ソードアート・オンライン~神速の剣帝~   作:エンジ

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いつの間にかこの作品も、七十話に突入していました。
こんな作品に目を通してくださる読者様、本当にありがとうございます。


第三十四話 旅立ち

 

 

 ソルス――――現実世界における太陽が、気が付けば真上まで昇っていた。そろそろ昼食の時間、あるいは宿屋のみんなはもう食べてしまったのかもしれないが、ラテンは昼食のことよりももっと深刻な問題に直面していた。

 

「……こいつ、どうしよう――――あでっ!?」

 

 『こいつ』という言葉に反応したのか、巨大狐は三尾のうちの一尾をラテンに叩きつける。

 狐といえど魔獣であるため、飛竜以上にプライドが高いように見える。人間をペットにしていることが、それを一層物語っていた。

 

 とはいえ、このまま巨大狐を連れてサイリス村に入るのは非常にまずいことだ。魔獣クラスの生物を連れてきたとなると、ダークテリトリーの侵攻された時以上にパニックになる可能性がある。

 それを防ぐために巨大狐を村から離れた位置に置くのは、おそらく巨大狐が許さないだろう。『あっち行ってくれ』の『あ』を言う前に、尻尾によって吹っ飛ばされるのが落ちだ。

 

 となるとラテン自身が村から離れた位置に引っ越しをするしかない。しかし、それにも問題がある。

 小屋を建てるのは長老あたりに教えてもらえば何とかなるのだが、食料はどうすることもできない。

 今やラテンは『天職』を持たないただの村人だ。いや、斧おろか包丁一本持つことができないラテンは、はっきり言って<無能>以外の何者でもない。

 料理をすることができないし、仕事をすることができない。つまり『引きこもり』状態なのだ。外に出ている時点で引きこもりではないが、そこまで大差ないだろう。

 

 今までのことをまとめると、今のラテンは一人で生活できないのだ。それも致命的に。

 そのことをまるであざ笑うかのように、狐が尻尾をバシバシと背中に当ててくる。この状況に陥っているのは十中八九この巨大狐のせいなのだが。

 

「ジャビ、なんかいい案ないか?」

 

『おれっちに訊くのか?……リリアと一緒にお引越しするんだな』

 

「……やっぱ、それしかないよな」

 

 ラテンはリリアにどう交渉しようか、考えながら歩いていく。村は、およそ五百メルほど先だろう。考える猶予は多少ある。問題はリリアが乗ってくれるかだ。

 もしリリアが乗ってくれなかった場合は仕方がない。村の人ひとりひとりに許可をもらうしかない。この狐が問題を起こさなければ、許してくれるような気がする。

 だが、騒がれれば、整合騎士に捕えられる可能性がある。そうなった場合、全力で逃げなければならない。

 

 空を見上げるとソルスが暖かい日差しで顔を包み込む。こんな時間がいつまでも続く。そう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 

 村に戻ると狐を見つからない所で待っているように促し、リリアがいるであろう宿屋に足を向ける。

 その足取りは少しばかり重かったが、それもすぐさま消え去る。

 

 村が騒がしいのだ。

 いつもならこの時間帯は昼食をとるため、自宅であるいは天職場に人が集まっているはずだ。だが今日だけは違った。

 道に村人が溢れかえり、表情は心なしか青白く見える。ほとんどの人たちがひそひそと話しており、よく聞き取ることはできない。しかし、中には何かにおびえるように身体を震わせている人もいるので、ただ事ではないはずだ。

 

 嫌な予感を身に感じながら、早足で宿屋に向かう。

 宿屋に着くと、家主のソコロフさんを中心に、宿屋のほぼ全員が集まっていた。中にはサインやマリン、リリアの姿がある。

 

「一体どうしたんだよ」

 

 ラテンの言葉にリリアは困惑の眼差しを向けた。その瞳には何かを迷っているような感じに満ちていた。

 

「……ルーリッド村が、襲われたらしいです」

 

「はっ!?」

 

 ルーリッド村。

 それはサイリス村から、二千メルほど離れた位置にある村だ。昔はその近くにギガスシダーが生えており、それをキリトとユージオが切り倒したのは有名な話だ。

 

