「お前、本当に大丈夫なのかよ」
「いや、だから。止血はしてるから、安心しろって」
キリトがラテンの身体を見て、何度も同じことを言ってくる。まあ、今のラテンの姿を初めて見た人なら、当然の反応だとは思う。
だが、そんなことでいちいち驚いていたら、この先に待つアドミニストレータとの戦いは持たないだろう。
今以上の被害、もしくこの中の誰かが犠牲になるかもしれない。しかし、リリアだけは守り通す。ラテンはそう決意している。
百階へと残り五メートルに差し掛かった時、大穴の端から、チュデルキンがのぞいてきた。チュデルキンは顔を一瞬真っ青にして後ろに振りむき、何かを叫んでいる。そして、その方向に逃げようとしていたチュデルキンの靴を、ラテンは左足、キリトは右足を担当して掴んだ。
「ホヒイエエエエ――――――ッ!!」
いきなり絶叫したチュデルキンは、両足をばたばたと振り動かす。本当はそのまま引っ張り出したかったのだが、思った以上の力で振り動かされたため、つま先がとがった靴が脱げてしまった。
キリトを見ると、どうやら同じらしい。脱げた靴を眺めている。
そのまま四人は百階に到達した。辺りを見渡すと、十メートル先の壁際にユージオの姿があることを確認した。
右手にキリトが持っていた短剣と同じようなものを持っている。つまり、ユージオは正気を取り戻しているのである。
もし戻っていなかったら、斬るつもりだったのだが、こういう結果になってよかったと思えてくる。
「よう、ユージオ」
「一人でパーティなんて、寂しいじゃねえか」
キリトに続きラテンも亜麻色の髪の青年い声をかける。その顔には不安と共に安心感が隠れていることが見て取れた。
きっとユージオは整合騎士となって、キリトを傷つけてしまった償いとして、単身でアドミニストレータの元へ乗り込んだのだろう。もし、ラテンがユージオの立場でも同じことをしたかもしれない。
ユージオは右手にぶら下がっている短剣を強く握ると、部屋の中央に視線を移動させた。ラテンはその視線をたどる。
巨大なベットの奥にひっそりとたたずんでいる、銀髪の少女。その口元には、謎めいた微笑を浮かべていた。
しかし、それはあまり問題ではない。本当の問題は、その少女が裸だということだ。
「なんて、破廉恥な……」
女性の裸なんて見たことがないラテンは、思わずつぶやいた。
だが、だからといって手加減するわけにはいかない。ここでその少女を倒さなければリリアがサイリス村の戻るどころか、この人界がダークテリトリーの侵略者によって呑み込まれてしまう。
おそらくこの世界に来たばかりのラテンならそんなことは気にしなかっただろう。だが、この人界に暮らし始めて早二年。その間にたくさんの人と出会った。
サイリス村にいる、サインやマリン。宿主のソコロフさんやアイシャさん。金細工店のサードレ。修剣学院のアスベルやリンク。傍付きだったシャロン。そして、リリア。
それ以外にもたくさんの人にお世話になった。今は、現実世界にいる仲間と同等以上に大事な存在だ。そんな人たちを、守りたい。
今はその気持ちでいっぱいだ。
ユージオがこちらに歩いてくる。だが、その足はキリトの隣に現れたアリスを見た瞬間に止まった。きっと今のユージオの胸の中では、色々な思いが混在しているだろう。
アリス・ツーベルクとしての人格が戻った瞬間、アリス・シンセンス・サーティとしての人格が消える。それがユージオに一番の願いであり、脚を止めている原因でもあるはずだ。
ラテンはユージオを見て、大きくうなずく。ユージオはそれを返すように頷くと、じりじりとこちらに再び移動してきた。
ようやく四人の元にたどり着くと、キリトがユージオにささやきかける。
「怪我してるのか。俺のせい……じゃないよな?」
「…………お前の剣は一発も当たってないよ。ちょっと、背中を柱にぶつけたんだ」
「だから俺達が来るまで待ってればよかったのに」
