ソードアート・オンライン~神速の剣帝~   作:エンジ

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第三十八話 犠牲

 

 何メル離れていようが、一帯が暗ければ光は目立つ。それはどんな環境であれ、同じことだ。

 視線の先―――実際は千メル以上離れているのだが―――には、地上からでもわかるくらい大量の篝火がまるで存在を主張するようにとどまっている。

 あれだけの大攻撃を受けたというのに、まだあれだけの数が残っている。聞いた話では、人界軍が減らしたのはオークやゴブリンなどの先方部隊であり、主戦力である暗黒騎士や拳闘士はまだまだ健在だ。どちらも人界軍にとって脅威といえる存在だが、幸いなことに、その二大戦力はどちらも近接戦闘に特化している部隊だ。飛龍に騎乗した整合騎士に対しての有効的な攻撃は持たず、綿密に作戦を練れば、普通の兵士でも勝ち目があるだろう。

 戦況を有利に進めるには、飛龍や魔獣でできるだけ数を減らしておく必要がある。

 

 飛竜に騎乗した五人の整合騎士と魔獣にまたがるラテンは、できるだけ本隊の移動時間を稼ぐため、おそらく大量にいるであろうダークテリトリーの軍隊に向かった。

 奇襲をかければ敵部隊も混乱するはずだ、と思っていたラテンであったが、それ以上に自分の置かれている状況を考えざるおえなかった。

 

(俺は何もできずに終わるのか……)

 

 肩をがっくり落とすのを堪えていると、風切り音に不穏な音が紛れ込んでくる。反射的に顔をあげ、その音の正体を確かめるため耳を澄ませると、それが動物の唸り声ではなく、人の声であることが理解できた。それとともに、その内容が耳に入り込んできた。

 

「おいおい……この辺りの神聖力はアリスが根こそぎ消費したんじゃねえのかよ…!?」

 

『どうやら大量の天命を暗黒力に変換してるみたいだな。勝つためには犠牲なんて何とも思わないらしい』

 

「それって……っ!? あいつら…まさか……!」

 

『そのまさかだ』

 

 暗黒力の知識は足を踏み入れた程度しか知らないのだが、それでもやつらが行ったことは知っている。

 天命を直接暗黒力に変換する術式。命を犠牲にして暗黒力を生み出すものだ。

 

 理解した瞬間、きりきりと歯が悲鳴を上げる。何とか理性を取り戻すために、深呼吸を何度かするのだが、奴らへの嫌悪感は膨れ上がるばかりであった。

 一体どれほどの命を犠牲にしたのだろうか。遠くからでもわかるくらい膨大な暗黒力からして、数百…いや、数千はこんな巨大術式のために虚しく散って行ったはずだ。

 漆黒の大破となって押し寄せてくる攻撃術。それを視認した瞬間、魔獣が急停止する。本能で停止したのだろう。

 

 おそらくアリスが放った光素術を上回るであろう超高優先度の闇素術。物理防御不可能の呪詛系遠隔攻撃。これを回避するには、同等の光素を生み出して相殺させるか、もしくは……。

 ラテンはすぐ目の前に座るジャビを見つめる。武器を解放すればあれほどの術でも無効化できるはずだ。しかし、肝心のラテン自身が解放するどころか武器を持つことすらできない。

 そう考えているうちに、上空にいる五匹の飛竜が反転し急上昇し始める。おそらくベルクーリが指示を出したのだろう、無数の長虫の群れはそれを追うように向きを転じ始める。

 あの術式は天命に引き寄せられているのだ。膨大な天命を持つ飛竜五体に引き寄せられるのは当然。もちろん飛竜以上の天命を持つ魔獣である狐にも引き寄せられる。

 長虫の群れはもう一つの膨大な天命を感じ取ったのか、半分ほどが綺麗に再び向きを転じてこちらに向かってくる。

 「ラテン!」と上空から叫び声が聞こえてくるが、残念ながら、それを迎え撃つ手段をラテンは持っていない。

 

 クソッ、と地面に拳を叩き付けたい衝動に駆られるが、そんなラテンをよそに、上体をゆっくりと上げた魔獣は、何かを吐こうかとしているように口を大きく開け始める。

 

