一夏、織斑捨てたってよ   作:ダメオ

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一夏、ガチで潰す気だってよ

ー食堂ー

 

鈴の一件から昼。一夏が食堂にやって来ると、他の生徒達は皆一夏を見つめる。一夏は自宅登校の為、朝餉と夕餉は自宅で摂る。しかも放課後になるとすぐに帰る。その為秋彦と違ってエンカウント率が低く、同じクラス以外の女子がまともに会話出来る機会はISの合同実習や昼食の時等かなり限定される。凄まじい強さを誇り、滅多に会えない男がいるなら他の生徒達は一夏にそっちのけとなるのは自明の理だ。だが、今日は運が悪かった。

 

 

「………………」

 

 

あれから一夏はずっと不機嫌なのだ。他の生徒達も皆、一夏に話しかけようと近づいた瞬間にそれを察して引いていく。この駁羅一夏、器はそれなりに広く素直に謝る者には優しい。悪く言えば甘い所がある。だが、付け上がる阿呆に容赦する程甘い訳ではない。ましてやその相手が過去に自分を虐めていた存在なら尚の事。例え強くても一夏はまだ十五歳だ。ヘソを曲げることもあるし怒ることもある。そんな一夏の下に一人の生徒が歩いてきた。

 

 

「駁羅さん、御一緒させて頂いて宜しいかしら?」

 

 

その生徒はセシリア・オルコットだった。一夏はセシリアを見つめる。セシリアになら、苛立ちは湧かないしさっきの恩がある。

 

 

「……どうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

 

隣に座るセシリアを尻目に一夏はそう言ってから手を合わせ、頂きますの一言を欠かさず言ってから飯を食べ始める。今日の一夏の昼食は牛鮭定食のようだ。

 

 

「………………」

 

 

一夏は黙々と食べ進める。それは凄まじいスピードで。セシリアはその速さに圧倒されつつも自分のペースで食べ進める。

 

 

「ご馳走様でした……あっ、そうだ。オルコット」

 

「な、何でしょうか?」

 

 

いきなり声をかけられた為少々驚くセシリア。

 

 

「良かったらさ、友達にならないか?今のお前となら、いい関係を築けそうだ」

 

「……はい!喜んで!」

 

 

セシリアは心底から嬉しくなった。まあ想い人に近付けたのだから嬉しいだろう、乙女なら。

 

 

「なら、今日から名前で呼び合うか。俺は呼び捨てで呼ばせてもらう」

 

「なら、私は一夏さんと」

 

「分かった。今後ともよろしくな、セシリア」

 

「はい!一夏さん!」

 

 

セシリアは満面の笑みで返事する。一夏もセシリアの笑みに微笑み返すと、セシリアの頬は徐々に赤くなっていった。

 

 

「ーーーなぁにイチャついてんのよ、見苦しい」

 

 

一夏の顔から笑みが消えた。鈴が食べ終わったラーメンの丼を乗せたトレー(おぼん)を持ってやって来たのだ。一夏は立ち上がり、鈴との距離を詰める。

 

 

「わざわざそれを言いに来たのか?出来損ないに構ってる暇があったら天才の秋彦(クソムシ)の所にでも行ってろ」

 

「無能の一夏のくせに大口叩いちゃって。あたしは中国の代表候補生よ?無能は無能らしくあたしと秋彦に媚びへつらってりゃいいのよ」

 

「あぁー!ハエが耳元で唸ってらぁ!耳障りったらありゃしない!!」

 

 

一夏がそう言った瞬間、鈴は丼に入ってたラーメンのスープを一夏の顔面にぶっかけた。一夏は敢えて避けなかった。一夏が避けると他のテーブルにスープがかかる可能性がある。それを防ぐ為一夏はなるべく鈴に近付き、最初から何かしらをやりに来たであろう鈴に『付き合ってあげた』のだ。

 

 

「これで目ぇ醒めた?今まで何があったのか知る気もないけど、調子に乗るのもいい加減にしなさいよ!」

 

 

