「う、あ……?」
影夫が目を覚ました。
今まで深い水の底に沈んでいたかのような、酷い冷たさと身体の重さを感じて、記憶をたどる。
「俺……どうして」
「あっ!? あの子は!?」
意識を失う前のことを思い出し、慌ててミリアを探し……すぐに見つかった。
「あれ?」
そこでおかしなことに影夫は気付く。
ミリアは影夫の下にいた。正確にはミリアの身体からべろんと飛び出るように、黒い影状の身体が半分だけ出ていた。
「え? くっついて? ってか俺……生きてる?」
「あの後……ってうわ!? 大丈夫か!?」
目を閉じて身じろぎもしていないミリアの身体は血で染まっていた。
あわててミリアが生きているか確認をする。
鼓動や呼吸はあるのでひとまず安堵するが、右手は折れて妙な方向に曲がっており、足や身体など、全身のあちこちが熱をもって腫れていて擦り傷だらけ。その上ところどころ内出血の痕も見受けられる。
まるで交通事故のようなとてつもない力に晒された後のような有様だ。
影夫に医学知識はないが、一目で重傷なのは分かる。
「病院、はあるわけねえか……ってぎゃあ! なんじゃこりゃ!?」
あわてて周囲を見渡して影夫はようやくその光景に気がついた。
視界がやけに赤いと思ったら村の広場は血の海だった。
様々な形の肉片や、細かく砕けた白い骨らしきものが散乱していた。
手足がもがれて胴体だけになっている死体やら、腹に大穴のあいている死体もある。
「うわグロッ……ってマジか。もう慣れちゃってるよ俺」
影夫はグロいなあとは思ったがまるでPCでグロ画像をみたくらいの感慨しかわかなかった。
慣れること自体はあるだろうが、さっきはパニくって吐きそうになったのにもう耐性ができるとは……魔物の体になったことで倫理観が麻痺しているのか?
それは嫌だ、自分は人間を止めたくない。化け物になり果てるのはゴメンだと影夫はごちる。
自分はこれでも人間であることに誇りを持っている。万物の霊長たる、というと増長のようだが、動物なんかとは違う。
星を覆い尽くすほどの文明を築きあげ、科学の力で月をも制覇し、素粒子の世界にまでメスをいれる。
その反面、地球に汚染を垂れ流し、宇宙にもゴミを撒き散らし、殺し合いばかりをする。
愚かだけど賢く、残酷だけど優しく、弱くて強い、矛盾だらけで不完全でそれでも進歩を続けんとする人類と文明社会が好きだった。
だからこそ我慢と満たされぬ日々であっても、文明社会の一員として恥ずかしくないようにあらんとしているのだ。
だというのに、凄い速さで人間をやめていっている気がして憂鬱だと影夫は小さく溜息を吐いた。
「生存者は、いねえか。とにかくこの子を早く治療しねえと……」
「薬なんてもってねえしどうする……あ!? そうだドラクエ世界なんだから、やくそうとか誰かの家にあるだろ!」
「ってそれじゃ泥棒……いや、今更か。村をあげてリンチ虐殺をした報いということで許してもらおう」
「なんまんだぶ、なんまんだぶ……」
因果応報ではあるが、無残な死に様の遺体に手を合わせる。
彼らの成仏を祈って念仏を唱えつつも、なんとかなりそうだと安堵しながら、影夫はミリアの体から抜け出し、家捜しに出かけるのだった。
「やくそう発見!」
手早く家捜しした結果、10軒ほどあった家の中から3つの薬草を見つけることに成功していた。
それが薬草であると分かったのは、DQの攻略本などに出てくる薬草の図と同じものだったからだ。まったく別の姿だったりしたら分からないところだった。
それと、気絶しているミリアに飲ませるため、やくそうとともに発見したすり鉢も持ってきている。
「苦いだろうけど我慢してくれな」
さっそくやくそうをすりつぶすと、少しだけ身体を起こさせ、井戸からくんできた水とともに口に含ませて嚥下させていく。
良薬は口に苦いのかミリアが眉をしかめてはいるが、少しずつ飲ませていき、3つとも全部飲ませることが出来た。
「よし、と」
飲ませてはみたものの、特にミリアの身体に変化はない。さすがに折れた骨が逆再生のように瞬く間に治るということはないらしい。
「あーゲームとちがうのか。しょうがねえ、何か他に手はねえか……」
困ったときの家捜し。