 あそこの近くには、精神喪失したキリトと看病しているアリスが住んでいる。つまり、二人も襲われる可能性が高い。もしかしたらリリアは、再び剣を持って戦うかどうかを迷っていたのかもしれない。

 しかし、それは迷ってはいけないことだ。襲われているとしたらルーリッドの村人が何人死んでいるかわからない。今この瞬間に誰かが死んでいるかもしれない。一人でも多く助けるには、迷っている暇などないのだ。

 

「くそっ!」

 

 ラテンは踵を返そうとする。

 もちろんラテンは戦うことはできない。それはラテン自身がよく分かっている。だがそれはあくまで、ラテン自身だ。魔獣と呼ばれる狐に頼み込めば、望みがあるかもしれない。

 しかし、そんなラテンをリリアが引き止めた。

 

「ちょっと、待ってください!」

 

「何だよ!早く行かないと、救える命も救えないんだぞ!」

 

「最後まで話を聞いてください!」

 

 あまりの形相で言われたため、ラテンは素直にリリアに向き直る。これほどまでに必死なリリアは久しぶりに見たような気がする。

 

「……で、どうしたんだよ」

 

「ルーリッド村はもう大丈夫です。アリスがゴブリンたちを撃退しました」

 

「なっ……!?」

 

 リリア同様アリスも、今まで信じてきたアドミニストレータを倒してからは剣を持つことは決してなかった。ラテンが見ていないだけなのかも知らないが、一週間前に会ったときは、整合騎士としての誇りは捨て去ったような感じだったのだ。

 そんなアリスが剣をとって、ダークテリトリーの侵攻を抑えたということは、整合騎士として人界を守ることを決意したのかもしれない。彼女は、平穏な生活よりも人界の人々を守ることを優先したのだ。一見当たり前のことのような気がするが、アリスにとっては大きな一歩だ。

 

「……アリスは整合騎士たちの所に戻るのか?」

 

「はい。おそらくそうだと思います」

 

「で、お前はそれについて迷っている」

 

「………はい」

 

 リリアは小さく俯く。

 さっきまでの迷いは、このことだったのだ。リリアはアリス同様平穏な生活を求めた。ダークテリトリーに対する戦力増強をほかの騎士に任せて、半年間平穏な暮らしをしていたのだ。引き目を感じるのは当然だ。

 ラテンにとってはこのままこの村で平穏に暮らしてほしいのだが、リリアに対して投げかける言葉は一つしかなかった。

 

「……お前は行くべきだ。この生活は、ダークテリトリーから守ってからでもできる。まずは人界を守ることからだな。……まあ、ひよっこ剣士に勝った(、、、、、、、、、、)、お嬢様なら楽勝かもな」

 

「私はあなたに勝っていません」

 

「そこは潔く勝ったって言えよ……」

 

 リリアは、にこっと笑うと宿屋の中に戻っていく。その後姿にはもう迷いなどなかった。

 その姿を見たマリンが後をついていく。ラテンはそれを追いかける気にはなれなかった。

 

「結局、またマリンとリリアを離ればなれにしちまったか……」

 

 後ろめたい気持ちをどうにか押さえ込んで、宿屋の裏口に回る。ここには村人がいないので、きっとリリアはここから出てくるだろう。

 

 ドアの近くに背中を預けてこれからのことを考える。

 問題は移動手段だ。サイリス村から、おそらく整合騎士がいるであろうイスタバリエス東帝国まで徒歩で行くには、軽く一か月かかるだろう。そこから東の大門に向かわなければならないため、単純に考えて二か月ほどかかることになる。そんなにかけていたら、着くころにはおそらく戦いは終わっているだろう。人界かダークテリトリーかのどちらかが勝利した形で。

 

 ここで飛竜を使うのも手なのだが、生憎リリアの飛竜はカセドラルにいる。飛龍の方は、神聖術を解かれた状態だというのに、本当の住処に戻らず、リリアについていこうとしていたのだが、さすがに飛竜が来たとなると村中がパニックになる。

 そのためここまで送ってもらってから、リリアがカセドラルに戻るように命じたのだ。最初の二、三日はずっとこの村の近くにいたのだが、リリアが毎日説得していたため、それに応じたのかカセドラルに戻っていった。

 それでも二週間に一回はリリアの元に飛んでくる。

 