食堂に響き渡る怒声をあげる鈴。鈴の行動と声に辺りが静まり返る中、対する一夏はかけられたスープが髪の毛と顎から滴り落ち、Tシャツと床を汚しているがそれを意に介さず無表情で鈴を見つめていた。

 

 

「一夏さん!……貴女っ!いい加減にーーー」

 

「ーーーっ!!」

 

 

セシリアが声をあげている間に、鈴の頭に水がかけられた。鈴の前に無表情で立っている一夏の手には、水が『入っていた』コップが握られていた。

 

 

「これでおあいこだな、手羽先ィ」

 

 

一夏の顔に笑みが張り付く。その笑みには普段の爽やかさや豪傑さが無い。『どう遊んでやろう(潰してやろう)か』と考えてる邪気に満ちた笑みだった。

 

 

「クラス対抗戦、楽しみにしとけ。お前は、俺に無様に負けるんだからな」

 

「……絶対に殺す」

 

「こっちの台詞だ他妈的(タマァダ)。失せろ机场(ジィチァン)

 

 

鈴に対して一夏が言う。すると、鈴からも殺意が滲み出る。そして、一夏を数秒見つめてから鈴はその場から立ち去り、食堂を後にした。その後一夏はどこからか取り出した布巾で汚れた床を拭き始めた。

 

 

「一夏さん……大丈夫ですか?」

 

「大丈夫だ、問題ない。どうせ対抗戦で俺の恨み辛みを叩き込むんだ。なら、極限までこの恨み辛みを溜めて溜めて研ぎ澄ましてから叩き込む。てか中国の代表候補生様があんな言葉使っていいのかなぁ?俺、中国に殺人予告されたもんだよ?これだから机场は嫌いだ。『ミ』所が無くて勃つ物も勃ちゃしない」

 

 

一夏は床を拭きながらセシリアに話し、後半はぼやいていた。相当頭にキテる御様子だ。

 

 

「さて、と。ちょっくらシャワー浴びてくるわ。セシリア、午後の授業に遅れるって先生に伝えといて」

 

「分かりましたわ」

 

 

床を拭き終わった一夏は自身の食べた定食のトレーを持ってその場から立ち去った。そして、一人残されたセシリアはふと呟いた。

 

 

「タマァダとジィチァン……一体どういう意味なんでしょうか……」

 

 

一夏の雰囲気から悪口だとは察したセシリアであった。ちなみに、他妈的(タマァダ)は『クソ野郎』で机场(ジィチァン)は『ちっぱい』という意味である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー駁羅家ー

 

「んー……サッパリした」

 

 

どこでも玄関で家に帰り、シャワーを浴びた一夏は白い字で『色即是空』と書かれた黒Tシャツともう一着の制服用スラックスを着る。ちなみに、背中には白い字で『ドゥエドゥエドゥエ!』と書かれている。

 

 

「ーーーいっくん……」

 

「ん?束姉、どうし……」

 

 

束に声をかけられた一夏は濡れた髪の毛を拭きながら振り返る。だが、束の姿を見て言葉が止まる。一夏の目に映る束は笑みを浮かべている。だが、その眼からハイライトが消えているのだ。流石の一夏もこれには苦笑い。

 

 

「いっくん……束さん、我慢した方でしょ?もう……いいよね?あのチビ、殺っちゃっていいよね?」

 

 

束は見事にキレている。一夏LOVEな束にとって鈴は幼い頃から殺意を抱いていた相手だ。まあ、過去に手が出そうになった時に一夏に止められているのだが。今回は数年振りにいよいよ我慢の限界がキテる御様子。

 

 

「束姉、悪いがそれはダメだ」

 

「どうしてぇ?わたしにかかればあんな奴すぐに消せるよ?何だったら、アイツの祖国も道連れにするよ?」

 

「確かに束姉なら出来るかも知れないがやらなくていい」

 

「なんでぇ?束さんはいっくんの為にーーー」

 

 

一夏は束が喋ってる間に詰め寄り、壁に思い切り手をつき、お互いの呼吸を肌で感じる位置まで顔を近づける。俗に言う壁ドンである。余談だが、筆者にとっての壁ドンは『隣の部屋がうるさい時、ムカついた時に壁を殴る行為』だと言うことをここに記しておこう。

