ソードアート・オンライン~神速の剣帝~   作:エンジ

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第二十八話 開戦

 

 

(おお、すげ。はっきりと言い切ったな……)

 

 アリスが言い放った言葉。

 それは、今回の出来事がすべてアドミニストレータ本人が引き起こしたものであることと共に、アドミニストレータに対する宣戦布告とも取れた。右目の封印がそのままだったら決して言うことができない台詞だろう。

 だが、それでもアリスがそれを言う前に一歩後ずさったのは理由がある。

 それは《敬神モジュール》がまだ残っている、ということだ。

 

 ユージオがアリスほど反抗することに躊躇していないのは、おそらく《敬神モジュール》がアドミニストレータの手によって、取り除かれたからだろう。リリアに関しては冷静を保っているようにも見えるのだが、その瞳の奥には恐怖がないわけでもなさそうだ。三人がこうして絶対的支配者に対峙しているだけで、どれほどの恐怖を感じているのか、ラテンもキリトも想像することができない。

 

 それでもアリスはあくまで毅然と胸を張り、よく通る声で口上を続けた。

 

「我らが究極の使命は、公理教会の守護ではありません! 剣泣き幾万の民の穏やかなる営みと安らかなる眠りを守ることです! しかるに最高司祭様、あなたの行いは、人界に暮らす人々の安寧を損なうものに他なりません!!」

 

 その言葉を聞いた絶対的支配者は、怒りの気配を一つも見せず、むしろ興がるように唇の両端をわずかに吊り上げた。

 代わりに金切り声で喚いたのは、いつのまにかベットの中にもぐりこんでいたチュデルキンだった。

 

「だっ、だまっ、だまらっしゃぁぁぁぁぁイッ!!」

 

 垂れ下がっているシーツの中から勢いよく飛び出すと、ごろごろと前転を繰り返してから立ち上がる。

 赤と青の道化服は先ほどのアリスの《武装完全支配術》によってずたずたに切り裂かれ、そこから見える手足は恐ろしく細いものだった。それに今では丸いボディではなく、棒人間を書いたかのような容姿をしている。

 

 後ろに立つアドミニストレータの威を借りているつもりなのか、チュデルキンは両手を高々に振り上げると、二本の人差し指を勢いよくアリスに向けた。

 

「この半壊れの騎士人形風情があぁぁぁッ! 使命ィ!? 守護ォ!? 笑わせてくれますねえ、ホォ―――ッホッホッホッホォ―――――――ッ!!」

 

 甲高く笑いながら体を一回転させると、ずたぼろになった道化服がひらひらと舞い上がり、赤と青の縦縞の下穿きが露わになる。両手を腰に当て、今度は左脚をアリスに向けて喚いた。

 

「お前ら騎士どもは!! 所詮、あたしの命令通りに動くしかない木偶人形なんですよッ!! この足を舐めろと言われたら舐め、お馬さんになれと言われたらなるッ!! それがお前ら整合騎士の、ありがたぁぁぁぁい使命なんですよぉぉぉぉッ!!」

 

 そこまで言うとバランスを崩し、巨大な頭ごと後ろにひっくり返りそうになるが、両手をばたばたとさせて立ち直る。

 

「だいたいですねェ! 騎士団が壊滅したとか、ちゃんちゃらおかしいぃぃんですよゥ!使えなくなったのはおよそ十人足らずじゃないですかッ! つまり、アタシにはまだ二十のも駒が残っているんですよォ!」

 

「馬鹿はお前です、カカシ男。残る騎士二十のうち、半数の十名は、最高司祭様によって記憶調整を行われており、動かせないでしょう。そして残る半数は今も飛龍に打ち跨り、果ての山脈で戦っています。彼らを呼び戻すということは、《東の大門》から闇の軍勢が人界に侵略することを許すとともに、公理教会の支配が崩れ去ることにもなります。それにその騎士たちでさえも、永遠に戦えるわけではありません。しかし、このカセドラルには交代要員などいない。それともチュデルキン、お前がダークテリトリーに赴き、暗黒騎士たちと一戦交えますか?」

