天啓が降りてきたので
辛うじて書きました
織斑一夏が誘拐され、駁羅尋稀に命を救われたあの日……尋稀は九十九狗澄に一夏と束を預け、一人その場を立ち去った。向かった先は、先程一夏を救出した倉庫。その前にて尋稀は待つ。それからすぐに、空より何かが飛来してくる。
「
尋稀が数えるそれはIS。ドイツ軍のIS部隊が誘拐された一夏を救う為にやって来た。と言っても、誘拐犯の条件を無視した後の行動なので既に手遅れ。謂わば織斑千冬に恩を着せる為の口実である。
「目標発見!包囲しろ!」
「了解!」
IS部隊は素早く動き、尋稀を取り囲む。尋稀はその場から動かずに見回す。
「あらららら……怖いねぇこの人達。一体なんなの?」
「誘拐犯の一味だな?織斑一夏はどこにいる?」
「誘拐犯ではないが、俺のねぐらにいる」
尋稀の前方にいる女の問いかけに尋稀は淡々と返す。
「そのねぐらの場所は……追々吐かせるとするか。拘束しろ」
「了解!」
一人の女が尋稀に近付く。
それから尋稀に手を伸ばした瞬間、女の腹部には尋稀の右拳が打ち込まれていた。
「かはっ……がッ、げほっ!」
女はISを解除し、腹部を押さえながらその場に蹲りながら嘔吐する。
「貴様ァ!!」
一人の女が激昂し、尋稀に対して重火器を乱射する。尋稀は一歩も動かずにありったけの弾丸をその身で受け止めてその場に倒れた。
「馬鹿者!何をしている!」
「で、ですが隊長、コイツは男の分際で私達の仲間を……」
「そんなことは関係ない!この男は織斑一夏の所在を知っていた。それにIS相手に生身で一撃を決めた。それ故に此方で拘束し、色々と問い詰めなければならなかったん、だ…………」
部下を叱咤する隊長だが言葉が止まる。その視界の片隅にて、尋稀は起き上がる。先程撃たれた筈の男が平然と立ち上がったのだ。周りの部下達も二歩程下がる。立ち上がった尋稀はロングコートの埃を手で払い、首を鳴らす。
「む、無傷……!?あれだけの弾丸を受けて!?」
「まあ、普通だったら死んでるな。普通だったら。だが俺は普通じゃあないからな」
無傷の尋稀はそう言ってから近くにいた兵の脇腹に蹴りを叩き込む。脇腹の激痛に叫ぶ間も無く意識を失ったISを纏った兵の身体は三回程転がり、地に伏せる。
「俺に鉛弾撃ち込んだんだ。お前等には拳と蹴りを打ち込んでやる」
尋稀はそう言い、
「……やっと来たか」
尋稀は空を見上げ、またやって来たドイツ軍のIS部隊の先頭にて飛ぶ純白のISを見つめる。
そこに立つは織斑千冬。先程第二回モンド・グロッソで見事二連覇を果たした世界最強の女。
千冬とIS部隊が着地し、尋稀を見据える。千冬は周りに倒れている兵達を見てから隊員達を制止する。
「ここは私が一人でいきます。……あなた達では、足手まといなので」
千冬の有無を言わせぬ物言いと身に纏う威圧感を前に隊員達は無言で下がる。千冬は一人尋稀の前に歩み寄り、尋稀を睨む。
「私の弟を拐ったのは貴様だな……」
第一世代型IS『暮桜』を身に纏った千冬は殺気を放ちながら尋稀に言う。後ろに立つ隊員すらも身を震わす殺気を受けながら尋稀は平然として首を鳴らす。
「違う。誘拐犯ならあの中でくたばってる。それを俺が助けたんだが……」
「だが……なんだ?」
眉間に皺を寄せた千冬は苛立ちを隠すことをせずに問いかける。今にも切りかからんばかりの殺意を感じ取った尋稀は溜め息混じりに言う。
「お前の弟、織斑に嫌気が差したってよ」
「……なに?」
「だから一夏は俺の養子にする。『一応姉』のアンタに言っておこうと思って今日はここにてアンタを待った次第だ」
尋稀はそう言うと千冬は瞬時に尋稀の目の前に近付き雪片を突きつける。尋稀は怖気付くことなく雪片を見つめる。
