「ゥゥ……ォォ……!」
「夜になった途端、お出ましか」
馬車を囲んでいるのは、バリイドドック達。
昼には出歩かない夜行性のモンスターで、ゾンビ犬のようなヤツラだ。
「さっそくこれのでばんだね!」
「あ、おい!」
ミリアがおおばさみを構えて馬車から躍り出る。
「ゥゥ……ァァァ……!」
生者であるミリアの姿を、腐った眼と鼻で間近に感じ取ったバリイドドック達は、唸るように呻いて一斉にミリアに飛び掛かる。
「こっちだよワンちゃん」
ゾンビ化した犬であるためかその動きは比較的緩慢であり、ミリアはサイドステップで軽々と噛み付きをかわす。
それと同時に、一番近くにいる敵の横っ面におおばさみを突き出し思い切り取っ手を引いた。
「そぉれぇ!」
おおさばみは安々と腐肉を切り裂き、頭蓋骨をも砕いてバリイドドッグの顔をぐちゃりと潰してしまった。
「くさぁ~い! でもきもちいい~!」
「ほぅら、こっちこっち!」
ミリアは恍惚としつつ、再び飛び掛ってきた犬達を避けて今度は首をはさみこむ。
「ちょっきんこ!」
「あはっ。今度は綺麗に切れた。うーん、なかなかコツがいるね」
今度は骨をも断ち切り、ズバンと切り落とした。力や挟み方にコツがあるようだ。
「どんどん練習しよっと」
戦いの気配を感じ取り、邪悪なモンスター達が近寄ってきていた。
今度はバリイドドックだけではない。遠目にだが、バンパイアらしき影が見える。
「ったく、万一もあるから1人で飛び出るなよ」
ぶつくさと文句を言いながら影夫がミリアの身体に半身を埋め込み、肩から黒い手を伸ばすいつものスタイルをとる。
おおばさみが右肩に装着されているので微妙に手が出しづらかったが、暗黒闘気のボディーは自由に変形できるので問題はなかった。
「次は闘気を使っちゃおうっと。いいよね?」
「ああ。闘気の扱いには慣れていかないといけないからな。使用制限とかはもう気にしなくていいよ」
「やったぁ!」
「あ、でも使いすぎてる時は注意するからな。言うことは聞くように」
「はーい! じゃあさっそく!」
「んぐぐっ……!」
ミリアが表情を歪めて力をこめると全身からドス黒い暗黒闘気のオーラが噴出する。
「きゃはっ!」
ニタリと狂笑を浮かべたミリアがそれを右腕に集めて、おおばさみに纏わせていく。
「ギャキャー!」
ミリアが動かないので隙ありと見たのか、バンパイアが右腕を振り上げヒャドを放とうとする。
「やらせるか!」
だが、影夫が暗黒闘気の腕を伸ばして腕の先に形成した刃でその右腕を斬り落とした。
「ギィ!?」
「死んじゃえ!」
跳躍してバンパイアの懐に飛び込んだミリアが右腕を突き出してその巨大なはさみで胴体をはさみ込み、一気に切断した。
「ガギャッ!」
暗黒闘気を纏わせたおおざさみの刃の切れ味は鋭く、さっくりとバンパイアの胴体を両断する。
鳩尾の下から真っ二つにされたバンパイアは2つにわかれて地面に倒れ込み自らの血溜まりに沈んだ。
「相手がこどもだとおもって、舐めるのはダメだな」
バンパイアはミリアを見て、無力な子供だと判断したらしい。
折角空を飛べるのだから、高空からヒャドを撃ち下ろせば反撃は難しかっただろうに、それをせずにバカ正直に正面から飛び掛って襲ってきやがったのだ。
凶暴化の所為で理性が働いていないか知らないかお粗末な判断だ。
(しかし、俺も人型にちかい魔物の惨殺死体を見ても作ってもなんとも思わなくなってきたな。俺の感性がやばいかも)
(まぁ今回は、襲ってきたんだからしょうがないし、理性と知性がなくて会話が通じない相手なら別に問題はないか)
影夫は、知的生命体はむやみに殺すべきではないと思っている人間だ。
知的生命かどうかは理性と知性があるかどうかで判断すべきと思っているので今回の場合は良心が痛まないのもセーフと言えた。
「迷わず成仏してくれ」
「くふ。いいっ、これいいよおにいちゃん!」
「そうだな。次右から来てるから気をつけろよ」
ミリアがはしゃいでいると、接近してきたバリイドドックが腐った汁を垂らしながら、襲いかかってきていた。
「うっとおしいなあ!」
影夫の注意でミリアが咄嗟に身体を捻ったために、バリイドドックの噛みつきはミリアを捕らえることができず、空を噛んだ。
「死ねぇ!」
肉をかみ締めることが出来なかった彼の頭は、次の瞬間には暗黒闘気を纏った刃によって真っ二つにされていた。
断ち切る、というよりは、紙でも切っているかのような綺麗な断面だ。
「すごいねっ、さっきは潰れたのに! さくってきれちゃった!」
「ああ。やっぱり暗黒闘気を集中して纏わせると威力があがるな。たぶん闘気剣状態になっているんだろう」
原作でノヴァが使っていた闘気剣の暗黒闘気版といったところだろうか。
今までの戦いでも刃に暗黒闘気を伝わらせていたが、そのときとは暗黒闘気の集中度と密度が違うのだ。
ただ単に、武器に暗黒闘気をどばっと注ぎ込んだ状態だとそれなりの威力しか上昇しない。刃が補強されて多少鋭さを増す程度だ。
だが、全身で高めた暗黒闘気を集中させて武器に伝わらせると、圧縮されて物質化した暗黒闘気が刃を覆う状態となる。
こうなると、暗黒闘気そのものを叩きつけているようなものとなり、暗黒闘気の特性もよく活かすことが出来るのだ。
今回ミリアは半分程度の暗黒闘気を使っている。
全力で暗黒闘気を迸らせながら刃に集めれば、さらに威力はあがりそうだ。
今のミリアの力量や身体能力からすると、ノヴァが使うノーザン・グランブレードには劣るだろうが、劣化版くらいにはなるかもしれない。
「こ~んなに凄いんだから、技の名前考えなくっちゃ。なにがいいかなお兄ちゃん?」
「ミリアが決めたらいいよ。うんと格好いい名前を考えないとな?」
「うん!」
元気よく返事をするミリアだったが、まだ戦いの途中だ。
厄介なことに、戦いで流れる血や汗や、声といったものが周囲のモンスターを呼び寄せてしまうらしい。
「ヴァー……」
「ァァー……」
「オォ゛ー」
呻き声をあげながら、現れたのはくさった死体の群れだった。
「とりあえず今は敵に集中だ」
「もう。早く考えたいのに!」
「さっさとみなごろしにして終わらせちゃおっと!」
早く終わらせようと張り切るミリアだったのだが……押し寄せるモンスターの群れは絶えなかった。
結局、その夜ふたりは朝日が昇るまで、戦い続けるハメになった。