ブラックサレナを使って、合法ロリと結婚する為にガンプラバトルをする男 作:GT(EW版)
フィンランド代表アイラ・ユルキアイネンの駆るガンプラ、キュベレイパピヨンにはクリアファンネルという武器がある。
肩部のアーマーから射出される、その名の通りクリアパーツで作られたファンネルだ。
透明度が高く、レーダーにも感知されない性質の為、相手は自分が攻撃されたことにも気付けないまま一方的に撃破されていく。そんなクリアファンネルがフィールド上の光を反射する姿は、さながら蝶(パピヨン)の鱗粉のように見えた。
この武器の凶悪性は前大会優勝者であるカイザーをも容易く打ち破ったことから既に実証済みであり、キュベレイパピヨンを操るアイラを無敗のファイターとして君臨させていた。
第一ピリオド終了からのインターバルが開けて始まった第二ピリオドは、これまでの試合を勝ち上がってきた全出場者達によるバトルロワイヤル戦だった。
これまでアイラのキュベレイパピヨンは五機ほどのガンプラと遭遇し戦闘になっているが、どの戦闘も一発も被弾することなく終わらせている。
否、それはもはや戦闘とすら呼べないアイラによる一方的な蹂躙だった。
しかし、彼女が六機目のガンプラと遭遇した時だった。
紫色のガンプラが単機で向かってくる姿をモニターに捉える。機動性を重視しているのか戦闘機のような造形をしているが機体サイズは並よりも大分大きく、その分的が普通のガンプラよりも大きい為、捉えるのは容易い。そう判断したアイラはこれまで他のガンプラを相手にしてきたようにクリアファンネルを射出し、相手にこちらの攻撃を悟られる前に勝負を終わらせようとしたのだが――この時、アイラは初めて不測な事態と対面した。
「……?」
飛んで火に入る夏の虫の如く、そのガンプラはノコノコとクリアファンネルの射程内へと入ってくる。
そこまでは良かったのだ。
しかしそのガンプラはキュベレイパピヨンのクリアファンネルが周囲を取り囲もうとした途端、急加速を掛けて旋回し、射線上から退避したのである。
それはまるで、不可視である筈のクリアファンネルが「見えている」かのように。
「避けられた? そんな筈は……」
それが最初の一回だけなら、偶然で片付けることが出来る。
しかしそのガンプラは、続く二射、三射と連携するクリアファンネルのオールレンジ攻撃をことごとく鋭角的な軌道で避け、アイラにこの事態が偶然ではないことを証明してみせた。
しかも、ただ避けるだけでは終わらなかった。
「まさか……っ」
再度機体に狙いを定めたクリアファンネルの一つがビームを放つ前に、そのガンプラがアイラの予測を遥かに上回る速度で接近し、推力と重厚な装甲に任せた体当たりでクリアファンネル本体を潰してきたのである。
(クリアファンネルを見破って、私の予測も超えた……? こいつにも、粒子の流れが見えているの!?)
アイラにはプラフスキー粒子の動きを察知し、ガンプラの動きを先読み出来るという特異な力がある。
そして彼女が着用している一見コスプレ衣装にしか見えないスーツ「エンボディ」は、彼女が感じる粒子の動きを可視化し、予測的中率を限りなく100%へと近づける作用がある。彼女がこれまで予選も含めて被弾率ゼロという驚異的な戦果を発揮することが出来たのにはもちろん彼女自身が備えている高い操縦技術もあるが、エンボディによる未来予知染みた予測で敵の動きを完璧に読めたことが最大の要因だった。
それが、通じない。
あのガンプラがどう動くのか、アイラとエンボディの力を持ってしても読み通すことが出来ないのだ。
紫のガンプラはアイラの予測した光景の全てを、ことごとく深い闇色へと塗り潰していた。
(コイツ……!)
