「うーん。どうしたものか」
宿部屋の一室。
ベッドの中ですうすうと寝息を立ててお昼寝中のミリアの横で、頭を抱えた影夫は深く悩んでいた。
アバンとの一件があって以来どこか元気がない様子のミリアを励ましたいと思っているのだ。
しかしここで影夫の女性経験のなさが顔を出す。
落ち込む女の人をどうフォローすればいいのやら検討がつかないのである。
「高級レストランでの豪華でムーディーな食事とか、ブランドもののプレゼント、はたまた宝石やアクセサリとかかな?」
貧弱な彼の頭の中の知識には、そういったものを女性にプレゼントすると喜ばれるとインプットしてあった。
「あれ? 違うような……?」
実際のところ10歳の女の子にそんなものを本気でプレゼントする30すぎの男なんて気持ち悪いだろう。喜んでくれるだろうが間違っている気がする影夫。
彼の偏った知識は、おぼろげに聞いた恋愛とかスイーツ?とかいうような女性をくどいたり誘ったりする際のものだ。
しかもラインナップ的に間違いではないが、どうせ女性はそういうものなんでしょう? という非モテ男特有の穿った見方になっている部分があった。
「あ。そうかミリアは子供だもんな。女の子の子供が喜ぶもの。ゲームや少女漫画、はないだろうから……可愛いオモチャとか、人形とかかな?」
「人形。いや、ぬいぐるみのほうがいいか。むむっ。これは名案かも」
危なく10歳児に貢ぐアラサー男になるところだった影夫は、どうにかまともそうな結論に達した。
「よし。そうと決まれば……」
影夫はさっそくミリアの身体へと入り込み、意識のないその身体を操って、街へとくり出した。
「わぁーいろいろあるなぁ」
「いらっしゃいおじょうちゃん。好きなだけ見ていってくれよ」
街の大通りには、露天から店舗から多数の店が軒を連ねていた。
数日前から影夫とミリアが滞在しているこのメルンザの街は、山間や森林部といったベンガーナ国の辺境から、物や人が集まる地なのだ。
温暖で交通の便がよく、海に面していることもあって、ベンガーナの第二の心臓というべき物流の街であり、多くの人が集まる街でもある。
ベンガーナの辺境から中央へ、もしくは中央から辺境へ。行く際に必ず通過する通過地点なのだ。
それだけに街のにぎわいもたいしたもので、ガーナの街の10倍くらいの規模があるように思える。
「うーん。どれがいいかなぁ」
「何が欲しいんだい?」
今影夫が目当ての品を物色しに来ているのは、雑多な雑貨を扱うお店だ。
子供向けの品もたくさんおいてある。
「ぬいぐるみはありますか?」
「ああ、あるよ。ほら、ここだよ」
人の良さそうなおじさんがニコニコしながら、売り場の一角に案内してくれた。
「それじゃあ、気に入ったものをじっくり選んでおくれ」
店内には他にも子供を連れた家族連れなどがいて、兄弟姉妹ではしゃいでいたり、友達同士であれでもないこれでもないと物色している子達もいる。
(本来ならミリアもあの中にいたかもしれないな……)
「もう、聞き分けのないこといわないの!」
「やだやだ買って買って!」
聞こえてきた声に影夫が背後を振り向くと、ダダをこねて半泣きの子が母親の腰に抱きついてぶんぶんと首を振っており、母親が店を出ようとするのを引き止めていた。
「まわりの迷惑になるから、大声を出しちゃダメよ」
「だってぇ……欲しいんだもん。なんでもするから、おねがいっ。お手伝いいっぱいするから!」
「ふぅ。しょうがない子ねぇ。本当に、家のお手伝い頑張れるの?」
「うん! 頑張る!いい子になるよ!」
「そう。怠けたら返しにくるからね?」
「ありがとうママ!!」
泣き顔から一転、満面の笑顔でぴょんぴょんとはしゃぐ少女は、ミリアより小さいくらいの子だろうか。
