ソードアート・オンライン~神速の剣帝~   作:エンジ

86 / 103
(゚∀゚)アヒャヒャヒャヒャヒャ


第四十三話 決意

 

 

 

 

 ほぼ等間隔に置かれた篝火に照らされながら斜め少し前を歩く男は、大きなあくびを一つしてゆっくりを歩を進めている。残念ながら、辺りは篝火の明かりがあるとはいえ薄暗く、その男の表情は見えない。きっとアホ面を浮かべていることだろう。

 ――先ほどまでの緊張感が嘘みたいですね。

 先ほど真剣な表情で言われた内容を思い出しながら、リリアは小さなため息をこぼした。それに気づいたのか、ラテンはリリアの顔にちらりと視線を向けると小さな笑いをこぼして正面に視線を戻す。

 

「……なにがおかしいんですか?」

「いや……呆れてんなぁと思って」

「わかってるならもっと……!」

 

 そこまで言って口を閉じる。目の前の男が立ち止まったからだ。それと同時に聞こえてきたのは凛とした、しかし少し動揺が混じった声だ。おそらく『ステイシア神』と思われる女性のものだろう。次に聞こえてきたのはリリアと同じ整合騎士である少年、レンリのものだ。ステイシア神と思われる女性に質問を終えたタイミングでラテンが歩を進める。

 

「――右眼の封印を、破ったから」

「それが理由だとしたら、リリアも狙われる可能性があるってことだな」

 

 灰色の整合騎士、シェータの言葉にあたかも最初からこの場にいたかのような自然体でラテンは返す。

 突然の乱入者に会議に参加していた者全員が、驚きの表情を浮かべながら声の主へ顔を向けた。

 

「ラテンっ!!」

 

 一瞬の沈黙の後、ステイシア神と思われる女性の隣に座っていた紫色の装備に包まれた少女が声を上げた。犬のように素早い動作で立ち上がり、ラテンの胸に飛び込むと、うげっ、と情けない声を上げながらラテンは地面に倒れこんだ。

 その光景を見て少しムッとしてしまうが、嗚咽を上げながらラテンの名前を何度も呼んでいる少女を見るとそんな気持ちもどこかへ消えてしまっていた。きっとこの瞬間を心待ちにしていたのだろう。

 

「ユウキ……久しぶりだな。アスナも……」

「うん。無事でよかったよ」

 

 抱き着くユウキと呼ばれた少女の頭を愛おしく撫でながらゆったりとした口調でつぶやいたラテンに、アスナと呼ばれたもう一人の女性は優しい笑みを浮かべる。

 ラテンと異世界から来た二人との感動の再会によって和やかな雰囲気に包まれる中、野太い声がラテンにかけられる。

 

「お前さんその様子じゃあ記憶のほうは戻ったみたいだな」

「ああ。ユウキのおかげでどうにかな」

 

 ぽんぽん、とユウキの頭を優しく撫でるとラテンに抱き着いていた腕の力が少しだけ増す。顔を上げないのは、まだ涙でぐしょぐしょになっているからだ。

 

「復帰のほうはできそうか?」

「……さあ」

 

 短く生えた顎鬚を右手でさすりながらじっくりに観察するベルクーリに対して、まるで他人事のように返したラテンは「ただ……」と続ける。

 

「ただ……もう自分の無力さに絶望するつもりはない、とだけは言っておくよ」

 

 一言一言噛みしめるようにつぶやくラテンに思わず手を伸ばしそうになるが、わずかに指を動かしただけで踏みとどまる。

 

―――その時は、お前が……

 

 不意につい先ほど打ち明けられた話を思い出す。

 記憶を取り戻してからそう時間は経っていないはずであるのに、随分と距離が離れてしまったような気がする。それは、自分の知らないラテンの姿を見ているからであろうか。いや、きっと違う。もちろんそれもあるのかもしれないが、一番の理由は、

 

「そりゃあ頼もしいな。じゃあ、感動の再会のとこ悪いが話を戻させてもらうぞ」

 

 ベルクーリの言葉に、ハッと我に返る。

 ラテンのことは気になるが、優先順位はこれからこの場で話されるであろう内容だ。今、気にしても仕方がない。『その時』が来た時にまた考えればいい。

 ラテンの隣にゆっくりと腰を下ろすと、アスナのほうへ体を向ける。和やかな雰囲気だったこの場をたった一言で引き締めた騎士団長は流石というべきだろう。

 

「なあ」

 

