ソードアート・オンライン~神速の剣帝~   作:エンジ

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第四十六話 約束

 

 

「Take this!」

「邪魔だ、どけぇ!」

 

 大声で叫びながらバトルアックスを振るう赤い兵士の一撃を最小限の動作で避けると、そのまま有無言わさず斬り捨てる。だが、息のつく暇も与えずに次の赤い兵士が、先ほどの奴と似たような言葉を放ちながら剣を振るってきた。そいつも同じように一瞬で斬り伏せる。

 もう何人斬ったかはわからない。

 隣では五人の整合騎士と二人の少女が鬼神の如く剣を振るって、敵の屍を量産していた。それでも向かってくる敵の勢いはとどまることは知らない。

 

「くそっ、数が多すぎるな……!」

 

 一騎当千の整合騎士五人とユウキ、アスナがいれば一点突破も難しくはないだろうと踏んでいたのだが、現実は甘かった。

 次々と押し寄せる敵には死ぬことに躊躇いがない。もちろんそれは彼らがこの世界をゲームの中だと思っているからであるのだが、その思考が非常に厄介なのだ。

 死ぬことに躊躇いのない人間は、思っている以上に勢いがある。彼らにとって戦いとは、死ぬか殺すかの二択であり、生きるために戦っている者とは根本的に違う。

 無謀な突撃をすればその分死ぬ確率が高まる。だから生きるために戦う人間はそんなことはしない。その差が人界軍の進行を妨げている大きな要因なのだ。

 

「どけぇぇぇぇ!!」

 

 ふと凛とした叫び声が耳に入り込む。

 はっ、とそちらに顔を向ければ、アリスが今にも走り出しそうな勢いで一点を見ていた。その視線の先には盛り上がった丘がある。

 

(あのバカ……!)

 

 アリスがこれからすることはだいたい予想できた。

 この戦場から発散される膨大な空間神聖力を使って、暗黒術師団を一掃した時のように《反射凝集光線》を放つ気だろう。

 もちろんそれは、この状況を打開するには最も手っ取り早く、かつ最も有効的な手段だ。だが同時に今、最もしてはいけない行動でもあった。

 

「アリス、待て!!」

 

 ラテンの叫びは彼女には届かず、アリスは地を蹴った。

 視界に黒い竜が出現し、思わずラテンもそのあとを追おうとしたが、数歩進んだところで急停止して後ろを振り向く。その視線の先には、赤い兵士と戦っているユウキとリリアがいた。

 ラテンとアリスが戦線から抜けたことで、一人当たりにかかる敵の数が増大する。

 ラテンが今するべきことはアリスを追うことではなく、ユウキとリリアを近くで守ることではないのか。

 脳裏でそれがよぎり、すぐさま彼女らに加勢する。だが二人は、ラテンが戻って来るや否や驚いた表情をする。ラテンがそのままアリスを追っていくと思っていたからだ。

 

「ラテン、何で戻ってきたの!?」

「何でって、当たり前だろ!」

 

 ユウキに群がる敵を一掃しながら叫び返す。

 ラテンは決めたのだ。何よりも大切なユウキを守ると。

 ラテンの思いは彼女にも伝わっているはずなのだが、それでもユウキは新たに向かってくる敵に剣を振るいながら叫び返してくる。

 

「ボクたちのことはいいから早くアリスを追って!」

「だめだ!」

「っ、ラテンのわからずや!!」

 

 最後にそう叫ぶと、彼女の剣が水色の光を帯びる。

 水平四連撃技《ホリゾンタル・スクエア》だ。

 彼女の周りにいた敵に水色の光が襲い掛かると、たちまち呻き声を上げ、血を噴き出しながら地面に倒れた。

 一瞬だけ敵の勢いが止むと、ユウキはラテンの胸ぐらを掴む。

 

「ユウキ!?」

 

 いきなり引き寄せられたことと、彼女に胸ぐらを掴まれたことに驚き、素っ頓狂な声で彼女の名前を呼んだ。

 ユウキはそのままラテンの顔をじっと見つめてくる。その瞳には心なしか怒気が混じっていた。

 

「……ラテン、わかってるの。アリスが連れていかれたら終わりなんだよ!」

「わかってる、それはわかってる! でも……でも、お前を一人にするわけにいかないんだ!」

「何を最優先にするべきか考えてよ!」

「だから、これが俺の出した答えだ!」

 

