「なんだ!?」
「魔物が消えた!?」
「逃げたのか!?」
影夫が消え去ったことで支えを失い、地面に転がったミリアは歓喜する。
彼女の肉体は取り込んだばかりの新鮮な黒いエネルギーを体内に取り込み、糧とした。
歩くことも出来ないほどに疲労し、痛めつけられていたはずの四肢に力がいきわたっていく。
ミリアはビクビクと痙攣を起こしたかと思うと地面の土を指で掻きえぐり、ゆっくりとその身を起こした。
そして、歓喜をあらわすように胸をかき抱きながら、何度も身体を震わせる。
「ああああ゛ァァァァァァーーーーー!!!!!」
とても少女が放ったとは思えないほどの音量で、大地も震えそうなほどの雄たけびをあげた。
「ひっ」
「なんだよぉ!?」
周囲を取り囲んでいた村人達が異常行動をとるミリアに思わず後ずさる。
「くふ」
ミリアの目の下には大きな黒い隈のような痣が浮かんでいた。
それは脈打つように点滅を繰り返しながら、次第に戦化粧のような模様となってその顔に広がっていく。
彼女の顔つきは憎悪と怒りに歪みきり、その瞳は赤く爛々と輝きを放つ。
「くひっ」
さらに口元は愉悦を堪えきれずに裂けるかのように口角がつりあがっていった。
全身に溢れるチカラで、綺麗な黒髪が風もないのにバサバサと乱れ、周囲にビリビリとした殺気が伝播する。
「くふふふふふっ、あははははははっっ……!」
ミリアは嗤っていた。
身体中にみなぎる強大な力に。
激情に任せ、憎い相手を滅ぼすチカラを手にいれることができたことに。
そしてすぐにでも、目の前の連中を八つ裂きに出来ることに。
「ありがとう! 私の勇者さま!! 素敵なチカラをありがとう!!!」
顔に走っていた黒いソレは顔化粧を終えると、次に首を通って、蛇のように絡まるような模様を描きながら、ミリアの腕にも胴にも脚にも広がっていった。
全身にその模様が行き渡った時、ミリアは影夫と完全に融合し終え、暗黒闘気の力を手に入れていた。
「教えて教えて勇者さま。あなたの使いかた、私に全部教えてよ!」
ミリアの声に応えるように、暗黒闘気は自らの扱い方と戦う術までもをミリアの脳と魂へと瞬時に刻み込み、与えた。
「ああぁぁ……!」
ミリアは全身を覆う暗黒闘気の心地よさに酔いしれていた。
それはとてもいい気分であった。
今ならばまるで花を摘むようにたやすく奴らの首を刈れる、そんな確信があった。
「あはは、あはははははははははははぁぁぁぁーーー!!!」
狂笑の雄たけびともに、ミリアはその場から姿を消した。
「へっ?」
ドスン。
間の抜けた声とともに何かが落ち転がる音があたりに響いた後に、赤い血しぶきが周囲に舞った。
村人の目にも留まらぬ速さでミリアが正面にいた村人に飛び掛り、その手にまとわせた暗黒闘気の刃によってその首を刈ったのだ。
「んぅ……はぁん」
圧倒的な力を揮って仇の命を刈り取る、その甘美さにミリアは恍惚として快感に身を震わせる。
「ぎゃあああ!!!」
噴出した血しぶきをまともにあびた村人が悲鳴をあげる。
そして、その声に反応するようにミリアの姿が再び村人の前からかき消え、次の瞬間にまた首なし死体を3つも作り上げていた。
「もっと、もっとぉ……」
「ひっ、ひぃぃいぃっっ!!!!」
悲鳴を上げて恐慌をおこす村人だが、逃げようとして背を向けたものから、命を散らしていく。
「ぎゃぶっ!?」
「ぎぇぇっ!?」
「ぐぎゃあああっ!!?」
ある者は貫手で左胸を心臓ごと貫かれ、
ある者は、頭を叩かれて破裂させられ、
ある者は、四肢を八つ裂きにされ、
ある者は、真っ二つに両断され、
またある者は、腹部に手を突き入れられ、ぐちゃぐちゃに掻き回された。
驚き立ち止まっている間に生きている村人の数はすでに半分に減らされていた。
村人に生き残る機会があったとしたら、ミリアに異変が起こった瞬間に一斉にバラバラになって逃げることだっただろう。
しかしもはやそれは不可能だ。今生きている村人は10人もおらず、その大半は恐怖と衝撃で腰を抜かし地面を這いずるか、呆然として動けずにいる。
「ぎゃはひはふへはひゃひゃひゃはぁぁぁ!!!」
ミリアは、楽しくて気持ちよくてどうしようもなく、たまらなく嗤い喘いだ。
手で肉を潰し、骨を砕き、皮を裂き、返り血を浴びる。それらの五感で感じる死の実感は、たまらなく官能的で素晴らしいものに感じられた。
虐殺に酔った白く美しい肌は火照って朱に染まり、汗ばんでしっとりと濡れている。
小さな舌を、返り血に塗れた唇にちろちろと這わせ、歳に見合わない艶を含んだ笑みを浮かべる。
「あ、あぁぁぁ……ひぃぃぃぃ!」
「ゆ、ゆゆゆゆ、ゆるしてぇ!」
「や、やめやめやめろぉっ、おおお、俺たちは、やってないんだっ!! 言われたから来ただけなんだぁ!!」
