ソードアート・オンライン~神速の剣帝~   作:エンジ

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第二十九話 チュデルキンの愛

 

「そっ……そんな、バカチンなっ……。げ、猊下に頂戴した、アタシの超絶に美しくて究極にカッコいい術式がっ……」

 

 毒々しいまでに赤い唇からついに侮蔑的な笑みが消え去った。

 ラテンは何が起こったのかわからないような表情のチュデルキンに刀を向けると、最初に会ったときに言われた言葉をそのままそっくり返した。

 

「お前は自分が有利な立場にあると思ってただろ。現実はそう簡単にはいかないぜ、カカシ男」

 

「なっ……な、な、なんっ……」

 

 ついにチュデルキンの口から悪口雑言が消え去った。限界まで歪めた顔は、蒼白に染まり激しく痙攣している。

 アドミニストレーターの方に視線を向けると、こちらは今起こった現象を面白がるように笑っていた。だが、ラテンには解った。

 アドミニストレーターが浮かべている笑みには先ほどまでの余裕が含まれていないということを。

 

「ふぅーん。その刀。おもしろいわね」

 

「これはこれは。最高司祭様に褒められるなんて、光栄の限りです」

 

 アドミニストレーターの言葉に、皮肉を込めて言い返した。アドミニストレーターは優美な動作で体を傾け、まるでその場に透明なソファがあるかの如く寝そべった。その姿勢でふわりと浮きあがると、細い足を組みながら口を開く。

 

「でも、弱点もあるでしょう?」

 

「………」

 

「あなたのその刀。範囲攻撃には弱そうね。自分の身を守るくらいなら全然問題はなさそうだけど、周りの人間を守るのはつらいんじゃないかしら?」

 

「……ちっ」

 

 見事にアドミニストレーターにこの刀の弱点を看破されてしまった。

 ラテンの刀は確かにあらゆる神聖術や《武装完全支配術》を無力化できる。だがそれは、この刀が触れた範囲だけだ。

 さっきのチュデルキンのように、一つ一つの神聖術が独立している場合、それぞれに刀を当てなければならない。《真思》が発動したラテンでさえも、迎撃できるのはせいぜい五、六個程度だろう。しかし、その数が二十個になると、自分の身を守るのが精一杯になる。

 つまり、全方位攻撃に対しては自分以外の人間を守れない――――弱いのである。

 

 

 一度見ただけで瞬時にラテンの刀の弱点を把握するとは、さすがは人界の支配者と言ったところか。

 ラテンは無言ままで見据えると、アドミニストレーターは微笑む。それは周りから見たら、微笑ましいものなのかもしれないが、ラテンにとっては憎たらしい笑み以外の何者でもなかった。

 

「チュデルキン、今のでわかったでしょう?」

 

「はっ……ほほはひっ……」

 

 甲高い声を漏らしたチュデルキンは、いきなり両目から涙をぼろりぼろりと零した。相変わらず逆立ち状態なので、大粒の滴は額に流れ落ち、絨毯に染みを作る。

 

「おほおおぉッ……なんともったいないっ、有り難いっ、畏れ多いっ!! 猊下御自ら、小生めに御教示くださるとはっ……! 応えますぞっ、このチュデルキン、必ずや猊下の御厚情にお応えしますぞおおおおおっ!!」

 

 たった一言のアドミニストレーターの言葉は、チュデルキンに対して治癒術以上の効果をもたらしたようだ。先ほどまでの表情は一瞬にして消え去り、元老長は、彼なりの気迫を込めた形相でラテンを睨みつけた。

 

「小僧ッ!! お前をこの偽りなき愛によって消し去ってやりますよォォォォゥッ!!」

 

 この棒人間は何を言っているのだろうか。今までの展開から、愛のことなんて一ミリも触れたつもりはないので、勝手に自己解釈したのだろうか。

 どのみちぶった斬ることには変わりないので、刀の握る手の力を強める。

 

 

 チュデルキンは燃え上がるまでにラテンを、続けてアリスとリリアを凝視すると、両手両足を大きく広げながら、背後のアドミニストレーターにむかって金切り声を絞り出した。

 

「さ、ささ、最高司祭猊下ッ!!」

 

「なぁに? チュデルキン」

 

「小生、元老長チュデルキン、猊下にお仕えした永の年月におきまして初めて不遜なお願いを申し上げたてまつりまするぅっ!! 小生これより、身体を賭して反逆者どもを殲滅いたしますゆえっ! それを成し遂げた暁には、猊下のっ! げっ、猊下のぉぉっ、貴き御身をこの手で触れっ、口付けしっ、い、い、一夜の夢を共にするお許しを、なにとぞ、なにとぞ、なにとぞ頂戴いたしたくぅぅぅぅぅッ!!」

 

(こいつは本当に何を言ってるんだぁぁぁぁ!?)

