ソードアート・オンライン~神速の剣帝~   作:エンジ

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第四十八話 神と前菜

 

 

 二頭の銀色の飛竜が隅で着地するのを確認して正面に顔を向け直す。

 黒い甲冑に身を包んだ最大最強の敵――ベクタは依然こちらを見据えたまま動かない。どこまでも冷たい瞳には感情がなく、ひたすら闇が広がっているだけだ。

 

「……そんな悲しいこと言うなよ。せっかくここまで追ってきたんだ。もちろん、相手をしてくれるよな?」

 

 ラテンはにやっと笑いながら鞘に手をかけた。

 暗黒神ベクタ。

 この世界そのものである『システム』に干渉できる、『神』と呼ぶべき存在だ。実際にこのアンダーワールドでは神として崇められている。

 同じこの世界の『神』であるステイシアと同等の天命量、及び超高優先度の武器を持っているだろう。それに加え《暗黒神ベクタ》専用の能力があるはずだ。どんなものかは把握していないが、何にせよ長期戦に持ち込まないほうがいいだろう。

 

 ――五分で片を付ける……!

 

 左手に据えられた刀に心意を込める。

 無限にも等しいベクタの天命を一撃で仕留められるとは思っていない。無限ではないにしろ膨大な天命をゼロにするには、ありったけ心意を込めた一撃を何度か命中させる必要があるはずだ。それでは必然的に長期戦にもつれてしまうため、できれば避けたいところだ。

 ではどうすればいいか。それは簡単だ。

 

 無限にも等しい天命があるとしても所詮は人間だ。奴が感じる『痛み』には限界がある。肉体ではなく精神に攻撃することで、システムによる保護が実行され奴はこの世界からログアウトすることになる。そうなればこちらの勝利だ。

 大きく深呼吸をし瞼を開けて見れば、変わらずただじっとこちらを見据えている神の姿。

 無防備とはいえ、遠慮はいらない。

 

「……行くぜ」

 

 その瞬間、ラテンの姿が消えた。

 ベクタは僅かに目を見開くが、もう遅い。皇帝の目の前には半分以上抜刀し終わっているラテンの姿があった。

 数十メートルの距離を一瞬で詰めたラテンの刀は心意が込められたことによって、白く発光している。

 (きゅう)大空天真流(たいくうてんしんりゅう)抜刀術《天照雷閃(てんしょうらいせん)》。

 挨拶代わりの一撃が、稲妻の如くベクタに襲い掛かる。

 

 ――捉えた!

 

 今までの戦闘経験からそう確信した。目測だが、このまま何にも阻まれなければベクタの体を真っ二つにすることができるはずだ。いくら強靭な男であっても、自らの体が真っ二つに斬られる痛みには耐えられない。

 ラテンの刀がすべて鞘から抜け、高速の刃がベクタの脇腹に触れる瞬間。

 

「……っ!?」

 

 ラテンは目を見開いた。

 ベクタの体がラテンの刀から離れていく。それはいわば、すべてがスローモーションの中で、ベクタの体だけが普通の速さで動いているような感覚。

 ベクタが一歩下がり終えた瞬間、世界の時間が噛み合いだす。

 

 ラテンの確実に当たるはずだった一撃は、対象に衝突することなく空を切った。引き抜かれた刀のあまりの速さに、突風が生じるが皇帝ベクタは表情を変えない。

 ただ、その瞳にわずかに色が染まるのを見て、ラテンは大きくバックステップを取る。

 

「どういう……ことだ……?」

 

 ラテンの一撃は確実に当たっているはずだった。半年ぶりに放つ技だったため、感覚が鈍っていたのだろうか。

 いや、それはあり得ない。

 見ていたのだ。自分の刀が奴の脇腹を捉えるのを。

 ゆっくりと顔を上げると、それまでピクリとも動かなかったベクタの口元が微かに動く。

  

「……しつこい男だ」

 

 あまりにも無機質な声。

 暗黒神ベクタでこの世界にダイブしているのは現実世界の人間だとアスナから聞いているのだが、目の前の男からは人間味が伝わってこない。まるですべてを包み込む虚無のような。

 何にせよこの世界の住人のほうがよっぽど人間くさいだろう。

 ラテンは刀をゆっくりと納刀する。

 

「お前に言われたくないな。このメンヘラストーカー野郎」

「……ほう」

 

 ベクタは僅かに眉をあげた。

 無感情に送られていた視線に興味が宿る。

 

「お前はリアルワールドの人間なのか」

「だったら、どうする?」

 

 やや挑発的に答えるとベクタの表情に感情が生まれた。

 こちらを見る瞳には期待が籠っており、口元には薄っすらと笑みを浮かべている。ようやくラテンを敵とし認識したようだ。

 

