壊れかけた少女と、元非モテおっさんの大冒険?   作:haou

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買物

馬鹿でかいレンガ造りの建物の前で、ミリアがぴょんぴょんはしゃいでいた。

 

「すごいすごい! おっきいね!」

『なかなか圧巻だな』

 

影夫の前世でいうと、大きめの総合スーパーと同じくらいだろうか。

さすがに東京や大阪にあるようなデパートよりは小さいので影夫としてはそこまでの感動はないがミリアにしてみれば見たこともない巨大建築なのでとても楽しげだ。

 

「エレベーター乗りたい! はやくーー!」

『待て待て。まずは1階からみていこうぜ』

 

エレベーターの前まで走りだそうとするのと、制止して、案内板を見る。1階から順に上へとのぼりながら見ていくのが良さそうだ。

 

「あれ? 地下には行かないの?」

『地下は食料品だからな。食いもんはここまでに屋台でつまんじゃったし、食材を買って帰っても調理する場所がないからいかない』

 

「ふぅん。じゃあ今度きたときには寄ろうね! でもなんで地下で食べ物売ってるのかな?」

『食べ物や食材の中にはけっこう匂いが強いものがあるよな? 匂いって下のほうに向かって広がるらしいんだ。だからデパートの上のほうにあると匂いが下の階に漂っちゃうんだ。地下ならそんな心配はないからなー』

「うーん。食べ物の匂いだったらおいしそうでいいにおいだけど、ダメなの?」

『お腹いっぱいのときに食べ物の匂いがプンプンすると嫌だし、余計な匂いが商品についても問題だし、魚とか腐りやすかったり嫌な匂いがしやすいものがあるからやっぱり問題なんだよ』

 

「へぇーそうなんだ。お兄ちゃん物知りだね」

『まぁな!』

 

影夫のうんちくにミリアはふむふむと首を動かして感心しきりだった。

影夫も前世で知った雑学がこんなところで役に立つとはと思いつつも得意げだ。

 

「エレベーターは乗らないの?」

『1階はここだぞ。2階にいくときにな』

「えー。ぶぅ……」

『我慢我慢。まぁー早く乗りたい気持ちはわかるけどさ。えっと1階フロアはっと……宝石・装飾品だな』

 

影夫に促され、ミリアが玄関口のドアからそのままデパートの中へとはいると、ガラスケースの中に様々な宝石やアクセサリが陳列されていた。

男連れの大人の女性や、恰幅のいい中年男などが主な客層らしく、店の中で商品をあれこれと見ていた。

 

当然、お客達の中にミリアと同年代の子供はいない。

店員から追い出されることはなかったが、背伸びしてオシャレしたがる女の子を見るような微笑ましい視線がちらほらと飛んでくる。

 

ひとりの少女が目立つは当然なので、気にせず、影夫とミリアはお目当ての品を物色していく。

綺麗なだけの宝石や装飾品に用はない。冒険の役に立ちそうなものを探していく、が。

 

『ううーん。いのりのゆびわが1つ5000G。他に有用そうな装備品はなしか……買い物はパスだな』

「あることはあるみたいだったけど……売ってなかったね」

「まさか、ちからのゆびわやいのちのゆびわなんかが国宝級のアイテム扱いとはな。よく考えれば永続的に効果を発揮する装備って凄いもんな。そりゃあ貴重だよな」

 

魔法玉などの材料がとても貴重な上に、それらを加工できるレベルの職人がほとんどいないらしく、手に入れるのは無理そうだった。

いのりのゆびわに関しては便利ではあるがかなり高い。これなら魔法の聖水のほうがいいかもしれない。

正直、1階の収穫はなしも同然だった。

 

「じゃー2階の書籍フロアにいくぞ。エレベーターにGO!」

「わぁーい!」

 

ミリアはどたどたと走ってエレベーターに入り込み、えいやっと床の石版を踏む。するとガガヒューンと床が動いてふたりをあっという間に2階へと運んでくれた。

 

ミリアは喜んで石を何度も踏もうとするので、影夫としては壊れやしないか心配だった。

しかしどう考えてもこのエレベーターの動力が謎であるが、魔法力かなにかだろうか?

