壊れかけた少女と、元非モテおっさんの大冒険?   作:haou

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次回はベンガーナ首都に到着です。
今回の話で一区切りです。

ベンガーナ首都では観光したり、買い物したり、出会いがあったりと色々ある予定です。


告白

「……オハヨウ、オニイチャン」

 

暗い闇の中にあった意識が、地獄から響くような恐ろしい声で呼び戻される。

 

「う、うあああっ!?」

 

跳ね起きた影夫が身を震わせると、そこはベッドの上だった。

 

「ク、クロスさん?」

「へ? シスターさん。こ、ここは?」

 

ベッドの脇の椅子にはシスターさんが座っていて、ビックリした表情で影夫を見ていた。

影夫は、ミリアに気絶させられたときは首元にくっついていた状態の姿だったが、今の格好は普段の姿……魔物の姿だった。

 

「おはようございますクロスさん」

「あ、おはようございます。えっと……シスターさん」

「あ、私の名前はリースと言います。それとここは教会の救護室です」

「リ、リースさん……この姿は、あの……」

 

わたふたとあわてる影夫だったが、リースは軽く首を傾げた後、感心した風にのんびりと口を開いた。

 

「クロスさんって、人間みたいな姿にもなれるんですね」

「あ、ああーそう、実はそうなんです。どんな形にも伸縮自在が売りの成長する万能の武具なんですよね。だから人間っぽくなるのだって朝飯前です!」

「どんな形にもって、本当にすごい伝説の武具様なのですね、クロスさんは」

 

柔和に笑うリースの表情には、一切の疑いも敵意も警戒心もない。

シャドーという影夫の見た目にそっくりな魔物を見たことがないのか、それとも魔物の姿形でも、悪い存在ではないと心から信頼してくれているのだろうか。

 

(よく考えたら、リースさんの歳から考えたら物心ついたころには平和な時代だもんな。そこらに生息する野良魔物ならともかく、シャドーみたいな変り種は見たことがなくても普通か)

 

ともかく内心ほっとする影夫であった。

 

「それで、お体は大丈夫ですか? 昨日は派手に飛ばされていましたから凄く心配していたんです。痛みがあるところなどはありませんか?」

 

そっとリースが影夫の手をとって心配そうな表情を浮かべた。

若い女性にあまり接してこなかった影夫は、リースの仕草と言動のすべてにドキドキしてしまう。

 

(あったかいなぁ……それに、かすかにいいにおいが……)

 

「だ、大丈夫です」

「よかった……」

 

変に意識した影夫が緊張にガチガチになった時。ミリアが駆け込んできた。

 

「起きた? お兄……あーーー!? またくっついてる!?」

 

リースにすがりついていた影夫を見るなり、ミリアの目元が吊りあがり、怒ってますとばかりにビシッっと影夫を指差した。

 

「お仕置きが足りないみたいだねお兄ちゃん! ふふふふふふふ……お兄ちゃんには、ツンデレ虚無娘流の駄犬躾術が、ひ、ひひ、ひつようかしらぁ!?」

 

「ひぃぃぃ、か、勘弁してくれぇ!!」

「あぁっ!? もっとくっついた!? う゛う゛ーー離れて! くっついちゃダメぇぇ!!!」

 

脅えた影夫は思わず側のリースに身を寄せてくっついてしまう。

それを見て、さらに半泣きで怒るミリアに掴まれた影夫は力ずくでリースさんから引き剥がされ、全力で抱きしめられた。

 

「いでででで!! お、おちつけミリア! その、これはだなぁ、アクシデントであって! いわゆる一つの不可抗力ラッキースケベなんだぁ!」

「お、お兄ちゃんは私のものだもん!! 他の人にくっついちゃだめなの!」

 

「な、なんだよそれ! お、俺だってなぁ、あ、相手が許してくれるなら、可愛い女の子とお近づきになりたいぞ!」

「もう何よ! お兄ちゃん最低! JK好きの変態オヤジ! ブルセラマニア! 変質者!! 変態! 変態! 変態!!」

 

「ぐはぁッ!」

 

影夫は自らが吹き込んだ知識で心に大ダメージを負った。

何故自分は年端もいかぬ少女にそんないかがわしい言葉と知識を教えてしまったのか。影夫は深く後悔しながら、胸を押さえてうなだれる。

 

「ごめんねミリアちゃん。お兄ちゃんを取ろうとしたわけじゃないのよ」

「…………う゛---」

 

影夫が撃沈してからしばらく、宥めようとするリースと兄を取られまいと警戒するミリアの間で緊迫した空気が流れていた。

 

「お、おちつけってミリア。リースさんは何も悪いことはしてないんだ」

 

女性経験に欠け、デリカシーのない影夫はリースの肩を持つような言い方でミリアを宥めようとしてしまい、ミリアの感情を決壊させてしまった。

 

