ブラックサレナを使って、合法ロリと結婚する為にガンプラバトルをする男   作:GT(EW版)

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今回はちょっとシリアスです。


闇の偽王子と聖戦士アビゴルバイン

 

 

 世界大会は第三ピリオドを迎えると、主催者側からそのルールが言い渡された。

 内容は、大会主催者側が用意したオリジナルウェポンのみを使用し、大会参加者同士一対一で対戦するというものだった。こんなところでも自社商品の宣伝を怠らないとは、PPSEも抜け目がない。

 そして各々に用意された武器が何なのかは、バトルが始まるまではわからない仕様になっていた。

 他の人のバトルを覗いてみればオリジナルウェポンはハンマーだったり、シールドだったり、中にはスプレーガン(塗装用)のみで戦えだとかいう鬼畜な条件をつけられるファイター達の姿が何人か見えた。

 その中でも特にユニークだったのは、レイジ君とイオリ・セイ君対タイ代表ルワン・ダラーラさんの戦いだ。彼らに用意された武器は、それぞれボールとグローブとサンバイザーとバット――ガンプラで野球をしろと言うのだ。……主催者の発想、どうかしてるだろこれ。

 結果は、レイジ君達の勝利に終わった。なんかボールを持ったスタービルドストライクの右手が青く光ってたけど、あれは一体何だったのだろうか?

 しかしこんなガンプラバトルと言って良いのかわからない勝負で土をつけられてしまって、ルワンさんも悔しいだろうなぁ。本人は納得しているみたいだったけど、ピッチャー対バッターの対決じゃあ勝率が偏りすぎているし、運が悪かったとしか言い様がない。

 

 

 ……俺はそう、自分の番が回ってくるまでは他人事のように思っていた。

 

 

 ――俺に用意されたのは、テニスラケットとテニスボールだった。

 

 ブラックサレナを使って、テニスをしろと申されたのだ。

 レイジ君達と同じスポーツ路線である。それでもまだ、野球よりは良かったと思う。ブラックサレナは機体の構造上バットを両手で握れないし。ラケットを持つのが片手だけで良い分テニスの方がマシだったかなと。

 そして対戦相手は、ドイツ代表のライナー・チョマーさん。扱う機体はアニメでは「∀ガンダム」に登場する巨大MA、ウォドムだった。

 チョマーさんは戦う相手が俺と知って、ライバルのフェリーニさんじゃないことに少し残念そうだったけど、やっぱりお互いを高め合うライバルって良いよね。友達の少ない俺には無縁な存在だけど、やっぱりそういう関係には憧れる。

 そんな話をラズリちゃんとイチャイチャしながらしていると、何かが癪に触ったのかチョマーさんが激しく怒り出した。……話を聞くに彼、去年付き合っていた彼女にフラれたらしい。どうやらフェリーニさんにNTRされたようで……なんだかもう、すみませんでした。

 

 そんなチョマーさんは世界大会常連の強豪だったが、今回ばかりは機体の選択をミスったとしか言い様がない。このブラックサレナNT-1以上の大型機体であるウォドムの手ではラケットを上手く扱うことが出来ず、俺の必殺テニス奥義ディストーションサーブの前に敗れ、俺達は危なげなく勝利を収めた。ただブラックサレナNT-1も小回りの効く方じゃないから、チョマーさんに中型から小型のガンプラを使われていたら危なかったと思う。

 

 

 

 その後も俺達は順調に好成績をキープしながら、世界大会は第7ピリオドへと移行した。

 一度も優勝候補との対決にならなかったのが幸いしたのか、これまでの試合はいずれも全勝し、どうにか上位グループまで食い込んでいる。このまま行けば大会出場者のベスト16まで残り、続く決勝トーナメントへと勝ち抜けることが出来るだろう。

 第7ピリオドの試合内容は「ガンプラRACE」――会場内に作られた特設コースを三周し、その順位を競う文字通りのスピードレースだった。ガンプラの機動性とファイターの機体制御技術が勝敗を左右する、野球やテニスと比べれば至って普通のルールである。

