昨日急いで、原作小説を買ってきました(笑)
頑張っていきたいと思います!
では、本編へどうぞ!!
※大幅修正しました!
第一話 帰還と出陣
氷のように冷たい空気が肺をチクチクと刺激する。時節聞こえる鳥のさえずりが、朝なのだとラテンに教えてくれた。
病院の白い天井を仰いでから二か月。
二年間で衰えた筋肉を取り戻すようにラテンは馴染んでいたはずの竹刀を撃ち出している。ただ二年間という月日は思った以上に長かったようで、二年前までは当たり前だった千回素振りも、今では半分ほどで音を上げてしまう始末だ。
五百回目をびしっと振り終えると、その場にゆっくりと腰を下ろした。荒くなった呼吸を整えるように深呼吸すると、火照った体に冷たい空気が突き抜け、頭にちくっと痛みが発生する。
強張った筋肉をねぎらうように軽くもんでいると廊下から足音が聞こえてきた。
「お兄ちゃん、大丈夫なの?」
声のほうへ顔を向ければ、困ったような表情をした少女がタオルと少しだけ減ったミネラルウォーターを持って顔をのぞかせていた。
整った顔立ちに、ラテンと同じように茶色に近い黒髪を鎖骨まで伸ばし、片側をシュシュを使って結んでいる。俗にいうワンサイドアップと言う髪型だ。
彼女の名は、大空琴音。二つ離れた妹だ。
「もちろん。ほれ、筋肉もだいぶ戻ってるだろ」
ドヤ顔で力こぶを作って見せれば、燃えるような痛みが発生し数秒とたたずに腕を下ろす。思わず苦笑していると、呆れた表情で琴音は近づいて、隣で腰を下ろす。
「あんま無理しないでよー。また倒れたらお父さんとお母さんが心配するんだから。それにお兄ちゃんを運ぶこっちの身にもなってよねー」
ブツブツと文句を言いながら妹はミネラルウォーターを仰ぐ。
こんなことを言ってはいるが、ラテンが目を覚ました時に第一に抱き着いて泣きじゃくっていたのはどこの誰だったのやら。
「じゃあ、その愛しのお兄ちゃんが倒れないように、その水を恵まないとな」
琴音に渡されたタオルで汗を拭きながら、彼女の右手にあったペットボトルをひったくる。
中身は半分ほどになっていたため、失った水分を取り戻すように、すべて飲み干す。
「ああ!!」
空になったペットボトルを渡せば、琴音は大切なものが取られた幼稚園児ような声を上げた。
「いいだろ別に。減るもんじゃないし」
「確実に残りの分減ったよね!?」
的確なツッコミをしながら、空になったペットボトルでラテンの頭をたたく。
「いって……なんだよ、お兄ちゃんと間接キスできてそんなにうれしいのか?」
「はあ!? いきなり気持ち悪いこと言わないでくれる?」
先ほど以上に強い力で叩いてくる琴音のペットボトルを、両腕で塞ぎながらあることが頭に浮かび上がった。
琴音はもう十五歳。現役の中学生で、思春期や反抗期といった難しい年ごろでもある。性格は見てのとおり――ラテンの発言で怒っているのかもしれないが――少し凶暴だ。果たして仲のいい友人はいるのだろうか。いや、人懐っこい琴音のことだ。友人関係はおそらく大丈夫だろう。
友人関係が大丈夫なら、あとは男女関係だ。
残念ながら、顔立ちだけは整っているため、複数の男子から好意を持たれているに違いない。もしかしたら彼氏がすでにいる可能性だってある。
それは兄としては見過ごせない問題だ。
「いけません、いけませんよぉ! お兄ちゃんは絶対に認めませんからね!」
「何の話!?」
だがよく考えてみよう。
琴音は十五歳。あと一年もすれば、日本の法律で結婚できる年齢になる。男女関係はやはり琴音に任せてラテンは遠くで見守ってやるべきではないのか。それが兄としての役目ではないのか。