 ふと、隣から小声で耳打ちされる。

 もちろん隣にいるのはラテンだけだ。ユウキと呼ばれた少女も一応いるが、未だにラテンの胸に顔をうずめている。

 これから大切な話が始まるというのに、耳打ちしてくるとはよっぽど大切な話なのだろう。深呼吸を一つしてラテンへと顔を向ける。

 真っすぐを見つめてくる瞳は真剣そのものだ。

 

「俺の……」

「俺の……?」

 

 「俺の」、何だろうか。もしや「実は俺の記憶は戻っていませんでした。てへっ」とでも言うつもりなのだろうか。正直なところ、この男ならありえなくはない。

 リリアは、じっと次の言葉を待つ。

 

「俺の…………顔になんかついてる?」

「…………は?」

 

 まったくの見当違いな質問にリリアの目が点になる。

 

「いや、だから……俺の顔に何かついてる? ……さっきお前、ずっと俺の顔見てたろ?」

「私が……あなたの顔を……?」

「そう」

 

 ふと先ほどまでに自分を振り返る。

 そんなに長くこの男の顔を見てたのだろうか。確かにラテンの表情を見ていたのは事実だが、それは伸ばしかけた手を抑えたのと同時に、視線は逸らしたはずだ。だが、周囲に敏感なラテンが内容がどうであれ真剣に聞いてきたのだ。もしかしたら無意識に見つめていたのかもしれない。

 どう返そうか迷っているリリアに、ますます疑問がわくラテンは、突然思いついたかのように口を開いた。

 

「ああ、わかった。もしかしてお前……」

「……?」

「……ユウキみたいに誰かに思いっきり抱き着いてみたかったのか?」

「……はい?」

 

 もはや意味不明なことを言ってきたラテンに思考が停止する。

 しかし、固まったリリアを肯定と判断したのか、うんうんと頷きながら何故か同情の眼差しを向けてきた。

 

「そういえばお前、整合騎士になってからはそういうことできなくなったもんなぁ。任せなさい。ここはお兄さんが一肌脱いでさs―――ぶべらっ」

「何意味の分からないことを言ってるんですか。殴りますよ」

「だから、殴ってから言うな!」

 

 頬を擦りながら涙目で抗議するラテンを無視して、再びアスナのほうへ体を向ける。

 一部始終を見ていたベルクーリは苦笑しながら咳払いをすると、ゆっくりと口を開いた。

  

「それで、右眼の封印についてなんだが……この場にも覚えのある者がいるんじゃねえか? 最高司祭の権威や公理協会の支配体制わずかな疑問を抱くと右の目ん玉に赤い光がチラチラして、激痛に襲われる現象だ。そしてそのまま思考を続けると視界が徐々に赤く染まって、しまいにゃぁ……」

「右目そのものが、あとかたもなく吹き飛びます」

 

 アリスは静かな口調で呟いた。それを聞いていたリリアは自分の顔が少々青ざめたのを感じる。極力思い出したくない『その瞬間』が脳裏にちらついたからだ。

 衛士長たちの顔からは畏怖の色が浮かぶ。

 

「では……アリス殿は……」

「はい。私は……私とリリアは元老長チュデルキン、そして最高司祭アドミニストレータ様と戦いました。その決意を得るために一時右眼を失いました」

「そういやさっき坊主が言ってたな。リリア嬢ちゃんもかい」

「……はい」

 

 少し間をあけてリリアが答える。

 やはり話題になればなるほど忘れていたかった記憶が掘り起こされる。正直それは避けたいのだが仕方がないだろう。

 

「あ、あの………」

 

 すると話の最中発言機会を求めたのはそれまで聞いているだけだった、補給部隊の少女連士ティーゼだった。

 

「ユージオ先輩も……。私とティーゼを守るために剣を抜いてくださった時、右眼から、血が……」

 

 ユージオ。ラテンとキリトと共にアドミニストレータに立ち向かった亜麻色の青年だ。あの青年なら右目の封印を破った、と言われても納得がいく。一度は手合わせをしてみたかったものだ。

 

「ううーむ……。つまり、アスナ嬢ちゃんの言う敵とやらは、右眼の封印を自力で突破したものを欲しがっているというわけか。アスナさん、ちょいと訊くが、あんたたちリアルワールド人にも同じ封印があるのかい?」

 

 ベルクーリが顎を擦りながら唸り声を発した。

 それに対してアスナは、わずかな逡巡を経て「いえ」と否定する。

 