ガンプラバトルにおいて、彼女が見通せなかった未来は無い。
その実績が積み重ねてきた絶対的な自信を、あの紫色のガンプラはいとも簡単に揺るがしてみせた。
もちろん、アイラはたった一人のファイターを相手に自分の予測を超えられたからと言って、それで何も出来くなるほどヤワな精神構造はしていない。
他の人間とは、ガンプラバトルにかける思いが違うのだ。
アイラは他の大会参加者とは違って、ガンプラバトルを遊びでやっているわけではない。
アイラは苦しんできた。幼い頃は寒さの厳しい北欧の小さな村に住み、親類縁者もなく、ストリートチルドレンとして天涯孤独の生活を送っていた。
そんなある日、プラフスキー粒子の感知能力に目をつけたネメシスの男ナイン・バルトにスカウトされ、「フラナ機関」で数年に渡る訓練と言う名の人体実験漬けの日々を送ることを条件に、ようやく安定した衣食住を手に入れることが出来たのだ。
しかしガンプラバトルで負けてしまえば最後、機関にとってアイラ・ユルキアイネンという存在は何の価値も無くなってしまう。
そうなれば、アイラにはまた居場所が無くなる。アイラはもう、思い出すのもはばかれるあの貧しい暮らしには二度と戻りたくなかった。
(コイツは危険! コイツだけは、ここで始末しておかないと!)
もしもこの紫のガンプラのファイターも自分と同じようにプラフスキー粒子の流れが見えているのだとしたら、アイラにとって最大の脅威となるだろう。
だからと言って負ける気は毛当無い。しかし危険な芽は今の内に取り除いておくのが最善だと、予測ではなく直感がアイラを訴えていた。
しかし紫のガンプラは彼女に構っている気は無いとでも言うように、進行方向に展開されたクリアファンネルを潰すだけ潰すなり、早々とキュベレイパピヨンから後退していった。
(逃がさない!)
危険な存在をおめおめと逃がしておく意味は無い。手持ち式の大型ランス――ランスビットを携え、キュベレイパピヨンは後退していく紫色のガンプラを追い掛ける。
しかしアイラの予測に反してその距離は一向に縮まることなく、それどころかみるみるうちに遠ざかっていた。
「このキュベレイパピヨンが、スピードで負けている……?」
彼女の駆るキュベレイパピヨンは、最新の技術をふんだんに扱った傑作機だ。製作した「ネメシス」というチーム自体に対してはろくな感情を抱いていないが、そんなアイラも自分の反応に遅れることなく追従してくれるこのガンプラの性能の高さだけは大いに認めていた。
しかし、そのガンプラを持ってしても機動性ではあの紫のガンプラに完全に負けている。その事実が、またしてもアイラの心へと深い衝撃を残した。今までも機動性に特化した相手と戦ったことはあるが、キュベレイパピヨンの機動力で追いつくことが出来なかったのはこれが初めてだったのである。
「アイラ、深追いする必要は無い。あっちから逃げてくれるのなら、今は逃がしておけ」
「……っ、……了解……」
マネージャーのナイン・バルトからの指示に、「黙れ素人が!」と返したくなる言葉を抑えて応じる。
この場であのガンプラと戦うことによって生じるリスクと戦わないことによって生じるリスク、二つを天秤に掛けた際、傾くのはどちらだろうか? アイラにはこの時、どうしても後者の方が重く思えてならなかった。
「ブラックサレナNT-1、アワクネ・オチカ……一体、何者なんだ……?」
出足が遅れたとは言えネメシス自慢のガンプラが速度で追いつけなかった紫色のガンプラに対し、バルトが怪訝そうに呟く。
この時、アイラには珍しく彼と思考が一致した気がした。
【高機動型ブラックサレナNT-1】――それが、今のこの機体の名前だ。
第一ピリオドで戦っていたブラックサレナNT-1の装甲の上に、さらに「高機動ユニット」という外付け式の追加ユニットを装備させた姿で、見た目は戦闘機とか鳥みたいな形になる。
ユニットの色が紫色だから、取り付けた状態で正面から見ると名前ほどブラックな姿には見えなかったりする。まあ、色なんかどうでも良いって思えるほど無茶苦茶格好良いけどね。