 

 

 

『はぁ!? 日本語じゃねえの!? えぇぇ!? この呪文書読めねえぞ……』

 

ミリアの身体越しに、呪文書に目を通した影夫は愕然としてしまう。

今まで手に入れた呪文書は日本語で記述されていたのに。と影夫は読めない字を見て大弱りだ。

 

「ミリア。ちょい体を借りるぞ!」

「うん」

「ちょっと店員さーーん!」

 

影夫はミリアの身体で近くにいた店員を呼び寄せると、ベテランといった風な初老の店員がにこやかに対応してくれた。

 

「いかがいたしましたか?」

「あの、呪文書についてなんですが……かかれている文字って何種類かあるのですか? 読めないものがあったんですけど……」

「はい。書物に使われる文字は、大まかにわけて4種類ございます」

「よ、よんしゅるい……」

 

(なんてこった。全部読もうとおもったら3つも言語を覚えないといけないのかよ!)

 

「まずは1つ目、低級呪文や入門レベルの呪文書。こちらは、なるべく多くの方が読めるように今世界中で使われている文字にて書かれております」

 

これは今まで影夫が手に入れてきた呪文書のものだ。つまりは日本語の文字。

ちなみにデパートのアドバルーンや看板も日本語文章であり、基本的にこの世界で使われている言葉はこれだ。

 

「次に2つ目、高度な極大呪文などを記した呪文書。こちらは、魔術文字で書かれております」

 

これが今影夫が手にしている呪文書の文字。くねくねしたよくわからない文字が並んでいる。いかにも古文書って感じ。

 

「次に3つ目、失われし呪文や、秘法や呪法が書かれている古文書。こちらは古代文字にて書かれております」

 

これは、手元にはないが、象形文字に近いもので、カクカクとして解読も難易度が高いのだとか。

 

「次の4つ目、魔族が扱う呪文や、禁呪法などについて書かれている魔族の書物。こちらは魔族文字で書かれております」

 

これは店員も言葉を濁してあまり教えてくれないが、きっと原作で鏡を使った通信呪文とかで送られてきていた文字なんだろう。

 

「うーん……読めないと困るなあ」

 

店員の説明に影夫は盛大に顔を歪め、本の山が陳列されている本棚を睨みつける。

威厳のありそうな分厚い本や古めかしい本やらはやはり、背表紙からして読めない。

 

(やっぱり3つとも覚える必要があるよなあ。魔族の呪文や禁呪文なんかは覚えておいたら切り札になるし、使わずとも知っていれば対策が出来るだろう。原作にはでてこなかった呪文や呪法もあるかもしれない)

 

影夫は、それらの文字を覚えないという選択肢がないことに暗澹とした。

しかし、しかし3つかぁ。と前世で英語が苦手であった影夫は内心愚痴る。

追い詰められないと努力しきれない彼は興味のない暗記科目は大の苦手だった。

 

どちらかというと影夫は、基本の公式さえ覚えていれば、直感を頼りに論理の組み立て、推察を重ねて解いていける数学などの方が得意なのだ。

 

とはいえ、これは受験勉強などではなく、生き死にに直結する大問題である。

究極的にはどれだけ勉強が出来なかろうと死ぬことはなかった前世とは違うのだ。

しかも、今は守るべき存在もいる。自分が死ぬのも嫌だがミリアが死ぬのはもっと耐えられないだろう。

 

好きだ嫌いだなどと贅沢をいう余地などないのだ。

 

(しっかし。思うんだが、何故この世界の住人達は自らを鍛えないのだろうか?)