「これが世界最強様の間合詰めか……なかなかやるじゃねぇか」
「余計なことは口にするな。今、貴様が口にして良いのは『織斑千冬に織斑一夏を返す』この一言のみだ」
千冬は尋稀への殺意を滾らせながらも冷静に努めて言う。
「それ以外を言ったら、どうなる?」
「叩き斬る。一夏の為に」
「一夏の為に、か……」
尋稀は笑みを浮かべ、千冬を見つめる。その笑みは、後に駁羅一夏も浮かべることとなる『どう
「ハッ!笑わせんじゃねぇクソアマ。今更お姉ちゃん気取りか」
「……何?」
「お前みたいな脳味噌まで筋肉で出来ている唐変木のあんぽんたんはどうせ人の話も聞きゃしねぇだろうしな。ここは一つ、動けなくなるまで叩きのめしてやる。話はそれからだ」
「……言いたいことは終わったな」
腕を組んでいる尋稀に対して千冬はそう言い、尋稀の目の前から消える。
「ーーーならば、死ね」
滾らせた殺意を雪片の刃に乗せ、背後より斬りかかる千冬。尋稀はそれを横に逸れて避け、蹴りを見舞う。
「ッ!?」
自身の一撃を避けられ、更には反撃されたが咄嗟に身体を横に逸らして回避する千冬。尋稀は笑みを崩さずに片足立ちのまま千冬を見つめる。
「流石は世界最強。結構なやり手でもこの蹴りで沈むんだが……お前なら、楽しませてくれそうだ」
「(まさか、束と私以外にも生身でISに挑める者がいるとは……)」
千冬は冷や汗を流しながら尋稀を見つめ、雪片を構える。尋稀は上げていた脚を地に着け、その場から素早く動く。千冬は尋稀の高速移動を前に冷静に努め、地を蹴る音、気配を察知して尋稀の存在を追い、どこから攻撃が来るか待ち構える。
すると、千冬の周りの四箇所から同時に地を蹴る音が響く。更に尋稀の気配も四つに増えた。そこから千冬の周り限定だが不特定の位置にて四箇所同時に地を蹴る音が響き続け、その音が鳴る位置に気配を感じるようになり、千冬は尋稀の存在を追いきれなくなっていた。
「(四箇所同時に響く音、そして気配……まるで分身だな……。どれが本体だ?)」
「ーーー俺が本体だ」
「ッ!!」
千冬の思考に割り込むように至近距離に尋稀が現れる。千冬は後方に下がり、剣を振れる間合を作ってから雪片を袈裟懸けに振る。だが雪片は目の前の尋稀をすり抜け、尋稀もゆらりと消えていく。それから音が止み、気配も消える。
「(……まるでーーー)」
「『狐に化かされたようだ』とお前は思考する」
辺りに響く声。それを聞いた千冬は自身の心を見透かされたと思い狼狽する。
「(私の全てを見透かしているのか……!?)」
「さて、そろそろお遊びは終わりにしようか……今から背中に蹴りを叩き込む。止めてみろ」
「ッ!?」
狼狽して心理的余裕を欠いてしまった千冬はすかさず背後を振り向く。その為、尋稀に背を曝け出してしまった。尋稀の右前蹴りが千冬の背中に直撃する。だが千冬は咄嗟に踏ん張り、振り向きながら雪片を片手で横薙ぎに振るう。その刃は尋稀の胴を捉えた。
しかし、斬れなかった。平然と立っている尋稀の胴はおろか、ロングコートにすら傷を付けることは出来なかった。尋稀は雪片の刃が胴に触れたまま両腕を挙げ、ゆっくりと拍手する。
「俺のケンカキックを受けて尚反撃出来るとは……IS抜きにマジで筋がいいんだな、織斑の血ってのは」
「なに……!?」
「筋『は』いいんだが……まだまだだな」
尋稀がそう言った瞬間、千冬の視界に広がる世界が逆さまになる。それが尋稀の足払いのせいだと気付くのは、地に落ちてからだった。
地面に逆さまに落ちた千冬はすぐに態勢を整える。ISの絶対防御の前では地面で転ぶ程度屁でもない。だが、尋稀の足払いは別だった。
「(速い!そして何より……強いッ!)」
