一夏、織斑捨てたってよ   作:ダメオ

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鈴、チャンスに出会うってよ

中国の少々寂れたアパート。そこの二階の奥の一室。そこのドアだけ、侮辱の言葉を書き綴った貼り紙とドアに直接描かれた落書きで埋め尽くされていた。そこの住民らしき一人の少女は、ドアを開いて外に出て、ドアに貼られた貼り紙を剥がし、描かれた落書きを磨いて消していた。

 

 

「ハァ……自業自得とはいえ、結構キツいなぁ」

 

 

少女の名は凰鈴音(ファン・リンイン)。かつて、中国の代表候補生だった少女。IS学園にてある不祥事を起こして代表候補生の座を降ろされ、金輪際ISに関わる権利を剥奪されて強制送還された。祖国に帰ってきた彼女に待っていたのは苦難の日々だった。過去に離婚して鈴を引き取った母は、鈴が代表候補生として活躍し稼いだ金を持って逃げた。身寄りも金もない鈴に更に追い打ちがかかる。過去に鈴によって代表候補生の座を降りることとなった女子達が、鈴が帰ってきたと聞いて報復にこのような嫌がらせをするようになった。

 

 

「…………」

 

 

鈴は落書きを消しながら、過去に日本で虐めに遇っていたことを思い出した。そして、それを秋彦に救われたこと。その秋彦が見下し、周りに虐められていた一夏を、自分も虐めたことを。

 

 

「……ホントに、昔のあたしってバカだったわ」

 

 

『自分がされて嫌なことは他人にするな』

 

何処かで聞いた言葉が鈴の頭を過る。そして、それを出来ない自分は只のバカだと自虐した。

 

 

「……でも、挫けるもんか」

 

 

全ては自業自得の結果。鈴はそれを自覚し、受け入れた。全ては再び一夏に会う為。一夏に会い、再会の喜びを分かち合い、罵詈雑言を浴びせ合い、喧嘩をする為。

 

 

「よし!こんなもんね」

 

 

鈴は汚れを落としてから仕事先に向かった。今の彼女はツインテールを解き、一つに結って地味な色調の服装にして伊達眼鏡をかけている。かつての鈴の活発さは感じられないが、それで周りに溶け込むことが出来た。現在は少し寂れた中華料理店で年齢を偽ってバイトしているのだが、仕事への意気込みと料理の腕前から店長に気に入られ、正社員になっている。毎日それなりに客が繁盛している為少々ハードワークだが給料はそれなりに良い。

 

 

「ーーーちょっと!これ作った人出しなさいよ!!」

 

 

そして今日も厨房で料理をしていたら、突如怒号が聞こえた。鈴は溜め息を吐いた後にフロアに出て、騒いでいる女の下に歩き出す。

 

 

「お客様、何かございましたか?」

 

「料理にゴキブリが入ってたんだけど!」

 

「この店は人様にゴキブリ食わせんのかぁ!?あぁ!?」

 

 

強面の男と性格の悪そうな女が騒ぎ立てる。鈴は内心ウンザリした。こんな三文芝居、今の時代にやる奴はいないと思っていた。

 

 

「(今時ゴキブリなんて……バカじゃないの?せめて髪の毛が入ってたとかさ、もう少し頭使って考えなさいよ)

……申し訳ございませんでした」

 

「謝って済む問題じゃねぇよ!!」

 

 

ここぞとばかりに騒ぎ立てる男。だが、女は鈴のことをまじまじと見つめていた。

 

 

「……何でしょうか、お客様?」

 

「アンタ、名前は?」

 

夏麻鈴(シア・マーリン)ですが……」

 

 

鈴は偽名を言う。それを聞いた女は笑みを浮かべる。

 

 

「へぇ……じゃあ夏さん。ちょっと外で話しましょうか。ねぇ、行くわよ」

 

「えっ?お、おう」

 

「ちょっと、お借りしますね」

 

 

鈴は女と男に連れられて外に行き、店の路地裏に入る。すると、女の顔が途端に憎悪に染まる。

 

 

「久し振りね、凰鈴音」

 

「っ!!……お客様、私の名前は夏麻鈴ですが」

 

「しらばっくれてんじゃないわよッ!」

 

 

女の左平手打ちが鈴の右頬に当たり、鈴はその場に倒れる。

 

