「これが報酬の9000G。それでこっちが、モンスターの素材やらを売ってできた9573Gだ」
でろりん達が待つ宿屋の部屋に帰ってきた影夫は、ゴールドの詰まった2つの袋をドンとテーブルの上におく。
身体の主導権をミリアに戻して、自分はいつものようにミリアの首にまき、話を続ける。
「んで、報酬の分配は頭数で割っていいか? でろりんたちが4人と、ミリアが1人だからひとりあたり3600Gにして、端数の573Gは当面の宿や食費や道具代などの共同出費に使うのがいいだろうな」
「あれ?ちょっと待ってお兄ちゃん。皆で使うお金が573Gじゃ足りなくなるんじゃない?」
「ああ。でも次の依頼で出た端数をまた足せばいいから大丈夫。毎回の端数を足していったらたぶんあまるんじゃないかな」
「お、おい待てよ。お前の計算がはいってないぞ?」
「あ! ホントだ。いいの?」
「ああ。俺は人間じゃないからカウントには入れないほうがいいだろう」
「そういうわけにも……なあ? お前もちゃんと戦ってたし」
「俺も、あまりよくないと思う……」
でろりんが困惑と申し訳なさそうな顔で仲間と顔を見合わせた。
(なんだよこいつら。原作じゃ立派な小悪党のくせに変なところが律儀つーか真面目だな。へろへろはもっとがめつい性格なんじゃないのかよ)
テーブルの上においてあった果実汁が注がれたジョッキを、ミリアが手に持ってコクコクと飲んでいる。ミリアは細かいことはよく分からないと影夫に任せきり。
でろりんたちは気まずそうな様子だ。
なんとなく沈黙が支配する中、ずるぼんが盛大なため息を吐いた。
「馬鹿ねクロス、最初から欲のないことを言うんじゃないわよ。普通は最初にふっかけてから少しずつ譲歩してみせるのが定石でしょうが」
「いや、ソレは知ってるけど……じゃあ今回だけってことで。師匠たちには指導もしてもらったお礼だとおもってくれればいいよ」
「なにさりげなく私たちが受け入れやすい理由までつけてんのよ。どんだけお人よしなのよ。どこでもそんな調子じゃないでしょうね?」
「そーだよ。お兄ちゃんはいつもへんにお人よしというか、気前がいいっていうか……困っている人がいたらお金でも何でもあげちゃいそうなんだよ」
「クロス、あんたどんだけよ? 救える人は全部救いたいとか思っちゃってんの? 人助けが大好きで生き甲斐になっちゃってる痛い奴なの?」
影夫がずるぼんに呆れ顔で問い詰めてくる。
が、影夫は、全力でありえない馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばして言い返す。
「はっ、ありえねえ。俺が聖人君子なわけないだろ。大体『苦しむ人はみんな助けるんだ、うおおお!』なんて熱血するような奴は気持ち悪いからむしろ嫌いなんだぞ」
「はぁ。そんな無自覚なことばっかり言ってたら、いつか抱えきれなくなって破滅しちゃっても知らないわよ?」
「だから俺はそんなんじゃないって。俺なんか所詮、とんだ俗物の小市民なんだからな。募金なんかしたこともないし、よその国の不幸ごとも他人事にしか思わないんだぞ? これのどこが善人だ?」
影夫は、理不尽な不幸で苦しむ人間には救いの手が差し伸べられるべき。と思うが、甘えや自らの悪行からの自業自得で苦しむ連中には冷酷だ。
彼は、組織や社会の秩序を大事に思う人間だ。だから反抗者も許せないが組織や社会を腐らせる寄生虫やダニも許せないのだ。
そんな自分のことを彼は酷い人間であると思っている。善人ならば分け隔てなく全ての人間を救おうとするだろうが、そんなつもりはさらさらない。
明らかな悪人の不幸は助けるどころかむしろ酷い目にあわせて思い知らせて見せしめにした上で唾をはきかけて社会から抹殺か追放したほうがいいとすら思っているのだ。
