ソードアート・オンライン~神速の剣帝~   作:エンジ

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第三十三話 主人と愛犬?

 

 

「大丈夫ですか?」

 

「え?あ、ああ」

 

 小さなガラス窓の向こう側に広がる大空は、あの深い闇とは違い、青かった。

 

 ラテンは今、サイリス村の宿屋のリビングに椅子に座っている。その近くでリリアとマリンが料理の練習をしていた。

 

 アドミニストレータとの激闘から半年がたった今でも、あの時のことは鮮明に覚えている。

 

 

 

 ロボットとソードゴーレムとの死闘。カーディナルの死。そして親友ユージオの死。

 最悪な出来事が立て続けに起こった半年前。

 そこまでは鮮明に覚えているのだが、ラテンにはその後の記憶がない。

 ソードゴーレムを倒してから意識を失い、目を覚ますころにはここの客室のベットの上にいたのだ。

 しかしそれは事実のようで事実ではない。

 ラテンの頭の中には二つの出来事の間にもやもやが残っている。確かに何かがあったのだ。それでもその部分は半年たった今でもぽっかり穴が開いたように思い出すことができなかった。

 それだけではない。洞窟の近くで目を覚ます以前の記憶がないのだ。それに加え、所々記憶が抜けている。

 自分は一体どこから来たのだろうか。

 ラテンにとって大切な記憶が失われているような気がするのである。

 

 それに変化したことはそれだけではない。

 

「………」

 

 机の上に置いてある刀に手を伸ばす。

 左手でつかむと、腕に懐かしい重量感が加わった。一年間共に戦ってきた相棒とも呼べる刀。この刀にまだ銘は存在しない。いい加減決めたいところなのだが、この半年間それをすることはできなかった。

 その理由はすぐにわかる。

 

 刀を持った左手が何の前触れもなしに震えはじめる。これはラテンの意志で起こっているのではない。体が勝手に反応しているのだ。

 その震えは次第に大きくなり、ついには刀を手放してしまう。

 ガタン、という音と共に刀が地面に落ちると、それが光に包まれ見慣れた姿に変形し始めた。

 

『やっぱ、無理か』

 

「ああ。……何でだろうな……」

 

 そう。半年前と違うのは、ラテンが刀を……武器を持つことができなくなったことだ。片手剣でも槍でも斧でも、手に取った瞬間腕が震えだしそれを落としてしまう。もちろん振るうことはできない。

 身体が武器を拒絶しているのだ。その原因は半年たってもわからない。おそらく失った記憶と関係しているのだろう。

 そう思うのは自分がどうやってロボットやソードゴーレムを倒したか思い出せないからだ。ノルキア流とバーステル流は思い出せる。しかしそれだけであの怪物を倒したとは思えない。大切な記憶と共に大切な剣術が失われているのだ。

 脳が憶えてなくとも体は覚えているかもしれないが、こんな状態ではそれを確かめるのも不可能に近い。

 

 ジャビがラテンの頭の上に乗る。ラテンはそのまま立ち上がり、リリアとマリンの元へ足を運んだ。

 

「もう焦がさないでくれよ?」

 

「わかっています。あなたはそこに座っていてください」

 

「マリンが付いてるからましな料理になるけど、リリア一人じゃなぁ」

 

「……処刑しますよ?」

 

「冗談だって」

 

 リリアの瞳に一瞬炎が宿ったのを見て、ラテンは慌てて両手をあげ降参のポーズをとる。それを横目で見ていたマリンが噴き出す。

 

「こら、マリン!」

 

「ふふっ。だって夫婦喧嘩みたいだったから……ふふふ」

 

「夫婦って……そ、そんなんじゃありませんからね!誤解しちゃだめよ!」

 

 そういえばリリアがマリンに対して丁寧語を使わなくなるまでにずいぶんとかかっていたような気がする。姉妹だというのに最初はマリンのことを他人と同じのように接していた。今でもその時を思い出すと、自然と笑みがこぼれてしまう。

