壊れかけた少女と、元非モテおっさんの大冒険?   作:haou

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勇気

「あ、あぁぁ……」

 

絶望しかけたミリアは突然、力強く抱きしめられた。

クロスとは違うぬくもりと柔らかさ。それが強くミリアへと伝わってきて、彼女をつかの間の正気へと揺り戻した。

 

「…………っ」

 

ずるぼんは、吹っ切るように唇をきつくかみ締め、一際強くミリアを抱きしめる。

 

「ずるぼんお姉、ちゃん……?」

「違うわ……私は、ミリアもクロスも絶対に見捨てたりしない」

 

ビクッと身をすくませたミリアの背をやさしくさすり、言い聞かせように、はっきりと言い切った。

 

「バカクロス! あんたが死んでどうするのよ!? ミリアをひとりぼっちにさせる気なの!?」

 

泣きながら絶望に沈むミリアを見て……死ぬ覚悟をきめた影夫を見て……ずるぼんはふたりを絶対に見捨てることなど出来ないとわめき、怒っていた。

 

「……すわ。……してやるわよ!」

 

「え……?」

「倒す! あんなくされイカ、私が倒してやるって言ってんの! だからクロスが死ぬ必要なんかないのよ!」

 

言葉とは裏腹にずるぼんは震えていた。当然だろう。影夫を見捨てられないなら自分が代わりに戦うしかない。勝てるはずもない相手と。

 

「ふっ、ふざけんなずるぼん!」

 

影夫は、ずるぼんの無茶な言い草に怒る。今は冗談を言ったり世迷いごとを言っている暇はないのだ。

今は警戒しているクラーゴンの様子見が終われば、逃げることが難しくなってしまうだろうから。

 

「ふざけてんのはあんたよ! あんたが死んじゃったらミリアはもう立ち直れないってわかってんの!?」

 

しかし、ずるぼんは一歩も譲らず、怒鳴り返す。

 

 

「ずるぼん……」

 

わずかに震えながらも必死に声を上げるずるぼんの様子を見て、でろりんはきっと彼女は怖かったのだろうと思った。その気持ちはでろりんにもよく分かった。

 

でろりん達にとって、クロスは、親しい仲間であり、弟子であり、妹分であるミリアの大切な存在だ。すでに見捨てることが恐ろしいと思うほどに絆は深まってしまっている。

 

見殺しになどしたら、己のあまりの罪深さに生涯、いや死後にまで後悔し、苦しみ続けることになるだろう。それはきっと死よりも恐ろしい。

 

「……くそっ」

 

彼の心は一つの結論を出していた。愚かで馬鹿で柄でもない行動だ。

するぼんと同じで、今もでろりんの身体の震えは止まらないし、恐怖は全然なくならない。

 

「……やってやる。やってやろうじゃねえか」

 

だけど。でろりんにも男として、師匠として、意地があった。

そしてそれはでろりんだけではない。へろへろもそうであり、まぞっほも全身を震わせながらも同じ想いであったのだ。

 

「ずるぼん……俺らもやるぞ」

 

「へへ、弟子を捨てて逃げるなんて師匠失格だからな?」

 

「こ、こんな情けないワシを、尊敬してくれる初めての弟子なんじゃ……ここは年長者が、ひとつ気張らんとな……!」

 

でろりん達は顔を見合わせ、ずるぼんの肩を叩く。

それですべてが決した。

 

「おいまぞっほ、頼む」

「了解じゃ……ラリホー」

 

「な、に……を?」

 

ずるぼんは、ラリホーが利いて地面にくったりと倒れこんだ彼の横に、優しくミリアを横たえた。

 

「みんな……?」

 

「もう大丈夫。あなたはクロスと一緒にここで待ってなさいね。あんなやつ、お姉ちゃんたちがかるーくぶっ倒してやるから」

「ってわけだミリア……こわい思いさせて悪かった。でももう大丈夫だからな」

 

きょとんとするミリアにずるぼん達は優しく声をかけ、頭を撫でる。

 

「ううん……やくにたてなくて、わがままいって、ごめんね……」

 

「さあ、起きてちゃ傷にさわるから寝てなさいね、ミリア」

「……うん」

「あとはワシらに任せておけ……ラリホー」

 

