ソードアート・オンライン~神速の剣帝~   作:エンジ

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(*´Д`)


第四十九話 救いと絶望

 

 

 

 青い正方形が宙に展開されると、ユウキは崩れるように膝をついた。荒い呼吸で顔を上げれば、目の前に広がるのは真っ赤な鎧のみ。

 重槍突撃の第三派、第四波を抑えることができたものの、ユウキの体には無数の傷が出来上がっていた。綺麗なパープルの服も所々が引きちぎれ、そこから赤い鮮血が静かに流れている。

 

「まだ……まだ……!」

 

 自分を叱咤するように絞り出すと、血濡れた紫の剣を支えにしてよろよろを立ち上がる。

 視界が歪み、敵の輪郭さえおぼつかなくなってもあきらめることはない。ラテンが戻ってくるまで、倒れるわけにはいかないのだ。

 

Drop dead(死ね)!」

 

 息を整えていたユウキに怒号が降りかかってきた。

 見れば、消耗しているユウキをチャンスと捉えたのか、赤い兵士の一人が、第五波の戦列から抜け出して突っ込んできていた。

 それに対応しようと、支えにしていた紫色の剣を握るが、鉛のように重く思うように動かない。視線を前方に戻してみれば、赤い兵士が目の前まで迫ってきている。

 この距離まで詰められれば、今のユウキの体では避けることができない。目前の兵士の一撃を受け、確実に一撃を打ち込むしか撃退する方法がなかった。

 幸い天命は心配する必要がないほど大量に残っている。ユウキ自身が戦うことを止めなければ、何時間でも戦うことができるだろう。

 

「調子に……乗るな!」

 

 紅の剣がユウキの体に襲い掛かろうとした瞬間、背後から凛とした叫び声とともに桜色の剣が赤い兵士の体を分断した。

 

「りり……あ…」

 

 血濡れてもなお輝いて見える綺麗な金髪が振り向く。その顔には心配と怒気の色が混ざり合っていた。

 

「ごめんなさい。思って以上に手間取ってしまって……」

「……ううん、ボクは大丈夫だよ。だから――」

「ダメです」

 

 再び凛とした声が今度はユウキをピシャリと遮った。

 

「な、なんで……」

「……ユウキは一人で背負い過ぎですよ」

 

 まっすぐな瞳がユウキを映す。

 

「確かに、相手はリアルワールドから来た人間たちなのかもしれません。それを同じリアルワールドからやってきたあなたが必死になって止めようとする気持ちはわかります。きっと、私が同じ立場だったら同じことをしていたでしょう……でも、ユウキが一人で背負う必要はないんですよ?」

 

 怒気が混じった顔が少し微笑んだ。

 

「この場には私がいるじゃないですか。私や、小父様、アスナさんや衛士たちが」

 

 振り向けば、必死に指示を飛ばしている大男やそれに応じて動いている衛士たちの姿があった。顔を戻せば、リリアの後ろには同じくボロボロになりながらも懸命に立っているアスナの姿があった。

 みんな戦っているのだ。一緒に。

 

「……せっかく一緒にいるんですから、私にも背負わせてください。あなたの思いを」

「……うん、ありがとう」

 

 ユウキの言葉を聞いたリリアは深く頷いた。

 ようやく鮮明になってきた視界で赤い兵士たちをとらえる。

 全身を包んでいた疲労が少しは軽くなったが、現状が変わったわけではない。視線の先では、二十人の重槍兵が今にも走り出しそうな勢いでこちらを睨んでおり、その後ろにはまだ大量の兵士たちが残っている。人数比はまだまだ向こうのほうが上だ。

 

 

 ユウキの隣にリリアが立つ。

 アスナを含めた三人だけでは、残念ながら二十人全員を迎撃することはできないだろう。だが、全員を迎撃する必要はない。後ろには信念を持った衛士たちがいるのだ。彼らになら任せても大丈夫だろう。ユウキがするべきことは、自分が捌くことができる限界人数を相手にすることだけだ。

 

「――いくよ!」

「――はい!」

 

 二人が気合を入れるのと同時に、二十人の重槍兵が突進を開始した。

 地面が震え、赤い兵士たちが濁流の如く押し寄せてくると、重い足音とは別の甲高い震動音がどことなく混入してきた。

 思わず視線を音のする方へ向ければ。

 赤い空から、一本のラインが伸びてきていた。それには見覚えがある。ユウキたちが戦っている赤い兵士たちを次々と生み出したものだ。

 

「……また、ですか」

 

 隣でリリアが奥歯を噛む。

 無理もない。こんな苦しい状況で敵の援軍が来たのだ。喜ぶ奴などいるはずがないだろう。しかし、今回は違った。

 

「……青、色?」

 