 

 

「俺の為を思うんだったら、『今はまだ』堪えててくれないか?」

 

 

一夏は束を見つめて言う。これには流石の束さんも顔真っ赤。そして、眼にハイライトが戻ってきた。

 

 

「……うん、分かった」

 

 

束はしおらしくなり、微笑みながら頷く。乙女の顔である。

 

 

「ありがとう、束姉」

 

 

一夏がそう言い離れようとした時、束が抱きついてきた。

 

 

「束姉?」

 

「お願いいっくん……ちょっとだけ、こうさせて?じゃないと……わたし、アイツ消しちゃいそうだし」

 

 

一夏の頼みとは言え、束の鈴に対する怒りはまだ治まっていない。ならばと一夏は束を抱き締めた。柔らかい二つの感触をその身で感じたが正直抱きついてくるのは日常茶飯事なので今更昂りはしない。

 

 

「分かったよ、束姉」

 

 

一夏は抱き締めながら束を見つめる。束は暫くの間、一夏の胸板に顔を埋めていた。それからどれほどの時間が経っただろうか。束は一夏から離れる。

 

 

「ありがと、いっくん。なんとか落ち着いたよ」

 

「それならよかった」

 

「それじゃ、勉強頑張ってね!」

 

 

束は一夏の頬にキスをしてからその場を立ち去った。一夏は満更でもない顔をしながら携帯を取り出して時間を見る。

 

本日の授業は全て終了していた。

 

 

「(束姉……もう、終わったよ)」

 

 

そう思いながらも、たまには放課後に学園にいるのも悪くないと思った一夏はどこでも玄関を使ってIS学園まで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーIS学園ー

 

廊下を歩いていると、前から千冬が歩いてきた。一夏がそのまま横を通り過ぎようとすると、千冬が肩を掴んできた。

 

 

「駁羅……少し話がある。いいか?」

 

「……分かりました」

 

 

特に用が無かった為。一夏はついていくことにした。場所は前と同じ生徒指導室である。一夏は前と同じく椅子に座ってふんぞり返る。そして、対面に座る千冬。

 

 

「で、話とは一体何ですか?午後の授業を出られなかったことですか?」

 

「理由はオルコットと他の生徒達から聞いた。食堂で凰と騒ぎがあったそうだな」

 

「ラーメンのスープぶっかけられちゃって、制服着替えがてらシャワー浴びて来ました。次からは気をつけます。で、他には?」

 

「……昔のことで話がある」

 

「………」

 

「……お前を助けることが出来なくて、済まなかった」

 

 

千冬は頭を下げた。一夏は数秒程黙って見つめた後に口を開く。

 

 

「理由は分かってるよ。誘拐事件の時、政府の連中がアンタに誘拐事件のことを伝えなかったんだろ?」

 

「知っていたのか……!?」

 

 

千冬は頭を上げて一夏を見つめる。

 

 

「親父から聞いた。そして、アンタは決勝戦に出場して見事に優勝。そしたら、ドイツ軍の連中がアンタに恩を着せる為に誘拐事件のことを伝えた。そして、アンタとドイツ軍の連中は、俺を保護した親父を誘拐犯と間違えて囲んで袋叩きにしようとしたら逆に叩きのめされたってな」

 

 

淡々と語る一夏。千冬は表情が暗くなっていく。

 

 

「で、親父に言われたんだよな。確か……何だっけ?アンタは覚えてる筈だよな、織斑千冬」

 

「……『お前は優秀な姉だが、弟二人を育てるのは無理があったな。だから素直に、一夏を捨てろ。今まで見捨てていたようなものなんだから今更お前に悩んで悲しむ資格は無い』と。あの時、私は気付いた。私は一度も、まともに一夏のことを見てやったことが無いと……。我ながら、屑だと思った」

 

 

千冬は淡々と言ってから一夏に視線を向ける。

 

 

「一夏。私は今まで姉らしいことをしてやれなかった。せめて一度くらいはお前に姉らしいことをしてやりたい」

 

