そしてついに、ガーナの街を旅立つときがやってきた。
「またいつでも来いよな! 好きなだけ肉食わせてやるからな!」
「ガーナの勇者ミリアちゃんばんざい!」
「またきておくれよぉー」
「わーわー!」
討伐後の時のように街の人たちは皆、大騒ぎしながら見送ってくれる。
「ミリアさん。これを持って行ってください。街の皆の気持ちです。」
町長が街の皆を代表して、大きなズダ袋をミリアに手渡す。
「この街にある最強の武器です。自由に使ってください。他に良い武器があるなら売ってしまってもかまいません」
「あ、あり、がとう……」
「いえ。こちらこそです。あばれザルに殺された人は多くいたのです。だから皆ミリアさんにお礼がしたいのですよ」
「名残惜しいですが、では……」
町長がその場を下がると街の人々は一斉にエールを送ってくれる。
「こども勇者のたびだちだ!」
「がんばれよーーー!!」
「もっと活躍してくれよな!」
「勇者アバン以上になって、自慢させてくれー!」
「いつでももどってこいよー!」
影夫は声援を背に、ゆっくりと馬車を走らせて街を後にした。
少し進んで街が見えなくなったところで、影夫がミリアの身体から出て、ミリアの隣の御者台に腰掛ける。
すると、ミリアが影夫の身体に抱きついてきながら、寂しそうに口を開いた。
「あの街の人たち……みんないいひとだったね」
「ああ、そうだな」
「あの街の人みたいな人ばかりだったらよかったのに……」
ミリアは悲しそうな、複雑な表情でボソリと言って押し黙った。
「そうだな……」
影夫はミリアの頭をナデながら思う。
この街の住人はすでにミリアを強く信用しており、心から信頼してくれている。
たとえ誰かがミリアに反感を抱いて、貶めたりはめようとしても、町長をはじめとして味方になってくれる人は多いだろう。
旅なんてやめるべきかもしれない。
元々影夫は、ミリアのためにデルムリン島に行こうとしていたわけで、ガーナの街が安住の地になり得るのならもう旅をする意味はないと言えた。
「なあミリア。やっぱり旅はやめてあの街に住もうか?」
「え?」
「あそこで暮らしながら、たまに魔物退治でもやってさ。のんびり暮らしたほうがいいんじゃないか?」
「俺達には絶対に旅しなきゃいけない理由もないんだしさ」
ミリアにとってもこの街は住み心地が良かったのだろう。
頭をうつむかせて、迷うそぶりを見せる。
「ダメだよ」
数瞬後、じっと答えを待つ影夫に、小さいながらも明確にミリアがそう答えた。
「お兄ちゃん言ってたよね、何年後か分からないけど、いつか大魔王軍がくるって」
「そうしたら、世界中の国が攻められちゃって、きっとあの街も危ないよ。その時に弱いままだったら、私もお兄ちゃんも街の人も……みんな死んじゃう」
「そう、だな」
影夫はミリアに求められるまま、前世のことを話していた。
その中で、『ダイの大冒険』という原作のことも話していた。
漫画といっても伝わらないので、前世にはこの世界の事が、お話になって伝わっていた、と説明したが。
その時のミリアは、大魔王が攻めてきても別にいい。誰が死のうがお兄ちゃんだけがいればいいからと言っていたのだが、やはりこの街で少し変化があったらしい。
「旅はしようよ。強くなってから街に戻ってくればいいよ」
「それでいいのか? 本気で大魔王軍と戦うことを考えると、きっと辛くてきつい旅になる」
「でも、地上にいたら逃げられないんでしょ? 街の人たちとお兄ちゃんが全員安全に逃げ込める場所なんてないんだよね?」
チクリ。と影夫の胸が痛む。現代育ちの影夫には、自分達だけ安全ならばいいというのは罪悪感がある考え方だからだ。
やっぱり、可能な限り理不尽に死ぬ人は少ないほうがいい。
「そうだな、大丈夫そうな場所はあるけどすでに住んでる人たちがいる上に、そこが絶対安全とは言いきれない」
デルムリン島は孤島であるだけに小さいとはいえ街が丸ごと移住するのは不可能だろう。
人間がそんなに押しかけたらモンスター達の住処を奪うことにもなりかねない。
