視線の先はまったくもって真っ暗だったのだが、すぐに地面が見えてきた。右手に持った刀をどうにか壁に突き刺そうとしたが、何故かここの部分の壁だけ周りよりも硬く、刃が通らない。。
仕方なく、ラテンは自分が下になるようにリリアを左手で抱きかかえそのまま地面に落下した。
直後、背中に強烈な痛みが電流のように突き抜けるが、どうやら天命は全損していないらしい。そんなことよりも、リリアが心配だったのだがこちらは無傷だ。
「あなた……なんで……?」
「ろくに受け身をとってなかったお前がそのまま地面に激突したら、天命が消し飛ぶかもしれないだろ?それにどうせ天命が減るんだったら、一人は軽症の方があとあといいかもしれないし……まあ、お前は俺を利用したっていう認識をしてくれれば丸く収まるかな」
「………」
リリアはラテンの言葉に無言で受け止めると、治癒術を詠唱し始めた。すぐさまラテンの天命が回復するが、完璧にとは言い難い。つまり、チュデルキンが言っていた《アレ》がリリアやアリス並の敵だった場合、一人で対処するのは不可能ということになる。
「そんなことより、ここは?」
「わかりません。落ちた長さ的に《暁星の望楼》で間違いはないはずなのですが、この場所は見たことがありません」
「そうか。でも構造的に《暁星の望楼》は中央に壁を挟んで、二つに分かれてるみたいだな。……ほら、不自然に壁が途切れてるし」
ラテンの視線の先には滑らかな曲線を描くようにあった壁が、垂直に分断されている。つまり、ラテンとリリアがいるのは、四人が上ってきた場所の反対側の半円にいるということになる。だが、おそらく大階段は共通なので上へ戻るにはそう苦労しないだろう。
「……時間稼ぎのつもりですかね、これは」
「いや、あいつの言い方からして、時間稼ぎだけじゃない……はずだ」
「どのみち、何も起こりそうにないので、上へ急ぎましょう」
リリアはスタスタと歩いていく。ラテンもその後を追うが、どうも違和感がぬぐいきれない。チュデルキンはあんな容姿をしているが一応は《元老長》だ。おそらく、このセントラル・カセドラルのなかでアドミニストレータの次に強い術者だろう。
もちろん、接近戦となればこちらの方が断然有利だ。だが、神聖術の知識はチュデルキンの方が数倍上。遠距離型に特化していると言っても過言ではないだろう。
そんな奴が神聖術も使わないで、わざわざこんな子供じみた手段をはたして使うのだろうか。そう考えると、嫌な予感しかしない。
それはリリアも感じているはずなのだが、ここに留まるよりかは行動したほうがいいと判断したのだろう。警戒心を滲み出しながら、どんどん歩いていく。
しかし、大階段との距離が残り半ばに差し掛かった瞬間、上から何かが来る気配がした。
「リリア!」
「えっ?」
ラテンはリリアの右腕を強引に引き寄せ、後ろの下がる。それと同時に、二人の目の前に何者かが落下してきた。その姿を見た瞬間、二人は大きく目を見開いた。
背骨らしき部分や肋骨らしきが金属でできており、二本の腕と二本の足がつややかな黒紫の大剣でできている。そいつの頭は人間のものでもなければ動物のものでもない。あえて言い例えるならばトカゲの頭が金属でできていて所々がとがっている、という何とも歪な形をしたものだ。
二メートルを超えるその物体は、ラテンとリリアの方向に顔を向けると、瞳に赤い光を宿し始めた。
もしかしたらチュデルキンが言っていた《アレ》とはこいつのことかもしれない。見た目からして近代的なロボットにも見えるが、人間のようにも見える。だが、そいつの行動を見る限り、平和的に解決できそうもない。
「……かなり、やばそうだな」
「ええ。四本の剣……全方位攻撃が可能なのかもしれません。どうしますか?」
リリアと二人同時でかかれば四本の剣は対処できるだろう。だがそれは視認できる範囲の武装で、ほかに何かを隠している可能性だって無きにしも非ずだ。
「リリア。武装完全支配術は……」
「あと二回ほどならなんとか」
「わかった。とりあえず俺が奴の攻撃を止める。隙ができたら、武装完全支配術を使ってくれ」