 強く言い過ぎてしまったか。

 薄紫色の瞳が小さく揺れ、彼女はそのまま俯く。だが、ゆっくりと首を左右に振りながら呟いた。

 

「ちがう……ちがうよ、ラテン。ボクは……ラテンに守られるためのこの世界に来たんじゃない……」

 

 ぱっ、と顔を上げたユウキの瞳には涙がにじんでいた。

 

「ボクは……ラテンを助けるために来たんだよ……?」

「俺を……助ける、ため?」

 

 その瞬間、自分の導き出した答えが間違っていたことに気が付いた。

 いつの間に自己中心的な考えをしてしまっていたのだろう。

 彼女を一方的に守って、彼女が喜ぶか。そんなのは考えずとも解りきっている。

 ユウキは自分を助けるためにこの世界に来たのだ。自分の隣で一緒に戦うためにこの世界に来たのだ。

 口の中に鉄の味が広がる。

 

「だから……すぐに戻ってきて。アリスを連れて『待たせたな』って、いつもみたいに笑って……そしたら、一緒に――」

 

 この世界から出よう、とおそらく続けられただろう。だがラテンはそれを許さなかった。彼女が言い終える前に思い切り抱きしめたからだ。

 

「すぐに……戻るから…………絶対に、戻ってくるから……」

「……うん」

 

 ユウキもラテンを強く抱きしめ返す。

 すると、ラテンの正面から声をかけられる。

 

「大丈夫ですよ。私がついてますから」

「ああ……頼む」

 

 リリアは強く頷いた。

 そしてゆっくりとユウキを放し、踵を返す。

 もう、後ろは振り返らない。

 次に彼女の顔を見るのは、すべてが終わる直前の時だ。

 ラテンは大きく息を吸い込む。

 

「……魔獣! 道を開けろ!!」

 

 途端、大きな唸り声と共にラテンの目の前が白い光に包まれた。

 それが止むのと同時にラテンは地を蹴る。

 全力疾走。

 自分が出せる最大速度でアリスの後を追う。

 魔獣の光線によって切り広げられた道を埋めるように左右から赤い兵士がなだれ込むが、一陣の風のようにその間を通り抜ける。

 視界にアリスを捉えると、まだ上げられると頭の中でイメージ(・・・・)をする。すると、ラテンのイメージに呼応したかのように速度が上がった。

 この世界の仕組みについてはアスナから詳しく聞いている。

 STLを使ってこの世界にダイブしているラテンたちや、この世界の住人である人工フラクトライトにとって、この世界の万物はメイン・ビジュアライザーからロードされる《共有記憶》なのらしい。簡単に言えば、イマジネーションによって具現化するもう一つの現実、ということだ。

 ラテンが赤い兵士の大軍を抜けるのと同時に、黒い飛竜がアリスを掴む。その上には、一人の男が乗っていた。

 あの男こそが、この戦争を勃発させた張本人である皇帝ベクタなのだろう。

 胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込む。

 

「待てぇ! ベクタァァァァァ!!」

 

 びりっ、と空気が震えるが、ベクタはこちらを見向きもしない。

 黒き飛竜が高度を上げる。

 十メル。十五メル。二十メル。

 

「ふざけんなァァァァァ!」

 

 黒い飛竜が二十五メルに達するのと同時に、ラテンは地を蹴った。

 必死にアリスに向けて手を伸ばす。

 最悪、黒い飛竜をつかめれば問題ない。飛竜もろともベクタを地面に引きずりおろすことができるからだ。

 だが、無情にも飛竜の足から約十センチのところでラテンの上昇が止まってしまった。

 たった十センチ。

 その差が、ラテンを妨げる。

 

「くそっ……!」

 

 アリスが視界から遠ざかっていくのを見て、思わず吐き捨てた。

 もう彼女を助けることはできない。キリトとユージオが必死に取り戻した彼女を。

 落下しながらラテンは目を瞑った。

 この後はどうすればいいのだろうか。

 のこのことユウキとリリアのところに戻って、せめて人界軍だけでも助けるべきか。そもそもラテンが飛んだ距離はおよそ三十メルだ。このまま落下して無事である保証はない。

 

(ああ、らしくないな……)