 

「何ニヤニヤしているんですか。気持ち悪いですよ」

 

「おまっ……本当に可愛くねえな!!」

 

「あなたに可愛いなんて思われても嬉しくありません!」

 

「ふふふ」

 

「「マリン!!」」

 

 どこからどう見ても痴話喧嘩だ。確かにそれを見た反応は笑うか、「リア充〇発しろ!」と叫ぶかだろう。

 ラテンは脱力すると、ガラス窓を眺めながら口を開いた。

 

「いい天気だし、散歩してくるわ」

 

「……一人で大丈夫ですか?」

 

「お前はこういうときだけ素直だな」

 

「女性に対して変態な行為をしないか心配ですから」

 

「俺って信用ないのな!?」

 

 大きくため息をつくと、「じゃあ」と言って宿屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『で、なんでわざわざ東の森まで来たんだ?』

 

「散歩と言ったら冒険だろ?さっさと行こうぜ」

 

『……お前の思考はおれっちには理解不能だ』

 

 ラテンは木々が生い茂る東の森へ歩き出す。ここの森は行ったことがないため、何があるかわからないが、さすがにゴブリンは出ないだろう。ダークテリトリーの奴らを今の整合騎士たちが無視するはずがない。

 

 アドミニストレータが死んでから、整合騎士を指揮し始めたのは整合騎士団長ベルクーリ・シンセンス・ワンだ。リリアから聞いた話では、整合騎士の記憶は一体のソードゴーレムと共にカセドラル百階に封印したらしい。確かにダークテリトリーの侵攻が今にも始められようとしているのに、整合騎士が元の記憶を取り戻してしまうと戦う者がいなくなってしまう。それを考慮して、封印したのだろう。

 

 さすがは騎士団長と言ったところか。直接会ったことはないが、だいたいどんな容姿か想像できる。どうせ筋肉もりもりマッチョメンだろう。

 

『お前本当に大丈夫なのか?』

 

「何が?」

 

『この森、魔獣がでるぞ?』

 

「魔獣?あの飛竜の比じゃないくらい膨大な天命を持っている生き物のことか?もしいたとしても整合騎士が連れて行ってるだろ。ダークテリトリーに対する貴重な戦力だからな」

 

 飛竜は整合騎士が連れている最強に近い生物だ。計り知れないほどの膨大な量の天命を持ち、飛竜が火を吐いたあとは草木一本残らない、といわれるほどの強さ。そんな生物を凌駕するのが魔獣だ。そんなのが発見されれば、整合騎士が神聖術を使い、使い魔にしているだろう。噂だからって整合騎士が無視するはずがない。

 

『お前、魔獣を舐めすぎだろ。あいつらは神器持ちの整合騎士が五人いたって勝てるかわからないだぞ?そんな奴が整合騎士如きに屈服すると思うのか?』

 

「そんなに強いのかよ。……まあ、会った瞬間全速力で逃げるから安心しとけ」

 

 ラテンは笑いながら森の奥へ進んでいく。

 ジャビはもう何を言っても無駄だと判断したのか、溜息をつくと静かになった。

 それにしても高い木々たちだ。高いもので二十メートルくらいあるのではないのだろうか。木の太さから相当な年月、成長し続けていると理解できる。ここでは太陽の光もあまり届かない。

 

「おっ?なんか開けた場所が見えるぞ。なんかの住処みたいだな」

 

『おいラテン。まじでヤバいと思うぞ?』

 

「いやでも、ここまで来たんだし。……木の影からなら大丈夫じゃないのか?」

 

『……見つかっても知らないぞ?』

 

 ラテンはジャビを警告を無視して、木の影を使いながら開けた場所に向かっていく。ラテンにとってこの半年間はとても退屈なものだった。武器の鍛錬もすることができず、料理をしようと思っても包丁を持つことができない。暇というのは人間の本当の敵だと改めて思ったものだ。

