ソードアート・オンライン~神速の剣帝~   作:エンジ

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第二十六話 百階へ

 

 

 一人の少女がこちらに振り向き、笑顔で駆け寄ってくる。それは、何の悪意もない、見た人の心が和やかになり、自然に笑みがこぼれる、そんな無邪気な子供の笑顔。

 周りには心地よい風に揺られて、まるで海のような風景を見せてくれる草原があり、少女と向かった場所にはいつものように、大きな木があった。

 少女は小さな籠から、サンドイッチのようなものを手渡してくる。それを受け取ると、とてもおいしそうな匂いに誘惑され、かぶりついた。隣の少女は笑いながら、口元を白いハンカチでぬぐってくれる。いつもの日常。

 

 

 なんだろう。こんな経験、十八年間の中にあっただろうか。

 

 祖父から剣を教わり、夢中に練習した日々。

 それがラテンが知っている、そしてラテンが経験した幼少期だ。

 

 それならばこの夢は、この記憶は何なのか。

 ただの妄想。普通の人ならばこう判断するだろう。だが、ラテンはそうは思わなかった。その記憶は、自分が経験した幼少期のように頭の中に残っているのだ。まるで、もう一度、いや、自分の知らない自分が体験した幼少期であるかのように。

 

 ああ。またあの笑顔で少女がやってくる。いつものように小さな籠を片手にぶら下げ、長い金色の髪を風に揺らしながら駆け寄ってくる。

 そして、突然頭に手を乗せられ、なでられる。それは赤ん坊をなでるかのように優しく、心地いい。叶うことなら、いつまでもこうされたい。

 そんなことを思いながら、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭に感じる心地い感覚によって、ゆっくりと瞼を開いた。

 目の前に広がるのは、白い大理石の天井と、間近からこちらを見ているリリアの顔。自然に視線がぶつかり合う。

 

 ラテンと五秒ほど見つめ合ったリリアは、瞬時に顔を赤くして、目つぶしをするかのごとく二本の指でラテンの瞳に突っ込もうとする。ラテンは両目を見開くと、瞳に到達する寸前で、それを両手で止めた。

 進もうする力と押し戻そうとする力。それが均衡し、空中で静止しているように見える。実際は一ミリ単位で、動いているのだが。

 

「な、なあ、リリア。そんなに恥ずかしいなら、膝枕なんてするなよ」

 

「ひ、膝枕などしていません。か、勘違いしないでいただけます?」

 

「いやいや、ツンデレですか!?というか、膝枕以外に何があるんだよ」

 

「死にかけて、頭がおかしくなったんですか?」

 

「なら、指を離してくれませんかね?起き上がりたくても、起き上がれないんですけど」

 

 そう言うと、リリアはようやく指の力を緩めてくれた。ラテンは多少名残惜しがったが、これ以上頭を乗せ続けると、剣で刺される可能性があるので、起き上がる。

 まだ、体の節々から痛みを感じる。先ほどの戦闘が大きかったのだろう。何せ、限界を超えた状態で剣を交えていたのだから。

 

(というか膝枕なんて、ユウキにもされたことなくね?)

 

 記憶を巡らせる。

 思えば、手をつないだ以降の進展がないような気がする。キスだって、ホワイトデーの日いらいしていない。二年前にしようとしていたところを、襲撃されたのだが。

 

「……どのくらい時間が経ったんだ?」

 

「さあ。私が目覚めた時には、あなたは大量に血を出しながら隣に倒れてましたから。私が目を覚まさなかったら、あなたは死んでましたよ?」

 

「それは助かった。まあ、俺も多少なら戦闘できるし、上へ急ぐか」

 

「わかりました。ですが……」

 

 言葉を濁したリリアの方向に顔を向ける。その表情には少々罪悪感が混じっているように見える。ラテンは自分の姿を確認してリリアが思っていることを理解した。

 

「いいよいいよ。このくらい大丈夫だって。それに俺より先にお前が死にかけてたんだぜ?もう少し、自分の心配をしろよ」

 

「……申し訳ありません。十分なソルスがあれば、その傷を治すことができるのですが……」

 

