ちょっとシリアスっぽいです。
〜武治Side〜
「そういや質問なんですけど」
話しかけ辛い空気が漂う中、瀬能ナツルが口を開く。
「昨日の連中って結局なんだったんすか?」
「うん?気になるのかい?」
「まあそりゃ…なんの前触れもなく気絶させられたし」
瀬能の問い掛けに学園長である藤堂が反応を示す。
それと同時に重苦しい雰囲氣が少し緩和されたような気がする。
「突然意識を失うってのは呂布ちゃんにも前にやられたことあったけど、あれはあれでも武道の達人だからいいとして、昨夜のあれはそんな様子がまるでなかった。いくら思い返しても触れられてただけで、どうやったのか全く分からねえ」
「それにあの現場にいた隊長格のおっさん、悪魔とか言っていた。…英語が苦手だから単語くらいしか分からなかったけど」
「そうか…」
そこまで知られているのなら説明しない訳にはいかないだろう。
「桐条」
「話せる範囲でのことは話しておくべきでしょう。彼はもう立派な関係者だ」
正確には私が巻き込んだ被害者だ。
私自ら説明するのがせめてもの誠意であり、けじめだろう
「…アンタがそれでいいなら、アタシが言う事はないよ」
「すまな…すみません」
「敬語なんて使わなくていいよ。天下の桐条に敬って貰えるほどのもんじゃないからねアタシは」
「尺を無駄にしてないでキリキリ白状しろよ妖怪腐りきった干物もどき」
「はっ倒すよクソジャリ…!」
…長引くと喧嘩になりそうだから早く説明しよう。
「まず聞いておきたいのだが瀬能、悪魔と聞いてなにを想像する」
「ゲーム」
「エンタメ以外でだよ」
「………神話とかでよく出てくるやつ?」
少し考えた後、本人もよく分かっていないような曖昧な答えを出した。
なにも知らなければ普通はそう考えるだろう。
「詳細は省くが悪魔というのは実際に存在し、一部の素質ある人間が悪魔と契約する事でその力を使うことが出来る。その者たちを『契約者』と私たちは呼んでいて、昨夜の外国人の女もその一人だな」
「……説明したのが川神のジーさんや学園長のババアだったら『妄想乙』って返す台詞だな」
「どういう意味だい」
「どういう意味じゃ」
瀬能にとって二人はどういう存在なのだ?
「彼女は裏では『眠気袋のメアリー』と呼ばれている傭兵崩れだ。契約している悪魔はあまり強いとは言えないが、それでも一般人からしてみれば問答無用で相手を気絶させれる恐ろしい人物だった」
それがまさかライバル企業の一つに所属しているとは思わなかった。
彼女には表には出ていない余罪が多くあるだろう。いくつかは会社主導のものもありそうだ。
今抱えている案件が片付いたらその辺りを追求してみるとしよう。
「人を簡単に無効化できる存在がなんで人に従うんだ?」
「通常、悪魔はこの現実世界とは異なる次元に生息しているらしい。現世へ来るには誰かに召喚してもらわねばならず、留まるためには人間を依り代にしなくてはならない」
召喚者と契約を交わすのが一番手っ取り早い。
「悪魔の力は人類、いや全ての生物にとっても脅威的だ。その事に危機感を覚えた私の祖先が対抗する為に立ち上げたのがグループの始まりと言われている」
「…そうだったのかい?」
「初耳じゃな」
…意外そうな表情を見せる二人に罪悪感を覚える。
あえて今グループと私は言った。本当は違うが、関係者以外には開示できない情報がある。
これは決してこの場にいる人間が信頼できないからという訳ではない。悪魔関連の素質がないの人間が詳しい情報を持つのは危険すぎる。
「ふーん…あ、そういやその契約者?の女はどうなんすか?昨日の奴。生きてます?」
「うん?ああ、大丈夫だ。生きてはいる」
" 生きては "な。
とても平穏無事とは言えないが、今までの行いからすれば自業自得だろう。詳細を知らせる必要はない。
「気になるかね?」
どんなに強大な力を持っていても彼も娘と同じ10代の少年。他人を気遣える心の持ち主なのだな。
―――次の瞬間、この考えが見当違いである事を思い知らされた。
「んーまあ、最初の一人くらいは覚えといてやろうかなっては思ってるんですよ。俺がこれから先手をかける人数は多そうだし」
「は?」「何?」
思わず藤堂と言葉が被る。
今この少年は何を言ったんだ?