ただでさえ速いのに、高機動ユニットを装備した俺の愛機はさらに速くなりすぎてビビる。うっかり制御をミスったら、フィールドから豪快にコースアウトしてしまいそうなぐらいだ。多分、この状態の機動性はトランザム中のガンプラにも劣らないんじゃないかと思う。あっ、今なんか轢いた。ディストーションアタックパネェ。
……にしても、さっきは危なかった。
フィンランド代表のコスプレファイター、アイラ・ユルキアイネンちゃん。バトルロワイヤルが始まって最初に鉢合わせた相手があんなのなんて、本当に運が悪かったと思う。
クリアパーツを使ったファンネル――ガンプラバトルならではの、初見殺しの恐ろしい攻撃だ。ラズリちゃんがファンネルの展開されている場所を教えてくれなかったら、俺も危うく餌食になっていた。
しっかし毎度のことながら、粒子の流れが見えるなんて凄いチートだよなぁ。あっ、もちろんラズリちゃんのことだよ? 俺だけだったら瞬殺されるの不可避な相手だったけど、彼女のおかげで何とかあの場を切り抜けることが出来た。
それと、高機動ユニットを着けたこのブラックサレナNT-1の機動性の高さだ。避けなくてもディストーションフィールドがあるけど、避けれるんなら避けておくに越したことはないからね。こうして無事アイラちゃんの手から逃げ果せてこれたのは、言うまでもなく俺とラズリちゃんが作ったこのガンプラの性能も大きい。
ただこの機体に一つだけ難点を挙げるとするなら、この高機動ユニットを装備した状態では本体が持っているハンドカノンが使えないことだ。改造次第では普通に他の武装をつけることも出来たけど、「高機動型ブラックサレナ」と名乗る以上甘えてはいけないと思っている。まあ、仮に武装を取り付けたところで俺の腕じゃこのじゃじゃ馬の機体制御に精一杯で、射撃まで手が回らないだろうけどね。結局、ディストーションフィールドを張って体当たりする「ディストーションアタック」だけやっているのが一番良いって結論になるんじゃないかと思う。
さて、さっきはアイラちゃんのキュベレイパピヨンから全力で逃走してきたわけだけど、こんな俺のことを「ヘタレ」だとか「負け犬め! ブラックサレナから降りろ!」とか言わないでいただきたい。別に勝てないと思ったから逃げたわけじゃないんだからね? 勝てる気満々だったけど消耗したくなかっただけなんだからね? ……うん、ホントダヨ。
だがこのバトルロワイヤルでは、時間制限まで生き残ることが勝利条件だ。
なので彼女みたいな強敵と無理して戦う必要は無く、つまらないことを言ってしまうと「逃げるが勝ち」なルールなのだ。時間中ずっと隠れんぼをするのも有り、鬼ごっこで逃げ回っているのも有り。大会序盤で消耗したくない、手の内を晒したくないファイターにとってはありがたいルールだと思う。
その点、この機体ほどこのルールに適応しているガンプラは無いだろう。生半可な攻撃じゃ落ちない重装甲に、バリア機能、そしてさっき見せたこの機動力があれば、たとえ複数の敵に囲まれても持ちこたえることが出来る設計だ。
「オチカ、敵」
「数は?」
「三機。バーザムとウィンダムとボール」
「……了解」
地球の周りを一周するように宇宙エリアのフィールドを駆け回っていると、俺よりも早くラズリちゃんが敵さんを見つけてくれた。どうやら三機のガンプラが、一列に並んでこっちに向かってきているらしい。
大会出場者全員参加のバトルロワイヤルだからか、参加者同士で共闘している人達も居るみたいだ。即席チームの場合裏切りが怖いけど、制限時間まで生き延びる確率は上がるし、共闘してルワンさんみたいな優勝候補を落とすことが出来れば美味しいからね。俺は単機で戦い抜くから関係無いけど。そもそもこの機体は、「原作」からして多対一を想定して単機で運用するよう設計されているからね。来るなら来やがれってんだ別にぼっちが悔しいわけじゃねぇぞ! なんたってこっちには嫁が居るんだからな!
「ディストーションフィールド全開……!」
機体を加速させつつディストーションフィールドを展開。あちらさんもこっちの存在に気付いたようで一斉にビームを撃ってきたが、効かん! 効かんなぁっ!