影夫はやっぱり子供はあああるべきだと思った。
それは親が子供の我侭を全て受け入れて、躾をしない、ということではない。
悪いことは叱られつつも、甘えや我侭を受け入れてもらえるような経験が子供にはいっぱい必要だということ。
両親や祖父母は、影夫をそのように育てくれた。自分はとても幸せだった。だから、今度は自分が誰かにそうする番だ。
(大人になる前に肉親を奪われたミリアに、色々としてあげられるのは俺だけなんだ。もっともっとがんばらないと)
心を新たにした影夫は、棚の上に鎮座していた、もこもこした30センチくらいの可愛いネコのぬいぐるみを指差し、店主のおじさんに声をかける。
「すみません。このぬいぐるみください」
「ああ。それはほかのより少し高いけど、おこづかいは足りるかい?」
「これでいいですか?」
影夫はじゃらっと10枚のゴールドを店主に手渡した。
「大丈夫だよ。ちょっとまっててね」
店主は、そういうと丁寧にファンシー柄の布でぬいぐるみを包んで、リボンをつけてくれた。
「はいどうぞおまたせ。大事にするんだよ」
「はい!」
店主から渡されたぬいぐるみを抱えて、ミリアの身体を動かす影夫がぺこりとおじぎする。
「おや? おじょうちゃん。目の下に隈が出来てるね。夜は早く寝ないとパパやママに怒られちゃうよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
目の下の隈は影夫が入り込んでいるせいなのだが、影夫は気に掛けてくれた店主にもう一度ぺこりとおじぎをして店を後にするのだった。
「……ふぁふ……ふぁー。おはよ……お兄ちゃん」
宿部屋に戻って、影夫がミリアの身体から抜け出たとき、ちょうどミリアが目を覚ました。
「ああごめん。起こしちゃったか?」
「ううん。へーきぃ……」
寝ぼけ眼なミリアに、影夫は濡れタオルを用意して手渡してあげる。
「はふー」
ごしごしと顔を拭いて、ふぁぁとミリアがあくびまじりの息を吐いた。
「はい。プレゼントだよミリア」
「え?」
影夫がミリアの前に布に包まれたぬいぐるみをおいてあげると、きょとんとした顔でミリアが首をかしげる。
「どうして? わたしのせいでお兄ちゃんを怪我させちゃったのに……悪い子だよ、わたし……」
影夫はあのことは全然気にしなくていいと何度も言ってはいたが、やはりまだひきずっていたようで、ミリアは悲しげにうつむいている。
「なあミリア。いい子だから大事にされて、悪い子だったら大事にされないとかじゃないんだよ。ミリアは大事な俺の家族だから、例え失敗しちゃっても悪い子になっても、色々してあげたいんだ」
「ふぇ……」
頭を撫でながら抱きしめてそういってあげるとミリアは、ぐすぐすと鼻をならして震えだした。
「もちろん、いい子にしたら、ご褒美はあげるけどね。でも、いい子じゃなくったって、ミリアは本当に大事な大事な家族なんだ。だからこの前みたいな痛い思いをしちゃっても俺は全然平気なんだ。だからもう気にしないでいいよ」
「お、お兄ちゃん、ありがとぅ……だいすきぃ……!」
「ああ、俺もだよミリア。ほら。受け取ってくれよ」
影夫は手を伸ばして、ネコのぬいぐるみを包装布から取り出し、ミリアに渡してやる。
「う、ん……大事にする、ね。お兄ちゃん!」
ミリアはぎゅっとぬいぐるみを抱きしめ、満面の笑みで影夫に微笑むのだった。
ちなみに。
1週間ほどメルンザの街に滞在している間、影夫は改めてアバンの行方を捜したが、彼に関する情報は何一つ得られなかった。
1週間の間に、影夫が負っていた空裂斬の傷は完全に癒えたし、ミリアの心身もすっかり落ち着いて普段の調子を取り戻したので、ふたりはベンガーナへの旅路を再開するのだった。