影夫はもう一度村中の家を漁り回すのだった。
「……えーとここはこうなって……こうか」
影夫は手に持った本を見ながら、地面に魔法陣を書いていた。手に持っている本は、どうやら呪文をかじっている村人の家から出てきたもので、僧侶系の初歩呪文の契約の手順や儀式、呪文の使い方などが解説してあった。
この本を見るに、持ち主は見習い僧侶か何かだったのだろうが見習い僧侶が虐殺に参加とは世も末だ。
「ドラクエ世界だからなのか文字も日本語かぁ。いや、ありがたいけど変な感じだな」
いかにもといった古めかしい感じの洋書に日本語が刻まれているというのはなんとも違和感がある。
「よし。後は契約だな。うまくいけばいいんだけど」
前世の意識からどこかおままごとみたいな気恥ずかしさがあるがそんなこといっていてはミリアの傷が治らない。
ドラクエの世界にきている以上、設定や世界観にそったものは現実でリアルで真面目なことなのだからと前世の意識を追いやる。
僧侶の入門書にあったとおり、円陣の中央に立って、深呼吸を行い、心を静めて集中する。
「地に満ちて、生きとし生けるものを癒し育む偉大なる精霊よ……その大いなる癒しの力を我に分け与えたまえ」
ミリアを治したい一心を胸に、精霊に語りかけ心からのお願いの祈りをささげつつ、契約の文言を読み上げていく。
すると、魔法陣から光が溢れ、体がぽわぽわと温かくなるのを感じる。
「よし、これでホイミが使えるはず……」
さっそく、ミリアの側へと戻ってみる。すると、薬草の効果が出たのかミリアの身体の傷が少し癒えている。
が、擦り傷切り傷が消えて体の腫れが引いているていどで、骨折などは治らないようだ。なので、その側にかがみこんで手をかざす。
「それにしても今気付いたけど魔物が五芒星で契約していいんか? しかも俺邪気?の魔物だよな。神聖っぽい?ホイミを契約したぞ」
なにやら突っ込みどころ満載な気がしたが、魂が普通の魔物とは違うからかな? と思い直す。魂の有り方がきっとこの世界では重要なのだろう。体や見た目は単なる器ってことかねえ。
影夫はそんなことを思いつつも、身体の中にある魔法力を手の先に集めて精神を高めていく。
「血よ肉よ、傷を塞ぎたまえ……ホイミ!」
手のひらがほんわりと光り、ミリアの身体の傷を少しずつ癒していった。
「おおすげえ。呪文つかってるよ俺」
子供のころからDQをプレイしていた身として影夫は感慨深い思いを抱きながら、ミリアを回復させていく。
「ホイミ」
「ホイミ」
「ホイミ」
骨折を完全に治し、体中の細かい傷もなおしていく。
何度もホイミを唱えると何かが抜けていくような感覚とともに疲労感が溜まっていくが、まんたんコマンドが欲しいぜなんて馬鹿なことを考えるほどの安堵と余裕があった。
「これが最後だ、ホイミ!」
「ぷはっ!! つ、つかれたぁ」
影夫が治療を終えると同時に、体の芯がずっしりと重くなるような疲労感が襲ってくる。
MP切れは地味にしんどかった。重い二日酔いと風邪の時のだるさが同時に来たような感じだ。
戦闘中にMPが切れたらきっと身体の動きも大変悪くなるだろう。ゲームとは違う生々しい現実をまた一つ発見してしまった。
「ん……ぅ」
「お、気付いたか?」
それから程なくしてミリアは意識を取り戻した。
「あっ、勇者さま!」
目を開けるなり、影夫を見てミリアは彼に抱きついた。
「え、ちょ、っ!?」
10歳くらいの女の子ではあるが、影夫は正直女性に抱きつかれたことなどはない。
満員電車でおしくらまんじゅう状態になったことがあるくらいだ。あの時でも痴漢冤罪をくらわないか冷や冷やしていたくらいだから彼はものすごくこの手の免疫がなかった。
「あ、う……」
だから30歳を越える精神年齢の癖に、子供でしかない少女相手にトギマギして硬直するという失態を演じてしまう。
「は、はなれてくれ!」
「いや!」
どうにか声を出すが即座に却下。ミリアはダダを捏ねるみたいに逆にもっとくっついてきており、四肢を絡めて微かな胸すら押し付けてきていた。
黒影の魔物姿である今だからこそ微笑ましく見えるが影夫本来の体であればさぞやキモくて小児愛好者の性犯罪者っぽく見えていただろう。
