ブラックサレナを使って、合法ロリと結婚する為にガンプラバトルをする男   作:GT(EW版)

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名人と変人と負けられない戦い

 

 俺だって、ゆくゆくは――とは考えていたことだ。

 その一方で、「バカな、早すぎる!」という思いも確かにある。

 彼女から言われた言葉は俺の中ではあまりにも衝撃的過ぎて、言われた時は現実味が沸いてこなかったぐらいだ。

 でも、そこで逃げたら駄目なんだ。

 目の前にあることを現実として受け止めて、きちんと責任を取って、彼女のことをこの命が終わるまで支え続けなければならないのだと思う。

 

「その言葉が聞けて、良かったです」

「何がだ?」

「貴方が責任を取らないで逃げようとする男性じゃなくて、という意味です。そういう人も、時々居るんですよ?」

「……俺はそういう奴にはならない、絶対に」

「良い心掛けです。医者として、一児の母として私も出来る限りのことは相談に乗らせていただきます」

「……感謝する、ディランディ先生」

 

 試合終了後病院に直行し検査の結果を聞きに行ったが、アニュー・ディランディ先生から開口一番に「おめでとうございます」と言われて俺は全てを察した。

 まだお腹は大きくなっていない初期の段階だが、じきに外から見てもわかるようになるとのことだ。

 その時、俺の中に落ち込む気持ちは全く無かった。俺とラズリちゃんの元で生まれてくる新しい命のことを聞かされて、心の底から嬉しいと思ったのだ。

 ただ、同時に不安もあった。

 まだ結婚もしていない自分が、今後父親として真っ当に生きていくことが出来るのか。仕事だってそうだ。ナガレとの契約が残っている今は契約社員として給与を貰っているが、このガンプラバトルで負けてしまえばその契約もいつ打ち切られてしまうかもわからない。

 

 ――だから、負けられなくなった。何があっても、俺は戦いに勝たなければならなくなったのだ。

 

 親としての知識不足や心構えについては、今後二人で勉強していくしかない。幸い担当のディランディ先生もラズリちゃんほどではないが若い頃に子供を産んだ経験があるらしく、彼女から為になる助言を受けることが出来た。

 

「私、頑張るね」

「……俺も、出来るだけのことはするよ。まずは生活の安定だ。必ず、この世界大会を優勝する」

 

 もう、ガンプラバトルを遊びとして楽しむことは出来ない。

 もしもの時はラズリちゃんの後見人であるホシノさんちの助けを借りるかもしれないが、これは俺の責任だ。彼女と生まれてくる子供の為にも、俺はその時から個人的な感傷を一切切り捨てることにした。

 自覚しなければならない。俺の行動に、未来が掛かっているのだと。

 

 

 

 

 

 最終予選の第8ピリオドが終わったことで、決勝トーナメントに出場する16人のファイターが決定した。

 ルワンさんを打ち破ったことで、俺もその中に無事滑り込みで加わることが出来た。あの戦いは見ていてヒヤヒヤしたと、後で会ったキンジョウ・ナガレに言われたものだが。

 どうやら彼は、現地の観客席から直々に試合を見ていたらしい。会長のくせに随分と暇なんだなと小言を言うと「ウチの会社の命運が掛かっているんだから当然さ」と、重い言葉とは不釣合いな飄々とした笑みで返された。

 彼が言うにはここまで勝ち抜いてきたことでブラックサレナNT-1の名前も広まりつつあり、その開発に協力していたKTBK社の売上もこの数日間から飛躍的に伸びたとのことだ。

 ついでにナデシコの知名度も上がってくれれば最高である。

 

「いつも君の試合からは貴重なデータが取れるからね。そうそう、さっきウチの開発班から一般販売用のガンプラバトルモデルのプラモデルが完成しそうだって報告されたよ。これでやっと我が社も、ガンプラバトルビジネスに参戦することが出来る」