「じゃあいこうよ。他の人たちはどうでもいいけど、あの街の人たちが死んじゃうのは、ちょっとだけ嫌だから」
「ああ」
そんな言い草のミリアではあるが、影夫は彼女をとがめようとも諭そうともしない。
影夫はただ、死んだ家族と影夫しかいなかったミリアの世界が少し広がったらしいことを嬉しく思うのだった。
「あ! そういえばあの袋って何が入ってるの?」
「そうだな。中を見てみるか。街で一番の武器って言ってたな~、なんだろう」
しんみりとした雰囲気を打ち破るように、ミリアが首をかしげて、町長から手渡された大きくて重たいずた袋を持ち上げながら首をかしげた。
「どたまかなづちだったら笑えるよな」
「笑えないよ!」
影夫はミリアに背中を勢いよくバシバシ叩かれる。
どうやら、どたまかなづちで戦う自分を想像してしまったみたいだ。
「ってこのあたりでもどたまかなづち売ってるのか?」
「え? うん。去年かな? 行商人さんが売りに来て実演してたよ」
「すっごくかっこ悪った! 攻防一体の完璧な武具なんだって言ってたけど誰も買わなかったなぁ」
まぁそりゃあそうだろうなあ。っていうか頭を振って戦うってこと自体は別にいいとしても、かなづち部分を重くすると首や肩が尋常じゃなく凝るよな。
しかも激しく振り回すとめまいや頭痛も凄そうだ。頭の血管や脳細胞が死にまくるんじゃないか?
「よっぽど売れ残りの処分に困ってるんだろうなぁ」
なにせ復興中で物入りなパプニカでもダブついているみたいだったし。
「いや、わざわざ売りにくるほうがコストが掛かるか? 趣味で作って採算度外視で売ったりしてるのかもな」
「よし、今度1つ買ってミリアに」
「もうっ! いいからはやく中見ようよ!」
「はいはい」
からかおうと思ったら怒られてしまった。
影夫はゴメンゴメンとあやまりつつ袋から慎重に取り出す。
「なにこれ? おっきいね」
「これは……まさかこれは」
「お……」
影夫は驚愕していた。
なんでよりにもよってコレなんだよ、と。
「おおばさみだと!?」
攻撃力は高めでも値段が高いので購入することはまずないであろう武器。
見た目のインパクトがすごく、悪そうで強そうなのがまたネタ装備っぽさをかもしだしている。
大体これミリアのサイズに合うのだろうか?いや、そもそもこれミリアに装備……できるのか?
「これどうやってつかうの?」
「えっと、まずは腕にはめるんだ。それでその取っ手を持ってぐっと引けば」
すると、シャキン! という軽快な金属音とともに刃先が閉じる。
「わ! すごい! コレ面白い!!」
ミリアはすごくにこやかに、腕につけた巨大バサミをシャキンシャキンと何度も開閉させた。
きゃっきゃとはしゃいでやっているのを見ているとおもちゃであそんでいるかのようだ。
「サイズもぴったりだね!」
ミリアでも扱えるように腕をはめる位置や取っ手の位置は変えてあるし、肩の部分まですっぽりと嵌められるようになっており、子供の身体でも刃の重さを無理なく支えられるようになっている。
刃は大きいままであり、ミリアの身長の半分くらいある。
武器の命である刃は小さくできないというこだわりなのだろうか?
「……子供用おおさばみってなんだよ」
正直これはどうなのだろうか。
(子供におおばさみ……可愛いおんなのこと巨大な刃物……ドレス姿とおおばさみ……)
影夫の頭に素敵な想像図が思い浮かぶ。
これで戦ってると凄い光景になりそうだ。
これに装備を変えたら、ミリアは暗殺者風ロリ少女から、処刑人風ロリ少女になってしまうのか。
ミリアがどんどん厨二病小説のヒロインみたくなっていってしまっている。
「お、重くないか? 使えるか? 使えないなら使わないでいても、いいんだぞ?」
「んーちょっと重いかな。長い間戦うと疲れるかも。あとは慣れるまで敵に当てるのが難しそうかな? でも、慣れれば大丈夫そうだよ」
「う、うーーーん」
正直これは悩む。街の人の善意だしこれを使いたいが……
「じゃあとりあえずしばらく使ってみるか。だめなら毒蛾のナイフに戻そう」