「あ、もちろん学校側にも周りの人間にも迷惑はかけないから、ご心配なく」
和かに微笑む彼が、急に自分とは異なる何か別の存在に見えた。
昨日の今日で時間が無かった故に詳しくは無理だったが、それでも瀬能を襲った者達を一目見る事は出来た。
最も軽傷な者でも足の骨折。それ以外の大半は打撲による内臓破壊や複雑骨折など、完治するまでに数年は要するであろう重症を負っていた。
そして悪魔憑きのメアリーなる女は…
頭皮の半分以上、とりわけ顔の部分に酷い火傷を負い、彼女の仲間から享楽的と言われていた性格は完全に破壊されていた。
医者の話では起きている時でも寝ている時でも関係無く常に「青い悪魔が自分を焼きにくる」と怯えているらしい。
さらには誰か人が近づくと粗相をしながら泣いて謝罪の言葉を繰り返す。
ここまで酷い患者は初めてだと困り果てていた。打つ手なしだと。
それらを目の前にいる瀬能ただ一人で行ったなどと、普通ならまず信じない。信じられない。
しかし今、直接対峙して彼の目を見れば分かる。
彼は確実に―――人を殺すと。
「瀬能、お主やはり…!」
「あ、やべ、そろそろ時間だ」
先程までと違って真剣な声を出す川神をよそに、次の試合始まっちゃうよーと呑気な台詞で腕のデバイスを覗く瀬能。
「すいません自分ちょっと用事入ってて、話以上ならもう行っていいっすか?」
「あ、ああ…」
藤堂が咄嗟に返事をする。
それを聞いて床に置いていた自分のカバンを手に取り、出口の方へ振り返る。
「待てッ瀬能!」
不意にかけられた叫びに足が止まる。
「なんだよジーさん」
「お主どこまで行くつもりじゃッ」
? 川神は何を言っているんだ?
つい先程、召喚大会の試合が始まると本人が言ったはずだが…
「自らを解き放てと声がする」
背を向けた状態のまま瀬能が語り始める。
その声は試合中のものとはまるで違い、異様な凄味を感じる。
「目を閉じ耳を塞ぎ、どんなに振り払おうとしても囁くように突きつけるように聞こえてくる。その声からは決して逃げられない。自らの内側から発せられるから」
「…!!」
「思うに…コレは俺自身の欲求、いや本性なんだろう。ならその道を歩んで――」
「いかん、いかんぞ瀬能!お主が歩もうとしているのは修羅の道、行き着く先は孤独しか無いぞ!!」
学園の設立の際の会合などで何度か接しているが、川神のこのような真剣な様子は見た事がない。いつも飄々として掴み所のない人物と思っていた。
それが今は余裕など微塵も感じられず、詰め寄らんばかりの勢いで話しかけている。
しかし近づくことはできない。背を向けたままで顔も逸らさない瀬能の態度が、明確に近づくことを拒否しているから。
「考え直せ瀬能!今ならまだ間に合う、なにも
「光灯る街に背を向けー。武の道ってそういうもんだろ?産まれた時と死ぬ時はみんな独りぼっちさ」
「違う!!断じて違う!お主の考え方は間違っておる!」
「煩いなあ」
「説教なら
「っ、…!」
一瞬、ほんの一言分の短い間、頭のみが振り返ってどのような表情をしているかが分かる。
召喚大会、先程までの会話中とは違う険しい顔。
そしてその瞳に映る感情は…拒絶。
見つめる、というより睨むような視線に、川神を含めた我々全員は言葉を失う。
その間に瀬能は扉から外へ出ていった。
一人少なくなった室内でしばらく、静寂のみが支配する。
「なぜじゃ……」
不意に川神が崩れ落ちるように膝をつき、俯いて床を殴る。
「ワシは…ワシはまたしても……!なにもしてやれぬのか…!釈迦堂の時のように…!あ奴はあの人の孫だというのに……!!」
タイル張りの地面に数滴雫が溢れ、少し陥没した箇所に流れていく。
教え育てると書いて"教育"。その難しさに私は、いや私たちは改めて対面させられた―――
☆ ★ ☆
テッツン「なぜ…話すら聞いてもらえん……!」
カヲ「……(自分の孫も上手く御せてないジジイの言葉なんて…)」
学園長、それ言ったらあかんヤツ。
シリアスで終われない。それがNickクオリティ。