「……俺達の実戦データが役に立ったというわけだ」

「真面目な話、君の働きには感謝しているよ」

 

 KTBK社に対する俺の貢献は思ったよりも会長から評価されているらしく、もしかしたら契約終了後も正社員として雇ってくれるかもしれない。

 だが、今の俺はそうやって楽観視出来る状況ではない。もしもの時の為に今後の自分の身の振り方を考えておかなければ、今後新しく持つことになる家庭を崩壊させることになるだろう。

 その為にも、世界大会優勝という肩書きは絶対に必要なのだ。

 

「ああ、言い遅れたけどラズリちゃんのご懐妊おめでとう。これで君も、ますます犯罪者だね」

「……勘弁してくれ」

「はは、噂では昨日の試合が終わった後、警察から事情聴取されたみたいじゃない。あれって本当なのかい?」

「どうしても言わなければいけないか?」

「はは、最近事案とかうるさいよねぇ。まあ、合法幼女な奥さんのことは大事にしなよ。でないと君も、どこかのメカニックのように逃げられることになる。いや、あれは彼の方から逃げてきたんだっけ?」

「逃がさないし、逃げないさ。彼女は俺の、大切な人だ」

 

 これからもずっと、俺は彼女と共に居る。自分自身への決意表明の意味も込めてナガレにそう言った後、俺は彼と別れて選手村のホテルへと帰った。

 今日は決勝トーナメントに出場する選手達にとって束の間の休息だ。丸一日、休みとなっている。

 しかし俺には、静岡の町で羽を伸ばす気にはなれかった。昨日の戦闘でボロボロになったブラックサレナNT-1を直さなければならないし、そもそもラズリちゃんと一緒に出掛けられない町に意味は無い。

 普段から常々思っていたことだが、俺にとっての彼女は居なくなることが考えられないほど大切な存在なのだ。彼女が病院内で静養中である今、俺は心の寂しさを紛らわすように無心でブラックサレナNT-1の修理作業へと当たった。

 

 

 

 

 

 

 翌日、ガンプラバトル選手権世界大会の決勝トーナメントが始まった。

 第8ピリオドまでの戦いとは違い、一敗でもしたらそこで終わりの勝ち抜き戦方式。

 緊張する心を「家族」への思いで封殺しながら、俺は一回戦のステージに上がった。

 

「パトリック・マネキン、ジンクス・シミュレーションスペシャル――出るぜぇっ!」

 

 俺の一回戦の相手はパトリック・マネキンさん。

 世界大会常連の一人であり、愛妻家で有名なガンプラファイターである。機会があれば、お互いの嫁について存分に語り合いたいものだ。

 彼の使用するガンプラはテレビアニメでは一番最新のガンダムシリーズ「機動戦士ガンダムOO」に登場するMS、ジンクスの改造機だ。そろそろセカンドシーズンが放送されるみたいだけど、残念ながら俺にはリアルタイムで視聴する余裕は無いだろう。だが録画しておいたものを六年後か七年後、生まれてくる子供と一緒に視聴するのもまた一興だ。ガンダムに興味持ってくれると嬉しいなぁ、あとナデシコにも。

 

 ほのぼのとした未来の想像は発進と同時に打ち切り、俺は即座に「ボソンジャンプ」を発動する。

 膨大な量のポーズ粒子ならぬプラフスキー粒子がブラックサレナNT-1の機体を包んだ次の瞬間、マネキンさんのジンクス・シミュレーションスペシャルが発進した直後の、カタパルトの真ん前へとジャンプアウトした。

 

「どわっ!? なんじゃそりゃあ!」

 

 出待ちする形となったブラックサレナNT-1の出現にマネキンさんが動揺している隙に、俺は両脚部のスラスターユニットによる蹴りでジンクスを空中から叩き落とし、地に墜落した彼に対して容赦無くハンドカノンを発砲した。

