一夏、織斑捨てたってよ   作:ダメオ

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プロローグ
一夏、拾われたってよ


織斑一夏。

 

出来のいい姉と兄を持った出来の悪い少年。罵られた数は数知れず。姉と兄には比べられ、一切の賛辞をうけたことがない。そして、ISがもたらした女尊男卑の風潮でその心身は更に悲鳴をあげていた。

 

そして、二回目の世界大会にて一夏は誘拐された。無論、誘拐犯は出来のいい兄と間違えた。そして、決勝戦。果敢に戦う織斑千冬。誘拐犯は怒り、腹いせに一夏を殴り、蹴り、罵る。

 

『お前は出来損ないだから見捨てられた』と。

 

それを聞いた一夏は絶望した。心のどこかでは信じて『いたかった』。千冬は厳しいがほんの僅かでも、自分を愛しているのではないかと。だがそれは幻想だ。そう考えることで少しでも日々を生きようとした。そして今、現実と直面した。俺は千冬姉に愛されていないと。千冬姉は俺を見捨てたと。

 

 

『……なんだか、スッキリした』

 

 

たった今、一夏の中から姉に対する想いは消えた。兄に対する嫉妬も消えた。そんなことを考える一夏の頭部に銃口が向けられる。そして、引き金は引かれ、鉛の弾が飛来する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、鉛弾は一夏に当たらなかった。一夏の眼前に黒い何かがあり、弾を防いでいたのだ。一瞬のことで一夏の思考回路は追いつかない。だが、よく見るとその黒い何かが一体『何か』はわかった。

 

 

『手』だ。黒い革のグローブを着けた『右手』だ。

 

 

「なんだぁテメェ!」

 

 

誘拐犯の一人が吠える。一夏の左側には一人の男がいた。彼こそ一夏と鉛弾の熱烈なキスシーンを妨害した男。

 

 

「ある女がこの坊主を助けろって依頼寄越してな。だからよぉーーー」

 

 

喋りながら立つ男。そして、右手の中にある鉛弾を指で弾き、右腕を払うように振る。鉛弾は誘拐犯の一人の頭に直撃し、腕を振った際に生じた風圧で残りの連中が吹き飛び、壁に頭を叩きつける。

 

 

「ーーードタマブチまけろ」

 

 

瞬く間に誘拐犯は脳漿炸裂ボーイズになってしまった。その惨状の中、男は一夏の方を向く。一夏はその男を見つめる。

 

黒いTシャツと色黒なジーンズに迷彩柄のロングコートを羽織り、長い黒髪に年齢二十代前半程。前髪の長さは目を隠しており、まるで恋愛シミュレーションゲームの男主人公を彷彿とさせる。そして、顔面の左側にある前髪からはみ出る程に大きい傷跡。長身に加えて先程の行動。正直かなりの威圧感を感じる。

 

その男は一夏の縄を解き、優しく微笑んでから先程まで鉛弾を掴み、弾いた右手で優しく頭を撫でる。

 

 

「ーーーいっくん!!」

 

 

聴き覚えのある声が響く。一夏は声のする方に顔を向ける。そこには見知った顔がいた。

 

篠ノ之束。

 

一夏の短い人生において褒めて、労わり、慈しんでくれる数少ない人。束は走り出して一夏を抱き締める。

 

 

「よかった……。無事でよかったよいっくん……!」

 

 

束は一夏を抱き締めながら言う。千冬が大会に出てアテにならないと即座に判断した束は男に依頼し、一夏を助けたのだ。

 

 

「あぁ、お涙頂戴な所悪いが、依頼は完了した。報酬について話がある」

 

「うん……分かってる」

 

 

束は一夏を抱き締めたまま言う。

 

 

「俺は依頼が終わってから報酬を決めるタチなんだが、それは前以て聞いたよな?」

 

「うん……あの男の子が言ってたから。それで、報酬は何がいい?いっくんを助けてくれたんだし、色々弾んじゃうよ?」

 

「なら……報酬は篠ノ之束と織斑一夏で。異論は決して認めない」

 

「……えっ?」

 

 

束は少しの間を置いて聞き返す。

 

 

「だから、お前ら二人今日から俺の所に来い。面倒見てやる」

 

「……何が目的なの?」

 

「始めに言っておくがISには興味ない。俺の所の頭脳担当が出張しちまったから手が欲しかった。何よりお前は美人だしな」

 

 

男が言うと束は黙り込んだ。それから男は一夏の方を向く。

 

 

「坊主。お前……家族に見捨てられたんだろ?」

 

「…………」

 

一夏はゆっくりと頷く。

 

 

「なら俺が、『俺等』が家族になってやる。血や遺伝子の繋がりより強い絆で繋いでやる」

 

 

男は真っ直ぐ一夏を見つめながら言う。一夏の眼から自然と涙が溢れる。

 

 

「よし!報酬は受け取った!んじゃ、帰るぞ。一夏、束!」

 

「ちょっ、きゃあ!」

 

 