「お前は違うな……今まで私が殺してきた者たちとは格が違う」

 

 その言葉を聞いて背筋が一瞬凍りつく。

 『殺してきた者たち』。

 それはこのアンダーワールド内でのことだろうか。いや、きっと違うだろう。この男はおそらく現実世界で何人もの人間を殺している。そうでもなければ突然恐怖に襲われることなどないだろう。

 

「……へぇ、それはあがりたいな。急に弱気にでもなったのか? 暗黒神ベクタ様」

 

 一瞬してしまった動揺を隠すように挑発をする。

 ベクタはラテンの挑発など気にも留めていない様子で、笑みを張り付けたまま口を開いた。

 

「弱気? 違うな。私は楽しみなのだよ……お前の『魂』は、いったいどんな味がするのか、ね」

 

 青白い右手が動き、腰の長剣の柄を握る。

 ぬらりと鞘から抜き出された細身の刀身は、青紫色の燐光に包まれている。

 なんて不気味な長剣なのだろう。まるでベクタ、いや、この男そのもののようだ。

 

「コース通り前菜(オードブル)からいただくとしよう」

「……おいおいそりゃないぜ。《スープ以降(本番)》はアリス一人で補うってか?」

 

 おどけたように肩をすくめれば、ベクタの笑みはより深くなる。

 

「アリス……アリシアはそれだけの価値がある」

「ふーん、そうか」

 

 この男のアリスに対する執着心は異常だ。心の底からアリスを欲しがっている。もしかしたら目の前の男は軍事目的のためにアリスを手に入れようとしているわけではないかもしれない。だがそれはどうでもいいことだ。

 アリスを助け出すことに変わりはないのだから。

 

「……残念だけど、前菜()だけで満足してもらうぜ!」

 

 その瞬間、再びラテンは風になる。

 一瞬でベクタの懐に入ると、先ほどと同じように刀を抜き放つ。

 一筋の閃光がまたもやベクタの右わき腹に向かっていく。今回の一撃も、ベクタを完全に捉えた(・・・)はずだった。

 

「――ちっ!」 

 

 再び時間の歯車が狂いだす。

 ベクタが滑るように後ろに下がり、刀の斬撃圏内から外れる。すると、止まっていた時間が動き出した。

 

 空気を斬る音が聞こえ、突風が発生する。

 盛大に空振りを決めたラテンに、音もなく青白い長剣が振り下ろされた。

 先ほどと同じ《天照雷閃》だったらこの一撃を防ぐことはできないだろう。《天照雷閃》だったら(・・・・)

 

「……!?」

 

 ベクタが驚いたように目を開く。

 無理もない。ラテンの一撃からコンマ数秒遅れて次の一撃が向かってきたのだから。

 (きゅう)大空天真流抜刀術(たいくうてんしんりゅうばっとうじゅつ)(れん)(かた)流絶天閃(りゅうぜつてんせん)》。

 本来殺傷用ではないこの技も、相手から見れば身の危険を感じるはずだ。二撃目が鞘であっても、初撃の威力となんら変わりがないからだ。

 ベクタの剣とラテンの鞘が互いの体に到達するのはほぼ同時だ。この瞬間、ベクタには三つの選択肢が提示される。

 

 一つ目はラテンの鞘を躱すこと。しかしこの距離では不可能なはずだ。避けきる前に鞘が到達してしまう。

 二つ目はラテンの鞘を剣で防ぐこと。残念ながらこれも不可能だ。ラテンの鞘はベクタの剣よりも若干速いため、『防ぐ』ための時間がない。そんなことをすれば剣が鞘の軌道に乗るよりも早く鞘がベクタの体に到達してしまう。だからこれもないといっていいだろう。

 三つ目は相打ち覚悟で剣を振り下ろすこと。先の二つに比べて最もましな選択肢だろう。むしろこの選択肢しか残されていないと言っても過言ではない。普通ならば(・・・・・)の話だが。

 

 鞘と剣が互いの体に到達する刹那、再び時間が狂いだす。

 ベクタがラテンから離れていき、青白い剣もそれに伴って下がっていく。だが若干届く範囲なため、時間が元に戻ったのと同時に体を少しだけ捻った。

 二つの一撃が空振りに終わるとラテンは三歩ほど下がった。不意の一撃が謎の現象に邪魔されたにも関わらず、ラテンの口元には笑みが浮かんでいた。

 

「なるほど。そーいうことね」

 

 今の一瞬で足りなかった情報(・・・・・・・・)を手に入れることができた。それらを照らし合わせて一つの確信にたどり着く。

 