 その狙いは全て、ガンプラの関節部だ。執拗にその部位だけを狙って撃ち抜いた結果ジンクスの四肢は無惨にも弾け飛び、最後に達磨状態になった胸部装甲をテールバインダー先端部のアンカークローで突き刺し、止めを刺した。

 

 その間、僅か十秒。

 

 試合終了後は、これまたルワンさんの時と同じように空気が静まり返っていた。……ああ、これは完全に悪役ですわ。

 

 出待ちからの奇襲、執拗な関節部狙いの攻撃、相手に全力を出させない戦法は、二代目のメイジン・カワグチを参考にさせてもらった。

 この情け容赦の無い戦い方はガンプラバトルファンの中でも賛否両論が割れており、俺自身、あまり好んではいなかった。

 今だって、勝ったことに対して素直に喜びを感じていない自分が居る。これじゃあもう、ガンプラバトルを遊びだなんて言えないな……。

 でも、今の俺にとって重要なのは過程はどうであれ、勝利という結果を掴むことだ。それ以外を選ぶ気にはなれなかった。

 

「いい戦争をするじゃないか」

「………………」

「無視かよ」

 

 大会出場者達が試合を観戦する為の控え室に戻ると、ピンク色の服を着たダンディーな二人組に話しかけられた。

 フリオ・レナートさんとマリオ・レナートさん――レナート兄弟として一括りに扱われている、アルゼンチン代表のファイターだ。

 二人ともベテランの風格が漂っているが、確か世界大会の出場は今回が初めてだったと思う。しかしその実力は高く、ここまで特定のガンプラに拘らず、色々なガンプラを扱いながら勝ち抜いてきた実力者だ。

 彼らは親切にもラズリちゃんが居なくて絶賛ぼっち状態になっていた俺に話しかけてくれたというのに、俺は無言を返してしまい彼らの気分を害してしまった。ごめんなさい、でも違うんだ。ただ貴方達の声がテンカワ・アキトに似ていてびっくりしただけで、決して無視したわけじゃないんです。

 慌てて俺は、彼の言葉に話題を見つけて言い返す。

 

「俺の戦いは、戦争なんて大層なもんじゃないさ」

「ん?」

「ただ自分の過去にケリをつけるための戦い、俺自身への復讐みたいなものだ」

「復讐、ねぇ……」

 

 迂闊で残念な男がデキ婚後の将来の為に戦うことが、戦争なんて大層なものであってたまるかと――俺は今の自分がガンプラバトルをする目的を自嘲する意味で言った。真面目に考えなくても恥ずかしい話なのであえてオブラートに包んで言ったのだが、何故か兄弟揃って感心げな顔をされた。多分、俺の意図した言葉の通りには伝わらなかったのだろう。まあそれに気付いたところで、わざわざ訂正する気にはみっともなくてなれなかったわけだが。 

 

 

 

 

 

 

 翌日俺が戦う二回戦の相手はイギリスを代表するファイター、ジョン・エアーズ・マッケンジーさんに決まった。

 御年78歳という大会出場者最高齢のお爺さんファイターで、「准将」と呼ばれるほどの有名な実力者だ。彼がかつて繰り広げた二代目メイジン・カワグチとの死闘は、俺もテレビで見たことがある。

 しかしフィールドに現れたのは彼ではなく、金髪のイケメンな兄ちゃんだった。

 試合直前にジョンさんが心臓発作で倒れ、選手の交代を言い渡されたのだ。

 彼の名前はジュリアン・エアーズ・マッケンジー――ジョン・エアーズ・マッケンジーさんの孫に当たり、俺も知っているガンプラファイターだ。かつては三代目メイジン・カワグチを襲名するのは彼ではないかという噂を耳にしたこともある、俺からしてみれば雲の上みたいな存在だった。