「わたしには、そういう経験はありません。おそらく、法や命令に従うことを絶対的に強制されているか否か、という一点だけがリアルワールド人とアンダーワールド人の差異なのだと思います」

「ならば、つまりアリス嬢ちゃんとリリア嬢ちゃんは、いまや完全にあんたらと同じ存在ってわけだな? だが、となると妙じゃないか? ベクタは、同じものをなぜそんなに欲しがるんだ。リアルワールドにも人間はわんさかと住んでるんだろうに」

「それは…………」

 

 アスナは強い迷いの色を滲ませて口篭もる。

 迷っている、ということはその理由を知っている、ということだ。それをこの場で伝えることに躊躇しているのは、リリアたちにとってあまりよろしくない理由だからであろう。

 ふと、隣に顔を向ける。ラテンは話し合いを始めてから沈黙を保っている。この男ももしかしたら知っているのかもしれない。アスナがこの場で言わないのは、善意からくるものなのかもしれないが、リリアとしては右眼の封印を破ったことがベクタにばれていないとはいえ、狙われている側なのだ。理由ぐらい知っていてもいいのではないのだろうか。

 先ほどされたようにラテンに耳打ちをしようとしたリリアを、大きな声が遮る。

 

「そうよ! コードハチナナイチ!」

 

 両手を握り締め、急き込むように続ける。

 

「最高司祭は、右眼の封印のことをそう呼んでいたわ。《あの者》が施したコード871って。その時は意味が分からなかったけど……これも、古代神聖語じゃなくて、リアルワールドの言葉じゃないの!?」

「コード……87、1……?」

 

 呆気に取られたようにつぶやいたアスナが、訝しむように強く眉を寄せた。

 コード871。確かに、最高司祭アドミニストレータが決戦の前に呟いていたような気がする。

 

「……封印は、向こうの……ラースの人間が……? そんなの……目的を邪魔するだけなのに……」

 

 椅子に腰かけ、しばし考え込む様子だったアスナの顔が――。

 突然、深甚な驚愕に彩られた。薄紅色の唇がわななき、掠れ声が絞り出される。だが残念ながら、彼女が言っている言葉の意味はわからない。

 

「…………いけない……ラースのスタッフに、内通者がいるんだわ……! 隔壁の、こっち側に……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 内通者。簡単に言えば、敵だ。

 セントラル・カセドラル最上階で、ようやく見つけた現実世界との連絡手段。しかし、聞こえてきたのはアンダーワールドを脱出するための手段を教えてくれる、ラテンとキリトの二人をこの世界へ導いた男の声ではなく、乾いた銃の発砲音だった。内通者とはおそらくラースを襲撃した者たちの仲間だろう。

 

 アスナが呟いていたことから察すると、その内通者は菊岡の近くにいるはずだ。アンダーワールドの現状を確認できない位置にいるとは考えにくいからだ。つまり、その内通者は眠っているラテンやキリトを現実世界で殺すことができるということだ。それはあまりよろしい状況ではない。

 

 ユウキやアスナを現実世界に戻すべきだろうか。

 おそらく菊岡はラース内部に敵の内通者がいることに気付いていない。二人を戻せばその内通者を捕らえることができるが、それには一つ問題がある。それは、内通者が武器を隠し持っている可能性がある、ということだ。自分が内通者とばれた時、自分の身を守るために武器を持っていてもおかしくはない。ラテン自身、自分の知らない所で大切な人が危険にさらされることは避けたかった。それに、大切な人を任せられるほど菊岡を信用してはいない。状況が状況ゆえに。

 

 だったら自分はどうすればいいのだろうか。

 現実世界へ二人を戻す選択肢がなくなった今、ユウキやアスナ、リリアをベルクーリに守ってもらい、ラテンとアリスは菊岡に言われた《ワールド・エンド・オールター》に向かうべきか。それとも、人界軍と共に侵略軍と戦いながら向かうべきか。この戦争を一刻も早く終わらせたいのなら前者、大切な人を守るのなら後者のほうがいいだろう。

 

 正直に言ってユウキやアスナにはこの世界に来てほしくはなかった。

 確かに、ユウキが来てくれなかったらラテンの記憶は戻らなかったし、アスナがいなければ人界軍は今頃全滅していた可能性がある。だが、それはそれだ。

 この世界の痛みは現実世界の痛みとまったく同じものであり、人を殺せばまるで本物の人間を殺したかのような感覚に襲われる。そうなればきっとユウキやアスナは酷く後悔し、傷ついてしまうだろう。