「お前()持ってんのか」

「何の話だ?」

「とぼけやがって……」

 

 不敵に笑ったベクタに睨みつける。

 アスナが持っていなかったことから《この男にも》と思っていたのだがどうやらこの男――暗黒神ベクタにはあるらしい。

 

「システムアシスト……厄介なもん搭載してんじゃねぇよ、菊岡さん」

 

 届くはずのない愚痴をこぼす。

 もちろんこの世界をコントロールするために造られた存在であるため、そういったものがついていてもおかしくはない。むしろ当然のことだろう。ただ、今この瞬間だけは恨めしく思ってしまう。

 

「――どこを見ている」

 

 刹那。

 まるで全方向から声をかけられたような感覚がラテンを襲う。ラテンが見せた隙はほんの一瞬だった。隙とは言えないほどのもののはずだったのだが。

 はっ、と気づいた時にはもう遅かった。

 

「くっ!!」

 

 黒い影に刀を振るうが、影は影。当たるはずもなくラテンから離れていく。それが数メル離れたところで停止すると、笑みを浮かべた男が立っていた。

 

「どうしたその程度か」

 

 返事の代わりに舌打ちをくれてやると、ちらりと視線を落とす。

 ぽたぽたと地面で弾む真新しい鮮血。その元を辿ってみれば、浅いとは言い難い傷が胸から腹部にかけて伸びている。

 すぐに左手をかざし、無詠唱で治癒術を発動させ、止血する。

 

 本来だったら、この切り傷は視線の先にいる男に付いているはずだった。完璧なタイミングで放った不意の一撃があっさりと躱され、あまつさえ自分が最初に剣を受けてしまった。わかってはいたが、一筋縄ではいかないようだ。

 

「……長期戦待ったなしだな、これは」

 

 ゆっくりと中段に構えると、ベクタを見据える。

 いくら長期戦になろうがラテンがすべきことは最初から決まっている。

 

「――コンセプトは変わらねぇ!」

「私を満足させてみろ」

 

 ベクタは不敵に笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベルクーリの武装完全支配術はそれはそれは恐ろしいものだった。

 何も知らずに突っ込んでくる赤い兵士たちの先頭を一瞬にして殲滅させ、それ以上の進軍を許さない。側面に回ろうにもこのような一方通行しかない場所では不可能なため、赤い兵士たちは《空斬》が完全に消えるまでその場で留まることを余儀なくされた。その間にも後方から修道士たちが支援魔法を炸裂させ、赤い兵士たちは徐々にその数を減らしていった。

 

 この世界最古の剣士は、たった一人で津波の如く押し寄せてきた赤い兵士たちの勢いを消し去ったのだ。いくら普通ではあり得ないほどの天命量と高優先度の武器を持ったユウキやアスナでも、この男と一対一で戦ったら互角か下手したら負けるかもしれない。間違いなくアンダーワールド最強の剣士だろう。

 ただ何事にも終わりは来るもので、ベルクーリの「そろそろだ」という言葉が開戦の合図となった。

 

 

 

 

 

 自分の丈を超える大剣の横なぎを紙一重でしゃがんで避けると、無防備になった首元に必要な分だけの力を入れて剣を突き出す。罵り声と共に鮮血が口から噴き出すのを見て、無造作に腕を動かし首を跳ね飛ばした。

 

 返り血がユウキの顔を跳ね、条件反射で瞼を閉じて血を拭う。瞼を開けた時には槍が目の前に迫ってきていて、間一髪で躱すが、完璧に避けることができず左頬に一寸ほどの傷が出来上がった。

 じーん、と来る痛みに顔を少しだけ歪めるが、いつまでもその傷に構ってはいられない。追撃してくる槍男に紫色の剣が閃き、呻き声を上げながらその男は絶命した。

 

 新しくつけられた左頬の傷に手を当てる。

 ALOでは決して感じることのなかった痛み。

 もちろんモンスターに攻撃されればそれ相応の衝撃に襲われるが、ペインアブソーバによって痛みは緩和され、感じたとしても《違和感》程度のものでしかなかった。

 しかし、同じVRワールドであってもこの世界は違う。

 ラテンがユウキを優先した理由が改めてわかった気がした。ユウキ自身ラテンにもこのような痛みを味わって欲しくはない。

 

「「Assaaaaaaalt(つっこめ―――っ)!!」

 

 もう何人目かわからない敵を斬り伏せると、不意に何人もの叫び声が耳に入り込んできた。見れば、二メートル以上はある長大なランスを持った赤い兵士二十人が横一列に並んで押し寄せてきた。このままでは埒が明かないと思い、攻め方を変えたのだろう。

 正面から長物を手に突撃してくる敵に、同じく正面で対抗するのは愚行だ。長物同士なら何とかなるが、ユウキのような小回りの利く武器を持っている者は初撃を回避し、カウンターをするのが定石(じょうせき)だ。

 

 ――ここだ!

