早い剣捌きで、光の闘気を込めて放つ技なんじゃないかと思う。闘気を飛ばす遠距離攻撃型のアバンストラッシュアローってのと、直接相手に斬りつける近接型のアバンストラッシュブレイクってのがある。あと、アローで飛ばした闘気に追いつきブレイクを重ねるというクロスって技もあるがタイミングが難しすぎて人間には不可能らしい」
「ふう、疲れた」
長々と説明を終え、影夫はだらけて地面の草の上に寝っころがる。
メモを腰のポーチにしまったでろりんは何やら思案にくれていた。
「でだ。でろりんがアバンストラッシュを使おうとすると、大きな問題がある」
「空裂斬が俺にできるかどうかだろ?」
「ああ。分かるか。光の闘気を扱う必要があるだけあって、正しき心をもち、正義の志を持った……ぶっちゃけ正義の味方じゃねえとつかえねえだろう」
「自分で言うと虚しいけどな、俺はとてもんな柄じゃねえなぁ……空裂斬ができないとどうなる?」
「アバンストラッシュが紛いものになる。威力も大きく落ちるし、破邪のような特性もでないだろう。何か手を考えないとダメだな」
「うーん……分かった。サンキューなクロス。後は色々考えて俺なりにやってみるよ」
悩んでいる様子だったが、試行錯誤は後でじっくりとするつもりなのだろう。
でろりんのその様子や、自分なりに考えて色々と試して強くなろうとしている姿勢を見て、影夫は彼が一皮向けている様子に感心する。
ふさぎこんだ様子も、焦っている様子もなく、自然体に自分に出来ることを為そうとしている。自分などよりよほど前向きでまっすぐで、人間として好感が持てた。
案外本当の勇者になるかもしれない。と影夫は思った。
「参考になるか分からないけど、俺の知ってる技や呪文の概念をもっと教えるよ」
「おっマジか! そりゃ助かるぜ!」
「えーと腕に全身の闘気を集中させて相手に向かって放出する技があって……」
「ふむふむ」
その日、朝になるまで思いつく限り、影夫はでろりんに概念を教え、ふたりで検討を重ねるのだった。
☆☆☆☆☆☆
「第一回、古文書解読成果報告会を行う!」
宿の女子部屋に集められたでろりん達とミリアの5人を木のテーブルの上から影夫が見下ろしながら宣言を行う。
5人は宿部屋の木の床の上に体育座りをさせられており、影夫は手を組んで直立し、偉そうなポーズだ。
「はぁ? なによそれ」
「なにって、俺とまぞっほ師匠が古文書から見つけたすごいもんを発表しようってことだよ!」
馬鹿馬鹿しい、といった態度を丸出しなずるぼんに、影夫がビシっと指をさす。
「なんでわざわざんなことを?」
「それだでろりん! 古文書解読は、強力な呪文や秘術を得るための大事なもんだ、だがそれを理解しないやつがいる!」
「私っていいたいの? クロス」
「う……そ、そうだよ。古文書を買うたびに無駄遣いとか、男の浪漫とか馬鹿みたいとかいうじゃねーか」
ずるぼんがじとめでクロスを見る。
「あのね、別に私も普通に買うなら文句はないわよ。でもクロス、あんたのつぎ込みかたが異常なのよ。店にあった古文書全部買い占めてきたり、古文書が部屋に入りきらなくてもう1部屋借りて物置にしてるし、あんなに一体どうすんのよ」
「うっ!?」
「私も、限度があると思うけどなぁ。あんまり買いすぎるとこの街を出る時に邪魔になるよね?」
「そーよね。ミリアもそう思うわよねぇ」
「それに、無駄になっちゃう本も多いし……この前解読した本、ただの日記帳だったんでしょ? 同じ本の重複もいっぱいあるよね」
「そうだけどさ! でもたまに凄い呪文が見つかるんだよ! これは男の浪漫なんだよ」
今日も今日とて食料の買出しに出かけたはずが山のように古書を買い込んでいた影夫に、ミリアはじとーっとした目を向け、ずるぼんも一緒に呆れ顔だ。
(ミリア、ハンバーグの材料買い忘れたのを根に持ってるのか……)
「それだけじゃないぞ。金銀財宝の宝の在処が分かるかもしれない。どうだ? それでも無駄か?」
埋蔵金の発掘番組を見てワクワクした少年時代を思い出しながら、影夫は浪漫を胸に溢れさせる。
しかし、女性陣の反応は冷たい。