 そんな姿を見たくはない。

 

「……ラテン?」

 

 難しい顔をしながら考え込むラテンに、それまでラテンの胸に顔をうずめていたユウキが声をかける。いつもよりもトーンの低いそれは先ほどまで号泣していたからであろう。瞳の周りはウサギのように赤くなっており、上目遣いで心配そうに見つめてくるユウキは、正直に言って非常に可愛らしい。思わず抱きしめたくなるが、場が場であるため理性をフル稼働させてなんとか抑え込む。そのかわりユウキの頭をくしゃくしゃと撫でた。

 

「なんでもねぇよ」

 

 乱れた綺麗なパープルブラックを直しながらぷりぷりと怒るユウキを見て、小さく笑いながらラテンは決意を固めた。

 考えていたことが解決すると、進んでいた会話の内容が耳に入り込んでくる。とりあえず、会議の話に集中するべきだろう。

 

「……敵は、アンダーワールドにおいて封印を破る者……彼らの言葉を借りれば《光の巫女》が現れ、彼ら以外の勢力の手に落ちることを恐れたのです。なぜなら、光の巫女は、リアルワールドにおいてとてつもなく貴重な存在となり得るからです」

「そいつが解らんのだようなぁ」

 

 ベルクーリが火酒の壺をちゃぷちゃぷ揺らしながら唸った。

 

「光の巫女、つまりアリス嬢ちゃんは、リアルワールド人と同等の存在ってわけだろ? さっきも訊いたが、同じものになぜそれほど固執するんだ? 敵にせよアスナさんの陣営にせよ、いったい、アリス嬢ちゃんを外の世界に連れ出して、何をさせるつもりなんだい?」

「それは……」

 

 アスナは言葉に詰まったかのように唇を噛んだ。

 その理由はなんとなくわかる。だがそれはあまりにもこの世界の住人にとって不憫であり、教えてくれと言われてもきっと答えることができないだろう。アスナが言葉に詰まった理由は、おそらくラテンと同じ思いを抱いているからだ。

 暗い表情で顔を伏せながらゆっくりとアスナは続ける。

 

「…………ごめんなさい、いまは言えません。なぜならわたしは、アリスさんに、自分の眼でリアルワールドを見て判断してほしいのです。向こう側は、決して神様の国でも理想郷でもない。それどころか、この世界に比べればずっと醜く、汚れています。アリスさんを欲しがる人たちの動機もそう。いまここでそれを説明すれば、アリスさんはリアルワールドを、そこに暮らす人間たちを許せないと思うでしょう。でも、そんな部分ばっかりじゃないんです。この世界を守りたい、皆さんと仲良くしたいって思う人も、たくさんいます。そう……キリト君やラテン君のように」

 

 訴えかけるような言葉を黙って聞く。

 その言葉にアリスはゆっくりと頷きながら口を開いた。

 

「……いいわよ。いまはこれ以上訊かないわ」

 

 軽く両手を上げ、肩をすくめながら続けた。

 

「どうあれ、私はしたくない事をするつもりなんてないしね。それ以前に、リアルワールドに行くって決めたわけでもない。外の世界を見てみたい気はするけど、それは目の前の敵を……暗黒神ベクタ率いる侵略軍を打ち破って、ダークテリトリーとのあいだに和平が成立してからのことよ」

 

 どうやらラテンが考えていた選択肢は最初から一つだったようだ。確かによくよく考えてみれば、アリスが大切な仲間を置いていくような行為はしないだろう。

 アスナは短い沈黙を経てゆっくりと首肯した。

 

「……ええ。ダークテリトリー軍を指揮している暗黒神ベクタがリアルワールド人だと解った以上、私とアリスさんが単独でこの部隊を離れるのは危険かもしれない。敵も、そのくらいは予想してくるでしょうから。私も……皆さんと一緒に戦います。ベクタの相手は、私に任せてください」

「ベクタ……ねぇ……」

 

 おおっという歓声が衛士長たちから上がったが、ラテンが呟いた言葉に全員が反応数する。

 

「どうかしましたか?」

 

 隣から不思議そうな顔でリリアが聞いてくる。それもそうだ。彼女らにとってアスナは、本人がどう言おうがステイシア神と変わらない存在なのだろう。そんな彼女が敵の中で一番の脅威を相手にしてくれると言っているのだ。これほど心強い言葉はない。だが。

 