 

 ラテンは絶句せざる負えなかった。

 最高司祭に対して、なんというストレートなお願い。ここまでくればむしろ清々しく思えてくる。

 しかしそれでも、そんなお願いアドミニストレーターが承諾するとは思えない。もちろん立場のこともあるかもしれないが、一人の女性としてこんな棒人間と……。

 

 

 いっぽうのアドミニストレーターは、可笑しくてたまらぬというように真珠色の唇をきゅうっと吊り上げた。そして―――

 

「……いいわよ、チュデルキン」

 

 と囁いた。

 

(いいのかよ!?というか、こんな状況でよくそんな話ができるな!?)

 

 ラテンは脱力する気分だった。

 とはいえ、そんなことをさせるわけにはいかない。というか、させるつもりはない。

 アドミニストレーターはその言葉に続いて口を開く。

 

「創世神ステイシアに誓うわ。役目を果たしたその時には、私の体の隅々までも、一夜お前に与えましょう」

 

 その言葉を聞いた途端、アドミニストレーターが言っていることは嘘だと理解した。瞳の奥では嘲笑と侮蔑が色が揺らぎ、今もそれを必死にこらえているように見える。

 だがもちろん、チュデルキンはそれを見抜けない。

 

「おお……おおうっ………小生、ただいま、無上の……無上の歓喜に包まれておりますよぅ………もはや……もはや小生、闘志万倍、精気横溢、はっきり言いますれば無敵ですようぅぅぅぅッ!!」

 

 じゅっ、と音を立てて涙が蒸発し―――。

 突如チュデルキンの全身が、赤々とした炎の如き輝きに包まれた。

 

「シスッ! テムッ! コォォォォォル!! ジェネレイトォォ、サァァマルゥゥゥ、エレメ――――――ントオオオゥッ!!」

 

 指先までがピンと広げられたその四肢に、赤熱するいくつもの光点が宿った。どうみても、これがチュデルキン最大最後の攻撃であろう。

 先ほどと同じく生成された熱素は合計二十個。

 おそらくそのうち半分は対ラテンのために全方位攻撃に回すはずだ。そして、残り十個はサイコロと同じようにするはず。

 ならば弱攻撃はキリトとユージオに任せて、強攻撃をラテンが無力化するべきか―――

 

 

 そこまで思ったラテンは両目を見開く。

 なんとチュデルキンは両眼をも端末として二十一個目と二十二個目の素因を生成したのだ。

 指先だけなら、熱さを感じるぐらいで済む。だが、眼球の至近距離で大型の熱素を生成するとなると、周りの皮膚が無事で済むとは思えない。

 

 

 案の定、両岸の周りの皮膚が音を立てて焦げはじめる。しかし、元老長は熱さを感じていないようだった。それどころか、ニンマリ笑ってみせると、ひときわ甲高い声で絶叫する。

 

「お見せしましょォォォォォゥ、我が最大最強の神聖術ウゥゥゥゥッ……! 出でよ魔人ッ! 反逆者どもを焼き尽くせェェッ!!」

 

 いったん縮められた両手足が、目にも止まらぬ速さで振り回された。発射された二十の素因は直ぐには変形せず、宙に五個ずつ平行線を描きながら、チュデルキンと五人のあいだを猛烈なスピードで飛び回った。

 赤く輝く奇跡が、たちまちのうちに巨大な人間の姿と、先端が鋭くとがった鎖のようなものが出来上がるのを呆然と見守る。

 

 

 その巨人の姿はまるで、最初に会った時のチュデルキンがそのまま肥大化したような姿をしていた。

 巨人はこちらをぎろりと一瞥すると、右足を少し浮かせ、少し前の床を踏みつける。重い地響きとともに、大量の炎が巨人の足元から巻き起こり、周囲を熱素で揺らめかせた。

 

「……あやつにこれほどの術が使えるとは、私も知りませんでした」

 

「これはちょっとヤバそうだ」

 

 アリスの言葉は毅然としていたのだが、内心では動揺しているのか、語尾が少しだけ掠れていた。さすがのラテンもそれには同意せざる負えない。

 巨人単体なら問題はなさそうだが、その周りに漂う数本の鎖が厄介だ。自分の身を守ることができそうだが、残る四人を守るとなると……十秒ほどか。

 

「チュデルキンを甘く見すぎたようです。残念ですが、あの実体なき炎の巨人と槍を私の花たちでもリリアの衝撃刃でも破壊できない。防御に徹しても、そう長くはもたないでしょう」

 

「まあ、持って十秒と言ったところだな。その間に本体を倒すしかない」

 

「十……」

 

「……秒」

 

 キリトとユージオが同時に唸った。

 きっと二人の頭の中では、神聖術を使うか《武装完全支配術》を使うかを、天秤にかけているだろう。だが、神聖術はチュデルキンに対抗できるほどのものを持っていない。かといって《武装完全支配術》を使おうと思っても、十秒で術式は詠唱できないだろう。ならばどうするべきか。