「……もうお前も十五だ。ここは静かに見守るべきなのかもしれないな……」
「……は?」
「だけど……!」
頭の上にクエスチョンマークを浮かべている琴音の両肩を掴む。
「……彼氏になんかされたらすぐにお兄ちゃんに言うんだぞ! 俺がそいつをボコボコのギタンギタンにして――」
「だから何の話だァァァ!!」
「――ぶべらっ!」
昇竜拳をもろに受けたラテンは道場の床に倒れ込む。
顎をさすりながら涙目で見上げれば、ゴミを見るような眼で琴音がこちらを見ていた。
「お兄ちゃん、この二年間でシスコンにでもなったの?」
「ブラコンのお前に言われたくねぇよ……。それに俺のはシスコンじゃなくて心配性って言うんだ」
「だれがブラコンじゃぁぁぁ!」
叫びながら先ほどまでラテンが振っていた竹刀を手に取ると、ラテンに向けて撃ち出してくる。さすがはラテンの妹だ。中学で剣道をやめたとはいえ、小学生まではやっていたため、型は意外にも綺麗だ。
体を反転させて避けると、そのまま道場の中を駆け回る。後ろからは妹が鬼の形相で追ってきていた。
リアル鬼ごっこが数秒続くと、ラテンが座っていた場所にあったスマートフォンが着信音を鳴らしながら震えた。
「ちょっとタンマ」
「問答無用!」
追いかけてくるのをやめる気配がないため、仕方なく走りながらスマホを手に取り、差出人を確認する。画面中央に表示された名前は――なんと《エギル》だった。
ごつい体とスキンヘッドが特徴的な雑貨屋の店主とは、一か月ほど前に偶然再会した。その時にメールアドレスと電話番号を交換したのだが、連絡がきたのはこれが初めてだった。
急いでタップし、耳元にケータイを当てる。
「よう、エギル。どうしたんだ?」
『ああ、それが――お前、なんか息が荒くなってないか?』
「気にすんな。今ちょっと妹とリアル鬼ごっこやってる最中だから」
『そ、そうか。じゃあ話を戻すぞ。お前、今から店に来られるか?』
店、とはエギルが現実世界で経営している喫茶店、《
「わかった、すぐ行く」
『ああ、頼む』
ぷつりと電話が切れると、ラテンは急停止した。
いきなり止まったラテンにずっと走りっぱなしだった妹は、勢いを殺しきれずラテンの背中に激突し、奇妙な呻き声を上げる。
振り返れば涙目こちらを睨んでいた。
「悪い。今からちょっと出かけてくるわ」
「え、う、うん」
真剣みを帯びたラテンの声にただ事ではないことが起きていると感じたのか、竹刀を下ろし素直に頷く。
その頭をポンポンと撫でると、ラテンは道場を出て行った。
家を出てから数十分が経ち、ようやくダイシーカフェに辿りついたラテンは、小さなドアを何のためらいもなく開ける。
カラン、と乾いたベルの音と共に中へ入ると、巨漢の男とは別に、あの世界で見慣れた人物がいた。
「お前もいたのかキリト……こっちでは和人だったな」
「天理か。久しぶりだな」
あの世界での相棒と拳を合わせると、その隣の椅子に腰を下ろす。
早速、二人から事情を聴きながら、一枚の写真を受け取った。
限界まで拡大し、ぼやけた写真には不思議な光景が映っていた。金色の格子が一面並ぶ中に、白いテーブルと白い椅子。そこに腰かける白いドレス姿の一人の女性。長い栗色の髪の少女は、どこかで見覚えがある。
「これは……アスナか?」
「お前もそう思うか。ゲーム内のスクリーンショットだから解像度が足りないんだけどな……」
アスナと思しき写真をエギルに返す。
聞けば、アスナは未だに現実世界へログアウトできていないらしい。最初は茅場晶彦の仕業かと思っていたのだが、あの男のことだ。すべてが終わった後で、わざわざ嘘をつく必要性がない。