 それは俺達にとっては願ってもない試合内容だった。ガンプラの性能で言えば、レースなど高機動ユニットを装着した高機動型ブラックサレナNT-1の独壇場であろう。他ブロックの試合を見ればメイジン・カワグチのケンプファーアメイジングやフェリーニさんのバイクに乗ったウイングガンダムフェニーチェも物凄い速さで独走していたが、それでも高機動型ブラックサレナNT-1と比べればやや劣って見えた。尤も、ファイターの俺がこのガンプラをちゃんとカタログスペック通りに動かせればの話ではあるが。

 しかしそちらについても、今はそれほど心配はしていない。これまでの実戦や空き時間を使って何度も訓練に励んだ成果もあり、俺は大会初期の頃よりかはこのじゃじゃ馬を上手く制御出来るようになっていた。それには地味に、第三ピリオドのガンプラテニスが良い機体制御訓練になっていたりする。

 

 その見立て通り、レースは開幕から俺達のブラックサレナNT-1が他のガンプラ達をぶっちぎった。

 

 一周回り終えた頃には二位のニルス・ニールセン君の戦国アストレイに半周以上の差を付けていたし、途中まではこれまでの試合の中で一番余裕のある戦いをしていたと思う。

 

 ――途中までは、だ。

 

 特設コースの二周目に差し掛かろうとした時、予想だにしない最悪なアクシデントが発生した。

 制御をミスってコースアウトした? ……違う。それはもし俺達がブラックサレナNT-1を使ってレースで負けるのならそのパターンになるだろうなと真っ先に思いつくぐらいには予想していたことだし、そもそも俺の中では最悪の出来事に入らない。

 

 俺にとっての最悪とは、いつだってラズリちゃんの身に降り掛かる不幸のことなのだ。

 

「……ッ! ラズリ、どうした!? ラズリ! しっかりしろ!!」

 

 ――その異変に気付いた時、俺はフィールドを疾走する愛機には目も暮れず、後ろに立っていた筈の最愛のパートナーの元へと振り向いた。

 そこにはいつものような愛らしい銀髪の美少女の姿は無く、糸が切れた人形のようにぐったりと横たわっているラズリちゃんの姿があった。

 

「ラズリ! ラズリ! ラズリ……ッ!!」

 

 呼びかけても揺すっても返事は無く、脈はあるが顔色は悪く、普段にも増して明らかに白くなっていた。

 俺は何故、彼女がこんなになるまで気づいてあげられなかったのか……自分自身の愚かさに憤怒した。

 

「くそっ、誰か医者を呼んでくれ! 急げ!! 救急車だッ! もたもたしているんじゃねぇぞジジイ!!」

 

 その時の俺は試合中のフィールドのことはもちろん、この事態が何故起こったのかを考える余裕も無く、周囲への配慮すらも気に掛けなかった。

 

 時が凍りついたように頭の中が真っ白になった俺は、口汚く係員の人を呼びつけたところまでは覚えていたが――気が付けば救急車の中に居て、ベッドに寝かされたラズリちゃんに同伴して近くの病院へと運ばれていた。

 

「……オチカ……」

「……! ラズリ!」

 

 横たわる彼女の手を縋るように握っていると、ラズリちゃんが微かに目を開き、力の無い声で言葉を紡いだ。

 

「ごめんね……わたしのせいで、試合……」

「そんなことは気にするな! ガンプラバトルなんかより、君の方が大事に決まっているだろ!」

 

 こんな時に試合のことを気にする奴があるかと、俺は申し訳なさそうな顔をする彼女に言い返した。

 ガンプラバトルならいつでも出来る。世界大会なら、来年出れば良いじゃないか。俺にとって何が一番大切なのか――そんなものは、考えるまでもなかった。

 人の命は何にだって一つしかないのは、小さな子供にだってわかる当たり前のことなのだから。

 俺がそう言うと、ラズリちゃんはいつもより力は無かったが、いつもと変わりのない天使のような顔で柔和に微笑んだ。

 