 ただ彼は三年前にガンプラバトルを引退し、以後はこのような表舞台には上がってこなかった筈だが――中々どうして、とんでもないサプライズを用意してくれたものである。

 ……全盛期をとっくに過ぎているジョンさんですら俺の手に余る実力者だっていうのに、それよりもヤバいのが敵に回ってしまったようだ。

 だが、相手が誰であろうと負けるわけには行かない。強敵なら、今までだって散々戦ってきたんだ。この試合を勝てば次の相手は三代目メイジン・カワグチになる。優勝をする為には結局、彼のような強敵との戦いは避けては通れない道だった。

 

《Please set your GUNPLA》

「アワクネ・オチカ、ブラックサレナNT-1――レッツ・ゲキガイン!」

 

 ブラックサレナNT-1をGPベースへセットし、プラフスキー粒子から出現した簡易カタパルトからバトルフィールドへと発進させる。

 全面に広がるのは無数の星が瞬く宇宙と、数多のクレーターに覆われた荒地――月面だった。

 今回のステージは月面か。市街地や森林地帯のような障害物が無い為、地形を利用した戦い方は難しそうである。

 

「初手から仕掛けるしかない……」

 

 モニター前方に、オレンジと白の配色を施された小型のMSの姿を捕捉する。

 ガンダムF91イマジン――今では知る人ぞ知る名機。かつては無敵と言われたガンプラの姿が、三年前と変わらずにそこにあった。

 思わずビビりそうになる心を押し殺して、俺は虚勢を張る。

 F91イマジンがなんだ! あんなもん、所詮は三年前の機体だ!

 

「ジャンプ」

 

 イメージするのはF91イマジンの背後。ルワンさんと戦った時のように死角からのボソンジャンプで、勝負を一気に決める。

 大量のプラフスキー粒子に包まれたブラックサレナNT-1が一瞬で姿を掻き消す。

 そして、次の瞬間――

 

 ジャンプアウトしたブラックサレナNT-1が、異魔人の砲撃に撃ち抜かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 ガンプラの瞬間移動――なるほど確かにこれは強力だと、ジュリアン・エアーズ・マッケンジーは冷静な表情の裏で舌を巻いた。

 急患を患った祖父のジョンからこの試合を託されたジュリアンは、始めはガンプラバトルに復帰することに乗り気ではなかった。

 ジュリアンはかつて二代目メイジン・カワグチの開いた「ガンプラ塾」の第一期生だった。

 ガンプラバトルを純粋に愛していた無垢な少年時代、祖父のジョンから「ガンプラの光と闇を知って欲しい」と言われ、ガンプラ塾へ入塾したジュリアンはガンプラバトルのノウハウを徹底的に学び、塾内では敵う者が居ないさえ言われる腕を身につけた。

 他を寄せ付けない天才的な実力に、当時は誰もが三代目メイジンを襲名するのはジュリアンであると疑わなかった。

 だが、ジュリアンは自らそれを拒絶した。共に高め合う筈の仲間さえも敵視し、勝利こそを至上とする二代目の思想を受け入れることが出来ず、またその思想に自分も取り込まれてしまうのではないかという不安に耐えられなくなったのだ。

 やがてガンプラ塾を破門となり、この三年間はガンプラバトルどころかガンプラの製作からも遠ざかっていた。

 ……ガンプラは製作しなかったが、ちゃっかり他のプラモデルは作っていたりする。

 閑話休題。

 そんなジュリアンがこの第7回ガンプラバトル選手権世界大会に参戦する気になったのは、心臓発作に倒れた祖父に強く請われたこともあるが、一番の理由は三代目メイジン・カワグチのことだった。

 試合の直前、ジュリアンは通りすがりのラルさんから三代目のメイジン・カワグチはガンプラ塾時代の友人ユウキ・タツヤであることを聞かされたのだ。

 タツヤは自分と同じで、二代目の思想を受け入れていなかった筈だ。勝利こそを至上とはせず、ガンプラバトルを楽しむことを望んでいた筈だ。

 その心の引っ掛かりを、ジュリアンは解消したかった。

 タツヤの真意を掴む為、ジュリアンはこの場に舞い戻った。彼と直接戦うことで、彼のことを理解したかったのだ。

 この戦いに勝利すれば、次の準決勝の相手はレナート兄弟に負けない限りはタツヤとなる。しかし彼ならば、間違いなく勝ち上がってくるだろう。

 故にジュリアンには、この戦いを負けるわけにはいかなかった。

 

