ソードアート・オンライン~神速の剣帝~   作:エンジ

87 / 103

_(:3」∠)_


第四十四話 ソッチ系

 

 

 暗黒神ベクタ。《光の巫女》であるアリスを狙い侵攻軍を指揮する敵の大将。

 素性がまったくわからないそいつを倒せば本当にこの戦争が終わるのだろうか。ラテンはキリトと共に与えられた天幕の中でふと考えた。

 アリスやベルクーリは完全勝利ではなく侵攻軍と人界軍の和解を望んでいる。きっと侵攻軍の中にもこの戦争を目の当たりにして、いや、戦争が始まる前から人界との和平を望んでいた者がいるのだろう。だが全員が全員そうはいかない。

 

 この戦いで大切な人が犠牲になり相手のことが憎くて憎くてたまらない者だってお互いに少なからずいるはずだ。そんな人たちを果たして説得しきることができるのだろうか。否、説得するしかない。和解をするためにはお互いに妥協点を見つけるしかないのだ。それを実現するためには和解する気のないベクタにこの世界から退いてもらうしかない。

 

「へぇ、蜂蜜パイかぁ。ボクも食べてみたいなぁ」

「ええ、とてもおいしいですよ。私はそのはんばーぐ、とやらを食べてみたいです」

「あ、私も食べてみたいです!」

「じゃあ全部終わったらボクが作ってあげるね!」

 

 キャッキャッウフフと先ほどから後ろで盛り上がっている話の内容は、ラテンの好きな食べ物だ。ラテンは呆れながら後ろを振り向いた。

 

「お前たちいつまでいるつもりだよ」

「うーん、明日の朝までですかね」

「完全にここで寝るつもりだよね、それ!」

 

 シャロンの言葉にラテンはがっくりと項垂れる。

 この天幕にユウキ、リリア、シャロンが入ってきたのはかれこれ三十分ぐらい前だ。ラテンとキリトの二人にしては広めの天幕に少し物足りなさを感じていたところにこの三人がちょうどやってきた。

 その目的はラテンの情報交換。ユウキはアンダーワールドでの生活、リリアとシャロンは現実世界での生活を知りたかったかららしい。わざわざこの場で交換する必要はない気がするのだが、三人と出会う以前のラテンのことラテン自信から聞くためにこの場を選んだのだ。

 

 人が増えるのは賑やかになるので嬉しいが、二人用の天幕に三人も増えるのは別だ。いくら広いといってもさすがに少し多いだろう。これならまだ素直に二人でこの天幕を使ったほうが快適だ。

 そう思って三人を自分の天幕に返そうとしてるのだが、三人はラテンの話を聞いているようで聞いていない。遅くまで起きていると寝不足で明日に支障をきたしてしまう可能性があるのだが、それを伝えようとしても喉からその言葉が出てこない。結局、心の底ではこの場にいてほしいのだろう。

 そんな自分に小さく笑うと、天幕の外から聞きなれた声が耳に入り込んできた。

 嫌な予感がして天幕から外におそるおそる顔を出す。だが残念ながら、ラテンの嫌な予感は的中してしまった。

 

「……何やってんの、お前ら」

「あっ、ラテン君……」

 

 あははと苦笑いしながら答えたのはキリトの最愛の人、アスナだった。大方、キリトの傍にいたくて来たのだろう。それはあの三人が来る前に予想はしていたのだが、キリトに会いに来たのはアスナだけではなかった。

 

「アリスにロニエ、リーナ先輩まで……」

「久しぶりだなラテン」

 

 ソルティリーナ・セルルト元上級修剣士次席。ポニーテールが特徴で目を見張るほどの美貌の持ち主である彼女は、修剣学院で少なからずお世話になった人だ。何故彼女がこの場にいるのか疑問に思ったが、よくよく思い出してみれば、先ほどの話し合いの場の衛士長の中に一人だけ女性がいたような気がする。おそらくその人物がリーナ先輩だったのだろう。

 リーナ先輩がいるということは同じく修剣学院で傍付きをさせていただき、大変お世話になったアル先輩もいるのだろうか。あの人のことだおそらく参加しているに違いない。この囮部隊にいるかはわからないが。

 

「……で、四人はやっぱり」

「キリトの情報交換よ」

 