「……ありがと、オチカ……」

 

 ――そこで、彼女はまた意識を手放した。

 

 

 

 

 

 運ばれた先の病院で検査を受けた結果、ラズリちゃんの身体に病のような異常は見られなかった。

 ただ、酷く疲労していたようで、その上睡眠不足が祟って貧血を起こしたのではないかと医師は言っていた。

 彼の手によってすぐに適切な処置を受けるとラズリちゃんは夜中には無事目を覚まし、またいつもと同じように話すことが出来た。

 ……とりあえずは、一安心か。しかし救急車の中で、お礼の言葉を最後に意識を手放すなんて縁起でもない。あの時の俺は、最低でも三回は心臓が止まった気分だったよ。まあ、俺の心臓なんか彼女の命と比べればゴミみたいなものだけど。

 何はともあれ、このまま安静にしていればすぐに回復するだろうとのことで本当に良かった。

 

「オチカ」

「なんだ?」

「大好き」

「俺もだ」

 

「オチカ」

「なんだ?」

「明日の試合、どうするの?」

「そんなことよりも、君の傍に居るよ」

「だめ」

「何故?」

「オチカは、試合に出るの」

「……君が着いていなければ、出たって勝てない」

「うそ」

「嘘じゃない。俺は君が居なければ、ここまで勝ち進めなかった。ブラックサレナを動かすことも出来なかったさ」

「でも、信じてる」

「何を?」

「オチカは私の王子様だって」

「……そう言われると、迂闊に弱気なことを言えなくなるな」

「オチカは強い。私の分も、頑張って」

「……わかった。でも心細かったらいつでも呼んでくれ。試合中でも駆けつけるよ」

 

 見舞い中、俺達はそんな感じに甘甘なやり取りを延々と行っていた。

 しかし、倒れた原因は疲労か……俺は今の今になってようやく気付いたが、彼女はガンプラバトル中、ずっと無理をしていたのだ。

 振り返ってみれば、思い当たる節は幾らでもある。彼女は18歳で、既に高校を卒業した年齢ではあるが、その身体を見ればわかるように華奢で小さい。成人男性である俺ですら、ブラックサレナNT-1を扱ったガンプラバトルには体力を激しく消耗するのだ。彼女は直接操縦していないとは言え、サポートもまた大きな負担になっていたに違いない。

 

 ……クソ野郎が。なんて思慮のない男なんだ、俺は!

 

 倒れるまで彼女の負担に気付かず、呑気にガンプラバトルをしていたなんて! これじゃあ、ガンプラマフィアの連中と同じかそれ以下じゃないか!

 

「オチカ、私ね」

「どうした?」

 

 彼女の彼氏として、人間として失格だ――そう思い、他の誰よりも自分自身が許せなくなった俺に対して、ラズリちゃんが言った。

 

 ――その後の俺の行動原理の礎となる、あまりにも衝撃的な発言を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最終予選、第8ピリオド。

 ルールは一対一、降参を宣言するか、どちらかのガンプラが壊れるまで戦う真剣勝負だ。

 メイジン・カワグチやリカルド・フェリーニら第7ピリオドまでに叩き出した高成績によって既に16位以内が確定し決勝トーナメントへの進出が決まっている選手達が何人か居る中で、残りの出場枠を巡る戦いが繰り広げられようとしていた。

 

 その中でも特に注目されている対戦カードの一つが、タイ代表ルワン・ダラーラ対日本九州代表アワクネ・オチカの試合だ。

 

 ここまでの予選順位はルワンが11位、オチカが18位だ。黒星を喫したのはお互いに一回のみだが、二人の順位にやや開きがあるのはやむを得ない理由とは言えオチカが不戦敗として第7ピリオドにおいて「レース最下位」という結果になってしまったことが大きい。