……って言うかバーザムやウィンダムやボールで世界大会まで勝ち抜いてきたって凄いな。ウィンダムとかHGのキットすら出てないのにすげぇ! 何が一番凄いかって、原作で微妙なポジションの機体を自分の愛機に選んだことだよ。とてつもない愛を感じる。
彼らが量産機だと侮るなかれ。ガンプラバトルでは原作アニメの強さがそのままバトルに反映されるわけではない。だから原作では微妙な立ち位置だったMSでも、ビルダーとファイターの腕次第では主役級のMSが相手だろうと圧勝することが出来たりする。だからこそ、ガンプラバトルは面白いのだと俺は思う。
「ディストーションアタックで殲滅する」
原作ではパイロットの棺桶だった量産機を、自分の愛機として利用する。そんなガンプラ愛溢れる彼らのことを、俺は純粋に尊敬した。世界大会にまで来ている人達を捕まえてこう言うのもなんだけど、そのぐらいガンプラが好きな人なんだなとわかると、こっちもより楽しくなるのだ。出し惜しみなんか忘れて、つい張り切ってしまう。実際のところどうかは知らないが、こうして相手のガンプラ愛が伝わった時は俺も効率とか後先とか忘れて全力で戦うことにしている。
「撃ち落とせぇぇーー!!」
「撃って撃って撃ちまくれぇぇーー!!」
「って言うか、全然効かねぇぇーー!!」
三機のファイター達の声が、通信回線を通して聴こえてくる。こうして対戦相手間で回線を開くのも、ガンプラバトルの醍醐味の一つだ。時々相手のことを貶すマナーの悪い人も居るけど、俺はあんまり気にしていない。考え方によってはガンダムシリーズの劇中の戦闘会話みたいで、俺を熱くさせてくれるからだ。
「ウィンダァァァーームッ!!」
「せっちゃん!?」
「おのれ、よくもせっちゃんを!」
ディストーションフィールドを展開し、敵のビームに怯みもせず流星のように突っ込んでいく。
高機動型ブラックサレナNT-1の全推力と重量を込めた体当たりが最初にウィンダムを抉り、ウィンダムの機体は見るも無惨に砕け散った。うわっ、思ったより酷い壊れ方。
しかし、これは勝負の世界。自分が壊した相手のガンプラを可哀想だと哀れむのは、その相手に対する侮辱も同じだというのが俺の持論だ。
だから俺は、この戦いにおいて容赦はしない。って言うか、世界大会のレベルで容赦なんかしてたらこっちが負ける。俺にはガンダムの主人公達みたいに相手の急所だけを外す技量は無いし、そもそも「復讐」の為に作られたこの機体にそんなことは想定されていない。別に俺自身は、復讐人でも何でもないけどね。
「なんなんだコイツ……!」
「ば……化け物かっ!?」
ウィンダムを撃破した後、大回りで旋回し、残りの二機に向かって再度ディストーションアタックを仕掛ける。
バーザムもボールも懸命に対抗しようとするが、彼らの武装ではブラックサレナNT-1のディストーションフィールドを破ることは出来ず、あえなく木っ端微塵になった。
……今の俺、多分倒した相手のファイター達からしてみれば酷くアレな扱いをされていると思う。何というか、アニメで言うところのボスキャラがついに戦場に出てきたとかそんな感じの。この機体、凄くダークな外見だから。
「他にも何機か、隠れてこっちの様子を見てたのが居たけど、今のオチカの戦いを見てみんな逃げたみたいだよ?」
「そうか、索敵ありがとう」
「ほとんどの敵は地球エリアに降りたみたいだけど、オチカも降りる?」
「……少し、待ってくれ。ここで待機する」
「わかった」
三機の量産機の残骸が漂う中、俺はラズリちゃんの言葉を聞いて機体を制動させる。
自惚れではなく、今の戦いはこちらの圧倒的な力を見せつけた戦いだったと思う。高機動型ブラックサレナNT-1を実戦で使ってみたのは実を言うと今回が初めてなんだけど、正直俺も、コイツの性能にはびっくりしている。
圧倒的な蹂躙――だが操縦している俺からしてみると、この機体のとんでもない性能を持て余し過ぎて、戦闘中いつ機体制御をミスるか気が気でなかった。