「な、なんでお兄ちゃん……その人ばっかりぃ……!」

「お、おいミリア?」

「やだぁ……お、兄ちゃん、とらないでぇ……えぐっ、お兄ちゃぁん……すてないでぇ」

「ば、ばか! 俺がミリアを捨てたりするはずないだろ!」

 

深く傷ついてしまった様子のミリアに慌てふためく影夫。

 

「俺達は家族なんだからな、何があっても捨てるなんてありえないよ。ミリアが嫌がっても、ずっとくっついていくくらいに思ってるんだからな!」

「ぐす……ほんと?」

 

実体に戻り、抱きしめながらミリアの頭を撫で撫でする。

こうしながら言い聞かせるくらいしか影夫にはなす術はない。

 

「も、もう離れないでいてくれる?」

「あ、ああ……わ、わかったよ」

 

「他の女の人にデレデレしない?」

「え!? それはむずかし」

 

「えぐ……ふぇ」

「ああああああっ、わかったしない! 大体この身体じゃだいたいナニもデキないしなぁ! ミリアの側にいないと俺きっと死んじゃうし……もう二度とデレデレなんてしないよ!」

 

「ほんと?」

「う、うんうんもちろん! だ、だから泣くのはやめてくれよ。な、なんでもするからさ」

「うん、ぐしゅ……」

 

ようやく落ち着いたミリアの様子にほっと安堵の息を漏らす影夫。

リースが微笑ましいようなものを見る目でふたりを見ていた。

 

「ミリアちゃんはクロスさんのことが大好きなんですね。本当に大事な絆で結ばれている家族……素敵だと思います。私は孤児で家族はいませんけど、私にもいつか……そんな人ができればと思います」

 

おだやかな笑顔でそう言う。

 

「あ、れ? リース……さんは、お兄ちゃんのことってどう思ってるの?」

「? クロスさん、ですか? 好きですよ。もちろんミリアちゃんのこともです。私を含めたこの村を救ってくださった大切な恩人ですもの」

「じゃ、じゃあ! お、男の人として好きなわけじゃ、ないの?」

 

「??? クロスさんは武具さま、ですよね?」

 

至極当たり前のことだが。

影夫は恋愛対象の異性として認識などされていなかった。

 

自らを伝説の武具とのたまう御仁に、種族の垣根を超えて簡単に惚れてしまうチョロインなんて存在するはずがなかった。

 

「あ、あああ、そ、そうですよねー。あはは、あははははは。いやぁそりゃあ、い、いい人間の男性がいたら幸せな絆もつくれちゃいますよねぇ。ひ、ひひひ非人間相手なんかじゃなくってぇー」

 

わかっていたのに。

こうなって当然なのに。

期待した自分が馬鹿で愚かで間抜けなのに。

 

勝手に舞い上がっていた影夫の心は勝手に奈落の底へと落ちていった。

 

 

 

「ははははは……」

 

馬車の御者台。

そこにはどんよりと陰鬱で不穏な雰囲気を漂わせる一匹の魔物――影夫がいた。

 

「え、えっと……お兄ちゃん……その……」

「いいんだ。そういう事を変に期待した俺がウルトラバカだったんだ」

 

身体を折りたたみ、膝を抱えるような格好でいじけきっている影夫。

 

「そうだよ。前世で散々思い知ってたってのによ、優しくされたらすぐこれだよ。舞い上がって期待して図に乗って勝手に落ち込んで。ははは。マジ笑えるよな」

 

ぶつぶつと口走りながら乾いた笑みで自嘲する。

 

「こっちにきてさ、俺は太った中年じゃあなくなったけどさ、人間でもなくなったんだよな……そりゃ女性に相手になんかされるわけねえよなぁ」

 

すすけた背中で、うなだれながら、黒い雰囲気をもわもわと放つ。

影夫はあの後、村長に出立の挨拶をしているときも、村人に見送られて村を出るときも、村を出てからも、ずっとこの調子であった。

 

「はっ。死んでも直らねえってやつ? 死ぬ前も死んだ後も俺は女性に相手にしてもらえない、好きになってもらえない星の元に生まれてきたんだからよ」

 

「まぁしょうがねえよな。女性はよぉ、俺なんて非リアで間抜けで調子乗りの中年なんかが触れちゃあならねえんだ」

 

「女性ってのは、すげえ尊いんだ。綺麗で優しくて美しくて情に溢れてて心が強い。ただの女である時も、母になった後も、年老いてからすらも。女性は、ほんとうに素晴らしいんだよ」

 

「だからさ、俺が相手にされないのも当然のことで、神聖さを穢さないために必要で当然なことなんだよな。世の中上手くできてるよ。俺は一生女性との恋愛に縁はないんだろうけどしょうがないんだ……運命なんだよ」

 

ズンズンと被害妄想をいつまでも延々と垂れ流し続け、話のスケールを世界レベルにまで広げる影夫。

とにかくこと女性に関しては豆腐メンタルの極みである彼はウジウジと自虐しながら正当化していた。

 