「そこ!」

 

 闇色のガンプラの反応がレーダーから消失した瞬間、ジュリアンはF91イマジンを急速で方向転換させ、背後の空間に向かってヴェスバー――F91イマジンの背面側にフレームのアームを介して左右一門ずつ懸架されているビーム砲――を発射する。

 瞬間、プラフスキー粒子の光と共に出現した闇色のガンプラを、二条の光が撃ち抜いた。

 ジュリアンは闇色のガンプラブラックサレナNT-1の瞬間移動に対して完璧に反応し、奇襲を掛けられる前にこちらのビームを直撃させてみせたのだ。

 

「迂闊な!」

 

 しかし、流石は()()ブラックサレナだ……とジュリアンは敵機の頑丈さを賞賛する。宇宙世紀屈指の火力を誇るヴェスバーの直撃を受けてもまだ、彼は撃墜には至らなかった。

 傷を負ったブラックサレナNT-1が即座に態勢を立て直し、両手のハンドカノンを連射する――が、ジュリアンのF91は急加速による蛇行で、それらの射撃を全て無駄弾にせしめた。

 

「よくここまで再現を……でも、その程度の動きでは!」

 

 肩部に装着された巨大なスラスターを吹かしながら、一気に間合いを詰めてくる闇色の機体。ディストーションフィールドを展開しての体当たり、ディストーションアタック。小型のガンプラが受ければひとたまりもないであろうその攻撃を、ジュリアンは全てスペインの闘牛士の如く紙一重でかわしていく。

 こちらの砲撃を恐れない勇敢な姿勢は良い。勝利の為ならば自分のガンプラが壊れることも厭わない、その執念も。

 しかし闇色のガンプラの荒々しい戦い方は、ガンプラ塾最強の実力者だったジュリアンにとっては恐るるに足らない、単調なものだった。

 彼の動きは似ているのだ。二代目の教えを律儀に守ろうとしていた、タツヤ以外のガンプラ塾の門下生達と。

 あまりにも見慣れ過ぎているその戦い方に対して、ジュリアンは脅威を感じなかった。ジュリアンにはその対処法が身体に染み付いているのだ。故に三年間のブランクがあれど、彼の動きを見切ることは容易かった。

 

「狙いが見え見えだよ、ブラックサレナ」

 

 あの「ブラックサレナ」をモデルとしているだけあって、凄まじい性能だとは思う。

 復讐人アキトの乗っていたあの機体を、よくもここまで再現したものだとビルダーを褒め称えたい。

 だがまだ、名人を相手にするにはファイターの引き出しが足りていない。ジュリアンは相手のファイターであるアワクネ・オチカに対して、冷静にそう分析していた。

 ボソンジャンプの奇襲も、ディストーションアタックによる突進も確かに強力だ。

 しかし、これは対戦相手のアワクネ・オチカにとっては計算外なことだろう。

 どこもかしこもガンダムオタクだらけの世界大会出場者達において、自分以外にその存在が居たことは。

 

「ナデシコが好きなのは、貴方だけじゃないっ!」

 

 ジュリアン・マッケンジーは、ブラックサレナという機体の特性を知り尽くしていたのだ。

 体当たりをかわし、擦れ違い様にビームサーベルを一閃する。

 まずはブラックサレナNT-1の尻尾――テールバインダーを斬り飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 三年前のガンプラが相手なら何とかなると、そんなことをちょっとでも考えていた自分の愚かさを思い知る。

 そもそもルワンさん、マネキンさんと立て続けに行ってきたボソンジャンプからの奇襲が、今度も素直に通じると思っていたのが迂闊だったのだ。ディストーションフィールドが無ければ、最初のヴェスバーの時点で落とされていただろう。

 しかし、どうしようか。やべぇジュリアン君強すぎる……!