 

 今まで諦めたことは思い出すほうが大変なくらいな数ほどだが、今回は心に突き刺さる。

 自分がもっと早く走っていれば。自分がもっと早く気付いていれば。

 こんなことにならなかったかもしれない。

 しても意味のない後悔を感じていると、一つの鳴き声が耳に入り込んできた。そちらのほうへ顔を向けるのと同時に、背中に衝撃が走り思わず目を瞑る。

 思ったよりもずいぶん早い地面に少々驚きながら、ゆっくりと目を開けると謎の浮遊感に襲われた。

 近くにあった硬い物体を掴み、上体を起こす。目の前に広がるのは、果てしなく続く赤い大地ではなく、銀色の鬣だった。

 数秒間固まった後、はっと我に返る。

 

「お前は……雨緑(アマヨリ)!? それに、滝刳(タキグリ)も……」

 

 銀色の竜はラテンの言葉に低く唸る。主の救出に力を貸してくれるのだろう。

 

「ありがとうな、お前たち。 ……待っていろベクタ」

 

 視界の先にある黒い点から黄金色の光が瞬いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 背中が見えなくなってもその方向から目を離せないでいた。 

 本当は傍にいてほしかった。

 話すこともできなかったこの一週間は、紺野木綿季にとってとてもつらく、苦しいものだった。

 

 両親と双子の姉である蘭子を失ってから生涯孤独になった木綿季の心のよりどころは、スリーピング・ナイツだけであった。だがそれでも深い溝を埋めることができないでいた。

 

 そんな時に出会ったのがあの青年だ。

 もう長くはないとうすうす感じ、沈んでいたユウキの心を簡単に引き上げたのだ。同情なんかではなく本心で。

 それ以来、ラテンと会うのが日々の楽しみになった。もちろんスリーピング・ナイツのメンバーと一緒にいる時も、アスナとお話してる時も楽しかった。でもそれ以上にラテンといると、不思議と安心感が湧いてきて、時には胸がドキドキして。

 きっと、この時点で彼に惹かれていたのだろうと思う。そうでもなきゃ、カップル限定ダンジョンなんかに誘わなかっただろう。

 ラテンと恋仲になって以来は、毎日が楽しく、毎日が幸せだった。ラテンがいない生活なんて考えもしなかった。

 だから、ラテンが襲われて、それでも一命をとりとめて、再びあの優しくて心強いに胸に飛び込むことができた時は本当にうれしかった。もう絶対に離さない、という思いでめいっぱいに泣いたものだ。

 

 しかし、ラテンは戦っていた。この世界で。

 この世界で生きている人たちのために。

 だったらその手助けをするのが、恋人である自分の役目ではないのか。

 自分を守るためにこの場に残ろうとしてくれたことはとても嬉しかったが、自分のせいでラテンの優先順位を変えるのは嫌だった。だから、彼の背中を押した。

 戻ってきてくれると信じて。

 

「変態ですが、約束は破らない男ですよ」

「うん。知ってるよ」

 

 いつまでもラテンが走って行った、すでに赤い兵士たちに埋もれた道を見つめていた自分を元気づけようとしてくれたのだろう。

 ユウキはその言葉を笑顔で返した。

 リリアは満足そうにうなずくと、桜色の剣を構える。ユウキも同じようにALOで使っていた愛剣《マクアフィテル》に似た黒曜石の剣を構えた。銘は《シンビオセス》。

 

 ユウキはアスナのようにスーパーアカウントでこの世界にダイブしたわけではない。ステイシアの傍付きの騎士としてSTLでダイブしてきたのだ。

 もちろんステイシアでダイブしたアスナのように地形操作などの固有能力はないが、流石は神に仕える騎士だ、装備のスペックやこの世界で天命と呼ばれるHPはスーパーアカウントと引けを取らない。

 

「アスナ!」

 

 迫りくる赤い兵士を迎撃しながら、後方に下がったアスナと合流する。

 そのさらに後方ではラテンが連れてきた魔獣が、ラテンの指示通り衛士たちの手助けをしていた。衛士たちも魔獣の存在が心強いのか、延々に迫ってくる赤い兵士に奮闘している。

 

「くっ、こんな時に……!」

 

