ついに原作のあの技も。
修行と戦いの合間……力をつけようと必死で頑張る戦士達にも休日はあった。
ミリアは休日返上で動こうとしていたけど、影夫が止めて週に1度の休日を作ったのだ。
子供が月月火水木金金はあんまりだろう。情操教育上もふさわしくあるまいという影夫の判断である。子供は遊ぶことも仕事のうちなのだ、と影夫は強く主張した。
とはいえ。ミリアにとっては力をつける修行は遊びのような感覚なので、影夫は若干空回り気味だったりもする。
現に今もミリアは中庭で自主的にまぞっほと魔法の修行中だ。
それでは休日の影夫は何をしているのかというと――
「こっちがこうで、ここがこれ……と。ふんふんふーん♪」
影夫たちが宿泊する宿の部屋。
鼻歌交じりに影夫が、小さな骨のようなものをパズルのように組み合わせ、動物の骨格模型のようなものを作っていた。
「この骨はと……あれ? どこだ……むぅ」
出来映えを立体的に確認するため骨と骨は糊でくっつけつつ、小さな骨の組み込みに唸りながら骨格模型を少しずつ作り上げている。
影夫がこの骨格模型を作り出したのは2週間前。修行や戦いの合間を縫って製作を進めていたのだ。
「きっと喜ぶだなろうなー」
獣医志望でもなかったので、正解の形がよく分からない中、細かい骨と骨の組み合わせを考えてつなげていくのは大変な根気の要る作業。
普段の影夫なら音を上げるところだが、これはプレゼントなのだ。これで無邪気に喜ぶであろうミリアの顔を想像すると苦にはならなかった。
それと同時に、これは影夫のためでもある。
「ちっさな骨さん、あなたはどこの骨さんなの~?」
ふりふりと楽しげに暗黒闘気の身体をゆすりつつ、デレデレと垂れ目で怪しく笑いながら、気持悪い影夫であった。
「よしっ、完成。くぅー苦節2週間の努力が報われた!」
とそこに宿の部屋の扉が開いて乱入者が現れる。
「ただいまー! な、何してんのよクロス……」
「あ、おかえりずるぼん」
部屋に入るなり、気持悪い言動をしているクロスにドン引きしたずるぼん。
彼女はこの宿部屋の主だ。
(でもまぁ、ずるぼんとはいえ、ピチピチの女の子と同棲することになるとはなぁ。何か違う気もするけど)
でろりん達と影夫は、宿泊費を抑えるためになるべく大部屋を借りて共同生活を送っている。
当初、でろりんを含め男達は、一番大きな部屋を1つだけ借りようとしたのだが、ずるぼんに年頃のレディがふたりもいるんだからちゃんと考えなさい! と一喝されてしまい、男女の部屋は分けることになった。
普通に考えて影夫も男部屋だが、ミリアが寂しがるので結局影夫は女部屋で寝泊りすることになった。
これがリースや年頃の美少女との相部屋だったのなら影夫は極度の緊張でもたないところだが、生憎ずるぼんはあまり異性という感じがしないし、ミリアは妹のような感覚なので、何も問題はない。
女性陣が着替える時はミリアの体の中で感覚遮断して終わるのを待てばいいだけだ。
(しっかし、女の子が住んでると何か部屋がいいにおいになるんだよな。男の部屋なんて汗と脂で臭いだけなのに。なんでだろうな?)
とりとめもないことをぼんやりと考えていた影夫だったが、なんだかドン引きしているようなずるぼんの様子に正気に戻った。
「あ、おかえりじゃないわよ。その不気味なものは何よ? それ……どうするんのよ」
びびり顔を引き攣らせながら、ずるぼんが指差してくる。
ずるぼんもやはり女性であるので不気味な骨の標本は気持悪いらしい。
「ああ、これか。ミリアへのプレゼントだよ」
「はぁーっ……クロス。ちょっとはなしがあるわ」
「なんだよ?」
頭痛を堪えるようなしぐさをしながら、ずるぼんは影夫が作業を続けるテーブルの正面に椅子をおいてどかっと座り込んだ。
ビシっと人差し指を影夫に突きつけてくる。
「いい? そりゃあね、あの子はそういうの好きだっていうのは分かるわよ。それに好きな人からのプレゼントは何だって嬉しいのもそのとおりだから喜んでくれるでしょうよ」
「だろ? 調達が大変だったんだよ。ほら見てくれよ。この骨、本物なんだぞ」
影夫が手をぎゅーんと伸ばしてずるぼんの顔の前に見せる。
「ちょっ、顔に近づけないでよっ」
思わず、ぱしんと影夫の手を叩いてブロックするずるぼん。
「いやぁー手に入れるのに苦労したよ。不幸にも馬車に轢かれて死んじゃってた猫をでろりんに探してきてもらったんだ。それを火葬して骨を調達できたんだよ」
「あ、あんたね……」
ずるぼんは今度こそドン引きしていた。影夫はミリアを邪心なく可愛がっているので、何だかんだ言って、優しいいい奴だと思っていた。