「いや…………なあ、アスナ。そのベクタってやつがリアルワールドの人間なら、当然お前と同じ特殊なアカウントで来てるわけだよな」

「ええ、おそらくスーパーアカウント04《暗黒神ベクタ》でログインしているはずだわ」

 

 スーパーアカウント《暗黒神ベクタ》。アスナがこの世界にログインするために使った《ステイシア》と同じようなものならば、当然チート級の能力を持っているだろう。

 ユウキがどのような立場でこの世界に来たのか気になるが、それは後にでも聞けばいい。

 

「お前は、その……地形操作とか高優先度の装備以外の他に何か持ってるのか?」

「他、って?」

「そうだな……例えば、ヒースクリフが使っていたシステムアシスト的なものだ」

「うーん。さっきアリスさんと剣を交えた時は感じなかったかなぁ」

「そうか」

 

 ラテンは短く返す。

 ステイシア神であるアスナが持っていないのならベクタにもないのかもしれないが、持っている可能性だってある。ラテンがわざわざそれを聞いたことには理由がある。それはアスナがベクタと戦うよりもラテンが戦ったほうがいいということだ。

 もちろんスーパーアカウントにはスーパーアカウントで対抗するのがベストなのだろうが、アスナは一度、ステイシア神の固有能力であろう地形操作を使っている。おそらくあれは何回も使えないだろう。使えるのならとっくにアリスを連れてワールド・エンド・オールターに向かっているはずだ。

 それに対して暗黒神ベクタはそれらしい能力を使ってはいない。いや、使わないのではなく使えないのだろう。そこから予想するに、広範囲ではなく狭い範囲で発動することができる能力だと推測できる。

 回数制限が同じだと仮定すると、どう考えてもアスナのほうが分が悪い。相手も飛竜を持っている。いくら広範囲に地形操作できるとしても、空に飛ばれたらあまり意味がない。つまりベクタとの戦いは近距離戦になる可能性が高いのだ。

 

「……もしベクタと戦うことになったら、俺に任せてくれないか」

 

 ラテンにはアスナのような大規模な地形操作の能力や、アリスやリリア、ベルクーリたちのような強力な武装完全支配術を持っていない。ただあるのは一本の刀のみ。だがその刀が、どんな相手でも同条件で戦うことができるようにしてくれる。たとえその相手が、チートレベルの能力を持っていたとしても。

 ラテンの言葉に衛士長たちがざわめく。

 それはそうだ。目の前であのような神の力で助けてくれた者が敵の中で最強であろうベクタの相手を引き受けた手前、今まで何もしていなかったラテンに任せてほしいなどと言われても信用しきれるはずがない。そのくらいわかっていた。しかし、それでも信用してほしかった。唯一同条件で戦うことができる自分を。

 すると、それまで黙ってやり取りを聞いていたベルクーリがゆっくりと口を開いた。

 

「お前さん、勝てるのかい」

 

 勝てる、とここで即答できたらかっこよかったかもしれない。だがラテンにはとびっきりの切り札や必殺技があるわけではない。できるのは同条件に持ち込むことだけだ。

 

「わからない…………でも、死ぬつもりはねぇよ」

 

 静かな口調で告げたラテンをベルクーリは観察するようにじっと見つめた。きっとラテンがどのくらい本気なのか見極めているのだろう。

 短い沈黙の後、再びベルクーリが口を開く。

 

「……いいだろう」

「騎士長!?」

 

 ベルクーリの言葉に衛士長たちが驚きの声を上げる。だが、すぐさま「だだし」と続けた。

 

「絶対に負けるな。それが条件だ」

「……ああ。わかった」

 

 ラテンの返答を聞くとベルクーリは火酒に口を付ける。ぐいっと大きく仰いで口から離すと、先ほどまでの真剣な表情が消えていた。そして今度はラテンにではなく、この場にいる整合騎士や衛士長たちに向けて大きく口を開いた。

 

「お前たち、いまのを聞いたな。これでベクタのことは考えなくていい。俺たちは俺たちのやり方でこの戦いを終わらせる。いいな!!」

 

 騎士長のこれ以上ない鼓舞に衛士長たちは力強い声を一斉に上げる。

 大勢の意思に同調したのか、焚き火の炎が一際激しく燃え上がり、夜空を赤く焦がした。

 

 




ういーっす!
どうもみなさん、エンジですよー!
なんやかんや一年ぶりの投稿ですね(笑)

ちゃんと生きてますから安心してください(笑)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。