 

「キリト」

 

「………」

 

「……覚悟を決めろ」

 

 キリトを正面から見据える。

 その黒い瞳は、懐かしい存在感を宿していることに気が付いた。あの、アインクラッドで生きていた時のように。

 

「……ああ」

 

 キリトは短く返事をする。

 ラテンはそれ以上何も言わずに、チュデルキンに体を向けた。巨大なピエロは一歩一歩こちらに近づいてくる。

 

 

 その距離が五メルほどになった時、チュデルキンの周りに漂っていた数本の槍の先端がすべてこちら側に向いた。

 ラテンは自発的に《真思》を発動させる。

 

「二人は槍を…………奴をやってくれ」

 

 ラテンはアリスとリリアに顔を向けるが、二人がこちらを一瞥した瞬間、方針を変える。なぜなら、その瞳には怒りが満ちていたからだ。

 普通ならば安全を考えてラテンがやるべきことなのだが、二人なら大丈夫だろう。もしもの時が起こったら、身を挺しても二人を守ればよいのだから。

 

 

 アリスは巨人の前に立つと、大上段に振りかぶる。

 アリスの足元からは突如、竜巻の如き突風が湧き起こり、白のロングスカートと長い金髪を激しくはためかせた。金木犀の剣の刀身が、黄金の光に包まれて数百の花弁へと分離し、列を作って空中を滑り始める。

 

 

 リリアは両手で柄を持つと、地面に突き刺した。

 桜色に輝いた刀身を中心に突風を発生させ、目に見える風の刃をいくつも作りだした。それがアリスの作り出した黄金の竜巻と融合し、あらゆるものを切り刻みそうな巨大な竜巻へと変貌させた。

 

 

 伸し掛からんばかりに接近していた火炎ピエロは、にやにや笑いを消さぬまま高々とジャンプして天井近くにまで舞い上がり、アリスとリリアが作り出した巨大な竜巻を恐れずに落下してきた。

 どばあああっ! と、燃えさかる溶鉱炉を思わせる轟音が、それ以外のあらゆる音をかき消す。

 落下してきたチュデルキンと共に数本の槍が全方位から襲ってくるが、二人は動けないため、できる限り全力の速さで迎撃していく。

 

 

 巨大な竜巻はほとんど垂直に伸び上がり、その中心に火炎ピエロの両足が呑み込まれている。高速回転する刃たちに引き裂かれた炎が、大掛かりの花火のように放射線状に飛び散り、空気を焦がした。

 しかしピエロは巨大なサイズを保ったまま、ゆっくりと竜巻を踏みつぶし始める。真下で支える二人の両脚は小刻みに震えていた。

 

 

 とっさに二人の援護に回ろうとするが、炎の槍が次々と襲ってくるため、二人を助けるために炎を消し去ったら、二人が炎の槍に襲われる。そうなったら、軽症じゃ済まないだろう。

 

「キリト!」

 

 いつの間にか叫んでいた。

 一瞬キリトの方向へ顔を向けると、見たことがある構え方をしていた。その初期モーションが検出され、漆黒の剣の刀身が赤い光に包まれる。

 キリトは地を蹴ると、ジェットエンジンじみた金属質の轟音と、炎よりもずっと深いクリムゾン・レッドの閃光を放ちながら、剣が一直線に撃ち出されていく。

 

 片手直剣用単発技、《ヴォーパル・ストライク》。

 

 ラテンも使ったことがあるその技は、時として長槍のリーチをも凌駕する。だが、それでもチュデルキンとは十五メートルほど離れているため、届かない。だが―――

 

「う……おおおおお――――――ッ!!」

 

 雄たけびを発した瞬間、キリトに変化が訪れる。

 ほつれていた袖の上から艶やかな黒革が出現し、腕から肩へ、そして体へと伸びていく。それは瞬時にロングコートへと変貌し、鋲を打たれた裾が激しく翻る。その容姿はまさに《英雄キリト》そのものだった。

 剣を包むライトエフェクトが、爆発したかのように光量を増した。火炎ピエロが撒き散らす朱色をかき消すほどに広がった深紅の輝きが、剣尖の一点に収縮する。

 

「オオオッ!!」

 

 気合の掛け声とともに、倒立するチュデルキンの胴体の真ん中を、深紅の光が貫いた。光の刃は二メル近く伸び続けてから、赤い粒へと分解する。

 途端、大量の血がチュデルキンの胴体から噴き出した。見るも無残な傷口は、身体を分断せんばかりに大きい。

 

「おほおおおぉぉぉぉぅぅ………」

 

 空気が抜けるような力のない声を発しながら、チュデルキンはゆっくりと自らが作り出した鮮血に倒れ込んだ。

 

 

 

 




なんかめちゃくちゃですね(笑)

ラテンとリリアはまだ全然活躍していませんが、次から活躍すると思います。

これからもよろしくお願いします!

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