「……わかりました。ですが、あなただけでは無理と判断した場合私も行きます」
「ああ、頼む」
ラテンは頷くと、抜刀した。
どんな攻撃をしてくるかわからないため、いきなり抜刀術を使うのはあまりにもリスクが大きすぎる。それに今のラテンでは《真思》の時ほどの斬撃を出すことはできない。まず、相手の攻撃パターンを見切り、それに合わせた攻撃をする。ゲームにおいて、基本中の基本だ。
「……らあぁ!!」
ラテンが地を蹴り、上段から斬り下ろす。ロボットはそれを難なく左腕で受け止めると、右腕を水平に振ってきた。
ラテンは刀を滑らせ、ロボットの斬撃軌道に合わせると、ガキィィン!という金属音と共に火花が散る。そのままそれを弾き返し、攻勢に出ようと思ったのだがそれは叶わなかった。
「……!?―――がはっ!」
ロボットの水平切りにコンマ三秒遅れて左脚がラテンの腹部に襲ったのだ。とっさに体を後ろに移動させたが、ロボットの左脚は的確にラテンの腹部をとらえており、それが地面に着くころには、ラテンは腹部から大量の血を吹き出しながら三メルほど吹き飛ばされていた。
「ラテン!!」
リリアは血を流しているラテンの援護をするために、ロボットに上段から振り下ろした。その《八重桜の剣》は白い光に包まれている。すなわち、《武装完全支配術》状態だということだ。
リリアの剣は受け止められるが、《八重桜の剣》の武装完全支配術は一撃を防がれても問題はない。なぜなら、残る八つの斬撃が受け手に襲い掛かるからだ。
案の定、リリアの武装完全支配術により、ロボットの身体のいたるところから金属音が聞こえたのだが、ロボットはひるむ様子もなく、逆に反撃に出た。
それをリリアは高速で受け止めるが、全方位からコンマ三秒以下の斬撃が次々と襲い掛かるため、リリアの身体のいたるところに切り傷ができ、新たなものができるたびに、鮮血が宙を舞った。
「くっ……そ……!」
なんとか止血に成功したラテンは刀を取り、ロボットの背後に回り込んでがら空きになった背骨に刀を叩きつけようとするが、ロボットは大きく跳躍して二人から距離をとった。それを確認したリリアは治癒術を自分にかける。
「大丈夫か?」
「私よりあなたの方が重傷じゃないですか。私が前衛を務めますか?」
「いや、いい。何とか俺が隙を作るから、また頼む。直接くらわせたほうが効果があるかもしれないからな」
「わかりました」
ラテンは納刀すると、思い切り地を蹴る。
ラテンには神聖術の知識が乏しい。学院生が知っている程度ならラテンも知っているのだが、戦闘で効果が発揮する神聖術は指で数えるほどしか知らない。それだって、高度なものではなく、あくまで小細工なので、このような戦闘能力の高いかつ人間ではないもの相手だと効果はないはずだ。
そこのところは整合騎士であるリリアに任せるのも手なのだが、リリアに任せると武装完全支配術を叩き込めないし、第一この場ではソルスの光が足りなくて、ロボットに効果がある高度な神聖術は使えない可能性が高い。
つまり、神聖術で奴の動きを止める手段がない以上、体を張って止めるしかないということだ。
ラテンはロボットの腹部目掛けて抜刀する。しかし、それはいとも簡単に防がれてしまう。逆に右脚で反撃されるが、左手で持ったままの鞘を抜き取ると、右脚の軌道に合わせ防いだ。
たちまちロボットは右腕をラテンの肩と首の間に振り下ろす。当然普通の奴ならばバックステップをして、その斬撃を避けるだろう。それが自分の身を守るための一番の手段だからだ。だがそれは
ラテンは左手首を反転させて、今度は右腕に軌道に合わせる。もちろんロボットの右脚は防ぐものがなくなった今、まっすぐにラテンの腹部に向かっていくが最初の一撃よりも威力を随分と殺したため、致命傷にはならないはずだ。
ラテンの予想通り右脚が腹部を軽くえぐる。それと同時に再び血が噴き出すが、これがラテンの本当の狙いだ。
防御している左腕、防御されている右腕。振り切ったことで宙に浮いている右脚。つまり、今のロボットの支点は左脚だけだ。この左脚を攻撃に使ってしまうと、完全に体勢が崩れてしまう。