 しかし、今日はリリアの飛竜が戻ってくる日ではない。つまり飛竜は使えないのだ。こうなったらアリスの元に向かって、飛竜に乗せてもらうか、整合騎士たちを信じて遅れることを承知でカセドラルに徒歩で向かうか。それしかない。

 

「参ったなあ」

 

 青空を見つめると不意に何かが近づいてくる音がした。足音から人間ではないことは確かだ。

 そちらに目を向けると、何と狐が塀の隙間からこちらを見ていた。幸いなことにこの宿屋の裏口は、村の広場から死角にあるため、狐がいることは誰も知らない。

 

「……あっ」

 

 狐を何秒か見つめた後何かが閃いたかのように、つぶやく。

 そのまま狐の元に歩いていくと、鼻先に手を触れさせた。

 

「なあ、狐さん。俺達を乗せてってくれないか?」

 

 狐はしばらくラテンを見つめた後、左前脚を前に出す。もちろん例のあのポーズだ。ラテンは躊躇わずその左前脚の上に右手を乗せる。

 

「交渉成立だな」

 

 そう言うと三尾が左右に揺れた。それと同時に後方からドアを開ける音が聞こえてくる。

 そちらに振り向くと、懐かしの服装をしたリリアとその横で目元を赤くしているマリンの姿があった。

 

「これは、魔獣ですか?」

 

「ああ、一応な」

 

 後頭部を尻尾に叩きつけられる。

 それを見たリリアは首を傾げたが、とりあえず優先順位を考えたのか、こちらに歩いてくる。その背中にマリンが声をかけた。

 

「お姉さま」

 

 リリアが振り向く。途端、マリンがリリアの胸に飛び込んできた。そこからすすり泣きが聞こえてくる。

 

「ごめんね、マリン……」

 

「……必ず戻って来てね。ラテンと一緒に」

 

「うん」

 

 リリアはぎゅっとマリンを抱き返す。それを見て胸がちくりと痛むが、表情には出さない。きっとラテン以上に二人の方が痛んでいるはずだ。

 

(俺に……力があれば……)

 

 ラテンがアドミニストレータと戦ったときのように剣を振るうことができれば、リリアをここに残すことができたかもしれない。

 記憶がないことを今までの中で一番呪った瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気を付けてね」

 

「マリンもいい子にしているのよ?」

 

「うん」

 

 ラテンはリリアに手を差し伸べる。

 それを素直に受け取ったリリアを引っぱり上げ、後ろに座らせる。

 

「マリン」

 

「……?」

 

「俺はリリアを連れて必ず戻ってくる」

 

「……うん!」

 

 マリンに笑顔が戻ったことを確認すると、滑らかな毛並みをした背中をポンポンと叩く。狐はそれに応えるかのように尻尾を揺らすと、地を蹴った。

 二人と一匹は中央向かって行った。

 

 

 





最後短いですね(笑)

さて、この作品もそろそろ原作に追いついてきました。
あと二、三話くらいで原作と並ぶことになると思います。更新は一週間に一回くらいになると思います。
そして、私エンジは迷っております。SAO編、ALO編をこれから書き直したいと思っているのですが、その後どうするかは

1、『東京レイヴンズ ~神の契約者~』をメインに書いていくこと。

2、後日談を書くこと(アリシゼーション編に入る前の)

3、ラテンとリリアの関係を、別の主人公とヒロインに置き換えて、ソードアートオンラインの新しい作品を書くこと。

この三つに分かれています。
『1』はこの作品の読者様には関係ないこととして、問題は『2』と『3』です。
『2』は、求めている方が多いと思いますが、時系列的におかしくなるのではと思ってしまって、微妙なところです。
『3』は『3』で、それこそ皆様には関係のないことですし、逆にこの作品の更新が遅くなるので返って迷惑をかけることになってしまいます。

やはり皆さん的には『2』ですかね?
個人的に『3』を選びたいのですが、「迷惑だ」と仰るのなら選びません。もちろん書くからには全力で書きたいと思っています。

ご意見があったら、聞かせていただければ幸いです。
もちろんこの選択肢以外に、やってほしいことがあったらどんどん言ってください。できるだけ、皆様の気持ちにお応えできるように努力します。

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