一夏、下克上するってよ
ーIS学園ー
1年1組に一人の男がいた。
名前は織斑秋彦。
『世界初の男性のIS操縦者』として世間で話題になっている男だ。外面は凛々しい好青年。だが腹の中は真っ黒。周りの連中が自分をヨイショする感覚に酔いしれている。そこの教師である織斑千冬と山田真耶がHRにて生徒達の自己紹介を終える。
「……山田先生。あの席は?」
廊下側の一番前の空席を見て千冬が問う。
「今日、編入生が来ることになってるのですが、遅刻すると連絡が入ってきまして……」
「ほう……初日から良い度胸をしている」
千冬は席を見つめたまま言う。指導し甲斐があると考えているようだ。
「ーーースミマセ〜ン。遅れました〜」
教室のドアが開き、一人の生徒が入ってくる。それを見た生徒達と山田先生は驚きを隠せなかった。何故なら、入ってきた生徒は『男』だったのだから。そして、それ以上に千冬と秋彦が驚いた。その男は、『あの日』から縁を切り、全く会っていない『出来損ないの弟』である一夏だったからだ。
「……これどういう流れですか?」
「えっ、ああ、自己紹介をしてください」
「分かりました」
一夏の質問に狼狽えながらも答える山田先生。そして、一夏は生徒達の視線を浴びる。
「駁羅一夏十五歳。趣味はゲームで特技は特になし。好きなものは男女平等で嫌いな物は男尊女卑と女尊男卑を謳うバカ。ISを使える男としては二人目らしいですが、あんま期待しないで下さい。疲れるので」
気怠そうに淡々と言う一夏。教室は静まり返る。女子生徒達はもう一人のイケメン登場に騒ぎたかったが、一夏の背後に立つ者の威圧感がそれを制止した。そしてそのまま一夏の背後から出席簿が振り下ろされ、凄まじい音が響く。生徒達がビクつく程の音を出した一撃を、一夏は頭に受けてから平然と振り返る。
「ん?ハエでも止まってました?」
「……もう少しまともな自己紹介をしろ」
あの一撃を食らって平然としている一夏に対して平然を装いつつ言う千冬。
「まともな自己紹介っていうのがよく分かんないんですよ、俺。『出来損ない』なので」
「ッ!!」
一夏が無表情のままそう言った瞬間に千冬は狼狽える。
「それで、自己紹介やり直しますか?織斑千冬先生」
「……いや、いい。席に着け」
「はーい」
一夏は席に座り、制服を脱いで椅子にかける。下にはYシャツを着ておらず、前にでかでかと白い字で『ソウルスチール!』と書いてある黒い半袖Tシャツを着ていた。ちなみに、背中にはでかでかと白い字で『ダークメタモルよろしく頼む』と書いてある。
「(まさか、織斑千冬のあんな顔が見れるなんて……ごちそうさんでした)」
一夏はそう思いながら頬杖をついた。
一時限目終了。短い休み時間。一夏は一人怠そうに天井を見つめながら暇を持て余している。すると、二人の生徒が歩み寄ってきた。その二人を一瞥する一夏。それは織斑秋彦と篠ノ之箒だった。
「ちょっといいかな?」
爽やかスマイルで声をかけてくる秋彦。
「簡潔にするならどうぞ」
「……話がある。屋上に来い」
「(あらあら、ちょっと上から目線で言っただけで化けの皮がもう剥がれてるよ。こめかみの血管ピクピクしてるし)
いいよ、暇だったし」
一夏は立ち上がり、制服を左手に持って秋彦と箒についていく。
ー屋上ー
屋上に来た瞬間に秋彦の顔から爽やかスマイルが消え、高圧的な表情になる。
「よくもまあ、おめおめと顔を出せたな」
「あぁ、やっぱり気付いてたか。久し振りだな元ブラザー。ここは一つシェイクハンドでもーーー」
「ふざけるな!!」
突如隣にいた篠ノ之箒が吠える。声デカいなぁ、と一夏は素直に感心する。
「出来損ないのお前にこの世界での居場所はない。可及的速やかに出て行け。出来損ないとは言え元は弟だ。今なら何もせず見逃してやる」
秋彦は一夏に命令する。秋彦の中で一夏は今でも尚『役立たずで出来損ない弱者側の弟』なので、『何でもこなす強者側の兄』である秋彦の命令には逆らえない。そんなどうしようもない考えが秋彦には根付いていた。
「……IS学園を出れば、本当に、何もしないんだな?」
「ああ、約束してやる。だから早くIS学園から消え失せろ。今からでも職員室に駆け込んで来い!早く!」
「だが断る」
「……なんだと?」
「この駁羅一夏が最も好きな事の一つは、自分で強いと思ってる奴に『NO』と断ってやる事だ」
一夏は秋彦に対して堂々としながら頭にバラン巻いてる某漫画家のセリフを言った。今の一夏にとっての秋彦は『道端に転がる石コロ』同然。石コロがどれだけ高圧的になろうと怖くない。そんな無関心な存在だった秋彦だが、一夏は敢えて気にかけることにした。理由は単純明快。『下克上』を『やりたい』から。『やりたいことはやる』のが親父である尋稀との約束なのだから。
「一夏!お前はどこまで秋彦と千冬さんの顔に泥を塗れば気が済むんだ!?この織斑の恥晒しがッ!!」
「残念だったなー。俺は駁羅一夏だー。織斑じゃねぇー。人の自己紹介はちゃんと聞いとけブワァーカ」
「貴様ァッ!!」
箒は激昂してどこからか木刀を取り出し、一夏の頭目掛けて振り下ろす。一夏はそれを避けずに受けた。
「……昔から変わらないなぁ。篠ノ之さんは」
「!?」
一夏は平然と喋る。理由は単純。痛くも痒くもないから。千冬の出席簿チョップが一滴の雨粒と例えるならこの一撃は羽毛のように軽かった。そして決めた。この二人でとことん『遊ぶ』と。
「あぁ時間の無駄だった。んじゃ、俺は先に教室に戻るから。またな、ボンクラカップル」
一夏は爽やかスマイルでそう言い、その場を立ち去った。