バイクで人をヒャッハーするように三機のガンプラを体当たりだけで蹴散らしてみたが、その性能は流石と言うしかない。
デブリの中に機体を隠した後、俺はバイザーを外して額の汗を拭う。一先ず、ここで休憩タイムだ。機体は無傷だが、こんなことでは俺の方が参ってしまう。この機体は、トールギスかってぐらい操縦者殺しのガンプラなんだよ。
それに加えてコイツにはまだ一番のトンデモ機能が残っているというのに、高機動ユニット一つに手を焼いていたら先が思いやられるというものだ。ブラックサレナ――今の俺にとっては、明らかにオーバースペックな機体だ。ラズリちゃんのバックアップが無ければ、とても戦えたもんじゃない。
「ナガレ、このガンプラは最高だ……」
この機体を完全に、それこそテンカワ・アキトばりに乗りこなすことが出来れば優勝も夢ではないだろう。自信はあったが、それが今確信に変わった。
キンジョウ・ナガレ――あの人が提供してくれたパーツをラズリちゃんと俺が組み上げ、何度もテストを重ねてここまで仕上げた。思えば短いようで、長い時間だったな。
――さて、地球エリアに降りる前に説明しようか。
俺達が、このガンプラと出会った日のことを――。
ある小さな大会の帰りに出会った長髪のイケメン、キンジョウ・ナガレ。
KTBK社という無名の模型生産会社の会長を名乗る彼に、俺はとりあえず話だけでもと着いていくことにした。
そうやってホイホイ着いていった先がまたしてもガンプラマフィアだったらどうするのかと考えなかったわけではないが、俺達働く気のあるニート、通称レイブルは「雇う」という言葉に弱いのだ。
夕飯を奢ってくれるという言葉にまんまと釣られたのもある。いやあ、あの時食った寿司は美味かったなぁ。
……そうして彼によって俺達が連れてこられたのは、目立たない場所に建てられた小さな模型生産工場だった。
そこは確かに模型生産会社の工場であり、すれ違う社員の皆さんが彼のことを会長と呼んで頭を下げていたことから、彼の言っていた言葉が本当のことだというのがわかった。
そんな会長殿にKTBK社工場内を直々に案内してもらいながら、俺は内心興奮しながら模型――プラモデルの製造現場を眺めていた。
小さな工場ではあったが、その時の俺は初めてプラモデルのパーツが製造されている光景を目にしたのだ。ほら、今の時代静岡のガンプラ製造工場のツアーとか、人気過ぎてチケットが取れないんだ。
一緒に着いてきたラズリちゃんもまた、興味津々と言った顔で製造現場を見つめていた。うむ、可愛い。
……ただ、一つだけ気になることがあった。
その工場で作られているプラモデルの中には、現在絶賛大ブーム中であるガンプラの姿が無かったのだ。
「ここにはガンプラは無いのか?」
「偉い人達が中々権利を買い取らせてくれなくてねぇ。お陰で我が社は流行に乗り遅れるわ、ガンプラバトルでの企業抗争にも参加出来ないわ、踏んだり蹴ったりさ」
ガンプラバトルという夢のような競技が流行している今という時代、ガンプラ以外のプラモデル達はその需要が減っているのだと彼は言った。
勿論、ガンプラ以外のプラモデルとて決して人気が無いわけではない。ただ、ガンプラバトルによる「作り上げて壊し、また作る」という循環は、商売として普通のプラモデルを売るよりも何倍も効率が良い為、そのガンプラバトルの恩恵を受けられない模型会社は利益競争で大幅に遅れを取ってしまうのだとか何とか言っていた。だからか、今やほとんどの模型会社がガンプラの生みの親であるB○NDAIの下へと吸収されているんだとさ。
「……興味無いな」
「はは、確かに君からしてみれば知ったこっちゃない話だったね。僕も、ずっとお客さんの立場だったらそう思ってたよ」
言われてもよくわからないのでその話はしないでくれ、という意味を込めて興味が無いと言うと、ナガレは肩を竦めながらも理解してくれた。経営のことなんか学生時代全く習わなかった俺には、そんな事情を事細かく聞かされたところで着いていけるわけがなかった。
