きしっ。
きりきりっ。
そんな音が鳴る度に、脳内が最悪な情景を本人の意志とは関係なく満たしていく。
その音源は、白い大理石ブロックの間に突き刺さっているラテンの刀の切っ先だ。謎の力の影響により、強制的にそとへ放出されたラテンは落下している時に何とか刀を突き刺したのだ。
だが、突き刺したと言っても所詮は一、二セン程度。確実に落ちないようにするためにはもう五、六センは欲しいところだ。
普段のラテンなら左手をブロックの間に掴まり、力を入れて突き刺すのだが、今のラテンにはそれは不可能に近いと言える。
「……おい、起きろよ。いつまで気を失ってんだよ」
「う……うーん……」
ラテンの左腕に抱かれている、純白の服とロングスカートに身を包んだ少女―――リリアはわずかの呻き声を上げたが、まだ意識を取り戻す気配がない。
そう。ラテンが先ほどの行為を実行できない理由はここにあるのだ。成人に近い女性とおそらくラテンの刀並に優先度が高い剣。その二つの重みが今のラテンの右腕に集中しているのだ。
「なあ、頼むって。早くしないと二人とも、太陽に晩ご飯が待ってるぞってを言わないといけなくなるぞ?」
「………」
「……こうなったら、強硬手段に出るしかない、か」
ラテンは何とかリリアの顔を自分の顔の位置まで引き寄せると、耳元で優しくつぶやいた。
「早く起きないと……キス、しちまうぞ?」
「うわああああああ!!!」
「いってぇぇ!!?」
バチーンと言う張り手の音が雲と空しかない空中に響き渡った。何故かいきなり意識を取り戻したリリアはラテンを見て、今の状況を把握すると暴れだした。
「は、離してくださいっ。いったいどういうつもりですか!わ、私に何をするつもりなんですか!」
「ちょ、ちょっと!確かに今のは俺が悪かったけど…周りを見ろって!!落ちるぅ!落ちちゃうぅ!!」
リリアは怒りと羞恥が入り混じったかのような表情で周りを見渡すと、今の二人はぶら下がっている状態ということにようやく気が付いたのか、暴れるのをほんの少し弱めた。ほんの少しだが。
「だからと言って、私を抱いていいことにはなりません!早く離してください!罪人に救われたら、生き恥をさらすことになります!」
「てんめぇ、生きることよりも整合騎士の名誉が大事なのかよ!このアホ!」
「なっ……」
リリアの顔が先ほどよりも紅潮する。
「あ、あなた今私を愚弄しましたね!撤回して、この手を離しなさい!」
「まだ言うか、このアホ!アホなお嬢様にアホって言って何が悪いんだよ!今やるべきことをちゃんと考えろ、このアホ!」
ここまで相手を罵倒したことなんて今までにないのだが、どうもこのお嬢様の目の前だとついつい頭に血が上ってしまう。
「う、うるさいっ!こんな状況を作ったのはあなたじゃないですか!こうなることを予想してなかったあなたがアホなんです!」
「ま、まだ言うか!あれは不可抗力だったし、第一お前がリリース・リコレクションを発動しなければこんなことにならなかった!しっかり考えなかったあんたがアホだ!」
「いいえ!元々あなたがここに来なければよかったんです!あなたのせいです!このアホ!」
「うっせえ!ここまで来たのはお前のためなんだよ!察しろよ、このアホ!」
「ま、またっ………えっ?」
ラテンの言葉にリリアが目を見開くが、その瞳には疑問しか浮かんでいなかった。それもそうだろう。リリアにはそんなことをされる理由がないのだから。
「……俺がここまで来たのはお前のためなんだ。でもその理由を教えるのはこの窮地を脱してからだ。お前だって、ここで喚いても意味がないことぐらい理解できるだろ?」
「………わかりました。ですがこの状況を脱して、あなたの理由を聞いたらあなたを処刑します」
「処刑好きだな!?……まあ、いいよ。とりあえず、お前の剣をそこに刺してくれ。こっちはそろそろ限界だ」
リリアはラテンが顎で指した場所に無言で八重桜の剣を突き刺す。その瞬間、ラテンの刀が繋ぎ目から抜けた。ラテンはリリアにしがみつきながら今度こそ刀を深くつきさすと、左腕を話す。
ラテンとリリアは向かい合う形で、それぞれの武器にぶら下がった。
「んじゃあ、同盟を結ぼう。この状況を脱するまで」
「同盟…?なんで私があなたと同盟を結ばなければならないのですか?」
「なんだよ。……あれだな、可愛げがあって素直だったらもっとよかったのに……」
「む……先ほどからあなたは私に何を求めているのですか?もしかして、私をよ、よ、嫁にしようとしているんじゃ……私は認めませんからね!」
「お前、性格の割に想像が豊かだな」
ラテンはリリアが言っていることが、意味不明なようだ。もっとも無自覚にそう誘導しているのはラテンの方だが。
「それにしても、どうするか。なんかいいアイd……意見はないか?」
「……あなたの鞘は何でできていますか」
「うん?えーっと、よくはわからないけど刀の鞘は基本木製だな。……でも、これは相当硬いぞ?何に使うんだ?」
「とりあえず、貸してください」
ラテンはリリアに鞘を受け渡す。いったい何をしようとしているのかまったくもって理解できない。
そんなラテンを無視して、リリアは鞘を握りながら口を開く。
「システム・コール!」
神聖術の起句に続いて、聞いたこともないような術式が高速詠唱される。それが終わると同時にリリアが持っていたラテンの鞘が光を放ちながら、みるみると伸びていった。その光が途絶えると、茶色い長い棒が出現する。