地面を這いずる村人は必死になって言い訳をして命乞いをする。
「だがら、ゆるぢでぇぇ!!」
「あはは、ふふふひひひっ、あひゃははははっ!!」
だがミリアは楽しげに嗤いながら、命乞いをする村人の喉を掴んでぐいっと持ち上げる。
村人は青年であり、持ち上げるのはミリアなので、身長さからその身体が宙に浮くことはない。
しかし、全体重が喉に掛かった男は、ミリアの手を押さえてじたばたとくるしげにもがく。
「きゃは」
「ばな、ぢでぇ……ぎゅぐぅ!?」
鼻水をたらし涙を流した懇願に対するミリアの返答は、その手で行われた。
ぐちゃり。と喉骨ごと軽く握りつぶしたのだ。
喉をつぶされると同時に男の身体からは力が抜けて、その股間にぬるい水溜りを作った。
そして間髪いれず、地面を這う虫を潰すかのように、ぷちぷちと一人ずつ、その手で、足で、命を刈り取っていく。
「ひぃぃぃぃ!!!」
ミリアがわずか2人になった生き残りのうちのひとりに手を向ける。
「ままままて! わるいのは村長なんだ! あいつが、やれっていうからぁ!!」
すると、そいつはミリアの背後で這い蹲って震える豚男を必死で指差した。
「あいつがわるいんだ! 殺すならあいつをころせよぉ!!」「きき、きさまっ、裏切るのかわしを!!」
「くふふ」
ミリアは、男の指が指す先を一瞥し、小さく嗤った。そしてそのまま、ゆっくりと太った男の元へと歩み寄っていく。
「ま、まままて! ちがう、わしは、わしはただ!! 村のためを思ってぇっ、わしは悪くなっ」
ずぶ。
喚き散らす豚男の胸にミリアの手があてられたかと思うとゆっくりと指先が肉にめりこんでいく。
「ぎゃああああ」
ずぶぶぐぎゅ、ごぎ、めきぐちゅぅぅっ!
激痛とともにミリアの手が肉を潰し骨を砕いて突き進み、どくんどくんと鼓動を繰り返す心臓に到達して一気に握りつぶした。
「ぎゃべ!?」
「くひぃ、ふふふ、ぎゃひははははははは!!」
一番の仇となる元凶を仕留めた喜びにミリアは天に手を掲げ身をささげるようにして狂笑する。
白磁のようであったミリアの肌はいまや、返り血に塗れ、暗黒の戦化粧で彩られており、邪教の巫女が生贄を捧げているかのようだった。
「ひ、ひ……」
村長を売り渡した男は、這い蹲りながら必死に逃げていた。
死にたくない。そのことで頭がいっぱいだった。
彼はこの村の青年団をまとめるリーダーであった。村一番の力自慢で、粗暴で威圧的な男だった。
その男は見る影もなく地を這ってただただ生き延びんとしていた。
「くふふふふ」
ミリアは音もなく男の背後へと走り寄り、まるで羽のように軽くて小さな手で彼の足首を掴んだ。
父と母のを嬲り殺したのは、村人の総出であったが、兄に致命傷を与え殺したのはこの男なのだ。
どうして逃がすことができようか。
「ひ、ああああああっっ」
その男はむちゃくちゃに脚を振りまわし、身体をあばれさせるが、その小さな手は決して離れることはない。
「げきゃひゃはははは」
ミリアが無造作に手を振り上げ、そのまま地面へと振り下ろした。
「ぴぎゃっ」
男の身体はまるで軽いぬいぐるみになってしまったかのように勢いよく宙に浮いたかと思うと、猛烈な勢いで地面にたたきつけられる。
「くふふ、くひひ、あはははは!」
だがミリアの手は止まらない。
地面に叩きつけられるたび、男の骨は叩き砕かれ、地面との衝突で皮膚は裂け、摩擦によってズル剥けとなり真っ赤に染まった。
「ひゃははははは、あああああああァァァァァッ!!!」
嗤いながら絶叫して、何度も何度もミリアは楽しむように鮮血の華を地面に咲かせていく。
「?」
くりかえすうちに、負荷に耐え切れなくなった彼の足首が断絶してちぎれとび、勢いをつけたまま、男であった赤い物体は彼方へと飛んでいった。
「???」
ミリアは不思議そうに血に染まった自らの手の平を開いて握ってを繰り返しながら見つめていた。
「きゃはは。死んだ! みぃんな死んだ!!」
「……ああぉおおぉおぉおおぉぉぉぉぉォォォォッッッ!!!!」
きょろきょろと辺りを見回し、周囲に生き動くものがいないことを認識したミリアは、今一度大きな雄たけびを上げる。
「あはははははははっ、やった! やったよパパママお兄ちゃん!!」
「わたし、やったの! 見てた? 見てくれてた!? みんな死んだ、殺してやったよ!! 私が、この手で、みんなの仇をとったよ!!」
ミリアの敵はすべてこの世から消えた。
殺戮を愉しみ、憎悪と怒りを晴らした歓喜の雄たけびがあたりにこだまして、野生動物であろうがモンスターであろうが、村周辺に存在する生命体を軒並み恐怖させた。
「…………」
そして、叫び終えたミリアは、糸が切れた人形のようにその場へと倒れこむのだった。