 

 しかしパートナーである幼い少女を助ける為に自らの試合を放棄して、一体誰が彼を責められようか。

 

 会場を訪れた観戦客達はそんな彼に同情的な目を向けており、この第8ピリオドの相手のファイターが下馬評で上回る優勝候補者のルワン・ダラーラだということから生じた判官贔屓的な心理も手伝ってか、試合前オチカに掛けられる声援はそれなりに大きなものとなっていた。

 だが、そんな大勢のガンプラバトルファンの声に対して、オチカはまるで何も聴こえていないかのように無反応だった。

 ただでさえ無表情な上に目元がバイザーに隠されている為その感情を読み取ることは出来なかったが、フィールド越しに正面に立つルワン・ダラーラには今の彼から発せられる威圧的なプレッシャーだけは感じ取ることが出来た。

 まるで、修羅だ。

 これまで自分が戦ってきたファイター達とは明らかに違うと、ルワンは向き合った瞬間から即座に彼の異質さに気付いた。

 

 日本九州代表、アワクネ・オチカ。開幕前までは無名であった筈のそのファイターの名は積み重ねてきた実績こそルワンには遠く及ばないが、今回の大会の中で一気に台頭している。第1ピリオドから順調に高得点を叩き出し、不慮のアクシデントが発生した第7ピリオド以外全ての試合で圧勝しているのだ。

 彼の扱うガンプラの「ブラックサレナNT-1」は、ルワンのアビゴルバインと同じく機動性に優れたガンプラだ。その上強力なバリアシステムを搭載しており、ビーム兵器の類は一切通用しない。ミサイル等の質量兵器ならばある程度通用するようだが、そちらは元の装甲が分厚い為に生半可な威力では撃墜どころか行動を止めることすら出来ないだろう。

 機動性と耐久性に関して言えばこの大会でもトップクラスの性能を誇り、まさに「化け物」と表現するに相応しいガンプラである。これほどのガンプラを生み出すビルダーが突然出てくるのだから、何度出場しても世界大会は面白い。

 高機動と重装甲の両立――ルワンのアビゴルバインも似たような機体コンセプトではあるが、ブラックサレナNT-1のそれはアビゴルバインのそれをもやや上回っているように見えた。

 しかしその二点にのみ突き詰めて設計している為かブラックサレナNT-1は最低限の武装しか持っておらず、そこから生じる火力不足がこちらの付け入る隙になるだろう。

 これまでの彼の試合を見てわかったことだが、ブラックサレナNT-1の両手に装備している連射式のハンドカノンの威力はそう高くなく、あの程度ではアビゴルバインの装甲を破るのは至難の業だろうとルワンは踏んでいる。

 故に優先して警戒するべきなのは、射撃よりもバリアを張っての体当たりと尻尾による搦手か。いずれも接近戦に持ち込まれた場合だとルワンは考えていた。

 

「ルワン・ダラーラ――アビゴルバイン、出るぞ」

 

 プラフスキー粒子の光が包み込み、両者の試合が開始する。

 一瞬で展開した簡易的なカタパルトから射出されると、アビゴルバインはすぐさま空中でMA形態へと変形し、背部に展開したビームウイングによって高速飛行していく。

 今回のバトルフィールドとして選ばれた地形は荒野だ。荒れ果てた大地を、上空を舞う二機のガンプラが見下ろしていた。

 

(しかし、なんて禍々しいガンプラだ)

 

 こちらに向かってくる闇色のガンプラの姿をモニターに映した瞬間、ルワンが抱いた率直な感想である。

 全身を黒く染めたカラーリング自体は、ビルダーの中ではそう珍しくはない。黒という色には組み合わせたパーツの整合性を整える効果があり、オリジナルのガンプラに使う色としては赤や青以上に使いやすい色なのだ。色々なパーツを考えなしに組み合わせたキメラのようなガンプラでも、黒を中心に配色すれば案外落ち着いた見た目になったりする。ルワン自身もまた、初めてオリジナルのガンプラを作った少年時代はとりあえずそのガンプラの色を黒一色で塗りたくっていた思い出がある。