「見つかればね。どんな確率なのよそれ」
いつか本当に金銀財宝を見つけて、羨ましがらせてやる。なんて思いつつ、適当にずるぼんの言葉を流す。
「それよりも、装備とか道具にお金かけたほうがいいんじゃないの?」
男の浪漫に興味はなく、低確率で不確かなことに金と労力をつぎ込む絵空事にしか思えないのだろう。
ほとんど趣味というか遊んでると思われているらしい。それも成果の報告を大々的に行わなったせいだ。だからこその報告会である。
「真面目な話だが、強大な武器や呪文の手がかりが見つかるかもしれないから大事な作業なんだ。前のクラーゴンだって、ザキの呪文を覚えてたら、もっと楽に倒せたはずだ」
「それは……」
「まぁ、ちょっといきすぎにみえるかもしれないけど必要なことなんだよ。面白さ優先でただ無駄遣いしてるわけじゃないんだ。分かってくれるか?」
「わ、わかったわよ……でも、限度は考えなさいよね。いらない古文書の処分もちゃんとするのよ」
「ああ、わかった。ミリア、忘れたハンバーグはまたあとでいっぱいつくってあげるから勘弁してくれよな」
「ほんと? 私もなにかお手伝いしよっか?」
「まぞっほ師匠とふたりでやってるから大丈夫だよ。ミリアは好きなことしておいてくれな」
「うん、わかった」
「でだ、古文書解読の成果は……」
前の段階で見つけていた呪文は『メラゾーマ、ヒャダイン、マヒャド、イオナズン、ラリホーマ、シャナク、フバーハ、マホキテ、マホステ、アストロン、モシャス、レムオル、アバカム』である。
それから今までに新しく発見していたのが『ザオラル、レミーラ、フローミ、レミラーマ、ラナリオン、ラナルータ、マホカトール、リレミト』だった。
「すごいじゃないクロス! 蘇生呪文や破邪呪文をみつけるなんて……あれなんて王家に仕えるとか高名な賢者や僧侶の弟子にならないと契約できないのに」
「だろ? まだみつけてないけどさ、ザオリクとかもあるかもしれないじゃないか。そういうのを皆にちゃんと成果報告して契約のためのメモも作ってもってきてあるんだ。ためしておいてくれ」
影夫はテーブルから飛び降りて、小脇に抱えた契約について記したメモ用紙数枚を纏めたものを一人一人に手渡していく。
「ん? 俺の分もあるのか。呪文はつかえないと思うぞ」
「俺は、魔法使いに僧侶の呪文はつかえないと思ってた。思い込んでたんだよ。だがきいてみるとまぞっほ師匠は真空呪文が使えるって話じゃないか」
「あーそうなのかまぞっほ? 使ってるところみたことねえぞ……」
「つかえるわい。じゃが普通に他の呪文のほうが有用な場面が多かったからつかってなかっただけじゃよ」
影夫も完全に忘れていたが、まぞっほは真空呪文が使えるのである。それをまぞっほ本人から聞いた影夫は変な先入観は捨てようと思ったのだ。
とはいえ軽々しく職の垣根を越えて皆が呪文を覚えまくれるってことはないと思うが。
「そうなんだよ。だからさ、これからは契約は全員に試してもらうし、魔法力を高めるメディテーションも自主的にやってもらいたい」
「えー! 私瞑想きらーい」
「だーめ! 魔法力が高まるってことは威力があがるってことだぞ。メラゾーマやベギラゴンやイオナズンがへなちょこだったら嫌だろ?」
「それは、そうだけど……」
「じゃあ各自契約は済ましておいてくれ。その後使えるか試して使える呪文は皆に報告すること。仲間なら誰が何を使えるかは知っておかなきゃな」
「それじゃまぞっほ師匠。一緒に解読頑張ろうぜー」
「了解じゃ」
「あ、待ちなさいクロス。解読が終わって要らない本や役に立たなかった本の分別と処分を手伝ってあげるから、私も行くわ」
「そりゃたすかる、ありがとうな」
「ずるぼんお姉ちゃんがやるなら、わたしもやるよ!」
「じゃ、いっしょにやりましょうねミリア」
「へろへろ、俺らは中庭でさっそく契約ためそうぜ」
「わかった」
第一回古文書解読成果報告会はこうして閉会するのであった。
アニメや漫画でよーくみるとまぞっほが真空呪文つかってたり。ダイ世界って意外と職による呪文習得のしばりより、個人の資質面がおおきいですよね