だったら何故アスナは捕らえられたままなのだろうか。キリトに顔を向ければ、暗い表情のまま俯いている。知っているが口に出したくないのだろう。
言いたくないことを無理に言わせる必要はない。とりあえず、アスナが現実世界に戻ることができる方法を探すのが最優先だ。
「どのゲームに捕らわれてるんだ、アスナは」
「このゲームだ」
エギルの手からパッケージを受け取る。中央よりやや上には大きく《ALfheim Online》と書かれていた。裏返してみれば、ゲームの内容が細かく配置されている中央に、世界の俯瞰図と思えるイラストがある。
「アルフヘイム・オンライン?」
「アルヴヘイム、と発音するらしい。妖精の国、だとさ」
「へぇ。どんなゲームなんだ?」
「《レベル》は存在しないらしい。各種スキルが反復使用で上昇するだけで、育ってもHPはそんなに上がらないそうだ。戦闘もプレイヤーの運動能力依存で、ソードスキルなし魔法ありのSAOってとこだな。グラフィックや動きの制度もSAOに迫スペックらしいぞ」
SAOは天才茅場晶彦が、情熱を注いで創り上げた代物だ。そんな彼と同レベルのVRワールドを生み出すことができたということは、この開発者も天才なのだろう。
それに加え、レベル制MMOでないというところはなかなか魅力的だ。それぞれの運動神経に依存することになるが、少なくとも始めた時期によるプレイヤー間の差は、ほぼないと言っていいだろう。アイテムや装備による格差はあるかもしれないが、レベル制MMOよりはいくらかましだ。
だがレベル制MMOのようにやりこみ要素は薄いかもしれない。
ラテンが思っていたことが伝わったのか、エギルが笑みを浮かべながら言った。
「そいつが大人気中なのは《飛べる》からだそうだ」
「飛べる?」
「ああ。なんでもフライト・エンジンとやらを搭載してて、慣れるとコントローラーなしで自由に飛びまわれる」
フルダイブの魅力的なのは、『現実と同じ感覚で現実ではありえないことができる』というところだろう。『飛べる』というのは、その中でも代表的な例だ。
「なるほどな……」
エギルに用意されたコーヒーを一口飲む。
すると隣でキリトがこちらに体を向けてきた。何事かと思い顔を向ければキリトは突然頭を下げる。
「天理。アスナを取り戻すのに協力してくれ」
その言葉に目を丸くし、コーヒーを噴き出しそうになるが何とかこらえた。あのキリトが他人に頭を下げることは珍しいなんてものじゃなかったからだ。
ラテンはコーヒーカップをゆっくりと置くと笑みを浮かべる。
「今さら頭を下げるような仲じゃねぇだろ。それにお前らには奢らないといけないからな」
「……助かる」
「いいってことよ。じゃあ囚われのお姫様を奪還しに行くとしますか」
「頼むぜ、お前ら。アスナを助け出せなきゃ、俺たちのあの事件は終わらねぇ」
ラテンとキリト、そしてエギルは再び拳を合わせると店を後にした。
帰り際にアルヴヘイム・オンラインを購入したラテンは、ゲーム内の情報収集のために妹の部屋を訪れた。残念ながらラテンの部屋には、年代物になったパソコンしかないのだ。そろそろ購入するべきだろう。
「……お兄ちゃん。いきなり妹の部屋に入るなんて変態だよ」
「変態でいいからPC貸してくんね?」
ラテンの言葉に琴音はぞっとした表情を浮かべる。
「……妹のパソコンで何を調べる気なの? もしかしてアンことやコンなことを――」
「想像力豊かだな!? 俺はそこまで変態じゃねぇよ!!」
真の変態のことは無視して、勝手にpcを起動する。
タイピングは慣れていないので、ゆっくりと文字を打っていると、ラテンが調べるものが気になったのかはたまた監視の意味合いなのか、妹がラテンの両肩に手を乗せ、顔をのぞかせてくる。