 しかし、アワクネ・オチカという男が駆るあのブラックサレナNT-1という機体に関しては、ただ見栄えを良くする為だけに機体を黒く染めたようには思えなかった。

 長年ガンプラファイトを続け、多くのファイターのガンプラを見てきたルワンだからこそ、そのことに気付いた。あのガンプラからは何か、怨念のようなものが感じるのだ。

 それはファイターから放たれる威圧的なプレッシャーも相まって、ガンプラバトルという純粋な競技の場においては似つかわしくないとすら思えた。

 

「……ならばその怨念、このルワン・ダラーラが切り裂く!」

 

 闇色のガンプラを射程圏に収めるなり、アビゴルバインが両肩から四発のミサイルを発射する。

 ミサイルで弾幕を張りつつ、接近してMS形態に変形。ビームサイスによる格闘戦を仕掛け、一太刀浴びせた後でまたMA形態に変形し離脱――変形機構を駆使した無難なヒット&ウェイが、この敵には有効だと判断したのだ。

 高い機動性と耐久性を持つブラックサレナNT-1を相手にする場合、よほどの火力が無い限り短期の間で攻めるのは愚策だ。ここはあえて長期戦に持ち込み、じわじわと少しずつダメージを蓄積させながら、相手が焦れてきたところで隙を見つけ、一気に決める。それが、ルワンがこの戦いで打ち出した作戦である。

 

 しかしその作戦は、ルワンにとってはあまりにも想定外の形で崩されることとなる。

 

 

 彼は戦闘開始から思わぬ手段で強引に短期決戦へと持ち込まれ――僅か三分足らずで敗北を喫したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 まさか、こんな試合になるとは誰が予想しただろうか。

 優勝候補のルワン・ダラーラが、アワクネ・オチカによって敗れた。

 その事実は会場に集まった観戦客全員に衝撃を与え、試合終了直後は歓声すら沸くことなく静まり返っていたほどだ。

 

 ……そんな感じに、会場は酷く微妙な空気に包まれていた。優勝候補が負けるなんて大波乱が起きたんだから、もうちょっとぐらいこう、観客の皆さんから俺を褒め称える声があっても良いのではなかろうか。試合前は俺を応援する声も結構あったから、ちょびっとだけ期待していたんだけど……どうやら自惚れだったらしい。

 ま、まあ、あまりにも予想外な決着に、ガンプラバトルファンの皆さんからしてみればどう反応すれば良いかわからないのだろう。うん、そうだよね。俺がみんなから嫌われているとかそんなことはないよね? ね?

 

 大勢の観戦客達のざわつきが支配する場の空気に居た堪れなくなった俺は、今回のバトルでボロボロになったブラックサレナNT-1を回収すると、そそくさと舞台の上から退場することにした。あっ、一応ファイターとしての礼節は忘れず、試合終了後にはちゃんとルワンさんに挨拶したよ? 返事は貰えなかったけど。

 

 試合時間はたったの二分五十秒。そんな短時間の戦いで優勝候補に勝利するという、字面だけ見ればとんでもないことをやらかした俺だが、それは俺のファイターとしての腕がルワンさんよりも圧倒的に上だったからとか、断じてそういうわけではない。寧ろお互いに同性能のガンプラを扱って戦ったとしたら、俺なんか謙遜でもなく簡単に負けていたことだろう。俺がこの戦いを勝つことが出来たのは、単にブラックサレナNT-1が備えている初見殺しのトンデモ機能が要因だった。

 

 その機能とは皆さんお察しの通り、原作アニメに登場するブラックサレナ最大の特徴とも言える、機体単独での「ボソンジャンプ」のことだ。

 