「大体、人助けたって余裕がある時によっぽど困ってる人にしかしねえんだ。死にそうになってる人とかな。それくらいは普通だろ。破滅もしねえよ」
こんな冷酷で外道な自分のどこが身を滅ぼすような善人に見えるのか理解に苦しむ。と影夫は内心で愚痴る。
だが、そんな影夫の内心はずるぼんには通じない。現代の基準とこの世界の基準は違うのだ。
「はぁ、徹底的に自覚なしってわけね。こんなんじゃミリアも大変ね……。いい? ミリア。クロスのバカが暴走したらあなたがとめなきゃダメよ」
「うん! 絶対にとめるよ。ずるぼんお姉ちゃん」
いつのまにやらミリアとずるぼんはかなり仲良くなっている。
近所の頼れるお姉さんといった関係だろうか。背伸びがしたいおませな年頃のミリアとしては、色々女としての教えを乞いたいのだろう。
正直嫌な予感がする影夫だったが、ミリアの世界が広がるのは嬉しいので止めることもなかった。
「そうよミリア。男はバカな生き物なのよ。女が上手に手綱を握らないと男はダメなんだから……それにはまずね……」
「うんうん……」
案の定、熱が入ってきたずるぼんがミリアに妙なことを吹き込み始める。
「ま、待てってふたりとも。話が脱線してるぞ」
あわてて影夫が話を戻す。
「とにかく、あんたはもっとしっかりとしなさいよ。お金は大事なんだから、欲張れとは言わないけど、正当な取り分は主張しなさいよね」
「いや、でも、ずるぼんも金は多くもらえるほうがいいだろ? 宝石や服もいっぱい買えるんだぞ。だから今回は俺の分はいいって」
「そ、それはまぁたしかに……ってバカ! そういうことじゃないわよ!!」
ずるぼんも、不機嫌そうに影夫に文句をつけてくる。
ミリアもずるぼんに同調して、そーだそーだとか言ってる。
兄としては嬉しいが、正直女同士でつるまれるのは複雑な気分だった。
(でろりんといい、へろへろといいずるぼんといい、まぞっほといい、こいつらこんなにいい感じの連中だったっけ? 原作が始まるまでに何か心が大きく歪むことがあるのか?)
「クロスよ。ずるぼんはお主を気遣って、心配しておるのじゃよ。ワシは好意は素直に受け入れるのがよいと思うがのう」
「はあ。いや、今回はお礼込みであんた達に多く渡したいんだってほんとに。頼むから受け取ってくれよ」
「しょうがないわね! じゃあ今回だけよ!次からはちゃんとあんたの分も頭割りに入れるからね! ミリアのためなんだから嫌とは言わせないわよ」
なぜか偉そうに宣告してくるずるぼん。ミリアもその横でうんうんと大きく頷いている。
(なんで俺が悪いみたいになっているんだ?)
「わ、わかったよ……」
ずるぼんとミリアはいつの間にか姉妹のように息もぴったりなっていた。
(まぁ俺以外にも懐いてくれるのはいいことなんだけど、ずるぼんとミリアの組み合わせはかなり厄介だなぁ。やりづらい……)
「ほっほっほっほ。報酬を押し付けあう光景なんざはじめてみたわい。取り合うのはうんざりするほどみたのにのう」
「やれやれだな」
まぞっほは愉快そうに笑い、でろりんは呆れ顔で、へろへろは我関せず。
味方が居ない中で、影夫はずるぼんに言われるままになるしかなかった……。
その後、影夫とミリアは、でろりん達と依頼をこなしながら、修行をする日々を送っていった。
グリズリー討伐以後は、ルイーダに腕利き連中と認識されたおかげで、高レベルでないと手ごわい案件や緊急案件などがよく回ってくるようになっていた。
それから二ヶ月。
その戦いと鍛錬の日々の中で、影夫たち6人はゆっくりとしかし着実に力をつけていった。
生まれた瞬間から歪んだ人間がいないように、原作よりも前のこの時点ではでろりん達はまだそこまでひねくれた小悪党ではなかったのです。ナンダッテーという回。
影夫のみょうちくりんな小市民的正義感と善行も顔をのぞかせ、中世ベースの人間からは人がよすぎるように見えるのでした。