 

 しばらく歩くと開けた場所の全貌が見えてきた。木々はてっきり切られているのかと思っていたが、よく見たら折られている。こんな野太い木を折ったということは、相当な化け物がいると予想される。

 開けた場所の中央。草がたくさん集まっており、寝床のように見える。

 というか寝床だろう。草の上に巨大な生物が丸まって寝ている。

 

「……狐?」

 

『狐だな』

 

 それにしても巨大な狐だ。

 薄い黄色の毛に、三本の尻尾。尻尾が三本ある時点で普通の狐ではないのだが、大きさ的にも全長二十メートルと言ったところか。

 前足を組んでぐっすりと寝ている。たとえ巨大であろうが極小だろうが、寝姿は共通して可愛いというか癒される。

 

 ラテンはしばらく狐を眺め続けたが周りに何かがいると気が付いたのか、何の前触れもなしに狐が顔を上げた。

 とっさに木の陰に隠れる。そこから顔を少しずつ覗かせるが、意味がないことが瞬時に分かった。

 

「めっちゃガン見してるやん……」

 

『終わったな』

 

 狐がこちらをガン見している。その瞳にどんな思いが満ちているのかラテンには到底わからない。

 不意に三つの尻尾を揺らしながら、左前脚を前にだし、自分の元に引き寄せる。最初は何をしているのか理解できなかったが、繰り返す動作を見ていると、手招きをしているように見える。つまり「来い」ということだ。

 残念ながら、ラテンには拒否権はないらしい。

 

「俺は何をされるんだ」

 

『良くてオモチャ。悪くて胃の中』

 

「拒否権は………ないよな」

 

『当たり前だ』

 

 ラテンは深呼吸すると、覚悟を決めて開けた場所に足を踏み出す。狐は襲う素振りを見せず、じっとラテンを見据えていた。

 ラテンが狐の目の前にたどり着くと、大きなあくびをしてから鼻を近づけた。危険な相手か見極めているのだろうか、それが終わると何かを考えるように目を閉じる。

 

「あの~狐さん?わたくし、帰りたいのですが……」

 

 そう口にした瞬間、狐の両目が見開く。

 しばらくラテンをじっと見ると、今度は右前脚を前に出した。それは人間が犬に対してする動作、《お手》と酷似している。

 

「……どういう状況?」

 

『よかったな。気に入られたみたいだぞ』

 

「それはつまり、この狐が俺に従うってことか!?」

 

『そうかもな』

 

「そんなこともあるんだな………って、あれ?」

 

 ラテンは手を差し出そうとした。しかしようやく違和感に気付く。

 《お手》とは主人が愛犬に対してする動作のことだ。ザッカリアの街で何度も見ている。普通この場合、手を差し出すのは主人側の方はずだ。

 だが今手を差し出しているのはラテンではなく()。つまり狐がご主人様でラテンが愛犬の立場ということになる。

 

「……俺は、奴隷ですか………」

 

『食べられないだけましだろ』

 

「それはそうだけれでも!!」

 

 ジャビが言っていることはもっともなのだが、何故か心の底から喜べない。

 肩をがっくり落とすラテンを見て、狐が立ち上がる。そしてのそのそと歩いたかと思えば、尻尾を使ってラテンを無理やり歩かせた。

 ラテンは半ば押される感じで、来た道を巨大な狐と謎の生物であるジャビと共に引き返すこととなった。

 

 

 

 





安定のむちゃくちゃ設定。
勝手にこの世界に犬がいることにしましたが、飛竜がいるのなら犬もいますよね(震え声

ラテンが失ったのは現実世界の記憶だけです。もちろん現実世界で学んだ剣術も、出会った人もすべて忘れています。
武器を拒絶するのは………後日説明します。

ハチャメチャな展開になっていくと思いますが、これからもよろしくお願いします!

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