 赤い空に伸びるラインは、先の赤い兵士たちを生み出した赤いラインではなく、澄みきった深い青色のラインだった。

 そのラインは、高さ十メートルほどの空中で凝集し、一瞬の閃光に続いて、人の姿へと変わる。その人影がとてつもない速さで動くと、いつしか止まって見上げていた二十人の重槍兵の目の前へ降りたった。 

 刹那。

 二十人が深紅の鮮血を噴き出しながら倒れた。

 ぽかんと見つめるユウキの視線の先には竜巻が発生しており、その勢いが弱まっていくと、突如現れた人影の正体が鮮明に見えてくる。

 背中を向けて立つ、やや細身の長身。艶やかな和風の鎧が、逆光を受けて煌めいている。左手を腰の鞘に添え、右手には恐ろしく長い刀が姿を見せていた。

 その人影がゆっくりとこちらに振り返る。口元にはにやりと笑みが浮かんでいた。

 

「おう、待たせたな、アスナ、ユウキ」

 

 目の前の男をユウキは知っている。

 ユウキの知り合いの中でも最も刀が好きな野武士ヅラ――クラインだ。

 

「なん――」

 

 ユウキの言葉は無数の震動音にかき消される。

 顔を上げればユウキが良く知る人たちが次々と青いラインから出現していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 浅くなっていく呼吸で苦しくなりつつも、刀だけはしっかりと握りしめて地を蹴る。

 こうして突進するのはもう何度目かわからない。

 地獄の世界を経験した時よりもずっと前から鍛えてきた己の剣術を最大限に駆使しても、数センチの差を埋めることはできなかった。数多の斬撃を黒い影となってするりと避けられ、時折飛んでくる青紫の剣光が新しい鮮血を生成する。

 今朝渡された、セントラルカセドラルでジャビが持ってきてくれた服と似たような純白の服も、その大部分が赤黒く変色してしまっていた。

 まとわりつくような不快な感触が肌を撫でながらも、ラテンは剣を振るうことを止めない。下手な鉄砲も数を撃ちゃ当たるからだ。

 

「ハッ!」

 

 火花が激しく散る中、水が流れるように動いていたラテンの刀が一瞬止まり、コンマ半秒かからずに真逆から繰り出された。

 しかし、誰もが引っかかりそうなフェイントでさえも目の前の男には通用せず、いとも簡単に躱される。

 

「これでもダメか……」

 

 絞り出すように呟きながらも、ラテンは頭の中で次の策を講じていた。

 ベクタの動きは今まで戦ってきた者とは全然違う。

 最小限の動きで避ける者なら何人か見たことがあるが、こう何度も簡単に躱されたのは初めてだった。それに加え、奴の剣は何の前振りもなく突然飛んでくる。僅かな動きを見逃さないラテンでさえも、ベクタの剣だけは予測することができない。だからこうして一方的にやられているのだ。

 ――アレを使うしかないのか

 ベクタを睨みながら奥歯を噛む。

 

 

 アレ、とはラテンの奥の手である《真思》のことだ。だがそれには問題が二つある。

 一つ目は自分自身が言っていた『忠告』だ。限界を超える力を出すことができる反面、自分以外のすべてを拒絶し殲滅しようとする自己防衛本能。つまり、この場で使えばベクタだけでなくアリスも『標的』になってしまう可能性があるのだ。仮にベクタを倒せたとしても《真思》が継続していたらアリスを助けた意味がない。自分を止める『誰か』がいなければ。

 

 

 二つ目は《真思》を使ってもベクタを倒せる保証がないことだ。もちろん真思は己の限界を超える力を引き出せる。これのおかげで何度もピンチを潜り抜けることができた。真思のすごさは自分が一番よく分かっている。だが、それでもベクタを倒すことができるだろうか。

 ラテンが今まで倒してきた相手はいずれも設定されたシステムの範疇でしか動くことができなかった。しかし、目の前の皇帝ベクタは違う。設定されたシステムの範疇を書き換えることができる、システムアシストが搭載されているのだ。そんな相手に、設定されたシステムの範疇でしか動けないラテンが勝てる確率はものすごく低いだろう。

 

「くそっ……啖呵を切ったはいいんだけどな……」

 

 ラテンが自らベクタと一対一で戦うことを名乗り出たとのはあくまでベクタの《固有能力》を無効化できると考えたからだ。剣術対決に持ち込むことができれば、ラテンにも勝機があった。

 しかし現実は違った。皇帝ベクタは《固有能力》を発動させるどころか、システムアシストを搭載していた。剣術に自信のあるラテンでさえもさすがにこれは厳しい。そろばんの達人がスーパーコンピューターに計算速度で勝負を挑むようなものだ。

 

「……お前にいいものを見せてやろう」

 

 不意に無機質な声が真横から降りかかってきた。

 ――いつの間に……!