すなわち、ロボットは右脚が地に着くまで待たなければならないのである。もちろんそれはこのロボットの動きからコンマ何秒分の動きだが、そのコンマ何秒分があれば二人には十分だった。
「やあああああ!!!!」
リリアが持ち前の速さで、ロボットの背後に回り込み両手持ちで背骨に振りかざす。今のロボットにはそれを防ぐ手段がなく、かといって地面の倒れ込めばすぐさまラテンやリリアの猛攻撃に合ってしまう。つまり、チェックメイトだ。
ガァァン!!という重い金属音と共に、ロボットが吹き飛ばされる。
きっとその光景を見れば誰もが勝ったと思うだろう。ラテンでさえそう思っていたのだが、その考えは甘かった。
「待っててください。今、傷の手当てを……」
「―――リリア!!」
「えっ?」
その瞬間、ラテンの目の前でリリアが吹き飛ばされる。腹部に、
「リリア!リリア!!」
ラテンはすぐさま駆け寄る。壁にもたれかかっているリリアの腹部の大剣の刺さり口からは血がどんどん流れてくる。もしこのまま、大剣を抜かれたらリリアは大量出血で死んでしまう可能性があるだろう。
しかし、不幸なことにその大剣は鎖に繋がれており、その鎖がピンと張った瞬間、大剣が勢いよく引き抜かれた。
それを合図にラテンが予想したくなかった光景が現実となる。
「待ってろ、リリア。すぐにっ、すぐに止めてやるから……」
「ら……て…ん……」
「しゃべるな!しゃべるんじゃない!!」
ラテンはボロボロになった服を脱ぎ、リリアの腹部に力いっぱい押し当てる。そのまま、治癒術を何度も何度も唱え続けた。
幸いなのかロボットはリリアの攻撃によって意気消沈しているのだが、先ほどのように、いきなり復活するかもしれない。その証拠に、背骨の接合部分はリリアの渾身の一撃を受けたにもかかわらず、つながったままなのだ。
「ら…てん。……きを…つ……けて……」
「リリア?リリア!」
そう口にしてリリアは目を閉じた。何度も何度も呼びかけるが答える様子がない。すぐさまステイシアの窓を開くが、リリアのまだ天命は残っていた。急激に減ってはいるが、その減り具合も小さくなっている。どうやら、リリアはただ気を失っただけのようだ。
「まったく……心配させんなよ」
ようやく減りが止まった天命の残量はどう見ても少ない。ロボットの一撃を掠ったら、とは言わないにしても、軽く受けたら消滅してしまうような量だ。
ラテンはその場に無言で立ち上がる。
振り返るともう復活したのか、ロボットがラテンを見据えていた。
「お前は……絶対に許さない……!!」
その瞬間《真思》が発動する。
ラテンは地を蹴るとロボットに向かって抜き放った。
雷の如く刀がロボットの左腕を弾き飛ばすと、背骨の接合部に斬撃をお見舞いする。だが、ロボットの反応も早く、すぐさまそれを防ぐと攻勢に出た。だが、ラテンはそれに迎え撃つ。
一人と一体の斬撃は空中の様々な角度でぶつかり合い、所々に花火のような火花が発生する。
四本VS一本。どんな剣の達人であってもこの状況を打破するのは難しい。相手の斬撃を防御するのが精一杯か、もしくは押し切られて殺られるか。
そんな状況だというのに、ラテンは押されるどころか、押している。つまり、コンマ三秒の斬撃に対応しているのだ。
その剣筋はもはや視認不可能。
わかるのはラテンとロボットの間の火花が、ロボットの近くで発生していることだけだ。
だが、それも長くは続けられない。
限界を超えたスピードで全身を使っているため、きっとラテンの筋肉は悲鳴を上げているだろう。それでもラテンが違う戦略ではなく押し切ろうとしているのは、リリアを傷つけられた怒りに思考が支配されているからだ。
しかし、実力がある剣士が見ればほぼ全員が、ラテンの負けだと認識するはずだ。戦いはどんなことでも、冷静さを失えば負ける。それが普通であって、どんな達人でもそれだけは失わないようにする。
ただ、そんな状態で超高速の斬撃に反応できるラテンが<例外>なだけだ。