「あわわわ……」
「くふふ、冷たくてきもちいー」
すりすりと頬ずりをして影夫の体を楽しむミリア。
とはいってもその仕草に性的な匂いはない。無邪気にじゃれているような仕草だ。
「だぁー離してくれって!」
「やんっ」
性的な意味のある行為ではないと自覚することでようやく影夫は硬直がとけた。
しゅるしゅると伸縮自在の黒い手を伸ばし、服をつまんで持ち上げ、離れさせる。
正面の位置にちょこんと座らせるようにおいてやる。
「もー」
「ごほん!」
こんな少女を意識してしまったことを影夫はものすごく恥じた。
彼はロリコンではない。むしろ年上の色気溢れるムチっとした人妻や母性の強い女性が好みなのだ。
ありていにいって、彼にはマザコンの気があった。
(友人の言ったことは本当だったのか)
マザコンとはつまりロリコンである! と珍説を力説していた女性崇拝者を名乗るオタ友を思い出す。
自分はロリコンではないと断言する影夫に彼は、
『マザコンの気がある。つまり君は対等な立場の女性が恐いのだ。好きになってくれず異性として拒絶されるから怖いんだろう? だから聖母のように優しく受け入れ愛してくれる存在を求めているのだ』
『対等な女性が怖い時点で君はロリコンの資質がある。ロリコンは無垢性や不完全さや幼さを求めているが、それはつまり怖いから弱く未熟な女性であることを求めているわけだ』
『マザコンである君は、心優しい女性に庇護され支配されることをのぞみ、ロリコンである者は、弱くか弱い女性を庇護し支配することをのぞんでいるということだ』
『向かった先が逆なだけで根っこは同じだ。だから君はロリコンなんだよ』
『まぁそのうち分かるときがくる。そしてその暁には、ロリも熟女も隔てなく愛する我が同志となっているだろうよ』
あの時は全力で否定したものだが、この体たらくだ。オタ友の言ったことは正しかったのかもしれない。
ただし卑劣な劣情だけは絶対に抱かないつもりだ。現に今も性的な欲望を感じていない。
もっとも今の体で欲情しても、モノがついてないのでどうにも出来ないのだけど。
「それで身体は大丈夫なのか?」
「え? うん。すごく元気。何でかな? こんなに身体の調子がいいのは久しぶり」
「あ! 勇者さまを食べたからかな?」
嫌なことを思い出させるなぁと影夫は顔をしかめ、死んだかと思ってびびったんだからな。とごちる。
「違うって! 俺が回復させたの。おぼえたてのホイミ連発とかすごく疲れたんだぞ!」
「え? そ、そうなの? ありがとう!」
「ん、ああ。まぁ俺のせいでもあるだろうしな」
満面の笑みでお礼を述べられ、ポリポリと頭を掻いて影夫は顔を逸らす。
少女とはいえ、女の子にこんなに感謝されることは慣れていないのだ。
「っていうかあれからどうなったんだ?」
「うん?」
「いや、俺を食って? からだよ」
「えっと、身体にすごく力が溢れてぇ、それでね、お願いがかなったの!」
「ありがとう私の勇者さま! あなたのおかげでアイツラみんな殺せたの、すごく、すごく、嬉しい!」
キラキラした目で物騒なことを本当に嬉しげな様子で言ってくる。
影夫はいたたまれなくて、何もいえなくなってしまう。
「ありがとう! みんなの仇が取れたの! ぐちゃぐちゃのめちゃくちゃにしてやった! みんなみんな死刑にしたの!!」
興奮さめやらぬミリアがまた抱きついてくる。
だが今度は影夫は何も言わず引き離さずに優しく抱きしめ頭をなでた。
異性に対する意識みたいなものは消え去っていた。
あまりに痛々しすぎる少女の姿がそれを忘れさせたのだ。
「えらい? ミリアえらいよね?」
現代社会で育った影夫には、こんな少女のこの有様はあまりに残酷すぎるように見えた。
このくらいの悲劇は元の世界でも転がっていたはずだが世界でも有数の平和ボケ国ではおよそ起こらない事態であり、彼もそんな子供を見た経験はなかった。
両親に愛されて育った影夫は、子供は絶対に親や周囲の大人に愛され庇護されるべきだと強く思っていた。
ただ、甘やかすということではなく、叱ったり躾けは絶対に必要だ。それらをきっちりやってこそだと思っていた。
「すまない……」
影夫は自分の行為が軽率ではなかったかと猛省していた。
