ソードアート・オンライン~神速の剣帝~   作:エンジ

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第四十話 呼び戻される

―――謎の地響きから数分前。

 

 

 

 拳闘士団の長であるイスカーンと整合騎士の《無音》――シェータ・シンセンス・トゥエルブが戦闘を止めてから数分後。最前線から本隊に戻ってきたリリア、アリス、ベルクーリ、シェータの四人だったが、こちらはこちらで大きな問題が発生していた。

 

「まさか、俺たちの南進を見抜いて、ここに兵を伏せさせてたとはな……」

 

 ベルクーリが険しい表情で呟く。

 シェータの戦闘を止めさせ、本隊まで戻ってきた理由は、先方部隊であった拳闘士団百人に拳闘士団本隊が近づいてきたからである。その数はおよそ五千に上り、その他にも暗黒騎師団や亜人隊がおり、どう見積もっても上位整合騎士四人では食い止めきれない。しかし、元々その大部隊に奇襲するのが本来の目的であり、その時が来れば整合騎士は真正面から戦闘することになる。無論整合騎士たちは覚悟をしていた。

 だが、その《奇襲部隊》が《奇襲》されては話が変わってしまう。場所がばれていれば奇襲することができない。一刻も早く後退させ、大部隊と正面から戦闘する準備をしなければならないのだ。

 ベルクーリは肩越しに北を見やる。リリアもそちらのほうへ顔を向けると、丘陵地帯の向こうに、接近しつつある大部隊が巻き上げる土煙がうっすらと見て取れる。 

 

「レンリ、本隊を後退させろ。アリス、リリア、すぐに補給隊の救援に向かえ。北からの敵はオレが食い止める」

 

 騎士長は一瞬瞑目すると、かっと見開いてそう指示した。

 

「止めると言っても……小父様、敵の拳闘士団は五千を超えます! それに彼らには剣は効かないと……」

 

「アリスの言う通りです! それに騎士長の剣は……」

 

「まあ、何とかするさ。そんなことよりも早く行け!!」

 

 ベルクーリはそれだけ言うと、くるりと北を向きながら時穿剣をゆっくりと抜き放った。その刀身の色褪せた輝きを見れば、リリアの言う通り剣に残っている天命がわずかであることは明らかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 

 

 謎の地割れから数分後、補給隊の元へとたどり着いたリリアとアリスであったが、到着するや否や、二人の目に飛び込んできたのは、キリトがいるはずの馬車から武装をした見知らぬ女性が出てきた所だった。しかし、見知らぬ女性は一人だけではない。その馬車の入り口にもう一人立っている。

 

 一人は栗色の長い髪にそれと同様の透き通るような色をした瞳。リリアと同じように白を中心とした服装に、真珠でできているかのように輝くブラストプレート。籠手とブーツも同じように輝いている。

 もう一人の女性――というよりも少女は、前者と違って深紫色の長い髪に赤紫色の瞳。その髪には真っ赤なヘアバンドがあり、この辺では貴重である黒曜石のブラストプレートを着けている。その下には青紫色のチュニックがあり、それと同様に青紫色のロングスカートを着用していた。

 

 どちらも見た目は軽武装で、一瞬奇襲してきた《敵》だと思い、柄に手を添えていたリリアであったが、近くにラテンとキリトを知るロニエ、ティーゼ、シャロンがいることに気付くと、そっと離した。

 しかし、隣のアリスにはキリトがいる馬車から出てきた女性を《敵》としか認識しなかったのか、閃光の如く地を蹴った。

 

「アリス!」

 

 どうやらリリアの声は彼女には届いていないようで、アリスの瞳には怒りをにじませながら栗色の髪をした女性だけを捉えていた。

 金木犀の剣が謎の女性に届く寸前、きゃりいいん! と高く澄んだ音が、夜の森を貫く。アリスの一撃を防いだ女性は、次撃が来る前に押し切られると判断したのか、自身に迫りくる刃へ細剣を連続して突き込んだ。その結果、三撃目でアリスの刃が止まり両者は鍔迫り合いに移行する。

 少し離れた場所にいたロニエたちは眼を丸くして立ち尽くしていたが、ようやく状況を把握したのか、細い悲鳴を上げ始める。

 

「き……騎士様、おやめください!」

 

「この方たちは敵ではありません、アリス様!!」

 

 敵ではない以上すぐさまアリスを止めなければならないのだが、それ以上に謎の女性に驚いていた。

 突然のアリスの斬撃に対しての反応速度、彼女の怒りの一撃を防ぎ、次撃の時点で先を予測する判断能力、そしてアリスと同等……それ以上の速さを誇る剣撃。もはやただ者ではないことは明白であった。