「まあ、今日はそんな話をする為に君を呼んだわけじゃない。少し長くなるだろうから、僕の部屋に行こうか」
俺を経営者として雇うとかトンチキなことを言ってきたらどうしようかと身構えていたが、本題はもちろん別にあったようだ。
俺とラズリちゃんは彼に誘われるがままに着いていくと、会長室と表示された部屋の中へと通され、落ち着いて話を聞けるソファーの上へと腰掛けた。
「君は、【機動戦艦ナデシコ】というアニメを知っているかい?」
そして開口一番、ナガレがそんなことを聞いてきた。
雇用の話かと思いきや何故アニメの話が出てくるのかわけがわからなかったが、とりあえず口は挟まずに質問に答えることにした。
「知らないな」
「そうかい? まあ、確かに君が視聴しているイメージは沸かないね」
うん、知らない。俺はガンダムシリーズの作品はほぼ網羅しているが、それ以上のアニメはあまり見ない人間なのだ。ガンダム限定のオタク――そう珍しくもない人種だと、俺の中では思っている。
「大まかに説明すると、一昔前に流行ったSFのアニメさ。宇宙戦艦が出てきたり、ガンダムのような人型のロボットが出てくる」
「ほう……」
機動戦艦というタイトルからして、そんな内容だろうということは言われなくても予想出来た。
しかし工場の会長室の中で大の大人達がアニメについて語り合うとか、絵面的にシュール過ぎるのでないかと思う。隣にちょこんと座るラズリちゃんだけが癒しだ。
「まあそんなアニメなんだけど、この工場ではそれに登場するロボットのプラモデルが何体か作られていてね」
「それで?」
「単刀直入に言うよ。そのプラモデルを使って、君に今年のガンプラバトル選手権に出てほしい」
こちらの知りたいことをすぐに話してくれる辺りは好感が持てる。
ただ、俺はその言葉を聞いて当たり前のように疑問を抱いた。
この工場ではガンプラは製造されていないと、さっき自分で言ったばかりじゃないかと。ガンプラじゃない普通のプラモデルでガンプラバトルをしろなんて、ウォンさんとは比にもならない無理難題だった。
そんな俺の思考を口に出すまでもなく、ナガレは説明の補足を行った。
「君の考えていることは尤もだ。だけど我が社はガンプラじゃなくても――ガンダムシリーズに登場するロボットのプラモデルじゃなくてもプラフスキー粒子に反応し、操縦することが出来るプラモデルを完成させることが出来たんだ」
そうかそうか、ガンプラじゃなくてもバトれるプラモデルを作ったのか。ほうほうそれは凄い。
……って、今さらっととんでもないことを言ったぞこの男!?
「そのプラモを実戦で活躍させることで、我が社の名を宣伝してもらいたい」
彼の話が本当なら世界すら揺るがしかねない重大な情報を与えられた俺は、そこでようやく話が見えた。
ガンプラバトルが始まって以来世界規模で行わているガンプラバトル選手権には、企業の技術力を世界に知らしめる為に企業が独自に育成したガンプラファイターや、そのサポートチーム等の専属のワークスチームが参加することがある。有名なのがガンプラバトル生みの親、PPSE社のワークスチームに所属する「メイジン・カワグチ」などがそうだ。今回の大会では、その三代目が出場しているね。
プロのガンプラファイターと言えば響きは良い。
だが生憎にも、俺というニートは雇用先に我が儘な男だった。
「断る」
「即答だね。理由を聞いても良いかい?」
「仕事と趣味は別にしたい」
「それはそれは、納得の行く理由だ」
隣に腰掛けるラズリちゃんの肩に手を置きながら、俺は迷うことなく言い切った。
ガンプラバトルはあくまでも遊びなのだ。日々の生活というプレッシャーを背負ってまで戦うのは息苦しいし、俺には心から楽しむことが出来ないと思う。それは、常に心に余裕の無い二代目メイジンの戦いを見て思ったことだ。現役時代の彼は間違いなく最強のプロファイターだったと思うが、俺にはあの人のようにガンプラバトルを仕事として冷徹に向き合うことは出来ない。二代目メイジンの戦いを批判するわけじゃないけど、俺の性格じゃあナガレの望む役割は無理だと思ったのだ。