 ラテンは苦笑する。

 リリアの思っていることはわからないでもない。

 なんせラテンの身体には、あらゆるところに切り傷ができており、腹部には大きな傷が二つほどある。どれも止血には成功しているが、見ているほうからすると痛々しい光景だ。

 ラテンにとっては、止血されただけでもありがたいのだが、リリアは申し訳ない気持ちに満たされているらしい。

 

「気にすんなって。行こうぜ」

 

「はい」

 

 二人は大階段に戻り、上へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五分ほど経っただろうか。

 できるだけ早く移動したつもりなのだが、思った以上に痛みが大きく、常人より遅いペースで、九十九階にたどり着いた。

 痛みといっても、切り傷の痛みではない。筋肉の痛みだ。

 まるであちらこちらが攣っているような、そんな痛みが駆け抜ける。

 

「大丈夫ですか?」

 

「ああ、大丈夫だ。……って、あれは…!」

 

 ラテンが視線を向けた先にリリアもむける。そこには、辺り一面に広がる氷の世界があった。思わず、九十九階がそういうエリアなのかと思いたくなるほどのものだった。だがそれも、氷の中に埋もれる二つの影によって打ち消される。

 

「キリト、アリス!?」

 

 二人はキリトとアリスの元に向かう。

 見事なまでに氷漬けにされており、出ている部位は手と頭だけだ。これをやったのがユージオだとすると、いったい何のためにしたのか。

 きっとそれはキリトが説明してくれるはずだ。まずは、二人を助けるために刀を振りかざす。

 途端、上方部で何かが動く音が聞こえてきた。

 

「まずい。ラテン、リリア!隠れてくれ!」

 

 キリトの言われた通りに氷の中に隠れる。その間にアリスが《武装完全支配術》を詠唱していたのは気のせいではないだろう。

 

 氷の間から、見つからないように音がする方向に視線を向ける。

 その源は、昇降盤が動く音で、その中に見覚えのある奴が立っていた。

 

(チュデルキン……!)

 

 今からでも斬りかかりたいのだが、キリトもアリスもこれを狙って今まで脱出しなかったのかもしれない。普通ならば、氷漬けにだれてから一分もたたずにどちらかの《武装完全支配術》で脱出し、ユージオを追っているはずだ。

 

 チュデルキンが不気味な笑みをしながら、こちらに近づいてくる。

 二人の前に立つと、くせのある口調で口を開いた。

 

「ホオオオオオオッ。これはこれは。罪人と騎士風情が、この私に逆らうからこんなことになるんですよぅ!たーっぷり、可愛がってあげますからねぇ!」

 

 完全にこちらに気付いてない。それどころか、隙だらけではないか。

 普通ならば、相手がどんな状況でも、最後の最後まで油断をしてはいけない。こちらとしては、警戒心が皆無な方が動きやすいのが事実なのだが。

 

「……お前、そんな余裕たーっぷりでいいのか?」

 

「何ィ!この罪人が、私に口を利くとはいい度胸ですねぇ!」

 

「私たちを見くびらないほうがいいですよ。――――エンハンス・アーマメント!!」

 

「ホアァ!?」

 

 間抜けが声が放たれた瞬間、アリスの剣が無数の花弁となって、氷を切り刻んだ。それにより脱出したキリトは、黒い剣でチュデルキンに突き技を放つ。だが、氷漬けにされていたことが影響していたのか、狙いが定まらず、チュデルキンの腹部に掠る。キリトはさらに踏み込もうとするが、アリスの花弁の方が速かった。

 

 無数の花弁がチュデルキンを襲い、体の隅々まで切り刻んでいく。

 だが、当のチュデルキンはどんな仕組みなのかよくわからないが、アリスの《武装完全支配術》から脱出すると、未だ下がり続けている昇降盤に飛び乗り、上にあいている大きな穴に大ジャンプした。

 

 マリオかよ、と一瞬言いたくなる衝動を抑えて、昇降盤に飛び乗る。三人もそれに続き、リリアが昇降係と同じような単語を詠唱した。

 

「システム・コール。ジェネレート・エアリアル・エレメント……バースト・エレメント!」

 

 途端、昇降盤は上昇し、四人はアドミニストレータがいる第百階へと向かって行った。 

 

 





今回は今までよりも、短かいです。
この後の区切りが難しいところから、今回はここで区切らせていただきました。
おそらく人界編は、あと、二、三話になると思います。
これからもよろしくお願いします!

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