 

影夫はこの世界の住人達の暢気というか、危機感の薄さが常々気になっていた。

 

国内にいる限り犯罪以外では死ぬか生きるかなんてことにはならなかった前世世界ならばともかく、何かあったら簡単に死ぬ世界なのにどういう神経をしてるんだろうか。

 

ハドラーが倒されたとはいえ、第二第三のハドラーが来たらと何故考えないのか。

最終的に勇者が倒してくれるかもしれないが、それまでに死ぬかもしれないというのに。

 

(最低限の護身術と逃亡用アイテムの1つでも持っておくべきだろうに)

 

思考の海に入り込んだミリアに店員がうかがうように声を掛けてくる。

 

「当店では、魔族の書物以外のすべてを取り扱っております。お客様は、どちらをお求めでしょうか?」

 

(ともかく好き嫌いだの苦手だの言ってる場合じゃないよな)

 

「あ、あの……魔術文字や古代文字や魔族文字の辞書や解説書の類は……ありませんか? 読めるようにならないとダメなんです」

 

「魔術文字の習得には手引きや指南書がございます。古代文字については、解読を試みた学者の書物などはありますが、それらを纏めた辞書というものは存在しておりません。魔族文字についてはその……先の魔王との戦いや、危険性ゆえに禁書指定されており、まともな店では扱うことはございません」

 

「……すると、書物を買い漁って、片っ端から勉強しながら自力で読み解いていくしかないのかぁ」

 

参考書も教師も無しで、書物を頼りに読み進めて覚えていく。

まるで幕末に手探りで英語を勉強しているような環境だ。

前途多難ぶりに内心大きなため息を吐く。

 

「……さしでがましいようですがお客様。呪文の習得にせよ、文字の学習にせよ独学というのはおやめになられたほうがよろしいかと思います。書物では伝えきれない教えや危険もございますし、道を誤らぬためにも、まずはどなたかの弟子になられて師より教わるのがよろしいかと存じます。書籍の購入はその後になさるべきでしょう」

 

影夫が難しい顔で唸っていると店員が忠告をくれる。

何人か同じような客を見てきたのだろうか。忠告は正直ありがたい。たしかに自己流で学んだ末に大きなミスをしでかしたらことだ。

 

「いや、ありがとう。ご忠告どおり誰かに教えを仰ぐことにします」

 

この店員さんは実に良心的である。素人相手だから適当に売りつけてくるかと思いきや、販売機会を逃してまで真摯に教えてくれた。

 

「その時には、ここで呪文書を買わせてもらいますね」

「お待ちいたしております」

 

 

 

書籍の購入もアテがはずれた影夫達は3階に来ていた。

 

『さすがの品揃えだな、魔法の聖水どころかエルフの飲み薬まであったぞ』

「力の種とかはなかったね~。あれば楽なのにぃー」

『まぁそれはなぁ。期待してなかったししょうがない。月1入荷があるかないかじゃ、難しいよ。しかもその都度オークションに掛かるからたぶん糞高いんだろうし』

 

何のリスクもなしに自らを強化できるんだ。金はあるけど命は掛けたくないみたいな連中がわんさと欲しがりそうだ。

金持ちの馬鹿親が、見栄のために子に食わせたりもしてそうだな。

糞の役にも立たないだろうにもったいないことこの上ない。

 

「まったく。成長が止まってから使うべきだろうが種は! 戦いもしねえのに種をつかうんじゃねえよボケが」

 

まぁ、一番需要があるのがうつくしそうらしいが。

 

(うつくしそうだけで満足しとけっての)

 

「しゃーない。MP回復手段の確保だけはしっかりしておくかー」

 

キメラの翼や薬草などのアイテムはすでに充分な備蓄があるので、魔法の聖水を10個とエルフの飲み薬を2個買った。

これだけで12000Gもしたが、もしもの時の命には変えられないと思って、断腸の思いで影夫は散財するのだった。

 

 




原作では日本語の文字のほかによくわからない文字が色々出てきていたので、このような解釈をしてみました。

ファンタジーなDQ世界にきているのにお勉強が必要なんて世知辛いですね。
知識が武器になるのは、現実も同様ですが命が掛かっている分逃げられなくて深刻です。

死んでしまったら後悔すらできません。

しかし、勉強という頭の修行で知識という形の様々な武器を身につける。そう考えると現実での勉強も見方が変わるかもしれませんね。

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