 F91イマジンがディストーションフィールドで大幅に威力を軽減出来るビーム兵器主体の機体だからこそ今まで持ち応えられているけど、このままではやられるのは時間の問題だ。

 火力はともかく、機動性ならば劣っていない筈だ。機体のスペックに関しては全く負けていない筈なのに、やはりファイターの技量の差か。あのガンプラは化け物だが、ジュリアン君はもっと化け物だ。お前はアムロ・レイかって言うぐらいこちらの動きをことごとく読み取って、正確に捉えてくる。

 最初のボソンジャンプからの奇襲が失敗した時点で、厳しい戦いになるのはわかっていた。問題はその後の対処法が全く思いつかないことだ。

 

「貰ったぁっ!」

「くっ……!」

 

 ビームサーベルを薙刀のように回転させながら、F91イマジンがブラックサレナNT-1の装甲に向かってビーム刃を叩きつけてくる。

 これが実体剣だったら、その一閃でブラックサレナNT-1は完全に真っ二つにされていただろう。しかし、このままでも結末は同じだ。サーベルのビーム刃とディストーションフィールドは拮抗しているが、ジリジリとこちらが圧されているのがわかる。

 

 ――くそっ! どうすればいい!? こいつを倒すにはどうすれば良いんだ……!?

 

 焦りと苛立ちが俺の心を支配する。

 そんな俺に冷静さを取り戻させてくれたのは、脳内に走馬灯のように浮かび上がってくる、最愛の少女との日常風景だった。

 

『オチカ』

 

 花畑を走り回りながら、麦わら帽子を被った銀髪の少女が微笑む。

 

 ……ああ、そうだ。

 

 俺は背負っているんだ、彼女との未来を!

 理屈じゃなくても、どんなことをしても、勝たなければならない。

 俺は、負けるわけにはいかないんだ!

 

「う……うおおおおおおおおおっっ!!」

「っ!?」

 

 俺は、無我夢中だった。

 後先構うことなくスラスターの推力を全開まで引き出し、押し当てられていたビーム刃ごと突進し、F91イマジンの胸部に頭突きを喰らわせた。

 機体の衝突によって重量で大きく下回るF91イマジンが吹っ飛び、一方で無理な機動をしたブラックサレナNT-1の鎧に深い亀裂が走った。

 

「まさか、ここまで……!」

 

 通信回線を通して、ジュリアン君の驚く声が聴こえてくる。

 見たか、ファイターの俺が全く着いてこれないブラックサレナNT-1の馬鹿力を!

 あんたが化け物みたいな技量で翻弄してくるんなら、こっちは化け物みたいな力押しで戦うだけだ!

 未熟なら未熟なりに、性能頼みのゴリ押しをとことんやらせてもらう。闇の偽王子を舐めるなよっ!!

 俺の手には余り過ぎる、ブラックサレナNT-1の最大稼働で突っ込んでいく。

 それは、今までこちらの動きに余裕で対応していたジュリアン君をしても唸る速度だった。

 まるで制御しきれていないデタラメな機動で旋回しながら、俺はハンドカノンをまともに狙いも定めずに乱射しまくる。下手な鉄砲、数撃てばなんとやらだ。無論F91イマジンがそんな無茶苦茶な攻撃に当たるわけはなかったが、ジュリアン君が今までとは違うこちらの動きに脅威を感じたのか、ついに「あの技」を発動してきた。

 

「……ッ、バックジェットストリーム!」

 

 ジュリアン・マッケンジーの代名詞とも言える彼の奥義、「バックジェットストリーム」。

 ガンダムF91が持つ「M.E.P.E (Metal Peel-off effect=金属剥離効果)」という特殊な効果により微細な塗装や装甲が剥がれ落ちることによってまるで機体その物が残像を発生させているかのように見える現象――通称「質量を持った残像」をさらに強化した技だ。