 

 なんともきれいな論破だ。

 後半の交代要員に関しては、ラテンとキリトとユージオが病院送りにしてしまったため、潔くうなずくには何か引っかかるところがあるのだが、リリアとアリスを取り戻し、アドミニストレータを倒せば帳消しにしてくれるだろう。もちろんラテンの心の中で、だが。

 

「ムッホォォォォォ!! こっ、こっ、小賢ッしいぃぃぃぃぃッ!! それで一本取ったつもりですか小娘ぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 怒りの表情をおもむろに露わにしたチュデルキンは、子供のように地団太を踏み始めた。そして再び口を開こうとしたチュデルキンを黙らせたのは、後方に立っているアドミニストレータの短い一言だった。

 

「……ふぅーん」

 

 顔色をたちまち白に戻し、直立不動で沈黙するチュデルキンを全く無視して、アドミニストレータはアリスに向けた顔を軽く傾げた。

 

「やっぱり、倫理回路エラーじゃなさそうね。それに、敬神モジュールもまだ機能している……。となると、あのものが施した《コード871》を自発的に解除したのかしら……?突発的な感情ではなく……?」

 

 ラテンにはアドミニストレータの言っていることが理解できなかった。

 アドミニストレータは肩にかかった銀髪の髪を右手で後ろに払いながら口調を切り替える。

 

「ま、これ以上は解析してみないと解らないわね。……さてチュデルキン。私は寛大だから、下がりきったお前の評価を回復する機会をあげるわよ。あの五人を、お前の術で凍結してみせなさい。天命は、残り二割まで減らしていいわ」

 

 言い終わると同時に、右手の人差し指を軽く一振り。

 途端、アドミニストレータの足元に鎮座する天蓋付きのベットは、巨大なネジの如く床へと沈んでいく。

 ベットが消滅した最上階は驚くほど広大に感じられた。

 

 ともあれ遮蔽物がないのは痛手だ。神聖術師相手に遮蔽物なしの戦闘となると、術を詠唱される前に突っ込むか、《武装完全支配術》で先手を打つか。

 

 どちらにせよラテンには関係ない。

 ラテンの持っている刀の能力は《原点回帰》。つまり、ラテンには術式も《武装完全支配術》も通用しないのだ。ある意味では、戦闘において最強の能力だろう。相手が、剣士ではなく術者だったら、一方的に殴ることも可能だ。まあ、リリアのようなイレギュラーが起こらないとも限らないが。

 そんなことを思っていたら、アリスを口を開く。

 

「不用意な突進は危険です。最高司祭様も、手で触れさえすれば私たちを生け捕りにできる術式を持っているはず。チュデルキンに先に仕掛けさせるのは、隙をついて接触するのを狙っているからに違いありません」

 

「そういえば……最高司祭は。僕を殺せるのに殺そうとしなかったような気がする。それに、元老長も、ベルクーリさんを石に変えるときわざわざ乗っかって、……いや、直接触れていたよ」

 

「なるほど《対象接触の原則》か」

 

 投射型攻撃術、つまり遠距離攻撃の術以外で対象に働きかける場合は、原則として手や足で触れる必要がある。それが神聖術の基本ルールだ。

 元老長ならそのルールに従うだろうが、問題はアドミニストレータだ。この人界の支配者ということは、神聖術のルールを覆す技を持っている可能性もある。それに、ラテンの刀がそれをも無力化するとは限らない。

 

(リアルラックが試されるな……)

 

 どのみちアドミニストレータとは戦うことになる。その可能性はその時に考えればいい。

 

「ホホホウッ!」

 

 いきなりチュデルキンが、バネ仕掛けのような勢いで飛び起きる。慌てて身構える四人ととっさに柄を握る一人に、これまでにないいやらしい笑みを向けながら、背後の支配者につらってみせる。

 

「……あのようなクソ野郎ども、猊下にあらせられましては小指の一押しでぶっ潰せますものを、わざわざ小生にその喜びをお与えくださる寛大さ! 小生泣けます! 泣けますですぞぉ!! ホグッ、ホグググ……」

 