 このブラックサレナNT-1にもまた、その機能が「機体の瞬間移動」という原作に忠実な形ではないにしろ、それに近い形で再現されている。ナデシコ原作のボソンジャンプと大きく違う点は、こちらは移動の過程を無視した単純な瞬間移動能力であり、本物のようにタイムスリップをしているわけではないところだ。それでもガンプラバトルの常識を捻じ曲げるトンデモ機能なのは間違い無いが。

 俺だって最初は、ボソンジャンプの再現ばかりは厳しいんじゃないかって半ば諦めていたさ。でも愛情を注ぎ込んで組み立ててみたら、なんか知らないけど出来ちゃいました。あの時、俺は改めて思ったよ。ガンプラに限界は無い!って。

 

 ブラックサレナNT-1に搭載されているその「ガンプラバトル版ボソンジャンプ」を駆使することで、俺は約三分間の死闘の末、ルワンさんを紙一重で打ち破ることが出来た。

 この機能は第二ピリオドで一度使ってしまっている為、試合前はその存在を警戒されていないか心配だったのだが、ルワンさんのチェックはそこまで行き届いていなかったのか、流石の彼もこのガンプラに瞬間移動能力があるとまでは思わなかったようだ。

 これは後で本人から直接聞いた話だが、どうやら彼はロワイヤルの時の戦いはビデオに録画してチェックしていたのだが、あの時俺のガンプラが巨大ザクの前に突然現れたのは、ミラージュコロイドやハイパージャマーのようなステルス機能を使っていたからだと思っていたらしい。まあ、ガンダムファン的には瞬間移動よりも先にそっちの方を疑うよね。

 

 そのボソンジャンプを、俺はアビゴルバインが最初に射撃態勢に入った瞬間から即行で発動した。狙い通りの位置にジャンプ出来るか不安はあったが無事成功し、ブラックサレナNT-1はアビゴルバインの背後へとジャンプアウトすることが出来た。

 ルワンさんの視点から見れば、先ほどまで遠方に居た筈の敵機が、こちらがミサイル攻撃を仕掛けようとした次の瞬間には真後ろに居たということになる。いかに彼と言えど、それはあまりにも予想外な事態だったろう。

 移動した形跡すらなく近距離へと出現したブラックサレナNT-1の突進に、流石のルワンさんもすぐには反応することが出来なかった。

 奇襲に成功した俺は彼に反撃の隙を与えないよう、がむしゃらに攻撃を仕掛けた。

 即座に態勢を立て直そうとするアビゴルバインを前に、俺はそうはさせまいと二丁のハンドカノン、胸部のバルカン砲を乱射し、ブラックサレナNT-1の持てうる全ての武器をつぎ込んだ。しかしアビゴルバインの装甲は並のガンプラとは比べ物にならないほど堅く、一発や二発では落ちる気配すら見せなかったものだ。

 そして、流石は優勝候補筆頭、俺の尊敬するファイターのルワンさんだった。ブラックサレナNT-1のボソンジャンプからの奇襲に対してそのまま大人しく一方的にはやられてくれず、職人的な技巧から手痛い反撃を繰り出してきた。

 ブラックサレナNT-1とアビゴルバイン、それぞれガンプラとしては異色な造形をした二機は密着した距離から互いに衝突し合い、もつれ合うように激しい攻防を繰り広げた。

 俺はその時、彼に距離を取らせまいとしがみつく思いで必死だった。

 ラズリちゃんが病院で検査を受けている今、俺の後ろには頼れるパートナーが居ない。彼女のバックアップを受けられない今の俺では、以前よりも腕を上げたとは言え、世界大会出場者の中では良くて中の中レベルだろう。長期戦になればなるほどボロが出て、ルワンさんとの力量差が露呈されてしまう。だからこそ、俺はボロが出ない内に勝負を短期決戦の内に決めたかったのだ。

 

「その執念は見事っ!」

「…………」

「だが、勝つのはこのアビゴルバインだ!」

 