だが、こういう死体の利用や冒涜のようなことを平気でするなら少し考えを改めないといけないかもしれないと思いかけて……
「あ、ちゃんと供養はしたからな! 骨も一部を中庭に埋めて、お墓を作ったから成仏してくれると思う。生魚もいっぱい供えたし!」
それってどうなのよ。腐った魚で異臭騒ぎになって宿が迷惑するんじゃないの? と思いつつも、ずるぼんは死体を面白半分で冒涜したわけではないと知り、暴落しかけた影夫の評価を保留にした。
「はぁ……それはいいとしてよ? 仮にも女の子へのプレゼントなんだからもうちょっと可愛いものに出来なかったの? ミリアが肌身離さずに持ってるネコのぬいぐるみとかよ。あれをプレゼントできるのに、なんでその次が骨の猫なのよ……」
ずるぼんの疑問は当然であった。無論影夫もそのことは分かっている。それでもこのプレゼントはベストな選択であるのだ。
「ふっふっふ。甘い、甘いぞずるぼん。これは可愛くてミリアが喜び、俺も色々と便利になって助かるというスーパープレゼントなんだ」
そう言いながら、影夫はにゅっと手を伸ばして、組みあがった猫の骨格に手をかざし……骨に向けて暗黒闘気を放出した。
すると……カタ……カタカタカタと骨が少しずつ動きだす。
「ひっ、はっ、へぁっ!?」
その様子を驚きと恐怖に引き攣らせ、奇声を出してしまうずるぼん。
影夫が手を動かし、指を動かすたびに骨猫が歩いたり座ったり色々な動作をしていく。
「動く骨の猫ちゃん! どうだー面白いだろ?」
その動きはまだぎこちなく、骨同士をくっつけていた糊がパラパラと粉になって落ちているが、動きに問題はなさそうだった。操作に慣れると動きもスムーズになるだろう。
暗黒闘気で操っている間は、暗黒闘気が潤滑油や間接の代わりになって骨と骨を包んでつないで動かせるようになる。
そうでなければ『がいこつ』は動けない。
今影夫が使っているのは、原作にあったからと秘かに練習していた闘魔傀儡掌もどきである。
暗黒闘気を手から細い糸状にして放出し、躯や死体を自由に操るという技であるということしか分からないので思考錯誤が必要であったがついに動かせるまでになっていた。
「な、な……ぅーん……」
面白顔の百面相をしたままのずるぼんだったが、骨猫が顎の骨をカクカクさせて笑うような仕草をさせて見せたところで、気絶してしまった。
「あ。やべ……どうしよう……」
ずるぼんはもっと図太いと思っていたが、やはりそこは女性。それを失念していた影夫の失態だった。
「ほっとくのはまずいか」
椅子の背もたれにもたれかかってだらんと体の力を抜いているずるぼんを、手を伸ばしてゆっくりとお姫様抱っこで持ち上げると、優しくベッドへと横たえて、毛布をかけてやった。
「ふぅ……やれやれ。ずるぼん相手でも、ベッドに運ぶってのは、きんちょ」
パタン。と影夫の背後から音がした。
「あ……」
「ただいまお兄ちゃん。ところで……ずるぼんお姉ちゃんと、ベッドで、いったい、何を、してるの?」
ミリアが部屋に戻ってきたのだ。
「あ。ちがっ」
「おーにぃーちゃんーーー? またなの? またなんだね。お兄ちゃんはどうしていつも女の人に手を出すのかな? 女たらしなの? 女の敵なの? 死ぬの?」
「ぐはぁっ!」
がしりとミリアに肩を掴まれた影夫は、逃げることも許されず、静かにでも容赦ない言葉責めを、誤解が解けるまでされ続けるのだった。
閑話休題。
どうにかこうにか誤解は解けて安堵した影夫は、本題に戻ることにした。
「え、えっとミリア。あのな……」
「ふーん、だっ」
「うっ。機嫌直してくれよ。ほら、プレゼントだぞー」
ベッドに座って、不機嫌そうにツーンとしているミリアに影夫は骨猫を手に持って見せる。
「えっ? ほんと……? わぁっ♪ 骨の猫ちゃんだー」
目を輝かせながら、とたとたと歩み寄ってくるミリアに見せるように、影夫は骨猫を直立させて、執事のように一礼させてみた。
「あ!? 動いてる!? すごいすごい! 傀儡掌できたんだね! 私にも出来る?」
「ああ、後で教えるよ。それよりも……そのネコのぬいぐるみをちょっと貸してくれるか?」
「うんいいよ。どうするの?」
影夫は、ミリアが腕の中に抱えているぬいぐるみを貸してもらう。
「これをこうして……」
ぬいぐるみの背中についてある複数のボタンをはずしていき、背中の裂け目から中の詰め物をはずし、中身を抜き取っていく。
このぬいぐるみは、こうやって中身が簡単に交換できるように工夫されている。