 凛とした声でアリスが答える。それに対して「そうですか」と返すと、四人を天幕の中に入るように促した。

 中に入るや否や、ユウキたちはアスナたちが来たことに、アスナたちはユウキたちがいたことに驚いていたのだが、お互いに同じ考えだとすぐさまわかったのだろう横たわっているキリトを囲う形で七人が円形に座った。ユウキたちが座り直したのはキリトの話も気になったからだろう。ラテンはというと蚊帳の外のような状態になっており、隅っこで寂しく体育座りをしていた。ジャビはというとユウキの頭の上に乗っている。

 キリトの話題で盛り上がっている七人をぼーっと眺めていると、不意にロニエがラテンに声をかけてきた。

 

「そういえばラテン先輩は、どのくらいキリト先輩といたんですか」

 

 アスナやユウキは知っているが、他の五人はラテンとキリトがどのようにして出会いどれくらいの期間共に戦ってきたのかは知らない。

 寂しく隅っこにいた矢先、話題を振られたのが嬉しかったせいか、この後どうなるか考えもせずにラテンは安易に答えてしまう。

 

「そうだな……。SAOで二年、ALO、GGOで一年半、この世界で二年半くらいだから…………かれこれ六年くらいかな、うん」

 

 指で数えながら答えたラテンは、最後に頷いた。よくよく考えてみれば、キリトとは随分長く一緒にいる。数々の事件を解決してきた、相棒ともいえる存在だ。最初に出会った頃の二人には想像もつかなかっただろう。

 人生って何が起こるかわからないな、と思わず笑みを浮かべた。

 

「じゃ、じゃあラテン先輩はキリト先輩の……ぜ、全部を知っていると……?」

 

 震えながら聞いてくるシャロンに首をかしげるが、別に隠す必要もないので素直に答える。

 

「まあ、ほとんど全部知ってるかn…………」

 

 そこまで言ってようやく失言をしてしまったことに気が付いた。今の話の流れでこの発言は、勘違いされてもおかしくはない。

 

「い、いや待て。今の『全部知ってる』は趣味とかそういう類だから! 全然やましいことじゃないから! ソッチ系じゃないから!」

 

 必死に弁解するも時すでに遅し。

 

「ね、ねぇ、ちょっと待って! そんな目で俺を見ないで! 俺は本当にノーマr……ユ、ユウキまで!? 誤解なんだって、信じてくれ! ……ちょ、アリスさん? ナニヲモッテイルンデスカ? 俺の見間違いじゃなければ金木犀の剣ですよね、それ。敵はどこにもいませんよ? あ、あああああ。ジャ、ジャビ!」

 

 ゆるりと立ち上がったアリスの表情はよく見えない。だがそれは簡単に脳内で補完できた。わずかに見える口元に微笑が浮かんでいるのに気が付くと、身の危険を感じて必死に愛刀を探すが、残念ながら見当たらない。それもそのはず。そいつはユウキの頭の上に乗っているのだから。

 

「ア、アリスさん? 一旦落ち着きましょうよ。落ち着いて話し合いましょ? ね、ねぇ、聞いてます? あ、ちょっ、ほんとに、やめ―――ぎゃあああああああああああ!」

 

 寒空の夜、一人の男の木霊が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒンヤリとした空気を肌に感じ、まだ閉じていたいという主張を押しのけてゆっくりと瞼を持ち上げる。

 深く息を吸うと冷たい空気が肺を刺激し、思わずむせそうになる。何とかそれに耐えながら、すぐ隣から伝わってくる体温へと顔を向けた。

 

 規則正しい静かな寝息でラテンに抱き着いているのは、綺麗なパープルブラックの髪を持つ、ラテンにとって何よりも大切な人、ユウキだ。久しぶりに見る彼女の寝顔が愛おしくなり、その頭を撫でようと左手に意識を向けると、そこからも違う体温が伝わっていることに気が付いた。ゆっくりと反対側に顔を向ける。

 飛び込んできたのは整った顔と見とれてしまいそうになるほどの綺麗な金髪。触れている面積とは対照的に思いのほか近くにいたのはこの半年間ずっと一緒にいたリリアだった。

 あまりの近さに反射的に顔を引く。この状態で起きられでもしたら大変だ。「変態」と罵られながら平手か拳が飛んでくるのが目に見えているからだ。

 

