ガーナの街から少し離れた野山の中にある山小屋。そこにミリアと影夫はいた。
「じゃあいくぞ」
「うん」
ゆっくりと影夫の体が霧状になってミリアにまとわりつく。そして、首元からゆっくりとその体内へ侵入していく。
「う、うぅ……ぁん……」
身体の中を影夫が這いずるようなその感覚にミリアは小さく喘ぎ声を漏らす。
ミリアに入り込んだ暗黒闘気は、彼女の表面に浮き上がり、黒い紋様を描く。
意識は失わない。影夫は奪うつもりがないし、ミリアも抵抗せずに受け入れているからだ。
「く、ふ……んっ」
「はぁぁあああんっ!!」
ミリアの身体の刻印が激しく明滅し、大きくミリアが身体を震わせる。すると同時に、ミリアの首元に集まっていた暗黒闘気が顔の形に変化して口を開いた。
「これで終わりだ」
「はぁはぁ……もっとぉ」
「こ、こら。はしたないぞミリア。そういう声は出すなって言ってるだろう」
「だって……気持ちいいんだもん」
「身体の中を冷たくて力強いのが、しびれるようにはいってきて……お兄ちゃんだぁって」
「だ、だからそういう言い方はダメだって! 俺が変なことしてるみたいじゃないか!!」
泣きそうな顔で影夫が叫ぶ。
声だけを聞いていると、妹にイタズラをしている変態兄貴だ。
「大体、ただ暗黒闘気の調整をしてるだけだろ!? 俺をからかうならもうやらないぞ!!」
「ご、ごめんってお兄ちゃん」
そう。影夫はミリアの体内によどんで溜まった暗黒闘気を吸い取り食べて掃除していたのだ。
それによって影夫は闘気量を増して強くなり、ミリアも体内にあまりよどむ暗黒闘気を除去できて心がすっきりとする。
まるでドクターフィッシュにでもなったみたいで微妙だが、しょうがない。
ただでさえ不安定な精神が負に傾きやすくなるからだ。もっともこれもどこまで効果があるのかは分からない。
「でも、すっきりして気持ちいいんだけどちょっともったいないね」
「何がだ?」
「暗黒闘気。せっかくあるのにお兄ちゃんが食べちゃうなんて食べた後、私に返してくれたらもっと強くなれるのに」
「だーめ。ミリアが戦うのはあくまでも最後の手段だからな。普段は俺自身が戦うか、俺を制御してつかうこと! いいね?」
「はぁーい」
不承不承に返事する。ミリア。
暗黒闘気は出来ればミリアには使わせたくない。使うなといったら怒るので、最終手段ということで納得させる。どこまで制御できるかはわからないが。
「それで今日は何するの? これだけじゃないよね?」
「ああ。呪文の契約を試そうと思ったんだよ。村にあった呪文書と、ガーナの街で見つけた呪文書を片っ端から持ってきた。ほら、そこのカバンに入ってる」
「あ~この重かったかばんかあ」
「そうだよ。結構な数だからね。一気に契約を済ませてしまおう」
「うん、がんばる!」
☆☆☆☆☆☆
「はぁ~~~終わったぁ」
ミリアが身体をごろんと地面に投げ出して寝転ぶ。
全部の契約をふたりで試していったら朝から夕方まで掛かってしまった。
「これで呪文つかえるんだよね~?」
「違うぞ」
「えええ!? こんなに疲れたのに!? もうっ!!」
ミリアががばっと影夫にタックルしてくる。
「いたたた落ち着けって」
「力量以上の魔法は契約を済ましてても使えないの!!」
「あ。ちなみに契約を失敗した魔法は絶対に使えないから」
「えー!? じゃあ私は絶対ホイミとか使えないの?」
「ぶーそんなのずるいよー!」
ゴンゴン。とミリアが怒って影夫のおなかにヘッドバッドをしてくる。
「あだ、いでぇ、地味に闘気をこめるんじゃない!」
「ぶぅー」
「しょうがないだろ。かわりに俺はメラもギラもヒャドもイオも使えないんだからおあいこだよ」
影夫はうなだれながら言う。
彼は前世からの憧れだった攻撃魔法をバリバリ使うという夢が叶わぬことをしり結構ショックだったのだ。
まったく、30歳になっても童貞だったんだから魔法使いの適性じゃないのかよ。