 発生した残像は相手の機体のセンサーを誤作動させ、あたかもF91が複数存在しているかのように認識させる為、目視だけが頼りになる。そしてジュリアン君のF91イマジンの「バックジェットストリーム」はそれに加えてトランザムシステムやEXAMシステムのように機体その物の出力を上昇させる効果を含めているトンデモ機能である。

 これを発動させてきたということは、彼が本気になったということだ。俺のブラックサレナNT-1が、彼にそうさせるだけの恐れを抱かせたということになる。

 彼の最大稼働に対して、俺も最大稼働で応える。

 F91イマジンの最大稼働を余裕で使いこなしてくるジュリアン君と違って、俺はブラックサレナNT-1をまるで制御出来ない。

 だが、無理は承知の上だ。このぐらいのことをしなければ、彼の土俵には上がれない。

 

「無理をしてくれ、ブラックサレナ」

 

 無茶な機動でF91イマジンの射撃を回避していくが、その度に機体の内部が悲鳴を上げていくのがわかる。

 鎧も中身のガンダムも、既に限界近い。

 その機体にさらに鞭を打とうとする未熟なファイターのことを、どうか許してほしい。

 

「ボソンジャンプ!」

 

 

 

 

 

 姿が消えたブラックサレナNT-1が死角から飛び出してきた瞬間、F91イマジンが左手に構えたヴェスバーから暴力的なビームを発射する。

 ブラックサレナNT-1のボソンジャンプは移動の過程を無視した瞬間移動だが、出現する一瞬だけはその場に大量のプラフスキー粒子が拡散していくという予兆が見える。その一瞬に対して即座に反応し迎撃することが出来るのが、ジュリアン・マッケンジーというファイターが持つ超人的な反応速度だった。

 

「私にボソンジャンプは通用しないぞ、アキト!」

「……アキトじゃない、オチカだ」

 

 ボソンアウトと同時にまたも発射された強力なビーム砲に対し、闇色の機体は即座にその空間から飛び退り、避けてみせる。この戦いで二度目のボソンジャンプである以上、こちらに出現先が見抜かれているのは予測していたのだろう。

 ならばとジュリアンはバックジェットストリームによって飛躍的に上昇した機体を駆って闇色の機体に詰め寄る。

 しかし、振り下ろした一太刀は装甲に擦過傷すら与えることが出来なかった。

 闇色の機体は空中でバックステップを踏むような動きで、F91イマジンの剣筋をかわしたのだ。

 

「速いっ!」

 

 闇色のガンプラは、今まで本来の性能を隠していたとでも言うのか。先ほどまでとは別人のような動きに、ジュリアンは内心で舌を打つ。

 戦い方に関しても、さっきまでとはまるで違う。荒々しいところは変わっていないが、中途半端に二代目メイジンを真似した戦闘スタイルではなくなり、良い意味でデタラメになった。軌道があまりにもデタラメ過ぎて、ジュリアンには彼がどう動いてくるのか読めなくなったのだ。

 

 バックジェットストリームによって金色のオーラに包まれたF91イマジンとブラックサレナNT-1、金色と闇色の二つのガンプラが、月面を眼下にした宇宙空間で寄りつ離れつの軌跡を描く。

 

 ジュリアンは猛然と突っ込んでくる闇色の機体を捉え、二門のヴェスバーを最大出力で放つ。

 ディストーションフィールド越しにもダメージを与えることの出来る二条の光が、つい一瞬まで闇色の機体が居た空間を貫く。

 だがそれは陽動であり、本命の一撃ではない。

 闇色の機体がビームを避けた先に、F91が残像を撒き散らしながら回り込んだ。

 

「これでっ!」

 