 

「必死に努力して代表候補生になったのに……アンタのせいで、私は代表候補生の座を降ろされた!私はアンタを許さない!絶対に!」

 

「あぐっ!」

 

 

女は倒れている鈴を踏みつける。鈴は苦痛に顔を歪めるがすぐに女を見つめる。

 

 

「……アンタが代表候補生の座を降ろされたのは、アンタが努力を重ねなかったからよ」

 

「……なに?」

 

「あたしだってね、代表候補生になる為に努力したのよ……アンタと同じでね。他の子だってそう。努力を重ねて、代表候補生になった。あたしはそれからも努力を重ねた。アンタは重ねなかった。それだけの話」

 

 

女の顔がどんどん歪んでいく。鈴は立ち上がり、女を睨む。他者を恨んで、自らを鈍らせる。鈴は、かつての自分の面影を目の前の女に見た。

 

 

「そうやってあたしのことを恨み続けてるアンタなんて、あたしに落とされるまでもなく他の子にだって蹴落とされた!!」

 

「黙れぇ!!」

 

「ぐぅっ!」

 

 

女の蹴りが鈴を蹴り飛ばす。鈴はやり返さなかった。もしやり返したものなら、店に迷惑がかかるのは確実。それだけは避ける為にも鈴は受けるままに受けた。

 

 

「オイ!コイツ……ボロボロにしてやって。何なら犯していいわ」

 

「!!」

 

 

この一言に流石の鈴も怯えた。気が強いと言っても、まだ十五歳。そして、貞操の危機は女性の心に多大なるストレスを与える。女ならともかく、大の男相手にはどうしようもない。

 

 

「よし!ヒイヒイ言わせてやるぜぇ!」

 

「(……あたし、もうダメかも)」

 

 

鈴は涙を流しながら下劣な笑みを浮かべながら近づいてくる男を只見つめることしか出来なかった。

 

脳裏に顔が過る。

 

最愛の人である秋彦。

 

そして、最高に気が合い最高に憎い一夏。

 

 

「(……ごめん、一夏。約束、守れそうにないわ)」

 

 

鈴は涙を流しながらこれから起こるであろうことを受け入れようとした。

 

 

 

 

 

「ーーー足チョップ」

 

 

突如、そんな声が聞こえた瞬間、男の頭頂部に踵落としがヒット。男は頭から血を流しながら倒れた。

 

 

「ちっぱいに手を出すなんて……ロリコン(紳士)の風上にも置けない奴だな。YESロリータNOタッチは紳士の御約束だろうが」

 

 

踵落としを叩き込んだ男は、端正な美声でそう言った。

 

その男は、一言で表すなら美形だった。全体的に伸ばしたコバルトブルーのナチュラルウルフ、およそ二十代前半で切れ長の眼が特徴の端整な顔立ち。白黒の七分袖Tシャツに黒いスラックスと黒いブーツを着こなす高身長。そして先程の端正な美声。

 

正に、イケメンとして持て囃される為に生まれたような存在で街中を歩けば女が振り向くこと請け合いだ。男はゆっくりと振り向き、女の方に歩み寄る。

 

 

「な、なによアンタ……男のクセに、私に楯ーーーぐえぇっ!!」

 

 

男は無表情のまま喋っている女の鳩尾に蹴りを叩き込み、気絶させて黙らせる。

 

 

「黙って寝てろ」

 

 

それから、男は鈴に歩み寄り、手を差し出す。鈴はその手を遠慮気味に掴んで立ち上がり、男を見つめる。その男から感じる雰囲気に、一夏と同じ何かを感じた。

 

 

「元中国代表候補生の凰鈴音だな?」

 

「……そうですけど、あなたは?」

 

「俺は碧埜禎影(アオヤヨシカゲ)。お前が負けた駁羅一夏の父の部下をやっている」

 

 

碧埜禎影

 

駁羅尋稀の同期兼親友であり、駁羅家のメカニック。駁羅家の機械は全て彼の手作りで、あのどこでも玄関の産みの親でもある。デッド・ウォルノックス曰く『視覚と聴覚を介して女を孕ませることが出来る』と言われる程に端正な容姿と美声、そして天才的頭脳を持つ。

 

一夏の名前を聞いた鈴は禎影を見つめながら納得した。一夏は、彼のような人に鍛えてもらったのだと。

 