 刀を振るうもベクタの青紫の剣が先にラテンの肩を掠めた。

 その瞬間、ラテンの中で渦巻いていた殺意が意識と共に遠のいていった。あらゆる思考が遮断され、頭の中に残ったのは自分がこの場で何をしていたのかという疑問のみ。

 戦いの最中突然惚けたラテンの意識を引き戻したのは、背中に流れた電流だった。

 

「がはっ!?」

 

 鋭い痛みを感じ、膝が折れながらも前方へ足を踏み出し背後から距離を取って振り返る。

 ぽたぽたと地面に血が滴るのを聞いて自然の息が荒くなる。

 どう考えても浅くはないだろう。

 

「……それがお前の《能力》か」

 

 ラテンの問いにベクタは微笑をもって答える。

 青紫の剣が触れた瞬間、意識がすべて遠のいた。それは奴がラテンの《心意》を消したということだ。つまり、《暗黒神ベクタ》の固有能力は《意識操作》ということになる。

 

「……おいおいこの世界にはドSしかいねぇのかよ」

 

 剣が触れただけで意識操作をできるということは、ベクタはいつでもラテンを殺すことができた、ということだ。つまり、今の今までベクタはラテンとの一騎打ちを楽しんでいた(・・・・・・)のだ。ラテンの苦しむ姿を、前菜の如く味わうように。

 

「……気が緩む暇があったら足を動かすのだな」

「――っ!?」

 

 ベクタが無造作に剣を突き出すと、青紫の切っ先から青黒い粘液めいた光が伸びる。

 反射的に伸びてきた光へ刀を振るえば、四散するように消えた。

 

「……ほう」

 

 ベクタはラテンを無表情に見つめる。

 

「そう思い通りになると思うなよ」

 

 ラテンは息を整えながら睨みつけた。

 おそらく先ほどの青黒い光もベクタの能力を伴っているはずだ。あれに触れてしまえば最後、ラテンは簡単にベクタの剣を受けることになる。

 これに関してはラテンが来て正解だっただろう。ラテンの持つ刀でなければ遠方からの攻撃を防ぐ手段がない。しかし、遠方からの攻撃が通用しないとはいえ現状が大きく変わるわけではない。

 奴はシステムアシストに加え意識操作ができるのだ。こうなってしまうと簡単に攻めることができない。いよいよ勝つ見込みがゼロになってきた。

 そんな状況でも、ラテンは刀を持つ手の力を緩めない。

 

「俺は」

 

 ベクタとの距離を一瞬で詰め、高速の斬撃をベクタにお見舞いする。

 しかし、涼しい顔ですべて避けられ、防がれ。

 二人の間を飛び交うのは、無数の火花とラテンの鮮血だけだ。

 

「負けるわけにはいかねぇんだ」

 

 一歩。また一歩踏み出す。

 決して届くことはないとわかっていても、ここで足を止めるわけにはいかない。

 ベクタの顔にだんだんと嫌悪の色が滲む。

 

「刺し違えてでもお前を、なんて空しいことは言わねぇよ」

 

 伸びてくるいくつもの青黒い光を何度も何度も避けては迎撃し。

 自分が作り出した血だまりに足を取られそうになりながらも、ベクタとの距離を詰め続ける。

 

「お前を倒して――」

 

 ラテンの返り血がベクタの瞳に飛び込み、一瞬だけ皇帝の動きが止まる。

 そのタイミングを待っていたかのように、ラテンがありったけの心意を込めた刀を振り下ろした。

 ガキィィィン! と、一際大きな金属音と火花が辺りに広がった。

 キリキリと音を立ててラテンの刀を阻んでいるものは青白い不気味な剣。視界を奪い、動きを停止させても、ラテンの一撃が通ることはなかった。

 刀に宿った心意が、青紫の剣に吸われるようにその輝きを褪せさせていく。それでもラテンは、刀に体重を乗せ続けた。

 やがて圧力に耐えかねたように皇帝の膝が折れた。

 

「――約束を果たす!」

 

 気合を込めると、青紫の刃がベクタの鎧に食い込んだ。

 

「――飽きたな」

「っ!?」

 

 おそろしく冷たい一言と共に、押さえつけていたラテンの刀がいとも簡単に弾かれる。体勢を崩したラテンが次に捉えたのは、振り切ったはずの青紫の剣が振り下ろされる瞬間だった。

 

「くそっ……!」

 

 弾かれた刀を慌てて引き戻したものの間に合わず、視界の半分が血に染まった。

 

 

 

 





いやあああああああああああああああああ!!!!


今回はちょっと短いです。申し訳ありません!


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