一気にソードゴーレムとの間合いを詰めたラテンは、左手で鞘を掴みながら体重を乗せた水平切りを放つ。
ラテンとリリアが戦ったのはソードゴーレムの試作版に過ぎないが、それでも形状は脚が四本ある以外に大きな変化はない。つまり戦う手順としては同じだ。
まずラテンがソードゴーレムの斬撃を受け止め、リリアが接合部に斬撃を叩き込む。それでバランスの崩したソードゴーレムをラテンが一気に畳みかける。
一見簡単な手順だが、問題はソードゴーレムの能力の高さだ。瀕死の重傷を負ってまで倒した奴が目の前の試作版。ならば完全版は斬撃速度も威力も試作版の桁違いだろう。それにラテンが対処しきれるかが、この手順の最大のポイントだ。
ラテンの斬撃に合わせてソードゴーレムが左腕は轟然と振り下ろされる。ラテンの刀と巨人の腕が相対した瞬間、一人と一体の動きが一瞬停止した。次の瞬間、ラテンが弾き飛ばされる。
何が起こったかわからないラテンが最初に感じたのは、右腕の違和感だった。巨人の腕に刀を当てた時は、注射を刺されたかのような痛みが、巨人に弾き飛ばされる頃には耐えがたい激痛に変わっている。
「うっ……!」
思わず左手を添える。
筋肉の痛みなら、ロボットと戦い終えてから先ほどに至るまで感じてはいたのだが、この痛みは筋肉の痛みとは違うはずだ。
(力が……強すぎる……!)
ロボットと剣を交えた時は腕の痛みなどなかった。それは、それを感じないほどラテンの試作機の力量が互角だったことを意味する。だが今のはどうだろう。
全体重を乗せた渾身の一撃ではなかったとしても、七、八割は出していた。それだというのにラテンは弾き飛ばされた挙句、腕に激痛を感じた。
つまりラテンとソードゴレームとの間には力量の差がありすぎるのだ。これにはラテンが作り出した方程式も簡単に崩れ去る。
「ラテン!」
戸惑いに見舞われた思考を断ち切らせてくれたのはリリアの叫びだった。
ラテンは意識を右腕から足に向ける。
そのまま踏ん張ってもいいのだが、今の右腕の状況では二撃目を防ぐのは困難であり、あの威力だ。威力と速度が比例して上がっているのなら、速度もロボットは段違いだろう。それをラテンが完全に見切れるとは思えない。
だからラテンは意識を足に向けたのだ。防御するのを完全に無視して、二撃目を避けることだけに集中する。
床に体が接する瞬間、ラテンは体全体をを使い横に転げまわると、巨人の右腕がラテンが倒れた位置に深々と突き刺さった。
その光景を見たラテンは目を見開く。巨人は右腕をゆっくりと引き抜くと顔らしきものだけこちらに向けてきた。しかしそんなことはどうでもいい。今、目の前で繰り出した巨人の斬撃。ラテンには
「くそっ……」
悪態をついて素早く起き上がると、タイミングをうかがう。ラテンが一人で対処できないのは今のでよくわかった。だがそれはあくまでラテンが一人でソードゴーレムと戦った場合だ。今はラテンが信頼できる仲間がいる。
ソードゴーレムは完全にラテンに意識を向けているため、リリアの存在には気づかないはずだ。いくら力量の差があろうが、反撃できない状態ならば、有効的なダメージを与えられるはずだ。
「やあああああ!!!」
リリアが気合を込めて、《ホリゾンタル》を放つ。できれば《武装完全支配術》の方が好ましかったのだが、リリアの剣はすでに何度も使っているためもう使えないだろう。それでも整合騎士として鍛錬してきた八年間の完成形はアインクラッドの<ホリゾンタル>とは比べ物にならないほどの威力だろう。
水色の輝きを放つ八重桜の剣がソードゴーレムの背骨と脚の接合部分に向かっていく。突如、甲高い金属音と共に、キシャァァ!という悲鳴を巨人が上げる。いや。ラテンの耳には悲鳴などには聞こえなかった。
「リリア!」
次に起こる最悪の事態を回避するために、ラテンは床を蹴り、リリアに体当たりすると振り下ろされた右腕を両手持ちで受け止めた。
それと同時に一撃の衝撃が体中に駆け巡る。歯を食いしばり何とか持ち直すと、ラテンが次に見たのは自分の右腹部に振り下ろされようとしている巨人の左腕だった。
その一撃はどう考えても避けきれるものではなく、受けたら体が真っ二つになるであろうものだった。
(終わった……)
これから訪れるであろう<死>を考えた瞬間、ラテンに不思議な現象が起こった。もちろん外見ではなく内面だ。
体中に駆けまわっていた激痛が嘘みたいに消えていき、身体が不思議と軽くなりはじめる。
そしてラテンの意志に関係なく、身体が勝手に動き始めた。
「……!」
勝手に動いた右手が巨人の左腕の軌道に刀を合わせた瞬間、このカセドラル全体を揺るがすような衝撃が引き起った。刀と左手を中心に、猛烈な風が発生し、百階全体に行き渡る。