全員がミリアを撫でたところでまぞっほがラリホーでミリアを眠らせた。

 

臆病で弱っちい、偽物勇者達の挑戦が今より始まる――

 

 

 

「で、実際どうする? 攻撃は強烈、タフさは相当、何よりあの手数……あらゆる点で格上だぞ」

「正直、ワシにはどうしようもないのう。試したこともない新呪文ならあるが……この場で都合よく使えるとは、のぅ」

「俺も、練習してた技はあるが不完全だ」

 

でろりん達は震える足を押さえながら、作戦を練る。がクロスとミリアを一瞬で戦闘不能に追いやる強敵への打つ手は正直言ってなかった。

 

「ま、まずいか……どうしようも……」

 

(いえ、あるわ。たったひとつだけ。分が悪い賭になっちゃうけど……これしかない。えぇいっ、女は度胸よ!)

 

ずるぼんはクロスから渡されていた非常用の魔法の聖水をすべて飲み干し、決意が鈍らないうちに覚悟を決めた。

 

今は全員がやると決めている。しかしでろりん達4人は元来臆病で勇気と根性に欠けるのだ。

時間を経つたびに決意は薄れ、弱虫の虫が騒ぎ出し、元に戻ってしまうだろう。

 

だから、とにかく考える暇も余裕もなくなるほど動くしかない。そう思い、ずるぼんは口を開いた。

 

「みんな、聞いて……私にはたぶん決まれば絶対に勝てるって切り札がある」

 

「「「本当か!?」」」

「説明の時間はないからしないわ。とにかく、突っ込むから、援護しなさいよね!!」

 

でろりん達の決意に期限があるように、クラーゴンも待ってくれない。

警戒対象であったミリアが昏睡したことで、様子をやめて触手を振り回し近づいてきているクラーゴンに向けて、ずるぼんが猛然と突進をはじめた。

 

「待てって! くっ、イオラ! おい、お前も呪文使えよ!」

「ダメよ、魔法力の無駄遣いは出来ないの!」

「くそっ、あと数発で打ち止めだからなッ、イオラ!」

 

ずるぼんの後をおいかけ、でろりんが併走しながら、イオラをお見舞いしてクラーゴンの体勢を崩しつつ、ずるぼん目掛けて襲いくる触手を弾くように斬り払っていく。

 

だが、その足の数は多い。攻撃回数が多すぎて、このままずるぼんを守りきって、クラーゴンにまでたどり着くのは不可能だと瞬時に悟った。

 

「しゃあねぇっ、おいっ、へろへろ、俺達が囮になるぞ!」

「っ!? 了解だ!」

 

後を走ってついてきてたへろへろに声をかけ、でろりんとへろへろは、ずるぼんの側から離れ、左右から別々にクラーゴンへと向かっていく。

 

「イオラ! ボケイカが、こっちに来やがれ! 食い殺してやる! イオラッ! ど畜生ぉ、もうやけくそだぁっ! イオラ!」

 

でろりんは、恐怖と臆病の虫を押さえ込むかのように喚き散らしながら、威力も狙いもお構いなしにやみくもに呪文を放ち、クラーゴンの気を引く。

 

「ふぅぅんっ! どりゃああー!!」

 

へろへろも、影夫から譲り受けていたサブウェポンの聖なるナイフをクラーゴンの顔に目掛けて次々に投げつけ、襲ってきた触手を鉄のオノで思い切り斬り飛ばし、クラーゴンを怒らせる。

 

「グァゥウウウウ……!!」

「ぐっ!?」

「ぐああ!?」

 

だが、クラーゴンとのレベル差は並ではない。ふたりは粘った末に武器を弾かれ、触手に殴り飛ばされた挙句に掴まれてしまう。

ここまでに彼らが必死になってようやく潰せたのは触手5本のみ。それでも十分上出来と言えた。

 

「ぎゃああああ! いてえよ畜生! 柄でもねえことするんじゃなかったーーー!!」

「ぎっ……くそぉぉぉ……!」

 

でろりんとへろへろは必死にもがきあばれるが、ふたりを掴む触手は手を緩めず、逆に強烈に締め上げて、握りつぶそうとしてくる。

 

そんな中――

 

 

「な、情けない……ワシが、ワシだけが……!」

 