感情のままに飛びこんだくせに、中途半端にもたついて迷い、その結果、何もかも裏目に出ていた気がする。
彼が断固たる意思と考えをもって助けに入り、即座に少女を連れて村から逃げていたら……きっとこの少女は壊れることはなかった。
自分がミリアに力を与えなければ取り返しのつかない罪を犯すこともなかったのだ。
「なんであやまるの?」
「俺のせいで、本当にごめん……」
影夫は自分を強く呪い恥じた。しかし、時間は元には戻りはしないのだ。
出来ることは少年との約束を守り責任を取るということだけだ。
心が壊れ、天外孤独となってしまった彼女は自分が責任をもって、保護者として庇護し、その心も癒そうと決意した。
決意をしてみるととりあえず自分が今いる場所について何にも知らないことに気付いた。
何かを考えるにしてもするにしても情報は必要になる。
「それで、聞きたいんだけど」
「うんなあに?」
「えっと。ここどこの村なんだ?」
「タネパの村だよ」
「タネパ……タネパ……? うーん知らない名前だな。ドラクエ世界のはずだけど……」
ドラクエに関しては1から8までしかやっていない。だから影夫の知らないドラクエの世界かもしれない。
そうだと困ると影夫は考え込んだ。知っている作品なら、戦火から逃れるとか、どこかに隠れるなどが出来るだろうし、ミリアが落ち着いて暮らせそうな場所も割り出せるのだけど。
「ドラクエ世界ぃー?」
「いや、こっちの話だよ。じゃあここの国の名前は?」
「うんとね、たしか、ベンガーナだよ」
「ベンガーナ、ベン、ガーナ……? 聞いたことあるようなないような……」
影夫の脳裏にかすかに脳裏に引っかかるものはある。だけどそれが何かなのか出てこない。
しょうがないのでさらに情報を聞き出していく。
「えっとよその国で知ってる名前はある?」
「カールかな。悪い魔王を倒した勇者さまがいる国だってパパとママが言ってたから覚えてる! あとはお兄ちゃんが、リンガなんとかって国に友達がいるって言ってたよ。あ! パプニカってところの服がとてもオシャレで綺麗なの。ママが結婚式の時に着たドレスはパプニカのものなのって言ってたんだよ! 他にも何着か家にあるよ」
「そうか……」
話を聞いて影夫は少し後悔し、ミリアの頭を優しく一撫でした。
ミリアは家族との思い出話から国名を教えてくれた。だが、彼女が家族を失ったばかりなのに辛いことをさせてしまった。
よくよく考えれば義務教育なんてないだろうし、親兄弟や知り合いの話とかで覚えるしかないもんな。また軽率なことをしてしまったか。
肝心なところで軽率なことをしてばかりだ……前世からの性格はどうにも治りきらないらしい。
素敵な思い出を楽しげに思い返している様子なのは、まだ実感がないからだろうな。
「教えてくれてありがとうな」
「うん!」
どうやら、ここはダイの大冒険の世界であるようだ。
よくよく考えれば呪文の契約なんて概念があったのもダイの大冒険だけではなかったか?
(何故気付かなかったんだ俺……)
「ねえねえ。わたし、勇者さまの役にたった?」
「あ~、さっきからずっと気になってたんだけど、その勇者さまってやめてくれよ。大体俺なんてどう見ても魔物だろ」
「ううん、だって私を助けてくれて、お願いだって聞いてくれたもん! 優しいし、すごい力もあるから勇者さまなの!」
「いや、頼むからやめてくれって……聞くたびに恥ずかしくてたまらん……」
「じゃあ、パパ! 優しくて大きくて強いから!」
「ぶふぅーーー!」
影夫は激しく噴出し咳き込む。
さすがに恋人も出来たことがないのに子供が出来てしまうのは勘弁して欲しい。
「な、名前で呼んでくれよ。俺は黒須影夫だから」
「クロス・カゲオ? それじゃあ、クロスお兄ちゃんだね!」
「あー姓名は逆なんだけど……まあいいや」
(しかしお兄ちゃんか……)
影夫は妹萌えな趣味ではなく、姉萌えな趣味ではある。
しかし、可愛い女の子に親愛を込められて呼ばれるとむずがゆい。妹を持った兄はこんな心境なのだろうか。
「んふふ、お兄ちゃん! クロスお兄ちゃん!!」
ミリアが嬉しそうに呼んで来る。
苦笑しつつ、返事を返した。