 幾度も斬りつけられるビームサイスの反撃に遭い、ブラックサレナNT-1の装甲のあちこちに深い傷が刻まれていく。それは並のガンプラならば、とっくに爆散していもおかしくないダメージだった。

 

「せあっ!」

「っ……」

 

 至近距離から放たれる攻撃の応酬により、ブラックサレナNT-1が装着していた両手のハンドカノンが破壊される。それによって無手の状態となってしまったブラックサレナNT-1に出来たことは、尚もがむしゃらに体当たりによる近接戦闘を挑み続けることだけだった。アビゴルバインの反撃に鎧がどれほど抉られようとも、俺は構わず、馬鹿の一つ覚えのように近距離でのぶつかり合いを続けた。

 

「やる……! ならば行くぞ、ハイパープラフスキー斬りだっ!」

 

 ルワンさんは一度も距離を取ることなく、最後まで俺との近接戦に付き合ってくれた。

 そして今までの試合では一度も見せなかった姿を、アビゴルバインが見せる。

 全身が赤く発光すると、右手に携えた近接戦用の鎌状の武器――ビームサイスのビーム刃のエネルギー密度が加速的に上昇し、機体サイズ以上の大きさへと巨大化していった。

 アニメでは「機動戦士Zガンダム」の主人公、カミーユ・ビダンが乗るZガンダムが初めて発動させた現象である。バイオセンサーの暴走――Gジェネレーション等のゲームでは「ハイパー化」と表現される現象だ。

 こちらのブラックサレナNT-1がボソンジャンプという切り札を持っていたように、ルワンさんのアビゴルバインもまた強力な隠し玉を用意していたのだ。

 

「落ちろよおおおおおおおおおおっっ!!」

 

 普段は冷静なルワンさんが、滅多に見せない熱い叫びだった。

 巨大化したビームサイスを振り上げると、サイコフィールドの光で全身を真っ赤に染めたアビゴルバインが猛然と斬り掛かる。それに対して俺が選んだ策は攻撃こそ最大の防御――彼の最強の攻撃に対し、こちらも最強の攻撃を持って迎え打つことだった。

 

「ゲキガンフレアッ!」

 

 ゲキガンフレア――もはや説明は不要だろう。アニメ「機動戦艦ナデシコ」作中で主人公のアキトが度々扱っていた、エステバリスが誇る「必殺技」とも言うべき技だ。名称が違うだけで原理はディストーションアタックと同じだが、俺はディストーションフィールドを纏っての体当たりをディストーションアタック、機体の拳という一点にのみフィールドエネルギーを集束させた攻撃を「ゲキガンフレア」と呼ぶように区別している。だってほら、その方が特別な必殺技って感じがして格好良いじゃない。

 ブラックサレナNT-1の腕部は、ナデシコ原作のブラックサレナとは違いガンダムNT-1の腕だ。鎧の中身はガンダムNT-1であってエステバリスとは違うが、せめて鎧から剥き出しの状態になっている腕部だけはとエステバリスに似せた改造を施している。カラーリングもまた、わざわざアキト機をイメージしたピンク色にしていた。

 その甲斐もあってか、鎧を纏っている間だけはガンダムNT-1の腕でもエステバリスと同じようにゲキガンフレアを放つことが出来た。

 

 ハイパープラフスキー斬り対ゲキガンフレア。二つのガンプラの必殺技が激突した瞬間、バイザーが無ければ目も眩むほどの閃光が飛び散った。

 

「覚悟!」

「……っ!」

 

 しかし数拍の間拮抗した二つの力は、アビゴルバインのビームサイスへと傾いた。

 巨大なビームサイスが最大出力のゲキガンフレア――ディストーションフィールドを突破し、ブラックサレナNT-1の右腕を粉砕する。

 

 だが、まだだ。

 

 俺はその時もまだ、勝負を諦めなかった。

 

「俺が、あんたに勝たなければ……!」

 

 思考よりも先に、身体が動いていた。

 アビゴルバインのビームサイスにブラックサレナNT-1の装甲を貫かれながらも、俺は強引に懐に飛び込み、最後の力を振り絞った。

 

「ラズリが、安心して子供を産めないんだ……!」

「……は?」

 

 右腕を壊されても、左腕はまだ残っている。

 予め必殺技の打ち合いで敗れることを想定し、俺は既に次の一手を用意していたのだ。

 

 ――左腕の、ゲキガンフレアを!