 アスナと合流するや否や、リリアが小さく呟きながら剣を構えた。そちらの方へ顔を向ければ、複数の集団がいつの間にかできた石橋を一気呵成に突進してくるのが見えた。

 

「一気に片付ける! リリース・リコr――」

「――待って、リリアさん! 彼らは敵じゃないわ」

 

 アスナが慌てて叫ぶと、リリアは記憶解放術を中断する。そのかわり、何故、とでも言いたげな瞳をアスナに向けた。それも、すぐに解決する。

 

「あ、あなたは……」

「俺の名はイスカーン、拳闘士団の長だ」

 

 精悍な容貌と炎のような赤毛を持った浅黒い肌の若者は拳をゆっくり緩めながら名乗った。アスナが止めていなかったら、力づくで止めようとしていたのだろう。

 

「どうして拳闘士の長がここに?」

「取引をしたんだ。このお嬢さんに橋をかけてもらう代わりに俺たちはあの赤い兵士たちをぶっ潰すってな」

 

 リリアはその言葉に目を丸くすると、にわかに信じがたいような表情をした。彼女は人界軍と侵攻軍が協力して赤い兵士たちと戦うことを考えていなかったらしい。

 だが、今は彼らを信じるしかないだろう。

 約四千の援軍は、今の人界軍にとって今の人界軍にとっては非常にありがたいからだ。リリアはそれは瞬時に判断したのか、一言「申し訳ありませんでした」と謝った。

 それを見たイスカーンは目を丸くする。こちらもこちらで素直に謝罪されると思っていなかったのだろう。数秒の沈黙を経て「おう」と短く返す。

 

「アスナ、ボクたちはどうするの?」

「敵陣を破って南に抜けたら、そのまま一気に前進して敵から距離を取って。わたしがもう一度、地割れを作って敵を隔離するわ」

 

 アスナはかすれ声で答えた。

 その理由は、本当にできるか不安になっているからであろう。こういう時はどうすればいいか。答えは決まっている。

 

「大丈夫だよ、アスナ。アスナならきっとできる」

「……うん、ありがとう、ユウキ」

 

 そっと手を握れば優しく握り返してくる。 

 すると一人の衛士が南から駆けつけてきた。

 

「伝令!! 伝令――!!」

 

 移動中に負傷したのか、顔の半分を地に染めた衛士が、ユウキたちの前に膝をつくとかすれ声で叫ぶ。

 

「整合騎士レンリ様より伝令であります!! 整合騎士アリス様が、敵総大将の駆る飛竜に拉致されました! 飛竜はそのまま南に飛び去った模様……!!」

「ラテン……」

 

 思わずつぶやいた。

 きっとラテンはベクタの後を追って南進しているのだろう。

 

「なるほどな。なら、あんたらは気合で追っかけるっきゃねぇな!!」

 

 若き拳闘士の長が掌に拳を打ち付けて叫んだ。

 

「……俺は……俺たちは、皇帝に逆らうことはできねぇ。あの力は圧倒的だ……もし皇帝に、改めてあんたらと戦うように命じられたら、従うしかねぇ。だから、俺たちがここを食い止める。野郎に、教えてやってくれ。俺たちは、てめぇの人形じゃねぇってな」

 

 そこまで言い終えるのと同時に、一際高らかな拳闘士たちの喚声が戦場の南から響く。橋を渡り終えるや否や、赤い兵士たちにぶつかった拳闘士たちの先頭の部隊が、赤い囲みを破り、荒野へと抜け出たのだ。

 

「よぉし……」

 

 若い長は、ずだん! と右足を踏み鳴らし、すさまじい声量で命じた。

 

「てめぇら、その突破口を保持しろ!! ……あんたらは早く脱出してくれ。そう長くは持たねぇ」

 

 ユウキたちは強く頷く。

 一言「ありがとう」と口にすると、ユウキ、リリア、アスナの三人は身を翻す。その背中に細い声がかけられた。

 

「私も、ここに残る」

 

 整合騎士シェータだ。

 

「解りました。しんがりをお願いします」

 

 

 

 




ああああああああああああああああ!!!!!!!!
何が何だかわかりませぇぇぇぇぇぇぇぇん!!!

そして、

ごめんなさい、ベルクーリさぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!
ラテンに譲ってください(泣

ユウキの剣の名前はEWからとりました。ごめんなんさいm(_ _)m


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