「……あのねキリト、お前たちを足止めしたのは僕なんだよ」
「あれくらいで止められるほどヤワな足じゃないぜ」
二人で小声で言い合いを続ける。
ラテンはそれを見ながら、隣に立つリリアに声をかけた。
「あれが、アドミニストレータ?」
「はい。六年前と何も変わっていません」
「……脱ぎ癖でもあんの?」
「それは……って、やっぱり変態ですね、あなたは!」
「いやいや、客観的な予想を述べただけだろ!?反逆者が目の前にいるのに、裸なんて……そう予想せざる負えないだろ」
「まあ、そうは思いますが……」
リリアはアドミニストレータに顔を向ける。ラテンもそちらに顔を向けるが、当のアドミニストレータはこちらの視線に気が付くと、ニコッと笑いかけてきた。
今更なのだが、脱ぎ癖がなかったら、どこをどう見ても美少女だ。脱ぎ癖がなくてもその事実は変わらないのだが、そのせいで全体ではなく一部を凝視してしまうから、会った瞬間には思わなかったのだろう。
「ど、どこを見てるんですか!」
「へっ?……あ、いや。だって自然現象だし、それに暗くて見えてないから大丈夫だろ」
「女性の裸を見たら胸に視線がいくのが本当に自然現象なんですか?あなたの性格なんじゃないんですか?」
「いやいや、俺だけじゃないよ!?きっと、キリトやユージオだって……」
二人の方向に視線を送ると、未だにこそこそと話し合っている。こういうときだけ、味方になってくれない二人が恨めしく感じてしまうのは気のせいではないだろう。
「た、確かに……胸は大きいですが……それだけで女性を選ぶなんてどうかしていると思います!」
「話が脱線しすぎだろ!?……もういいよ。俺が悪かったよ……」
このままだと延々に続きそうなので、とりあえず話を終わらせる。リリアは横目でこちらを凝視しているが、優先順位は理解しているのか、意識をアドミニストレータに持っていく。
「あらあら……この部屋に、こんなにたくさん来客があるなんて初めてよ。ねえチュデルキン、おまえ、アリスちゃんとリリアちゃん、それにイレギュラー坊やとクレイジー坊やの処理は任せると言ってなかったかしら?」
(クレイジー坊やって、俺のことか!?)
まったくクレイジーなことをしたつもりはないのだが、アドミニストレータにはそう認識されているらしい。
「ホッ、ホヒイイッ! そっ、それはそのっ、小生、猊下のために勇猛果敢、獅子奮迅の戦いを……」
「……来て速攻逃げ帰ってたじゃねえかよ」
「だまらっしゃい! げ、猊下! しっ、小生のせいじゃァないんですよおおゥっ! 三十三号が手抜きをして、反逆者どもを半分しか氷漬けにしなかったもんですからっ……」
「……あやつだけは……」
冷ややかな殺気を含む声でアリスがつぶやいた。
それに気が付いたのか、何かをしゃべっているチュデルキンを「黙ってなさい」と言って制すと、ほのかに微笑みながら一歩前に出た。
「ねぇ、アリスちゃん。あなた、私に何か言いたいことがあるのよね? 怒らないから、いま言ってごらんなさいな」
アドミニストレータに合わせてアリスが一歩下がる。
視線をちらりを向けると、騎士の顔は月明かりよりも青白く血の気を失い、唇も薄く引き結ばれていた。しかし、アリスはそこで踏みとどまり、黄金の小手をはずすと、左手の指先でそっと右目の眼帯の包帯に触れた。
まるでそこから力を貰ったかのように、右足を一歩前に出す。
「最高司祭様。栄えある我らが整合騎士団は、本日を以て壊滅いたしました。私の隣に立つ僅か三名の反逆者たちの剣によって。……そして、最高司祭アドミニストレータ、あなたがこの塔と共に築き上げた果てしなき執着と欺瞞ゆえに!!」
今回も短いです。
前回人界編は残り二、三話で終わると言いましたが、完全に無理でした。すいませんm(_ _)m
次話からは今回よりも長くなります。
その状態で、あと四、五話になりそうです。
アドミニストレータ戦は細かく描写していきたいので、これからもよろしくお願いします!