「何々……ってALOじゃん。まだ懲りずにゲームやるの?」
「ALO……なるほど、略称か」
《Sword Art Online》の頭文字をとって《SAO》と呼称するように、《ALfheim Online》もまた大文字を取って《ALO》と呼称するようだ。だが何故それを妹の琴音が知っているのだろうか。
「お前、もしかしてこのゲームやったことある?」
「うん、一応今もプレイしてるけど……」
そう言いながらベットを駆け、円形の見たことがないハードを見せてくる。
「それは?」
「知らないの? 《アミュスフィア》って言うんだよー」
「アミュスフィア……」
少々気になってしまい、タブを複製してアミュスフィアについて調べる。発売日時は、なんとラテンたちがあの世界に囚われてから僅か半年後だった。『安全』という文字が大きく表示されており、ナーヴギアのような細工はないと説明書きがされている。まあ今はどうでもいいので×を押して、ページを閉じる。
そんなことよりも身近な妹がこれからプレイしようと思っていたゲームをやっているのだ。これはレクチャーしてもらった方がいいだろう。
「なあ琴音。俺にALOをレクチャーしてくれないか?」
「別にいいよー。でも最初は大変だからね。初心者狩りも多いし」
エギルの話によればPK推奨だったはずだ。だが、運動神経に依存するのなら、あまり大きな問題にはならないだろう。
再び琴音が身を乗り出して聞いてくる。
「種族はどうするの? ちなみに私はシルフだよ」
「種族、ねぇ……」
画面に表示されているのは全部で九つの種族だ。それぞれ簡素な説明があり、どれも魅力的に思える。
「じゃあ……」
SAOでは白を基調とした服を着ていたため白に関連するものが良かったのだが、残念ながらそれはなさそうだ。
仕方がないので直感で決める。
「この《インプ》にするわ」
「わかった。そうなるとサラマンダー領を通らないといけないかぁ……」
何やらブツブツと悩んでいる様子の琴音を見て、種族を変えたほうがいいのかと思ってしまう。琴音と同じ《シルフ》にすれば、集合するのに苦労はしないのだろう。
それを提案する前に、琴音は何かを決めたようにポンと手をたたくと勢いよくこちらを振り向いてきた。
「ALOにダイブしたらフレンド申請をコトネに飛ばして。綴りは《Kotone》」
「お前、現実世界の名前をそのまま入れてんのかよ……」
「いいじゃん別に。それよりお兄ちゃんはどんな名前にするの?」
プレイヤーネーム。
それを聞いた瞬間、一つの名前が浮かび上がる。あの世界で使っていた名前だ。
あの名前を知っているのは、せいぜいキリトくらいだろうし、わざわざ名前を変える必要はないだろう。
「俺のプレイヤーネームはラテンだ。綴りは《Raten》」
「へぇ。『大空天理』の真ん中をくり抜いたんだね」
「わざわざ解説しなくてよろしい!」
「はいはい、じゃあ準備してね」
琴音はそれの背中を押して、ゲームを起動させるように促す。そこでラテンはあることに気が付いた。
「そういえばナーヴギアでもALOって起動できるのか?」
「できるらしいよー」
そう言って琴音は自室の扉を閉めた。
もしできなかったらアミュスフィアを購入しなければならなかったため、ダイブまでもう少し時間がかかっただろう。
自室の戻ってベットに横たわり、ナーヴギアにALOを挿入する。
懐かしい重みを頭に感じながら、地獄の世界へと行くことになった言葉をゆっくりと発音した。
「リンク・スタート!」
ALO編?なのでしょうか(笑)ほぼ現実世界編ですね。
次回もよろしくお願いします!!