 となると、彼女に加勢しようか迷っている少女も彼女と同等の実力があると推測される。少女にも手を出されたら明らかにアリスに分が悪いだろう。少女が手を出す前にアリスを止めなければならない。

 

 リリアがそう考えている内にさらに戦闘が激化しており、剣を使わなければ止められないかもしれない。

 八重桜の剣を引き抜きアリスたちのもとに歩き出したのと同時に、隣からのんびりとした口調が聞こえてきた。

 

「うーむ、こりゃあ実に何とも、見事な眺めだな。咲き誇る麗しき花二輪、いや絶景絶景」

 

 その声の主はリリアがよく知る人物、ベルクーリだ。

 ベルクーリは鍔迫り合いにより動きが止まっている両者の剣をひょいと摘まむと、唖然とする両者を剣ごとつり上げ大きく引き離して着地させた。それを見たリリアは剣をしまうと、アリスのもとへ近づいていく。

 しかし、当のアリスは何歳か幼くなってしまったような雰囲気で、ベルクーリに膨れ顔で抗議し始める。

 

「なぜ邪魔をするのですか小父様! この者は、恐らく敵の間者……」

 

「ではない、と思うぞ。早々戦死するところだったオレを命拾いさせてくれたのは、こちらのお嬢さんたちなんだからな。君らもそうだろ?」

 

 最後のは、相変わらず目を見開いている三人の少女たちに向けられたものだった。

 三人は恐る恐る頷き、か細い声を発した。

 

「は……はい、騎士長閣下。その方たちは私たちを助けてくれたのです」

 

「腕の一振りで、敵の大部隊を奈落に落として……まさしく神の御業でした」

 

 ベルクーリは、栗色の髪の女性が作り出したという大峡谷の方向をちらりと見やると、アリスの肩にぽんと右手を乗せた。

 

「オレも見たのさ。天から七色の光が降り注いで、大地が幅百メルも裂けた。さしもの拳闘士の連中も、飛び越えられずに泡を食ってたよ。ひと息に蹂躙されるはずだったオレたちを、このお嬢さんが救ってくれたのは間違いない事実だ」

 

「…………」

 

 右手に抜き身の金木犀の剣を下げたまま、胡散臭そうに栗色の女性を睨めつける。

 

「……ならば、小父様は、この者が敵の間者でも、神画に描かれた装束を真似た不心得者でもなく、本物のステイシア神だなどと仰るおつもりですか」

 

「そうは思わん。もしこのお嬢さんが本物の神サマなら最高司祭よりおっかないはずだろ? たとえば、いきなり切りかかってきた乱暴者をなぞ、容赦なく地の底に突き落とすくらいには、な」

 

 ベルクーリの言葉はまったくもって正論であり、これにはアリスも反論できないようだった。尚も敵意の消えない瞳で栗色の髪をした女性に一睨み浴びせてから、長剣を鞘に収める。同じように彼女も鞘に細剣を収めると、ベルクーリに向き直り、口を開いた。

 

「はい……あなたが仰るとおり、私は神などではありません。もちろんこちらの少女も。私たちは皆さんと全く同じ人間です。ただ、あなたがたの置かれた状況については、いくらかの知識を持っています。なぜなら私は、この世界の外側から来たからです」

 

 《この世界の外側》という単語にリリアが反応する。外の世界とは、ラテンやキリトがやって来た世界のことをさすのだろうか。もしくは、さらに違う世界をさすのか、とにかく今は彼女の話を聞くことが先決だろう。

 

「外側……ね」

 

 それを聞いたベルクーリは、薄くヒゲの浮いた顎をザラリと擦りながら、太い笑みを浮かべた。

 しかし、それとは対照的に、アリスのほうは、鋭く空気を吸い込んでから叫んだ。

 

「外の世界……!? キリトやラテンがやってきた場所からお前たちも来たというの!?」

 

 その言葉に二人の女性は驚くが、深紫色の髪をした少女がアリスに食いつく。

 

「お、お姉さんたち、ラテンを知ってるの!? キリトのところにはいなかったけど……ラテンは……ラテンは今、どこにいるの!?」

 

 ラテンに対する少女の食いつき具合に、リリアは目を丸くする。これほど食いつくということは、彼と親しい関係ということなのか。そう考えると、心の底で何故かもやっとした気持ちが沸き上がる。

 それを無理やり押し込み、ラテンの居場所について教えようと口を開こうとした瞬間、後方から新たな声が降りかかってきた。

 

「おい、大丈夫か!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジャビの命令により強制的にあの場から離れたラテンであったが、正直これはこれでよかったのかもしれない。