「お、おい。何を……!」

 

 そこまで言いかけて、魔獣が何をしようとしているか理解できた。

 口を開いてから数秒。魔獣から一メルほど離れたところに光素が発生していることがわかる。

 まるで周囲から吸い寄せられているかのように、小さな光の粒が集まっていく。やがてそれらが、直径一メルほどの球体を作り出すと、向かってくる長虫の群れに合わせるように狐が口を動かした。

 そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界が白に包まれるというのはこういうことを言うのだろうと、ラテンは頭の片隅で思っていた。

 狐が身を震わせた瞬間、すさまじい轟音とともに巨大な閃光が放たれた。それとともに視界が白に染まったのだ。威力はファナティオの《天穿剣》と同等かそれ以上だろうか。そこら辺は定かではないが、こんなものを正面から受ければ一瞬で身が消え去ることだけは誰にでも理解できるだろう。

 案の定こちらに向かっていた長虫の群れは、視界が戻るころには消え去っており、再び薄暗い峡谷へと姿を戻していた。

 徐々に目と耳の感覚が戻ってくるのを感じながら、呆気に取られていると、目下の狐がいきなり体を動かし犬でいう”おすわり”の状態を取ろうとしたため、口をあんぐり開けたままゆっくりと背中から降りる。

 そして狐を見上げるが、まるで「当然の結果」と言わんばかりに、大欠伸をし始める。この瞬間、ラテンは悟った。

 

(こいつとは喧嘩しないように配慮しないと……)

 

 頭の中でその光景を浮かべると、無意識に身震いをしてしまう。

 大きなため息をついたラテンは、一仕事終えた魔獣に感謝を述べるため、近づいた瞬間、上空から「エルドリエ!!」という絶叫が聞こえ、すぐさま顔を向ける。

 もう一つの群れに関して完全に忘れていたラテンに、焦燥感が戻ってくる。

 魔獣が殺ったのはあの群れの”半分”だ。いくら半分といえど、大術に変わりはない。それを回避するほどの力があるとは到底…

 

 無意識にリリアの行方を探すが、彼女はすぐに見つかった。他の整合騎士もすぐに見つけることができたが、様子がおかしい。一点を囲うように佇む飛竜の数は六。

 そんなはずはない。ベルクーリが率いた囮部隊の整合騎士の数は五人だ。それと同じ数の飛竜しかいないはずである。その瞬間、先ほどの絶叫の意味を理解した。

 エルドリエ―――彼はこの囮部隊にはいなかった。つまり、為すすべもなく引いていた整合騎士たちを救うため、やってきたということなのだろうか。もしそうならば、あの絶叫は…

 

「まじ…かよ……」

 

 こぼれ出るようにつぶやく。

 彼とはそこまで面識がなかった。面識があっても、そのうちのほとんどが、彼の師であるリリアにラテンがどれほど危険な存在かを説得する話であったため、直接言葉を交わしたのは、一言二言だろう。正直あまりいい印象ではなかったのだが、彼の師に対する思いは本物だった。印象が良くないとはいえ、リリアにとって大切な存在。死んでほしくない奴だった。

 戦争はそんな者を簡単に奪ってしまう。ダークテリトリーの奴らだって、そう思う者たちが何千人もいたはずだ。それを簡単に奪うもの。それが戦争であり、今のラテンたちが置かれている状況なのだ。一刻も早く終結させなければならない。しかし、その力をラテンは持っていない。

 

 もう何度目だろうか。こんなに自分憎んだのは、人生で初めてだろう。

 視線を落とし、左手を狐の手に添える。その瞬間、上空で三匹の飛竜が方向を轟かせた。反射的に再び顔を上げると、三匹の飛竜が大量の篝火のある元へ向かっているのを視認できた。

 

「リリア!!」

 

 三匹の飛竜と共に向かっているのは二人の整合騎士。リリアとアリスだ。ラテンの叫びも虚しく、二人と三匹は、術師隊がいると思われる場所に突っ込むと、大きな爆発を起こした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔獣に急ぐように促すと、リリアとアリスの元へ全力で駆けだし始めた。相当な距離が離れているというのに、無数の悲鳴が耳に届いてくる。おそらく二人とも武装完全支配術を使って、術師隊を殲滅しているのだ。もう二度とあのような技を使わせないために。