男は一夏諸共束を横抱きーーーお姫様抱っこーーーしてその場を走り去った。そして、現場からしばらく走ると人気のない所にパッと見十五歳程の少年が立っていた。

 

長袖カッターシャツと黒いスラックスに黒いネクタイを緩めに掛け、シャツの袖を七部まで捲り上げており、両手には男と同じ黒い革のグローブを着けている。

 

 

「先輩!お疲れ様です!」

 

「疲れてないけどな」

 

 

笑顔で一礼する少年に先輩と呼ばれた男はそう言いながら束と一夏をその場に降ろす。

 

 

狗澄(くずみ)。帰ったら一夏の手当てしてやってくれ。俺は他に用事あるから」

 

「わかりました」

 

 

先輩はその場を立ち去り、狗澄と呼ばれた少年は空き家のドアに掌サイズのブローチの様な物を着ける。

 

 

「どこに行くの?国内だと見つかっちゃうよ?」

 

「誰にも来れない『俺等』の家です」

 

 

狗澄はブローチの様な物を着けたドアを開く。ドアの向こうには近未来風の廊下が伸びている。これには一夏と束は思わず驚いてしまった。

 

 

「さぁ、どうぞ」

 

 

狗澄が紳士的に二人を招き入れる。その後、狗澄も入ってからブローチの様な物を取り、すかさずドアを閉める。

 

 

「今日からここがあなた達の家になります。さ、ついて来て下さい。お茶でも飲みながらゆっくりしましょう」

 

 

歩き出す狗澄の後を一夏がついていく。束も興味津々に辺りを見渡しつつ狗澄についていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーリビングルームー

 

廊下の左手にあるドアを開けると、家賃が高そうなマンションのリビングといった風の部屋があった。

 

 

「ーーーフゥハハハーッ!ベルモンド一族は無敵無敵無敵ィーッ!」

 

そして、大型のテレビにゲーム機を繋いでソファーに座りながらゲームをやってるハイテンションな二十代の男が一人いた。

 

肩の辺りまで伸びた茶髪。そして上半身裸に赤いハーフパンツにスリッパという格好で。そしてゲームを中断し、細く鋭い三白眼でこちらに視線を送る。

 

 

「狗〜澄〜おかえんなさ〜いーーーってぇ、オイオイオイ何よその美女と少年。ボクチンへのごほうび?」

 

「違ぇよバカデッド。ゲーム中断して紅茶とココア入れたげて。俺は一夏君に手当てするから」

 

「かっしこまりましたー!」

 

 

バカデッドと呼ばれた男はハイテンションのままリビングの奥に走っていった。それから一夏を手当てする狗澄。幸い怪我は軽傷で済んでいた。そして紅茶とココアを持ってきたバカデッドに狗澄は簡単に事の説明をした。

 

 

「なるほどにぃ〜、事情は分かった。んじゃ、新たなファミリィに自己紹介タイムと洒落込もうか!オレはデッド・ウォルノックス!ここで雑用やったり戦闘員やったりしてまーす!」

 

「俺は九十九狗澄(つくもくずみ)。俺も大体コイツと一緒で雑用やってる。今後ともよろしく」

 

「よぉし!いっちゃん君!束っちゃん!お兄さんが面倒見たげるからね!」

 

「一夏君、束さん。コイツだけは当てにせず適当にあしらって下さい」

 

「酷いや狗澄!」

 

 

デッドと狗澄を見た一夏は何だか嬉しかった。自分を見てくれる人がいる。自分に微笑みかけてくれる人がいる。それが只々嬉しかった。

 

 

「ねぇ、ちょっといいかな?」

 

「どうした束っちゃん!ごはん?お風呂?それともオレ?」

 

「黙れバカデッド。で、何かありましたか?束さん」

 

「いっくんを助けてくれた人はどこに行っちゃったの?」

 

尋稀(ひろき)?尋稀なら……今頃いっちゃん君の姉と『お話』してるんじゃなかとですか?そして見事に親権獲ったどー!待ったなし!ってとこじゃない?」

 

「先輩ならそうだと思う。そしてそろそろ帰ってくる頃かと」

 

 

狗澄がそう言った直後にドアが開き、先輩と呼ばれた男ーーー尋稀が入ってくる。

 

 

「一夏ぁ、よく聞け。お前はもう俺の子供だ。そうナシ着けてきたから」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

一夏は一礼する。そんな一夏の頭を尋稀は優しく撫でる。

 

 

「そう言えば自己紹介がまだだったな。俺は駁羅尋稀(ばくらひろき)。ここの大黒柱やってる。宜しくな」

 

「よ、宜しくお願いします」

 

「そう堅くなんなよ。俺達は家族なんだからよ」

 

「はーーー」

 

「ーーーはいじゃなくて『うん』だ」

 

「う、うん」

 

「よし!」

 

 

この日、織斑一夏は駁羅一夏となった。一夏は姉と兄のことをふと考える。今までの仕打ちを思い出す。だが、最早何の感情も沸かない。いつぞや見たテレビで、好きの反対にあるものは『嫌い』ではなく『無関心』だと言っていたがまさにその通りだと一夏は思った。


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