「俺も、俺もナァ……攻撃呪文でババーっと戦ったりさ。したかったよ。特技はイオナズンです。とか言いたかったよ」
「えーっと、じゃあ結局、私は何が使えるんだっけ? おぼえてないよー」
ミリアが首を傾げながら言う。まぁ次から次へと試していたからなぁ。
ゆっくり教えながらやればよかったかな。
「えっと。ミリアは……メラ、メラミ、ヒャド、ヒャダルコ、ギラ、ベギラマ、イオ、イオラ、マホトラ、ラリホー、マホトーンが契約できてるな」
「そんなにいっぱい!? すごい!!」
ちなみに、極大呪文がないのは高度な呪文書がないからだ。まぁ地方の街に強力すぎる呪文書があっても購入者はいるまい。売れない商品を置くはずもない。
なので、それらの契約をするためには大きな街にいって高度な呪文書を買いあさるか、どっかの大魔道士とか、学者でもあるアバンとか、そういった高度な知識を持っている人に教えてもらう必要がある。
たぶん素質からいってミリアは極大呪文の契約もできそうだからこれからも契約は随時行っていきたい。
「力も強いみたいだし、適性というか職業でいうなら魔法戦士ってところかな」
「魔法戦士!? うわあかっこいい!!」
全身で喜びをあらわしウキウキするミリア。そんな彼女を影夫は生暖かい目で見守った。
(ドラクエ世界においては微妙の筆頭ともいえる職業とは言わないでおこう)
「あ、違った」
「え?」
「ミリアには暗黒闘気もあるからな……」
「魔道戦士。名づけるならそれかな! ちょっとワルっぽいのがかっこいいだろ?」
「わあわあ! もっとかっこいい!! すごいすごい!!」
ミリアは影夫に頬ずりして喜ぶ。そこまで喜んでもらうとちょっと恥ずかしいネーミングを披露した影夫も嬉しい。
「じゃあ次俺……ホイミ、べホイミ、ニフラム、マヌーサ、バギ、バギマ、キアリー、キアリク、ザメハ、マホトラ、インパス、トラマナが契約できてるな」
「私よりいっぱい! さすがお兄ちゃん」
「でもなぁ回復と補助呪文系ばっかり。バギ系はあるけど……微妙だなあ」
そもそもバギ系は影夫にとって微妙なイメージしかない。しかも漫画では、バギクロスでさえ、暴風とともに肌やらが小さくスパスパと切れるだけで大きなダメージを与えられている表現がないのだ。
おそらくはちょっと痛い扇風機くらいにしかなるまい。
「お兄ちゃんの職業は?」
「え、職業? うーんこれはなぁ」
(暗黒闘気の塊で回復と補助系呪文を使う職業……? なんだそれは)
「なんだろ暗黒神官とか?」
「おぉ~なんか悪そうだね!」
「まぁ暗黒闘気だしね俺……闇とか暗黒とかついちゃう名前は確定だなあ」
「あ、でも力も結構あったから神官さまって感じないかも?」
「うーんたしかにひょろっとしてないか。暗黒騎士とかだとカッコイイ?」
「わわ、かっこいい!」
「でもちょっと厨二っぽいかもしれないなあ」
「ちゅうにぃ?」
「自意識過剰な子供っぽいって感じ、かな? 俺はワルなんだぜーサイキョーだぜーみたいなのを喜んでる感じがして大人は恥ずかしいんだよ」
「ふぅん、変なの」
「まぁいいや。夜になる前に帰るか」
「疲れたから今日のご飯はお肉がいいな」
「いいねえ。いっちょ奮発して美味い肉でも食いまくるか」
「やったぁ!」
影夫とミリアははしゃぎなら街へと戻った。
☆☆☆☆☆☆
「美味っ、美味っ、かぶりつきは最高だな!」
「はふはふ、んぐごくっ、おいしいね!」
肉を食わせたら町一番と評判の居酒屋でミリアと影夫は猛烈な勢いで肉にかぶりついていた。
ミリアのテーブルの前に置かれている大量の皿の上にはいわゆるまんが肉と呼ばれるタイプのジューシーな骨付き焼肉やら、丸いハムをカットしたような形のステーキなどがずらりとならんでいる。
ちいさな手でお肉を掴んでガツガツとかぶりついて食べる。フォークもあるがお上品に食べていては肉が冷めてしまうのだ。それに手づかみで食べるからこそ出る野性味というのもある。