一瞬時が停止したような感覚に襲われたラテンは、巨人の右腕が動いたのと同時に右手を動かす。
「うっ……らああああ!!!」
気合を込めた一撃でソードゴーレムの右腕を弾き飛ばすと、がら空きになった接合部分に刀を叩き込もうとする。
しかしさすがは完成版の兵器といったところか。後ろの二つの脚を軸に四本の腕脚でラテンと剣を交える。
一人と一体の速さはほぼ互角。いや、ソードゴーレムの方が上だ。それでもラテンが切り傷一つ作らないのは、身に迫る危険に意志とは関係なく体が勝手に反応しているからだ。
(これは《真思》なのか)
しかしラテンはすでに真思を発動していたはずだ。
それだというのにラテンが不思議な感覚に包まれたのは、もしかしたら死を感じたからだろうか。
死に対する理解が深まったときにそれを退けようとする。つまり、一種の防衛本能なのかもしれない。だからラテンはソードゴーレムに押されているにもかかわらず、すべてを防いでいるのだ。
リリアの方をちらりと見ると、すでに体勢を立て直し、ソードゴーレムの裏手に回っていた。
今のソードゴーレムは二本の腕と二本の前足でラテンと打ち合っているため後ろ側はがら空きだ。それにソードゴーレムは完全に意識をこちらに向けている。
リリアはラテンが見たことのある構えをした。途端、八重桜の剣が水色の光に包まれる。それは八十八階のオブジェクトの上でラテンのを見ただけで覚えた技。
水平四連撃《ホリゾンタル・スクエア》
初撃でリリアの存在に気が付いたのか、ソードゴーレムは左後ろ脚だけを軸にして、後ろ右脚でリリアに応戦し始める。だが、それが仇となった。
リリアは巨人の一撃を避けると、神速とも呼べる速さで次々と斬撃を打ちこんでいく。
今まですべての意識をラテンの向けていたため、ソードゴーレムがリリアに意識を向けた瞬間、四本の剣の動きが鈍くなる。それをラテンは見逃さなかった。
最小限の動作で構えをとると、ラテンの刀が水色の光を放ち始める。左腕の一撃を避けると、同じく神速とも呼べる速さで刀を振るう。
垂直四連撃《バーチカル・スクエア》
前方と後方から合計八連撃の奥義技。それだけではない。
ラテンがリリアの技の一撃後に発動したため、最後の一撃はラテンが担当することになる。すなわち、これで決められなくても、後方へ押しやることはできるのだ。
最後の一撃がソードゴーレムに触れた瞬間、巨人が十メルほど吹き飛んだ。先ほど巨人がいたところには水色の立体形が出来上がる。まるでスキルオーバーラップ《シェイプ・スクエア》のようだ。
二人は並んでソードゴーレムを見据える。
リリアはどうか知らないが、ラテンにとっては少々本気で叩きつけたつもりなのだが、目の前の巨人は二人の技が通用していないように軽々と立ち上がり、二人を見返すように赤い眼を光らせた。
「私としては本気でやったつもりなんですが……」
「全然効いてないみたいだな」
「……本気でやりましたか?」
「当たり前だろ」
「本当ですか?」
「本当だ」
「そうは見えませんが」
「それはあいつに聞いてくれ」
ラテンの言葉に反応したのか、ソードゴーレムは奇妙な金属音を発し始める。そして、床が揺れるほどの衝撃で二人に向かってきた。
もう巨人は同じ二の足は踏まないだろう。今の連携技でリリアの存在を無視できなくなった。つまり今からは殴り合いの肉弾戦ということだ。
二人はお互いに顔を合わせ、一つ頷くと武器を構える。
二人と巨人の距離が五メルに差し掛かった途端、視界が白く染まった。
「は!?」
「なっ!?」
ガガァァン!! という恐ろしく大きい衝撃音と共に、ソードゴーレムが軽々しく後方へ吹き飛んだ。
あんな巨体を軽々しく吹き飛ばすには超強力な神聖術か、
ひっくり返ったゴーレムはあちらこちらに白い煙を発しながら、動きを完全に停止させていた。しかし天命は尽きていないだろう。おそらく一時的に戦闘不能になっているだけだ。
技が飛び出してきた方向に二人は顔を向ける。突き破られた奥の扉。その闇の中から現れたのは、細身の長杖とそれを握る小さな手だった。続けて華奢な手首にかかる、ゆったりとした袖。幾重にもドレープを作る、黒いベルベットのローブ。房飾りつきの角ばった帽子。ローブの裾からちらりと覗く平底の靴が一歩前に出され、音もなく絨毯を踏む。柔らかそうな栗色の巻き毛と、銀縁の小さな眼鏡が月光に照らし出された。
(すげー強そうだ。でも、何とも、小さい……)
「お主、今失礼なことを考えたじゃろう」
「え、いや」
「考えたじゃろう」
「……はい」
この小さn……賢者は容姿の割にすごい貫録が感じられる。いったい何者なのだろうか。今の神聖術からして、相当な実力があると伺えるが、アドミニストレータに反抗したということは少なくとも味方のはずだ。