「なら、俺の話を聞いてくれよ。今までの分がそれなりの頻度で悪夢として見るくらいに溜まってて」

 

「ああ……全部、私にぶつけろ」

 

 

一夏は千冬の返事を聞いてから深呼吸する。そして、自分が今まで触れずにいた心の闇を曝け出す。

 

 

「秋彦が兄だったせいで俺は評価されなかった。クラスで一番成績が良くったって返ってくるのは『全学年一を目指せ』だ。アンタが姉だったせいで俺はアンタの信者連中に袋にされた。一週間に四日はボコボコにされた。どこぞの知らない他人に、俺が努力した所を見てもいないそこら辺のバカに、ゴミ扱いを受けた。何をやっても返ってくるのは罵詈雑言。秋彦に虐められてもアンタは秋彦の味方だったから俺の言葉を聞こうともしなかった。やがて秋彦の取り巻きにも、篠ノ之箒にも、凰鈴音にも虐められた。鍛え直すだとかいう名目で毎日竹刀でしばかれた。もう散々だったね。アレのせいで剣道は嫌いになったよ。柳韻さんには悪いと思ったけど」

 

 

一夏は溜まっていた鬱憤を吐き出した。千冬は涙を流しながら、肩を震わせながらも無言で耳を傾けていた。今まで一夏のことを見ず聞かずにいたツケが今ここに回ってきた。それを自覚していた千冬は黙ってそれを受け入れた。

 

 

「マジで世の中クソだと思ったよ。まあ、小さい頃から束姉がいたし中学に上がってからは弾や五反田一家達がいたから良かったけど、小学の頃はマジで生き地獄だったよ。だっていきなり背中をサッカーボールキックされるんだぜ?振り返ればアンタの信者連中だ。『お前の存在が千冬様に泥を塗ってるって自覚はあるの?』とか『私がお前の立場なら産まれてきたことを恥じてせめて自殺して千冬様に償う』とかさ。あの時はもう死んでやろうとーーー」

 

「ーーーもうやめてくれぇっ!!」

 

 

淡々と語る一夏を前に千冬は叫ぶ。千冬の傷ついた心が悲鳴をあげたのだ。

 

 

「……ま、大分スッキリしたからいいか」

 

「ハァ……ハァ……ッ……!」

 

 

千冬は涙を拭いながら息を荒げている。一夏の心は、僅かにだが千冬に関心を抱いた。

 

 

「今まで言えなかったことをぶつけられて良かったよ。おかげで安眠出来そうだ」

 

「そ、そうか……それは、よかった」

 

「ありがとう、千冬姉」

 

「……一夏?」

 

「なに?」

 

「……また、私のことを、姉と呼んでくれるのか?」

 

「まあ、血の繋がりはあるし、大分スッキリしたし。でも、俺は駁羅一夏として生きて駁羅一夏として死ぬ。織斑には絶対戻らない」

 

 

千冬は再び涙を流しながら一夏を見つめた。その涙は、嬉し涙だった。失ってから初めて気付いた一夏という大切な弟に、再び姉と呼んでもらった。それだけで、千冬の心は満たされていった。

 

 

「さてと、俺は青春謳歌してくるんで。失礼しますよ、先生」

 

「ああ、分かった。だが、あまりハメを外さないように」

 

「分かってますって」

 

 

一夏は立ち上がり、生徒指導室から出ようとした所で止まる。

 

 

「あ、そうだ。千冬姉」

 

「……何だ、一夏」

 

「最初に言っておく。俺は、秋彦とは絶対に仲直りしない。篠ノ之箒とも、凰鈴音ともだ。それだけは伝えておく」

 

「……アイツ等のしてきたことは許されることじゃない。だがーーー」

 

「ーーー大丈夫だって。そこまで酷いことはしないから。んじゃ、失礼しました」

 

 

一夏は千冬の言葉を遮って言った後に生徒指導室から出て行った。そして、一人考えていた。

 

 

「(まあ、あのチビには今の立場(代表候補生)から転落してもらうが。なぁに、命は取ってないから『酷いこと』じゃあない)」

 

 

一夏は自然と笑みを浮かべながら一人廊下を歩いた。


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