 冷や汗をかきながらリリアを見つめるラテンであったが、彼女がユウキと同じように規則正しい寝息で起きる気配がないことを察すると安堵のため息をついた。

 それもそのはず。彼女らは昨晩、相当遅くまで話し込んでいたのだ。ラテンも最初こそ付き合っていたものの、自分とキリトの恥ずかしいエピソードが暴露され始めたあたりで狸寝入りを決め、結局そのまま寝てしまった。

 忘れかけていたことが再び頭に戻ってくるのは感じて苦笑いをしたラテンは、そっと繋がれているリリアの手に一瞬だけ力を籠める。

 彼女はアリスのようにベクタからは狙われてはいない。だが、ベクタがアリスを狙う理由が右眼の封印を破った者ならば、リリアも狙われる可能性があるのだ。

 

(絶対に守って見せる)

 

 マリンと約束したのだ。リリアを連れて、必ず戻ると。

 力を込めた手をゆっくりと離すと、そのまま左手を支えにして上体を起こす。自分の体に密着しているユウキが起きないか心配だったが、「ん」と小さく息を漏らしただけで何事もなかったかのように再び寝息を立て始めた。

 誰も起こさないようにゆっくりと音を立てずに立ち上がると、そのまま天幕の外に出る。氷のように冷たい空気が体を包み込み、眠気を掻っ攫ってくれた。

 

「うう、寒いな」

 

 腕をさすりながら呟いたラテンは、衛士たちが寝ているたくさんの天幕から離れていく。理由は一つだ。

 

「おお、こんなところにいたのか」

 

 人気がないところまで歩いてきたラテンが声をかけたのは、東の森で出会ってから、ここまでついてきてくれたこの世界最強の生物、魔獣だ。

 前足を組んで瞼を閉じていた三つの尾を持つ狐は、ラテンの言葉にゆっくりと頭を持ち上げた。そのまま大きな欠伸をする巨大狐にラテンは歩を進める。

 笑顔で歩いていくラテンとは対照的に、狐はじっとラテンを見据えたまま動かない。結局、昨晩ユウキに出会って気を失ってからは会いに行っていないため、何らかのアクションをしてくるだろうと予想していたのだが、案外何もされずに済むのかもしれない。

 だが、残念ながらラテン希望は儚く散った。

 狐はラテンが目の前で立ち止まったのを確認すると、のそりと立ち上がり三つの尾を揺らす。そしてそのままラテンに叩き付け、ラテンをもみくちゃにし始めた。

 

「ちょ、悪かったって! 本当は昨日戻ろうと思ったんだって!」

 

 本当は昨晩あの場から抜け出すつもりだったのだが、予想以上に彼女らのガードが固く抜け出せなかったのだ。

 しかし狐にとってそれは知ったことではないため、数分間ラテンをもみくちゃにし続けた。

 ようやく解放されたラテンはまだ戦ってもいないのにすでにボロボロになっていた。

 

「お前……やりすぎだろ」

 

 息を荒くしながら呟いたラテンは息を整えながら、魔獣に向き直る。

 真剣な表情に戻ったラテンに対して魔獣は尾を揺らしながらおすわりをしていた。

 

「今までは隠れてもらっていたけど、今日からは力を貸してくれ」

 

 人界軍と侵略軍の兵力差は圧倒的に人界軍のほうが少ない。いくら、ベクタを倒せば終わる戦いであっても、それまでは敵同士なのだ。ベクタを倒す前にこちら側が全滅したら意味がない。そのため、この世界で最強の生物である魔獣の存在は大きいのだ。

 ラテンの目の前にいる魔獣は気まぐれでついて来ているだけなのかもしれないが、この状況で味方に付いてくれれば、それほど心強いものはない。

 

「頼む」

 

 ユウキを守るため、この戦いを終わらせるためにラテンは誠心誠意込めて頭を下げた。

 ここで断られればきっとこの魔獣は東の森に帰ってしまうだろう。自分は関係ない、と。それはそれで仕方がない。他の方法を考えるだけだ。

 頭を下げたままじっと待っていると、魔獣の体が動き出したのを感じた。

 ゆっくりと顔を上げる。そして、目に入り込んできた光景に小さく笑いながら手を差し伸べた。

 それは、ラテンと狐だけの誓いだった。

 

 





今回はちょっと短めです。
次回は長めに書かせていただきます!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。