まぞっほは、ひとりだけで、ただただ震えていた。

 

でろりんとへろへろは自ら囮となり、命を賭けた。死んでしまうかもしれないのに、勇気を見せたのだ。ずるぼんは仲間を信じて一心不乱に死地へと飛び込んでいる。

 

なのに自分だけが、無様に震えて動けなかった。

弟子を救いたいと思い、協力を申し出ておいてこの醜態。まぞっほは心底自分を呪い、罵倒した。

 

「ワ、ワシは、ワシは……すまん……どうしても、動けないんじゃぁぁ!!」

 

そしてそんな風に思っているのに、まぞっほの足は震えるばかりで一歩も前に進めないのだ。

それどころか、逃げだそうとしてしまいそうなるのを必死で止めるだけで精一杯であった。

 

「ワシに兄者や師匠のような勇気があれば……!」

 

それが、まぞっほにはどうしようもなく情けなく、涙が流れて止まらない。

 

 

「ぎゃあああぁぁーっ!!」

 

まぞっほが葛藤に苦しんでいると、めきめきと骨の砕ける音とともにへろへろの悲鳴があたりに響いた。

 

へろへろは、単純な性格だ。

だからこそ一度決めたら必死に役目をはたそうとした。

武器を失っても体に巻きつく触手に噛み付き、爪を立て、がむしゃらに抵抗を続けて気を引いていた。

 

そしてその意図は成功し、だからこそへろへろは渾身の力で体を砕かれたのだ。

 

「へろへろ!? ちくしょうが!」

「ひ、ひぃ……! ワシ、は……は……ワシはぁ……」

 

「てめぇぇまぞっほぉぉぉっ!! なんとかしやがれぇぇ!!」

「あしが……」

 

「おまえは魔法使いだろうが! 足が動かなくても、手は動くだろ! 魔法は使えるだろうが!!」

「で、でも、ワシは……」

 

 

「てめえもおれらの仲間なら、ちったぁ根性見せやがれ! 腰抜け魔法使いっ!!」

 

でろりんがまぞっほに絶叫する。

 

それと同時に。

 

「ぐあああっっ、いでぇぇぇぇぇっっっっーーーー!!」

 

でろりんも触手によって骨を砕かれてぐったりとうなだれた。

 

 

「でろりん……! へろへろ……!」

 

懸命に役目を果たしたへろへろとでろりんの姿。

それを見せられても、まっぞほの心からは未だ恐怖は消えないし、胸に勇気の欠片はなかった。

 

そんな簡単に人の根っこは変わらないし、変われない。

 

だが、しかし。自分と似た境遇で同じように臆病でありながら、立派な勇姿を見せ続ける若い仲間達を見て、無駄に重ねてきただけの年月の重みが、負けられないという意地へと少しずつだが、変わっていく。

 

『勇者とは、勇気あるものッ! そして真の勇気とは打算なきものっ!! 相手の強さによって出したり引っ込めたりするのは、本当の勇気じゃなぁいっ!』

 

いつか師匠に言われた、教えられた言葉が脳裏に蘇る。

今、でろりん達は、紛れもない勇者になっていた。

 

「ワシは、ワシはッ……!」

 

なのに自分は臆病もののままでいいのか。

この上、また逃げ出してそれでいいのか。

仲間達と一緒に勇者になりたくないのか。

 

先んじて勇者になった彼らは自分達の仲間であり、大切な者たちだ。どうしても守らねばならない者たちもいる。

 

「でろりん、へろへろ、ずるぼんよ! ワシに、ワシにも勇気を分けてくれ……!」

 

この瞬間、まぞっほの臆病な心に仲間たちからもらったちいさな勇気がたしかに宿った。

 

「ワシは、1人ではないっ! 皆がいるなら、ワシだって、勇気の欠片くらい、絞り出してみせる!!」

 

最初にずるぼんが見せた勇気の欠片は、でろりんやへろへろの心へと伝播し、最後にまぞっほの胸に宿った。

 

彼らの勇気の欠片は、アバンの使徒達のそれよりも、ちいさくよわい。

 

だけどそれなら。

1人じゃ勇気が足りないならば、4人が勇気を合わせればいい。

 

そうすれば、臆病で弱っちい偽物も、紛うことなき本物になれるのだ……!




次回、決着。

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