 

「……すみません!あたしのこと、鍛えてもらえませんか!?」

 

 

思わず口走った鈴。だが、この期を逃すと一夏と秋彦に会うチャンスが遠のいて行くと、鈴は直感していた。禎影は鈴を上から下まで見つめた後に口を開いた。

 

 

「良いだろう。俺の所に来れば少なくとも駁羅一夏並に動けるようにしてやる」

 

「ホントですか!?」

 

「但し、条件がある」

 

 

禎影は言う。その眼はとても鋭い。その目で見つめられた鈴は、まるで刃物を突き付けられたような感覚に囚われた。

 

 

「な……、なんですか?」

 

「給料を出すから俺の助手をやってもらいたい」

 

 

禎影の一言に鈴はホッとする。それどころか、給料が出るなら願ったり叶ったりだと思った。

 

 

「そして、俺の助手として行動している間は地味な夏麻鈴ではなく活発でツインテが似合う凰鈴音でいろ」

 

「(……ん!?)」

 

「更にコスプレ。そして御約束の猫耳、鈴付き首輪、猫しっぽ装着希望(キボンヌ)

 

「(変態だーー!!!!)」

 

 

鈴は禎影の評価を『いい人』から『変態』にシフトした。碧埜禎影……尋稀から『キモヲタ』と呼ばれた男である。

 

 

「無言は肯定と受け取る。ここの店長と話をつけたらこの住所に来い。じゃあ、また会おう」

 

 

禎影は一枚の紙切れを鈴に渡してから男と女を肩に担いで何処かへと歩き去っていった。鈴はその紙切れを見つめ、少々躊躇った。何せ相手はコスプレを強要する男。だが、彼は一夏と秋彦に近付けるチャンス。そう考えると、自然と身体は動いた。服のポケットに突っ込んでから店に戻る。そこに、小太りの店長がやってくる。

 

 

「麻鈴ちゃん!無事だったかい?」

 

「ちょっと叩かれましたが平気です……それより店長。お話があります」

 

「……なにか、やりたいことを見つけたって目をしてるね」

 

 

店長は優しく微笑みながら言う。それを見抜かれた鈴は驚きながらも、すぐに気を取り直す。

 

 

「店長の仰る通りです。あたし、やりたいことを見つけました!だから、ここを今日限りで辞めさせていただきます!短い間ですが、お世話になりました!」

 

 

鈴は一礼してからすかさず店を出て走り出した。今まで鳴りを潜めていた鈴本来の行動力が、再び表に出てきた。

 

 

「今度はお客として来るんだよー!」

 

 

後ろから聞こえる店長の声を聞き、店長に感謝しながら鈴は紙切れを取り出し、その住所へと走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー禎影宅ー

 

紙切れに書いてある住所に到着した鈴。そこにある建物を見つめる。

 

 

「ここだったの!?」

 

 

それは、鈴が住んでいるアパートの一階の部屋だった。一夏と秋彦に会える機会を前にして気が動転していた為分からなかったのだった。

 

 

「……すみませ〜ん」

 

 

鈴はドアをノックする。すると、すぐにドアが開いて禎影が出てくる。

 

 

「待っていた。さぁ、上がれ」

 

「お、お邪魔します」

 

 

促され、中に入る鈴。部屋の中はきちんと整理整頓されている。すると、禎影は奥の部屋の扉を開いた。

 

そこには、数多くのコスプレ衣装があった。

 

 

「さぁ、おめかしタイムだ」

 

「いきなりぃ!?」

 

「大丈夫だ、問題ない。慣れると楽しくなるから。さぁ、着るんだ。着るんだりんにゃん」

 

「りんにゃんってなに!?って、ちょっとぉ!?」

 

 

鈴は禎影に捕まり、奥の部屋に連れていかれる。

 

 

「ちょちょちょ、分かった!着るから!自分で着るからぁ!ちょ、やめ、にゃあぁぁぁぁっ!!?」

 

 

鈴の声が、近所中に響く。

 

果たして、再び一夏と秋彦に会えるのだろうか?キモヲタの禎影はまともに鍛えることが出来るのだろうか?不安に思いながらも、きっちり猫耳を着けるりんにゃんであった。




鈴の話は不定期にやろうかと思います

次回は気紛れで
別の物になるやも知れません

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