「お、お兄ちゃん! わ、わたしは違うよ、お兄ちゃんのこと好きだもん!」

「今はな……もっと大きくなったらミリアだってきっと、俺のことなんて……嫌いになっちゃうよ」

「そんなことないよ!」

「加齢臭くさいとか、超キモいんだけど。ウザ! とか、ちょーありえないんですけどーとかいってさ、やっぱイケメンっしょーって感じのイマドキのスイーツギャルになっちゃうんだぁ! う、うぅぅ……捨てないでぇ、ミリアぁ」

 

影夫は被害妄想を爆発させてミリアに泣きついた。

小さな女の子にすがりついて甘えて泣いている30代は、色々と終わっていた。

 

「だ、大丈夫だよ、わたしはぜったいそんなことしないもん」

「あ、ああああ……ミ、ミリアぁぁ……」

 

ミリアはいつも影夫がしているように撫で撫でしながら優しく慰めてくれる。

影夫はミリアに天使を感じてありがたやありがたやと拝み倒す。

 

「それに、わ、わたしなら、い、いつでもその、お、女としても、い、いいっていうかぁ……」

「へ?」

「ぱ、ぱぱとままも、はだかでくっついたりしてて……好きな人同士って、あ、ああいうこと、するんでしょ? い、いいよ……」

 

とんでもないミリアの発言に影夫の頭はパンクした。

 

すがり付いて泣いたり、捨てないでと懇願したものの、影夫は子供に本気で発情するほど危ない人間ではない。

影夫の肉体的に無理だとはおもうが、万一出来たとしてもそういう行為をミリアといたすつもりはまったくない。

 

「ダ、ダメだダメだミリア! 俺は紳士なんだ、例えキモオタの変態でも変態という名の紳士なんだ! イエスロリータノータッチ! それが世界の掟なんだ!!」

「お兄ちゃん……わたしのこと、嫌いなの?」

「ぐ、おおお。な、なんという破壊力!?」

 

刹那の一目惚れだったとはいえ、失恋直後でさびしい影夫は、ちょっと胸がキュンとしてしまう。

 

「ミリア……」

「お、お兄ちゃん……」

 

影夫はゆっくりとミリアの肩を掴む。

ミリアも影夫を見つめ……

 

「えっと。俺を慰めるための、冗談だよな?」

「本気だよ! わたしお兄ちゃんが好き! だから……」

 

そういってきゅっと目をつぶるミリア。

そのしぐさと言葉に真剣さを感じて、適当に茶化して場をごまかそうかと思っていた影夫も、真面目に答えることにした。

 

「ミリアはさ、まだ小さいんだ。自分じゃ大人だって思うかもしれないけど、心も身体もまだ大きくなっている途中で、未発達なんだ」

「…………」

「えっと、だからな、そういう男女のことにまだミリアの心と身体は耐えられないんだ。しちゃだめだし、させちゃだめなんだよ」

「で、でも……」

 

「俺は、しないよ。ミリアが嫌だからじゃないよ。逆なんだ。すごく大事だから、酷いことをしたくないんだよ」

「やだよわたし……大人になるまでなんて待ってたら、他の誰かに……お兄ちゃんとられちゃうもん」

「そんな物好きはいないと思うけど……分かったよ。じゃあミリアが大人になるまで、俺は他の人とそういうことはしないって約束するよ」

 

「やくそく……」

「うん。だからぜんぜん焦らなくていい。大きくなっても、まだミリアの気持ちが変わってなかったら、その時にまたそういう話はしような?」

「うん……」

 

ミリアは子供だ。それに、寂しさや失った家族を求めるように、強い依存を影夫にたいしてしている。

好きという感情は本当だろうが男女のそれではないだろう。依存した相手から身体を捧げると言われて受け入れるのは卑劣極まりない行為だ。

 

だからといって、ミリアが抱いている気持ちはまやかしなんだと頭ごなしに否定するのは間違いだとも影夫は思う。

 

例え状況がそうさせたんだとしても、ミリアが感じて想っていることは彼女にとって間違いなく本当のことなのだから。

それを否定することは、ミリアの人格を否定することだ。

 

ミリアは不幸にも傷つけられて心が歪んでいるのだろうが、その歪み込みでミリアなんだから。

今の彼女の気持ちを認めた上で、傷が癒えるのをゆっくりと待つべきだと影夫は思っている。

 

(ああでも、これだと光源氏計画みたいだな)

 

そういえばかなり昔のネットのニュースで実際にそんなことをしようとした男の話があったのをみていた。

実にキモいやつがいるなぁと思っていたがそれは今の自分にも当てはまりかねないと自戒する。

 

ミリアの意思を最大限尊重し、無理強いはもちろん、誘導にならないように注意しようと影夫は思った。

 

 




昨日からなんか展開が変にダラダラしちゃってだめだなあ。

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