 F91イマジンが、闇色の機体を今度こそ仕留めるべくビームサーベルを振り上げる。

 いかにディストーションフィールドと言えど、これまで散々痛めつけたことで出力は落ちている筈だ。

 狙うはブラックサレナNT-1の構造上、最も細い胴部。懐に飛び込んだF91イマジンは、横薙ぎに走らせたビームサーベルを一気に振り抜いた。

 

 しかし、その一閃は空を掻いた。

 

 どれほど速い機体でもかわせない、コンマ数秒も掛からない筈の距離から。

 闇色の機体はその空間から忽然と姿を消すことで、絶体絶命の窮地を乗り切ったのだ。

 ボソンジャンプによる緊急回避――と、ジュリアンは即座にその現象に当たりを付ける。

 だが、次で終わりだ。

 超高速で機体を翻し、ジュリアンは後方にプラフスキー粒子の拡散を察知。ビームサーベルを携えたF91を全速力で向かわせた。

 

「仕留めるっ!」

 

 予測通り、そこに闇色の機体が現れた。

 F91イマジンは出現と同時にビームサーベルを突き刺し、今度こそ闇色の()を仕留めた。

 

「っ……?」

 

 F91イマジンのサーベルが仕留めたのは、敵の鎧だけだったのだ。

 ブラックサレナNT-1の胸部を覆う鎧。その中身には何も入っておらず、もぬけの殻だった。

 

「まさか……!」

 

 その時、ジュリアンはこの三年の間に視聴したアニメ「機動戦艦ナデシコ」内の設定を思い出し、額から嫌な汗を流した。

 ブラックサレナの鎧には、機密保持の為の爆弾が仕込まれている――ならば、これも……。

 すぐさまビームサーベルを抜き取ろうとするジュリアンだが、時既に遅し。瞬間、ビームサーベルの突き刺さった闇色の鎧がF91イマジンの目の前で豪快に爆発した。

 

 敵は、アワクネ・オチカはボソンジャンプが読まれていることを逆手に取り、あえて鎧の一部を囮にしたのだ。

 

「くっ……イマジン!」

 

 至近距離からの爆風に煽られ、F91イマジンの全身を覆っていた金色の光が消失する。

 機体その物は無事だったが、闇色の鎧の爆発によってバックジェットストリームの状態が解除されてしまったのだ。

 

「俺は……ここだ!」

「っ!?」

 

 その爆煙を突き破りながら、F91イマジンの前に四肢に闇色の鎧を纏ったピンク色のガンダムNT-1が出現する。

 ジュリアンがその姿を確認した時には、F91イマジンに組み付いたガンダムNT-1が肩部のスラスターを全力で吹かし、そのままスピードを緩めずF91イマジンの機体を月面の岩塊部へと叩きつけていた。

 

「機体出力低下……くっ!」

 

 月面に仰向けに倒されたF91イマジンはもがきながらも右手に携えたビームサーベルでガンダムNT-1を切り裂こうとするが、敵はそんなこちらの動きを先読みし、至近距離からのハンドカノンによってF91イマジンの右腕はサーベル諸共破壊された。

 ならばとジュリアンは胸部のバルカン砲を連射し、尚も組み付き続けるガンダムNT-1を懸命に引き剥がそうとするが、もはや苦し紛れにもならなかった。

 

「ゲキガンフレア!」

 

 ガンダムNT-1が右腕からハンドカノンを取り外し、エネルギーを集束させた抜き打ちの鉄拳を繰り出す。

 その一撃は倒れ伏したF91イマジンの胸部装甲を無慈悲に貫き、激闘の終焉を告げる爆発が月面に広がっていった。

 

 

 ――勝者、アワクネ・オチカ。準決勝進出決定――。

 

 

 惜しみない歓声と拍手が、会場を揺らした。

 

 

 





 勝因、F91の実弾不足。と相手ファイターにあった三年のブランク。
 大会出場者で最強はジュリアンだと個人的には思っています。くたくたな関節であれはパない。
 次回は最終回を予定していますが、なんだかんだでまた話数が伸びるかもしれません。

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