 言葉通りに、チュデルキンは目尻から粘液質の涙をぼとり、ぼとりと落とす様は、はっきり言って哀れ以外の何者でもなかった。

 アドミニストレータは相手をするのが疲れたのか、素っ気ない一言と共に五メートルばかり後退する。

 

「……ま、適当にやって」

 

「ははぁいッ! 小生、死力を尽くしてご期待に応えますぞぉぉぉぉぉぉッ!」

 

 まるでそこにスイッチがあるかの如く、両手の親指でこめかみを押すと、先ほどまでぼとぼと垂らしていた涙も止まり、ニンマリと笑いながら五人を睨めつけた。

 

「さぁてさてさて……テメエらはそう簡単にゴメンナサイさせてやらねえんですよゥ。ひぃひぃ泣いて這いつくばる前に、天命を最低八割はちっくりちくちく削ってやるから覚悟しなさいよゥ?」

 

「……お前のたわ言はもう聞き飽きました。その小汚い舌を根本から切り飛ばしてあげますから、早くかかってきなさい」

 

 舌戦でも一歩も引かないアリス。それに容姿の割にえげつないことを言うのはリリアと同じようだ。だが、前に思ったことを訂正しよう。

 

 リリア以上にアリスとは口喧嘩したくない。

 

「ンンンンンンもぉ許しませんようぉぉぉぉぉッ!! そんなにあたしの麗しの下ベロがほしいのなら、たっぷり舐めまわしてやりますよゥッ!!」

 

 そう喚くとチュデルキンは高々とジャンプし、後方心身一回半宙返り一回ひねりを決めると、どすんと着地した。それくらいゲーム内ならできるだろう。だが、驚いたのはその後だ。

 チュデルキンが着地の支点に使ったのは、手でも足でもなく頭。

 確かに見た目的にそちらの方が安定しそうだが、いったいどうする気なのか。

 そう疑問に思った瞬間、チュデルキンは両手両足を広げると、金切り声で神聖術の起句を喚いた。

 

「システムゥ……コォォォォ――――ルッ!!」

 

 それと共にラテンは抜刀術の構えをとる。ほかの四人は抜剣し、構えた。

 

「ジェネレイット・クライオゼニック・エレメントゥ!!」

 

 やけに巻き舌な発音で、チュデルキンが凍素生成の術式を叫んだ。

 ぱぁん!! と逆立チュデルキンが両手を打ち合わせ、大きく広げる。その指一つ一つに青い光が生み出された。

 その数、十。

 

「くそっ、最大数か」

 

 キリトが毒づいた。

 だが、それでも十個だ。初心者に等しいラテンが生成できる熱素は三。キリトとユージオが五個づつ生成できるため、チュデルキンを上回ることができる。

 そう思った瞬間、再び、ぱぁん!!という乾いた音が再び響いた。

 それは、はだしの両足を器用に打ち合わせた音だった。続けて二本の脚を開き、両手と同じようにする。直後、指先から十個の凍素が生成された。

 

(二十か……だが)

 

 そう。それでも二十がチュデルキンの限界だ。どうあがいてもそれ以上は生成できない。だがこちらには整合騎士のアリスとリリアがいる。いくら神聖術が苦手でも整合騎士になるくらいなのだから、片手で五個は生成できるだろう。

 つまり、こちらは二十三個の熱素を生成できるということだ。

 

 そう確信して、アリスとリリアを見る。だが、二人とも熱素を生成するどころか術式を唱えていた。

 聞こえてくる単語から予想して、おそらく二人とも《武装完全支配術》を使う気なのだろう。

 まあ、当のラテンも二人が熱素を生成しようとしていたら、同じく生成するつもりだったのだが、やはり使い慣れている刀の方が何百倍も安心感がある。

 

 チュデルキンは超高速で素因変形コマンドを詠唱すると、五人に向かってまずは右手を、わずかな時間をおいて左手を鋭く振りぬいた。

 

「ディスチャアァァ――ジョワッ!!」

 

シュゴッ!!