「ふふふ。来ると思ったわ」
突如アドミニストレータが不敵に笑い始める。まるで、楽しみにしていたものがようやく来たかのように。
「そこの二人は予想外だったけど、後の三人を苛めていれば、いつかは黴臭い穴倉から出てくると思ってた。それがお前の限界ね、おちびさん。私に対抗するための手駒を仕立てておきながら、それを駒として使い捨てることもできないなんて。まったく度しがたいわね、人間というものは」
やはりアドミニストレータはそこの賢者に用があったらしい。しかし言葉からして、いい雰囲気ではないことは確かだ。
「ふん。しばらく見ぬうちに、貴様こそずいぶん人間の真似がうまくなったものじゃな。二百年のあいだ、ずっと鏡の相手に笑う練習でもしておったのか」
「あら、そういうおちびさんこそ、そのおかしな喋り方は何のつもりなのかしら。二百年前、私の前に連れてこられた時は、心細そうに震えていたのに。ねぇ、リセリスちゃん」
「わしをその名で呼ぶな、クィネラ! わしの名はカーディナル、貴様を消し去るためのみ存在するプログラムじゃ」
「うふふ、そうだったわね。そして私はアドミニストレータ、すべてのプログラムを管理する者。挨拶が遅くなって悪かったわね、おちびさん。あなたを歓迎するための術式を用意するのにちょっと手間取っちゃったものだから」
にこやかに言い終えたアドミニストレータは、ふわりと右手を掲げた。
大きく広げられた五本の指が、まるで見えない何かを握りつぶそうとするかのような形に曲げられる。そしてそれが強く握り絞められた瞬間、がっしゃあぁぁん!! という、十重二十重の硬質な破砕音が、広間の全方向から響き渡った。
「貴様……アドレスを切り離したな」
「……二百年前、あと一息で殺せるというところでお前を取りのがしたのは、確かに私の失点だっだわ、おちびさん。あの黴臭い穴倉を、非連続アドレスに設置したのは私自身だものね?だからね、私はその失敗から学ぶことにしたの。いつかお前を誘い出せたら、今度はこっち側に閉じ込めてあげようって。鼠を狩る猫のいる檻に、ね」
口を閉じた最高司祭は、左手の指先をパチンと鳴らす。
途端に、先刻に比べ控えめな破壊音と共に、後方に屹立していた焦げ茶色の扉が砕け散った。辺りを見渡すと、先ほどまであった昇降盤が消えていた。つまり完全にこの部屋、カセドラルの百階が切り離されたということだ。
しかし―――
「その喩えは正確さに欠けると思うがな」
確かにその通りだ。今のこの状況をどう見ても分が悪いのはアドミニストレータだ。
「切断するのは数分でも、繋ぎ直すのは容易ではないぞ。つまり、貴様自身もこの場所に完全に囚われたということじゃ。そしてこの状況ではどちらが猫でどちらが鼠七日は確定しておらぬと思うが? 何せ我々は六人、そして貴様は一人。この若者たちを侮っておるなら、それは大いなる過ちじゃぞ、クィネラよ」
「六人対一人? ……いいえ、その計算はちょっとだけ間違ってるわね。正しくは……六人対六百人なのよ。 私を加えなくても、ね」
「それはどういう――――!?」
ラテンの言葉は金属の塊が不協和音によってかき消される。
先ほどまで消えていたソードゴーレムの双眸が今では赤く光っていた。カーディナルの術がまるで効いていなかったように、立ち上がる。
よく見ればラテンとリリアとカーディナルによってボロボロになっていた剣パーツが新品同様になっていた。
「おいおい。これじゃあ本当にチーターじゃねえか……」
「お主ら、わしの後ろに! 決して前に出るではないぞ!」
キリト以外の四人はカーディナルの後ろに回る。
リリア以外の三人を見ると、容姿が変わっているのはアリスだけだった。黄金の胸当てはどこかへ行ってしまい、右胸を抑えている。重傷を負ったようだが、短期間に回復したということは、カーディナルがやったのだろうか。
「大丈夫か、アリス」
「ええ。ラテンとリリアは?」
「俺は大丈夫だ。リリアも攻撃は受けてはいないから大丈夫だと思う」
「はい。まあラテンのおかげです。ありがとうございます」
「お前を死なせるつもりはないからな」
ラテンはリリアの肩に手を置く。
それにしてもアドミニストレータの発言が気になる。六人対六百人とはどういうことなのだろうか。
アドミニストレータが不敵な笑みを浮かべた。
中途半端ですいませんm(_ _)m
ソードゴーレムって原作を見る限り強すぎないですか?
なんかラテンとリリアが超人に見えてきたのは気のせいですよね(笑)
ちなみにラテンに起きた異変ですが、あれは《真思》です。真思の完成版と言ったほうがいいかもしれません。
設定が滅茶苦茶ですが、これからもよろしくお願いします!