 

 迫ってくる黒光りしたランスをギリギリのところでパリィする。

 火花を散らしながら、切っ先を側面に押しやると、左足を踏み込む。そのまま流れるように、勢いのまま向かってくる無防備な首元に剣を振り切った。

 噴水の如く血を噴き出しながら倒れた男に目もくれずに後ろを振り返る。見れば、重槍兵の突撃を避けきれず、何人かが体を貫かれていた。

 

 すぐさま地を蹴り、衛士からランスを引き抜こうとしている赤い兵士の背中に、水平二連撃技《ホリゾンタル・アーク》の初撃を浴びせると、ランスを捨て帯刀してあった剣を引き抜こうとするもう一人の赤い兵士に二撃目を放った。

 たちまち二人の男が地面に沈む。だが、残念ながら助けた衛士には深々とランスが突き刺さっており、一見して助からないことが理解できた。

 

「あと……を……たの……み……ます……」

 

 最後の力を振り絞りそう告げた衛士は、糸が切れたように動かなくなった。

 もしかしたらこの衛士には大切な人がいたかもしれない。帰りを待っていた人がいたのかもしれない。こんな意味のない戦いで命を落とす必要などないはずなのに。

 ユウキはせめてもと、衛士に突き刺さったランスを抜き、目を見開いたまま一筋の涙涙流していた瞼をゆっくりと閉じた。

 無言で立ち上がったユウキは俯いたまま動かない。

 

「こんなの……ないよ……」

 

 ぽつりと呟く。

 剣を持つ血みどろになった右手が微かに震える。

 後ろからは重槍突撃の第二波が早くも迫ってきていた。

 

「ユウキ!!」

 

 近くからリリアの叫び声が聞こえてくる。

 注意を促しているのであろうリリアに見向きもせず、ユウキは踵を返し少しだけ前に出た。

 

 ちょうど直線上で立っているユウキに気が付いたのか、一人の赤い兵士は槍の持つ角度を少しだけ変えた。

 地響きと共に第二波が迫ってくる。

 赤い兵士の叫び声がすぐ傍まで近づいてきた瞬間、ユウキはばっ、と顔を上げた。

 あの世界で培われた反応速度を最大限に発揮し、紙一重で避けると長大なランスを掴む。ALOでならユウキはこのランスを止めることができただろう。だが、アンダーワールドにはALOでは無視されるパラメータが無数に存在しているようで、返り血で濡れた左手はランスを止めることなくずるりと滑る。

 だがユウキは焦っていなかった。元々止める気はなかったからだ。

 

 僅かに勢いが緩んだランスを横から剣の腹で叩き付ける。刃で叩き付ければ折れてしまうランスでも、腹で押せば折れることはない。

 ユウキのアカウントのパラメータと剣の勢いで赤い兵士が二人を巻き込んで横に倒れ込む。個人的にはもう二、三人ほど巻き込みたかったが、この際わがままを言っても仕方がないだろう。

 

 槍を手放すと、足を踏み込む。

 片手剣単発重攻撃《ヴォ―パル・ストライク》。

 ジェットエンジンめいたサウンドと共に赤い閃光を伴った《シンビオセス》が、体勢を崩し、無防備になった三人を貫いた。

 

 軽い動作で剣を引き抜き、絶命した三人に一瞥もせずに正面を向き直る。後ろでは第二波で突撃してきた赤い兵士たちと衛士たちが交戦しているが、ユウキはそのまま走り出した。

 後ろの衛士たちの手助けよりも、第三波を事前に止めることを優先したからだ。

 

「これ以上は、させない!!」

「ユウキ、待って!」

 

 ようやく敵を捌ききったリリアの制止も聞かず、ユウキは一列に並び長槍を突き出している赤い兵士たちに斬りこんだ。

 

 

 




ぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!

明確な表記はないですけど、ベクタさんにはシステムアシストをつけさせていただきました。さすがに、ベルクーリの剣撃を何度も簡単に避けられるわけはないと思ったので……。
もし違ったら、すいません!!

あと旧・大空天真流の抜刀術ですが、表記を変えました。いきなりで申し訳ありません! 以前の技は訂正させていただきます。


何がともあれ、開戦したわけですけども。
ちょっと余裕そうに見えるラテン君ですが……
君、一応ボコされてるからね!?

果たして彼は勝てるのでしょうか  ←お前が言うな

これからもよろしくお願いします!



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