それに、俺は自分とラズリちゃんの作ったガンプラ以外を使って戦いたくはない。何も人に作ってもらったガンプラで戦うことを悪いとは思わないけど、それは俺の主義じゃないのだ。
しかし俺がそのことについて言うと、ナガレは「ああ、そっちは気にしないでいい」と返してきた。
「我が社がやることは君にパーツを提供することだけだからね。デザインさえ大きく改変しなければ、後はそちらで好きに弄ってくれて構わないよ?」
「……俺の愛機は、アレックスだけだ」
「それも結構。僕が君に使ってほしいのは、あくまで君のガンプラに装着する「鎧」の方だからね」
「鎧?」
「最初に言ったろう? 新しいアーマーに替えてみないかって」
そう言って、ナガレは美人な秘書に一つの箱を持ってこさせた。
大きい箱だ。サイズで言えば、ガンプラのマスターグレードぐらいはある。
そしてその箱のパッケージには、宇宙空間を背景に悠然と佇む闇色のロボットのイラストが描かれていた。
「……そう、この鎧を君のガンプラに纏わせてほしい。名は――【ブラックサレナ】。「機動戦艦ナデシコ」の劇場版に登場する主役機の鎧だ」
そのロボットには深い思い入れがあるのか、ナガレはテーブルに置かれたその箱を真剣な眼差しで眺めながら言った。
そして俺は――奪われた。
――奪われてしまったのだ。
そのイラストの禍々しさに、雄雄しさに、格好良さに――一瞬で心を奪われてしまった。
初めてガンプラを買った小学生の頃のことを思い出す。あの時も純粋に、こうして箱に映る格好良いロボットの姿に惹かれ、なけなしの小遣いを叩いて衝動的に購入したものだ。初めて買ったあのガンプラは――HGストライクフリーダムガンダムだった。あの時は色んな意味で泣いた。思えばスクラッチの技術も、元々はあのキットを格好良くする為に磨いたんだったなぁ。
まあ、そんなことはどうでもいいんだ。重要なことじゃない。
俺は秘書さんがテーブルに置いたプラモデルのパッケージに魅了され、心を奪われた。その気持ちは、まさしく愛だった。
「頼みがある」
「ん? 何だい?」
「そのアニメ、機動戦艦ナデシコを見せてほしい」
「おや、興味が出たかい?」
「この機体……いや、鎧に興味がある。これが動く姿を見たい」
「それは嬉しいね。おやおや? 丁度こんなところに機動戦艦ナデシコのブルーレイボックスがある。しかも全巻揃っていて、劇場版と特典映像まで付いているぞー」
「レンタル料はいくら払えばいい?」
「ふふ、レンタルと言わず、全部無料であげるよ。これは布教用に会社に置いていた物で、僕の分は他に三セット揃えてあるからねぇ」
何かこう、そのロボットのデザインは本能的な部分で俺の琴線に触れたのだ。
この機体が映像で動いている姿を見てみたい。その思いで、俺は「機動戦艦ナデシコ」というアニメを視聴した。この「ブラックサレナ」はテレビ本編の続編である劇場版に登場するらしいので、生き生きとした表情でナガレから奨められたのもあり、俺は次の日から彼から貰ったBDをラズリちゃんと一緒にテレビ本編第一話から辿って視聴することにした。
そして劇場版まで見終わった俺が「この機体を自分が動かしたい」と考えるまで、時間は掛からなかった。
……以上。それが全てというわけじゃないが、今の俺がこの機体を扱っている理由の一つだ。そして俺がガンオタであると同時にナデオタにもなった瞬間だった。
最初はブラックサレナ目当てで見たアニメだったけど、最後にはアニメその物も好きになっていたのだ。
その理由は、このロワイヤルが終わった後にでも語ろうか。
まだちょっとだけ、俺の自分語りを聞いてほしい。
三話ぐらいで終わる予定でしたが、六話ぐらいまで伸びそうです。