 

 ラテンが到着するころには、辺り一帯が血だまりと化していた。所々に暗黒術師の物だと思われる衣服や杖が転がっている。おそらく術師隊のほとんどを殲滅したのだろう、顔を上げると、ベルクーリたちがリリアたちと合流しており、上空で滞空している。それを確認し、徐々に視線を前に移動させると、十騎ほどの暗黒騎士と思われる集団が隊列を組んで滞空している。ベルクーリたちが来なかったら今頃、上空で激しい戦闘がおこっていただろう。

 再び上空を見上げると一匹の飛竜がこちらに降下してくるのが見て取れた。そのままゆっくりと地上に降り立つと、その背中にまたがる騎士に声をかける。

 

「無茶しすぎだ。死んだらどうするつもりだったんだ……!」

 

 無意識に強めに言うと、リリアは暗い表情のまま一言「軽率でした」と言って、俯いてしまう。その瞬間ほど、自分をぶん殴りたいと思った時はない。すぐさま「すまん」と謝る。

 しばらく無言状態が続くが、ラテンはリリアに顔を向けると小さく笑いながら口を開いた。

 

「まあお前に無茶するなって言っても意味ないかもな。”頑固”だし」

 

「……なんですかそれ。私よりもあなたのほうが頑固だと思いますが?」

 

「いやいやお前…俺とマリンが料理を手伝おうとしたのに、”一人でできます”って、拒否した挙句失敗してたじゃねえかよ」

 

「あ、あれは……!」

 

「しかも失敗した理由が”器具が言うこと聞かなかった”って……もっとましな言い訳を考えろよな」

 

「……ぐぬぬ」

 

 どうやら的確すぎて反論ができないらしい。いつものラテンならここで喜ぶのだが、今回争いを吹っ掛けたのは別の理由があるからだ。

 リリアは相当屈辱的な出来事だったのか、顔をそらしてなかったことにしようとしている。これならば大丈夫だろう。

 そう思っていると、リリアが勢いよくこちらに顔を向ける。

 

「つ、次はあなたが物乞いするほどのものを作って見せますから…!」

 

「へぇ、それは楽しみだな」

 

 ニヤニヤと笑って見せる。

 どう考えてもリリアを逆上させるような行為なのだが、これはこれで面白い。久しぶりに主導権を握っているのだ。思う存分振るうのが男ってものだろう。

 そんなラテンを見て、再び何かを言おうとしたリリアだが、それは一人の声によって遮断される。

 

「―――我が名はアリス!! 整合騎士アリス・シンセンス・サーティ!! 人界を守護する三神の代行者、《光の巫女》である!!」

 

 アリスの宣言に目前に構える敵の全軍が大きくどよめいた。光の巫女を捕らえんとする渇望がこの距離でも感じ取ることができるほどだ。どうやら予想通り、敵は光の巫女を欲しているらしい。敵のどれくらいが追ってくるのか定かではないが、おそらく主戦力のほとんどは流れてくるだろう。

 ひとまず作戦第一段階成功ということだ。そう思っていると、アリスが再び口を開く。

 

「我が前に立つ者は、ことごとく聖なる威光に打ち砕かれると覚悟せよ!!」

 

「ここからが本番だな」

 

「ええ」

 

 そう交わしたラテンとリリアは、重い空気を放っている敵軍をいつまでも睨んでいた。

 

 

 

 





うーん、リリアの絡みが少ないような気がしますね。もうちょっと頑張って取り入れていきたいと思います。
それにしてもエルドリエさん最後の最後までかっこよかったですね! 五千からマイナス五十万てどんだけや!( ゚Д゚) と思いながら読んでいたわけですが、三千人も犠牲にしてるんだからそれぐらい出てくれないと、虚しいですよね。

それにしてもアリスは堂々と喧嘩を売りましたね(笑) この語の展開にご期待ください!

これからもよろしくお願いします!

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