 

「なに!?」

 

 ブラックサレナNT-1の左手の拳が、アビゴルバインの胸部へと叩き込まれる。

 互いに両者の攻撃をまともに受けた二機のガンプラの命運は、ただ先にどちらがより早く爆散するかというだけの、時間の誤差に過ぎなかった。

 

 ――そしてその誤差が、この戦いの勝敗を決した。

 

 ブラックサレナNT-1よりも先に、アビゴルバインがプラフスキー粒子の光を撒き散らしながら砕け散ったのである。

 コンピューターが試合終了を告げられるのがもう少し遅れていたら、次の瞬間にはブラックサレナNT-1も彼の後を追うように爆散していたことだろう。

 勝因は装甲の分厚さでこちらが勝っていたことと、初手のボソンジャンプからの不意打ちによってアビゴルバインの方がこちらよりも多くダメージが蓄積していたことだ。

 

 僅か三分内に収まる短い試合時間の中に戦いという戦いの限りを凝縮した死闘を制した俺は、しかし勝利したことへの喜びよりも、負けなかったことへの安堵、そして無茶苦茶な戦い方でブラックサレナNT-1を傷つけてしまったことに対する申し訳ない気持ちの方が大きかった。

 対戦したルワンさんからしてみれば、失礼極まりない話だとは思う。しかし、それでも心から素直には喜べなかった。

 

「すまない、ブラックサレナ……」

 

 肉を切らせて骨を断つというよりも、自分の骨が砕ける前に相手の心臓を握り潰すといった無茶な戦い方だったと思う。

 俺は一旦通路内で控え室に向かっていた足を止めると、手に持っていた痛々しく半壊したブラックサレナNT-1の姿を眺める。

 試合を見ていた観戦客達が静まり返ったのは、あまりにもゴリ押しすぎる俺の戦法にドン引きしていたからなのだと思う。甘いと言われればそれまでだが、俺だって本当ならばこんな戦い方をしたくなかった。

 

 だが、昨日までとは事情が変わったのだ。

 

 俺はこの第7回ガンプラバトル選手権世界大会を、どんなことがあっても優勝しなければならなかった。

 今の俺にとって、この大会の優勝は願望ではなく義務になっていたのだ。

 

 俺の脳裏に、昨夜ラズリちゃんから言われた言葉が響く。

 

『私、デキちゃったかもしれないって』

 

 ……精密な検査は今日受けるみたいだが、試合の前に今朝病院で話を伺ってきた産婦人科のアニュー・ディランディ先生の話によれば、その可能性は極めて高いのだと。

 彼女の話を聞いたその時から、俺は今までの俺では居られなくなった。

 人生で背負うことになる責任が、何から何まで重く大きくなったのだ。

 もちろん、俺はその責任から一歩も逃げる気はない。センイチさんからぶん殴られる覚悟も出来ている。

 だからこそ、あえて言おう。

 

 

 ――俺、この大会が終わったら結婚するんだ――。

 

 

 

 





 アビゴルバインが本気を出せばこのぐらいは出来ると思っています。
 ボソンジャンプはアリスタで人間が異世界との間を移動出来るぐらいだし、時間の跳躍は無理にしろプラフスキー粒子の応用でガンプラの瞬間移動ぐらいは出来るのではないかと妄想。
 因みにオチカのファイターとしての技量はロワイヤルに登場したドラゴンエピオンの人と同じぐらいのつもりです。

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