だが、所詮は人間対ロボットもしくはモンスター。どちらにせよ、人間よりもはるかに高い身体能力を持つ彼らに対して持久戦は不利だ。
彼らに勝つ手段があるとすればそれは、頭脳戦もしくは心理戦だ。どっちにしろ、今のラテンには関係のないことなのだが。
「ブォォォォン!!」
「………!?」
奇妙な音を発しながら、右脚を支点にしてそのばで高速に回転し始める。
突然の出来事にラテンは刀で防御態勢をとるが、三つの大剣を同時に受けたため、いとも簡単に吹き飛ぶ。
ラテンは床面に手を付き受け身をとるが、筋肉が悲鳴を上げ、バランスを崩して床面に転げまわった。それに追い打ちをかけるように、体が動かなくなる。
だが、それを待ってくれるわけもなく、ロボットは追撃する。
地面に刀を突き刺し、無理やり起き上がると、ロボットから放たれる高速の突き技を避け続けた。
だが、体はすでに限界のようで、所々に鮮血が飛び散った。そのたびに歯を食いしばり攻勢に出るが、斬撃速度は徐々に落ちていき、火花と共にラテンの血が宙を舞う。
何度目かの打ち合いの後、再び回転技によりラテンは吹き飛ばされる。何とか刀を頼りに立ち上がるが、足元はフラフラだ。
それにいつの間に場所が変わったのだろうか。ロボットの向こう側に、壁に寄りかかっているリリアの姿が見えた。見たところ、意識はまだ回復していないようだ。
その視界にロボットの姿がかぶる。瞬間、ラテンは悟った。自分と奴が一メルしか離れていないことを。
「―――――がはっ!」
左腹部に大剣の先端が突き刺さる。
それが抜かれる瞬間、大量の血があふれ出してきた。
ラテンは左手で自分の腹部を抑え、改めて血を確認すると、その場に倒れ込んだ。
ロボットはまるで自分の仕事が終わったかのように、チャキ、チャキと金属音を鳴らしながらラテンから離れていく。その音の方向から、リリアの元へ向かっているのが理解できた。
おそらく、ラテンは死確定と認識して、やっとの思いで止血してまだ死んではいないリリアを標的に変えたのだろう。やつをそのままそこに向かわせたら、今までの苦労が水の泡になる。
二年かけてやっとみつけたのだ。自分が……大切な人が探していた人を。
(ここで…リリアを………!……約束を……したんだ!)
声にならない声を出して立ち上がる。
腹部からぼたぼたと血が落ちるが、今はそんなことよりもリリアの安全だ。リリアを何としてでも、マリンに会わせなければならない。
ラテンは刀を杖の代わりにして、ロボットに近づく。その距離が三メルになった瞬間、ラテンが生きていることにようやく気が付いたのか、ロボットは後ろを振り返った。そして、とどめを刺すために近づいていく。
足元がおぼつかないまま刀を中段に構える。まさに、剣道のような構え方だ。
ロボットが右腕を振り下ろす。それを両手で弾き飛ばすと、ロボットが動くよりも早く斬撃を繰り出した。
「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」
超高速でロボットの体のあらゆる場所を刀で叩きこむ。一本しか持っていないというのに、まるで何本も持って、同時に攻撃しているようにも見える。
その速さ、まさに神速。
最後に上段から振り下ろすと、ゆっくりと納刀していく。
「
カツン、と鞘と鍔が当たった瞬間、ロボットの体の隅々が鈍い音を立てて、形を崩していく。ラテンが瞳を開けるころには、眼の前は金属の瓦礫の山になっていた。
それを確認したラテンは刀を地面について、リリアの元にゆっくりと歩いていく。
そこにたどり着いたラテンは、リリアが無事なのを確認してから、その場に音を立てて倒れ込んだ。
凄い・無理・やり・感!
ラテンとリリアの前に現れたのは、アドミニストレータが作ってた《ソードゴーレム》の試作版という設定です。
なんか、もう途中から名前がロボットになってましたよね。実際は剣なのに……(笑)
ちなみに《ソードゴーレム》が神器級武器三十本に対して、こちらの《ロボット笑》は四本です。
これからもよろしくお願いします!