暮桜の脚部には凹みが出来ており、如何に強い力で蹴られたかを物語っている。それでも尚尋稀に攻撃しようとした瞬間、尋稀の右手が千冬の首を捉えて掴む。
「なぁ、そろそろ止めにしないか?正直拍子抜け過ぎてやる気が失せてきた」
「ぐぅ……ッ!」
尋稀はそう言って少しばかり右手に力を込めて千冬の首を絞める。千冬は雪片を落として両手で腕を掴む。だが、尋稀の腕はビクとも動かず更に力が込められるばかり。すると、尋稀の背中に手榴弾が飛来、爆発する。煙が晴れ、無傷の尋稀は未だに千冬の首を絞めていたがその表情は落胆だった。
「……あぁ〜あ、もうダメだ。完ッ全にやる気失せた」
尋稀はそう言い、首から手を離して千冬の額に右拳を叩き込む。その一撃で意識を失った千冬を見守った後にゆっくりと振り返る尋稀。
「これ以上織斑千冬に危害を加えるならば、容赦はしない!」
「…………」
今まで下がっていたドイツ軍の連中がISを纏い重火器を構える。尋稀はそれを見た瞬間、一人の女が地面に叩きつけられた。その脇に立つ尋稀は気怠げな表情で部隊の者共を見つめ、口を開く。
「今日のことは上層部を脅して揉み消す。だからテメェ等は存分に、俺に殴られ、蹴られ、ぶちのめされるがいい。では、さようなら」
「……ッ…………ここは……」
「ーーーやぁっとお目覚めか?」
倒れている千冬の傍らには尋稀が立っていた。その表情は実に退屈げだ。千冬は身体を起こし、辺りを見渡す。粉々となったIS、そして倒れているドイツ軍の隊員達。
「命『は』とってないから感謝しろ」
不遜な態度で尋稀は言う。千冬は拳を握る中、尋稀は何かを思いついたと言った風に口を開く。
「なぁ、いきなりだけどよ。お前の弟……確か、秋彦だったな?ソイツの好きなものは知ってるか?」
その質問を前に、千冬は答えるしかなかった。今歯向かった所で先程のように遊ばれるのがオチだ。
「……よく、コーラを飲んでいた。後、甘い物……特にモンブランを好き好んで食べていた」
「じゃあ嫌いなものは?」
「苦い物全般は苦手だったな……コーヒーも、かなりの量のミルクと砂糖をいれて飲んでいた」
「趣味は?」
「学習だ。必要最低限は外に出ず、勉強、読書をしていた。……こんなことを聞いて、何が目的だ?」
「いや、ちょっとな。お前がどれだけ家族想いなのか気になっただけだ。うん、実に優秀だ。うんうん。じゃあ次、本題な。……一夏の好きなものは分かるか?」
「一夏の、好きなもの…………」
「そう、秋彦じゃなくて、一夏だ。お前の『もう一人の弟』の一夏の好きなものを答えろ」
「…………」
千冬は答えられなかった。どれだけ考えても、一夏が好きなものが分からない。秋彦のは分かったのに、一夏だけは分からなかった。
「……じゃあ嫌いなものは?」
「…………」
「趣味は?」
「…………」
尋稀の冷たい視線が千冬に突き刺さる中、尋稀は溜め息を吐く。千冬は冷や汗をかきながら肩を震わせる。
「お前……二人目の弟のことは何もわからないんだな。それなのに、俺を叩き斬ろうとした。『
「ッ!」
尋稀の言葉が千冬に突き刺さる。尋稀は千冬を見下しながらその場に屈み、千冬に顔を近づける。
「お前は優秀な姉だが、弟二人を育てるのは無理があったな。だから素直に、一夏を捨てろ。今まで見捨てていたようなものなんだから今更お前に悩んで悲しむ資格は無い」
尋稀のこの言葉は、千冬を完全に黙らせた。もう何も言えなくなった千冬から興味を失ったように立ち上がり、尋稀は背中を向ける。
「一夏はお前と織斑秋彦の弟じゃない。一夏は俺の子だ。血が繋がっていなくても、お前等には無いモンで繋ぐ」
「…………」
「今日からお前の弟は織斑秋彦只一人だ。その分、愛してやれよ」
尋稀はそう言い、その場を立ち去った。千冬はその背中を、只黙って見つめているだけだった。