「なんだい?」
「なんでもなーい、きゃははは」
歳相応にはしゃいでいるミリアはとても可愛らしい。
ただ返り血がついたままの姿なのがとてもミスマッチだ。
村の惨状もそうだし、早めにミリアの家族の埋葬も済ませる必要がある。
ミリアとのやりとりは、微笑ましい兄弟のようでほのぼのとしていたが、周囲が地獄絵図なのがものすごくミスマッチだった。
「じゃあミリアとりあえず体を洗おうか。着替えもしないとね」
「うん。ねえねえお兄ちゃん、からだ洗って!」
「ひ、ひとりでやりなさい。ミリアは女の子なんだからね」
「ぶぅー」
不満げなミリアをなだめ、彼女の案内で家へと入る。
ミリアの言うところによれば、浴槽がついたお風呂は街のお金持ちか貴族の家にしかないらしく、庶民は薬湯に浸した布で身体を拭いて身体の汚れや匂いを落とすらしい。
「むぅ」
いざお湯を沸かすことになり、影夫は困った。
彼は文明の利器にたよりきって育ってきたから、お湯を沸かすどころか火をつけることすら出来なかったのだ。
「ごめんミリア、俺分からないから教えてくれる?」
「いいよ~ママのお手伝いでいっぱいやったから覚えてる!」
ミリアに笑われたり呆れられたりしながら、悪戦苦闘したものの小一時間でどうにかお湯を沸かすことが出来た。
その後、ミリアを綺麗にさせて着替えもさせたあと、影夫は彼女に疲れているだろうから寝るように言い、眠らせた。
影夫が寝るまで起きてるとグズっていたが、寝るまで手を握ってるし、勝手にどっかに行ったりしないからと約束をしてようやく寝てくれた。
「すぅすぅ……」
手を握って数分側にいたら安心したのか数分で寝息を立て始めた。
心も身体も疲れきっていたのだろう。
「さてと」
ミリアを起こさないようにそっと手を放し、寝室を抜け出して村の広場へと影夫は戻ってきていた。
やらねばいけないことは山のようにある。
まずはミリアの父と母と兄の遺体を湿らせた布で丁寧にぬぐい、できるかぎり綺麗にする。その後、埋葬の準備のために、ミリアの家からもってきた清潔な白い布で遺体を包んでミリアの家に運び込んだ。
すでにミリアに確認して家族構成は確認済みだ。祖父祖母はすでに亡くなっていて、4人家族だったらしい。
次に、村人達のバラバラになった遺体を一箇所に集め、穴を掘って埋葬する。
さらに血や細かい肉片はとりきれないので、その上に土を撒くようにして被せて対処する。
これは腐敗や伝染病の対策でもあるし、誰かが村に来たさいにすぐにはバレないようにするという意味もある。
これには大変な時間がかかった。
作業は村にあった農具で行ったが、扱いに慣れていない上に、彼の身体が半分実体がないようなものなので人間の体とは勝手が違い、すごくやりづらかった。
幸いだったのは魔物であるこの身体はあまり疲れなかったことだろうか。きっと前世の身体のままだったらこの作業は不可能だった。
それでもどうにか、村人全員の埋葬と隠蔽工作を終えるころにはあたりはとっくに夕方をすぎ、夜になっていた。
そのころには影夫にも眠気が襲ってきた。
邪気の塊みたいな魔物でも眠くなるのかと変に感心しつつ、彼はミリアの家にもどり、客間のベッドで眠りにつくのだった。
「安らかにお眠りください……ミリアは俺が必ず守ります……」
「ぐす、えぐっ、ぐしゅ……」
翌日、彼は朝になってミリアを起こすと彼女の家族の埋葬をした。
埋葬する場所は、ミリアがよく家族とピクニックに行っていたという小高い丘の上にある大木の下だ。
「パパァ、ママァ、お兄ちゃん……」
ミリアは、遺体とお別れをして、穴の中に埋めた後も亡き家族にすがるように大木に寄り添い涙を流していた。
死を理解できる年齢になっていたことは不幸だったかもしれない。もっと小さければ心が落ち着くまで理解せずに済んだかもしれない。あるいはもっと大きければ心の整理がどうにかついたかもしれない。
一番多感な年頃にこんな辛いことを受け止めないといけないのは残酷すぎる。
だから、影夫はただただずっとミリアの側にいてあげた。
手をつないできたり、泣きついてきたり、家族のことをいっぱい話してきたり。そんなミリアに丸一日付き合って、その日を終えた。