中の詰め物が、現代で使われるような素材とは違ってつぶれやすく傷みやすいので、このようになっているのだ。
「これで……完成!」
しばらくごそごそと作業を続けた後、ぬいぐるみを元に戻して、影夫が咳払いとともに指と腕をくいくいっと動かす。
すると……
「ゴホン。さあさぁお立会い。世にも珍しい動く猫のぬいぐるみだよ!」
デフォルメされて丸っこくてファンシーなぬいぐるみが、てくてくと四足歩行をしたと思えば、身体をしならせて威嚇のポーズをとった。
そうかと思えばごろんとねそべり、顔を撫でるしぐさを披露していく。
「ヤァこんにちは、ボクは生きるぬいぐるみ猫のクロス。今日からミリアがボクのご主人様だニャー」
裏声でそんな台詞を言わせつつ、身振り手振りを交えてコミカルに影夫は猫のぬいぐるみを動かした。
そしてぴょんと跳躍させてミリアの腕の中に飛び込ませて、とんとんと腕を軽く叩いてみせる。
「かわいい、かわいいかわいいかわいいっ!! お兄ちゃんありがとう!」
影夫がやったことは、ぬいぐるみの中に骨を入れることだった。無論骨だけでは抱き心地が悪いので、骨の間から周囲に至るまでを詰め物でこんもりと包んである。
おかげで抱き心地も良いようだ。
動くぬいぐるみ。それは実にかわいらしかった。中身が骨でなければ女性は皆虜になるだろう。いや、男だってこの可愛さには夢中であろう。
「驚くのはまだ早いぜ! なんとこのぬいぐるみは……」
そういった影夫がその場からすっとかき消えた。
「え? お兄ちゃん?」
「ふふ、俺ならここだぜ! とうっ!」
ミリアの腕に抱かれているぬいぐるみが、彼女の身体を這い上がるように登っていき、頭の上でごろんと横になった。
そのぬいぐるみの顔には影夫の目が浮かび上がっている。
シャドーという魔物に似た姿であるとはいえ、影夫は釣り目の邪悪な表情はあまりしないので、垂れ目である。可愛いぬいぐるみの本体とあわさると意外と可愛い表情だ。
ちなみにぬいぐるみの表面に出している目はちゃんと物を見ることが出来る。音も響いて聞こえるので影夫として不便はなく、問題なしだ。
「ふわっ、わぁっ! お兄ちゃんがはいったの!?」
「ふふふ。忍法(違うけど)ぬいぐるみになるの術だー!」
くるんっとミリアの頭の上から跳んだ影夫は、座るミリアのふとももの上に着地して、ビシッっとミリアを指差し決めポーズをとってみせた。
「ミリア以外の意識がある生命体には憑り付けないけど、躯には憑依できるんだぜ? これで街中でも一緒に動いて行動できるようになるぞ。ふたりでいっぱい遊ぼうな、ミリア」
「うん! ありがとう!!」
喜びいっぱいのミリアは影夫が入ったぬいぐるみを抱き寄せ、力いっぱいに抱きしめた。
憑依していると暗黒闘気の効果で頑丈になるので潰れはしないが、ちょっと骨が軋む。
「わふっ……いや。にゃーんのほうがいいか。ぐっ、ぐるじぃ……」
「あっ、ごめんなさいっ……」
あわてて力を抜いたミリアの腕から影夫はぴょんと脱出して、床の上にちょこんと着地。
「コホン。ボクと契約して、魔法少女になってよ! なんちゃって」
影夫はポーズをつけて、某きゅっぷいの真似をしてみる。
存在の怪しさとか、黒い感じはわりと似ているかもしれない。
「なる!」
「いや、ダメだぞ。可愛い姿で調子のいいことを言うやつに騙されちゃダメだからな?」
魔法を使えるかという意味では、ミリアはすでに魔法少女だけど。と思いつつ、影夫は契約を即答で結ぼうとするミリアに突っ込みを入れる。
二足歩行をしながら前足でパシンと突っ込みを入れる姿は、とても愛らしい。
「戦う少女といえばマスコットキャラ。やっぱりミリアみたいな可愛い女の子にはこういうのが必要だよなー。きゅっぷい」
再び跳躍して、ミリアの肩の上にのって、そんなことを言ってみる影夫。
「ねえねえ。さっそく街に行こうよ!」
「今日はもう日が暮れるからだーめ。また明日だな」
「えーっ」
すぐにでも街へ飛び出しそうなミリアを宥めたり、意識を取り戻したずるぼんが、動くぬいぐるみの可愛さに抱きしめて頬ずりした結果、ミリアが拗ねて騒ぎになったり、そんなこんなで騒がしく休日は過ぎていくのだった。
ボクと契約して暗黒少女になってよ! という感じでしょうがミリアが取り込んだので逆な気もしますが。
闘魔傀儡掌はあくまでも見様見真似、それも原作情報のみしかヒントなしなので、もどきです。
また、暗黒闘気の質と素養の在り方の差がミストやヒュンケルと違うので同じ精度で扱うのは難しかったり。どちらかというと影夫やミリアは細かい制御よりも破壊向き。