 ラテンとしては何があったのが知りたかったし、残り三人とやり合うことによって天命を無駄に削りたくはなかったからだ。

 

「いきなりどうしたんだよ」

 

『だからステイシア様が来たって言ってるだろ? そんなことよりお前、どんだけ本隊から離れた位置を選んだんだよ、このバカチョンが!』

 

「何でいきなりダメ出し!? 俺はみんなのためにだなぁ――」

 

『もうすぐ着くぞ!』

 

「え、もう!? というか、人の話くらいちゃんと聞きなさい! こ~のバカチョンが!」

 

 ラテンの話にまったく耳を貸さないジャビであったが、ジャビの言う通り前方にキリトがいる馬車が見えてくる。それに加え、その周りに集まる人たちの姿も。

 前方を遮る低い木々をなぎ倒すように進んでいく魔獣は、ジャビが指示したであろう場所にたどり着くと立ち止まった。

 

 集まっている人たちに目を向けると、その中にはリリアやアリス、ベルクーリの姿が見て取れた。ラテンは魔獣に降りながら集まっている方向に叫ぶ。

 

「おい、大丈夫か!?」

 

 駆け出しながら近寄ると、そこに集まっていた人たちが一斉にこちらに顔を向ける。ほとんどの人が少々驚いた表情をしている。

 

「一体何があっt「ラテン!」…ん……だ…よ…?」

 

 自分の言葉を遮るように聞こえた声は、どこか聞き覚えのあるものだった。しかし、それが誰のものか考える前に恐らく声の主であろう人物が抱き着いてくる。

 ゆっくりと顔を下に向けると、そこにはどこか見覚えのある少女がいた。

 

(あれ、この子……誰だっけ……?)

 

「っ! ラテン!?」

 

 突然リリアの焦った声が耳に入り込み、そちらに顔を向ける。しかし、彼女の顔が滲んでいてよく見えない。

 一体何故、と考える間もなく頬に伝う熱がその存在を主張し始めた。それにはその場にいた人たちも驚いたようで、ゆっくりと近寄ってきた。

 

(俺、泣いてるのか……?)

 

 そう思った瞬間、突如頭に割れるような痛みが電流の如く突き抜け、思わず両手で頭を押さえながらその場に崩れ落ちる。

 

「ぁ……がっ……ぃ………!」

 

「ラテン!? ラテン、しっかりして!」

 

 懐かしい声が真横から聞こえてくる。それ以外にも、周りから自分に対する声がかけられているが、なんて言っているのかはわからない。

 この痛みはなぜ発生したのか。そんなことも考えさせてくれないような、強烈な痛みが頭の中に流れ込んでくる。しかし、悪いことばかりではない。その痛みによって自分の空白だった記憶の部分がどんどん埋め尽くされていくのだ。

 長い間眠っていた記憶が埋め尽くされていく。そのたびに、頭にその部分の情景が繊細に現れ、消えていく。

 

 

 

 

 

 

 何分経っただろうか。いや、おそらく実際には数秒しか経っていない。それほどこの痛みは長いものだった。しかし、それでもいつかは終わりが来る。いつの間にか頭の中には、今までのラテンにはなかった記憶が存在していた。

 そして最後に頭に浮かび上がったもの。それは先ほどの少女とよく似た少女だった。

 髪色や瞳の色がほんの少しだけ違うが、それでも彼女のことは知っているような気がする。否、良く知っている。

 彼女の名は、そう――

 

 

「……ユウキ」

 

 

 そう口にした瞬間、意識がぷっつりと途切れた。

 

 

 

 




ラテンの番短っ!?
思わず自分でツッコんでしまいました(笑)

まあ何がともあれようやく再開した? ラテンとユウキですが、一言言わせてください。

『長すぎてすいませんでした!!』


はい。
皆さん、この作品がアリシゼーション編に突入してからもう十ヵ月経ちます。単純に計算して、一か月に四話というとても遅い更新本当に申し訳ありませんでした。しかし、ここまできたこの作品の更新ペースは原作に左右されるので………皆さんのお察しの通り、さらに遅く…………………きゃあああああああああああ!!!!!!!



はい。申し訳ありません。本当に申し訳ありません。



ちなみにこの作品はいつのまにか書き始めてから一年が過ぎてますね(笑)
そんなことを忘れて過ごしてきた私ですが、ほんと駄作者ですね……。
まるでだめなエンジ……略して『まだゑ』と以後呼んでもらっても構いません。



ここまでこれたのは紛れもなくこの作品を読んでくださる皆様のおかげです。本当にありがとうございました。
そしてこれからも、この作品とまだゑをよろしくお願いします!


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