ちなみに影夫はテーブルクロスの中に隠れていて、ミリアが落としてくれるお肉にかぶりついている。気分はペットだが肉が美味いので文句はない。
店員は小さな食の魔人の姿にあんぐりとしながらも次々に追加の料理を運んでくる。
「はははお嬢ちゃん、いい食いっぷりだなぁおい!将来が楽しみだぜ!」
「んぐ……?」
ハゲ頭の筋肉ダルマみたいな男が注文していない皿をもってミリアのもとにやってくる。
ここのマスターだ。
「ほらよ、これは俺からのオゴリだ遠慮なく食いな」
「……え」
ミリアが突然話しかけられておろおろしている。
それでも、料理を食べる手は止まらないが、どうしていいかわからないようだ。
影夫はテーブルの下に隠れながら張り付いているのでどうにもできない。
「おっといけねえ。テーブルが汚れてるな」
「オイ!このお嬢ちゃんを奥の個室につれてってやれ。料理ももってけよ。モタモタして冷ましたら俺がぶっころすぞ!!」「は、はいぃ!!」
大声で店員をどなって料理を運ばせた。
そしてミリアにぐいっとこわもての顔を近づけて、トントンとテーブルを叩いた。
「ひ……」
「コノ下に連れがいるんだろ? そいつにも存分にくわせてやんな」
「あ……」
マスターは白い歯をみせてニタリと笑い、ウインクをする。
暑苦しい筋肉髭達磨のその仕草はどこか愛嬌があり、ミリアは毒気を抜かれてしまう。
「あ、ありがと……?」
「おう、いいってことよ。こんなに食ってくれりゃあ店にとっても上客だしな!」
やがて店員がやってきて、恭しく丁寧に個室へと迎えられて出て行った。
店員が去ったのを確認して影夫は肩をぐにぐに動かしてほぐすように伸びをしながらミリアの服の中から出てきた。
「あ~~いいオヤジさんだな」
「そ、そうだね、びっくりしたけど」
「面白い人だよな。さ、飯食おうぜ!!せっかく気を遣ってくれたんだし!」
「うん!」
ミリアと影夫は楽しくおしゃべりしながら肉料理の山を平らげていった。
追加注文の時と料理を運んできたときだけは影夫は隠れる必要があったが、羽を伸ばして料理を楽しめるのはありがたかった。
店員が来るときはかならずノックしてくれるし、とてもありがたい。
「お、お会計はしめて、85ゴールドになります」
店員さんが若干ヒキつりながら値段をつげてくる。一人でそれだけ平らげたことにびっくしているのだろう。
日本円換算じゃ8万円くらいか?宿代10日分くらいの額だ。
袋からじゃらじゃらと金貨をだして支払いを済ます。
面倒なので100ゴールド金貨を1枚で支払いだ。
「おつりはいりません」
「あ、でも……」
これは気を利かせてくれたマスターへのお礼もあるので受け取って欲しいが店員にそこまで分からないようだ。
「コノ馬鹿ヤロウが! オゴリだって言った分まで会計にいれてんじゃねえよ!」
「悪かったなお嬢ちゃん。コイツはドンクサくてな。ほれっ、差し引きの金だ。いつでも来てくれよな! あの部屋はあけておくからよ?」
マスターがひょいと現われたかとおもうと店員をしかって、10ゴールド金貨を3枚なげ渡し、歯を見せて豪快にわらった。
オゴリの料理代を差し引いても多い金額だ。これはサービスで割り引いてくれたのだろう。
おやじさんの好意に、ミリアも感謝の念を抱いているようで、何か言いたげにもじもじとしている。
「あぅ……」
その小さな背中を教えてやろうと、影夫が小さな声で囁く。
(なあ、ミリア。気を使ってくれて値引きまでしてくれたんだから、お礼を言わないとな)
「あ、あり、がとぅ……」
「じゃあな! ガハハ!!」
ミリアは、俯きながら小さく返事をした。戸惑いつつもこのオヤジに歓迎されることにまんざらでもなさそうだ。
その様子を見て、明日から毎日来ようと、影夫は思いながら、宿に戻るのだった。