 

 と空気を切り裂いて、五本の氷柱が冷気の渦を引きながら打ち出された。それを追いかけてさらに五本。

 ラテンはその氷柱に向かって刀を―――――抜刀できなかった。いや。正確にはしなかったのだ。

 五人の目の前に突如現れた無数の花弁と八つの衝撃刃。

 それらが、合計十個の氷柱をいとも簡単に無力化すると、チュデルキンは悔しそうな唸り声をあげる。

 

 それにしてもなんて美しいのだろう。

 衝撃刃の周りを彩るように舞う黄金の花弁。この二つはそれこそ、古代中国の演舞に出てきそうな美しさを帯びていた。

 

「……そんなチンケなした下ろし金で勝った気になってんじゃねぇんですよゥッ! ならこいつはどうですかッ! ホォォォォォッ!!」

 

 真横に倒したまま十個の素因を保持する両脚を、左右から勢いよく振り上げる。

 青い平行線を描きながら舞い上がった凍素たちは、天井近くで一つに融合すると、四角い氷の塊を発生させた。

 

 ごつん、ごつんと硬質な振動音を響かせながら氷はみるみる巨大化し、一辺が二メートルはありそうな立方体へと成長する。変形はそれで終わらず、すべての面に、凶悪に鋭いスパイクがびっしりと突き出す。

 見たところ重さは七トンほどか。

 これから起きようとしている光景を思い浮かべると、なかなか面倒くさいことになりそうだが、いくら二人とはいえ、この大きさのサイコロを破壊するには骨が折れるだろう。

 

「……んじゃあ、今度は俺の出番だな」

 

「……ラテン?」

 

「ああ、四人とも。ちょっと濡れるかもしれないけど、勘弁しろよな」

 

「「「「は?」」」」

 

 ラテンは抜刀術の構えをとる。

 逆立ち状態のチュデルキンは、真上に伸ばしていた両足を前に倒した。

 

「ぺっちゃんこになりなさああァァァァ―――いッ!!」

 

 そう叫んだ瞬間、トゲトゲのサイコロが、轟音とともに落下し始める。その距離が二メートルを切った瞬間、ラテンはサイコロに向かって抜刀した。

 

 途端、バッシャァァァァン!!という壮大な音を立てながら、氷のさいころが水に変化した。

 七トンの氷を作り出した水の量は計り知れないが、あいにく最上階はこれでもかというほど広い。この広さなら、膝下ほどの量だろう。

 だがここで懸念するのが、水の勢いだ。

 氷をできるだけ垂直に斬ったため、真っ二つに割れて左右に分かれる。

 斬った瞬間まではそう思っていた。そう。斬った瞬間までは。

 

 膨大な水は確かに左右に流れたのだが、現実は予想通りにはいかなかった。

 一部の水が五人を飲み込み、五人は後ろへと押し出される。そのまま水はフロアに広がると、昇降盤のわずかに開いた隙間から下へと流れ込む。

 水位は次第に下がり、五人が立ち上がるころにはすでに最上階から水が無くなっていた。

 一応これで危機は脱した。その場にいた四人はそう思っていた。ただ一人を除いて。

 

「げほっ、げほっ。……おいラテン。これのどこがちょっと濡れる、だよ」

 

「うへぇ~!!めっちゃ、しみるんだけど!!」

 

 

「だ、大丈夫ですか?……でも、これだからクレイジーな坊やと最高司祭様に揶揄されるんですよ?」

 

「クレイジーなことをしたのはこれが初めてだった気がするんだけど……まあいいか」

 

 ラテンは刀を納刀しながら、再びアドミニストレーターとチュデルキンと対峙した。

 

 

 




中途半端な終わり方ですいませんm(_ _)m
それに何度も言うようですが、すごい無理やり感があります(泣)

アドミニストレーター戦は細かく描写したいので、オリジナルは本当に少なくなるかもしれません。でも、ラテンとその刀がある時点で、原作通りにはいかないですよね(笑)

チュデルキンの技はもう通用しないわけですし(笑)

ちなみに私の作品のチュデルキンがしょぼいのは気のせいでしょうか?(笑)

これからもよろしくお願いします!

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