長さは五メートルぐらいだろうか。その棒は、鞘から変化したとは思えないような長さをしている。
「すげー、物質変換術か。……で、どうするんだ?」
「ここまでしたのにまだわからないんですか?」
「……降参だ。教えてくれ」
「これを持ってください」
いつの間に作り出したのか、リリアが先端のとがったてる一つの鉄の棒のようなものを渡してきた。それを刀が刺されているところに刺せと言うことなのか、リリアが指をさした。
リリアの指示通りに鉄の棒を繋ぎ目に突き刺し、刀を腰のベルトに挟み込む。残念ながら、鞘がないので刀の天命を回復することはできないが、減らし続けるよりはましだ。リリアの方を見ると、無言で木の棒を渡される。そして、ラテンと同じように剣を鞘に戻すと、再び木の棒を端っこを持ち始めた。
「……九十五階に《
「そ、そうか。でも―――」
「はずしてください」
「……は?」
「いや、だから、その鉄の棒をはずしてください」
「ま、まさか……!」
「男ならくよくよしないでください!」
リリアがラテンの身体を蹴る。それによってラテンは鉄の棒を握ったまま、宙に放りだされてしまった。
「うわあああああああ!!!!!!」
もうラテンには木の棒を死ぬ気で掴む他に道はない。宙づり状態になったラテンは、リリアによって左右に揺さぶられる。
そこまでされて、ようやくラテンはリリアがしようとしていることを理解した。放り出される前から薄々感づいてはいたが、おそらくリリアは遠心力を使って上へ上がろうとしているのだ。
なかなかの名案だとは思うが、これは揺さぶる方にとても負荷がかかるため、長時間はできない。つまり、お互いのテンポを合わせて、いかに負荷を軽量化するのかがカギだ。
「ったく、結構荒いのな」
「行きますよ!」
リリアが叫ぶと、ラテンは棒ごと宙に舞い上がる。それが限界高度まで達した時、ラテンは鉄の棒を大理石に突き刺した。それと同時に、左手に重みが加わる。勢いが消え去る前にラテンはリリアと同じように、棒を左右に揺さぶった。
その作業が休む暇もなく続けられ、二人はどんどん上へ上がっていった。
何度目かの作業の後、上に投げ出されるときにラテンは気が付いた。
わずか十五メートルほど上の壁面から、複雑な形の影が等間隔に突き出している。日が沈むと同時に塔にまとわりついていた靄が消え、隠されていたオブジェクトが出現したのかもしれない。だが、おそらく九十五階ではないはずだ。数えた限りそこまで行っていない。
「おい、あそこに休めそうなところがあるぞ!」
「本当ですか?」
リリアは宙に揺さぶられながら答えた。その表情はよく見えないが、声音からして喜んでいるだろう。
その気持ちはラテンにもよくわかる。何せ腕がもう限界なのだ。このままでは九十五階に到達する前に、ラテンの握力が無くなりリリアが落下していくだろう。無論それはリリアも同じ状況だ。どっちかの握力が無くなる前に何としてでもあそこに到達しなければならない。
そのオブジェクトまであと五メートルほどになった時、二人にピンチが訪れる。鉄の棒を突き刺したラテンが上の方を凝視すると、いつの間にいたのだろうか二体の石像が空を飛んでいた。
その容姿は人間型ではあるものの、四肢は筋肉もりもりで、背中からはナイフのような鋭い形をした翼が伸びていた。
石像の頭部は異形としか言えないようなものであり、頭だけで見ればゾウムシのようにも見える。
その石像たちがこちらを凝視した瞬間、ラテンはこれから起きる状況をすぐさま理解することができた。
「おいおい、嘘だろ!?」
「どうしましたか……えっ?あれは!」
「知っているのか!?」
「そんな……あれはダークテリトリーの……!」
リリアは何かを知っているのだろうか。だが、今はそれを詳しく聞く時間はない。今にも石像たちがこちらに向かってくる勢いなのだ。残念ながら二人はそれを迎撃するすべはない。ならば、一刻も早く目の前にあるオブジェクトに行かなければならない。
「ちっ。リリア!壁に当たっても恨むなよ!」
「えっ?」
ラテンは十分な勢いを作らないままリリアを上に放り投げた。リリアは息が合わなかったのか、空中でバランスを崩したのだがなんとかオブジェクトの上に着地すると、ありったけの力を込めてラテンをまるで魚を釣るがごとく引き上げる。
ラテンは空中で腰から刀を取り出すと、下から襲い掛かってくる石像目掛けて上から突き刺した。「ガァァァァ!」という奇妙な鳴き声と共に、ラテンがオブジェクト方向へ放り投げられる。
「うっ……!」
たちまち背中から激痛が走るが、それどころではない。何とか立ち上がり、刀を構える。ラテンが突き刺した石像は、空中で旋回すると再びこちらに向かってくる。
ふとリリアの方へ視線を向けた。その表情は疑問で埋め尽くされていたが、今やるべきことを理解しているのか、八重桜の剣をラテンが知っている構え方で構えた。
単発ソードスキル《バーチカル》。
桃色に光り輝いた八重桜の剣は驚くべき速さで、リリアに向かってくる石像に襲い掛かる。その光が途絶えた頃にはすでに石像の身体は真っ二つになっていた。
そして憎たらしい笑顔をこちらに向けてくる。
「手伝いましょうか?ひよっこ剣士さん?」
「ほんと、可愛くねえな!」
ラテンは刀がブルーの輝きを帯びた。久しぶりに使う技だが、体はまだ覚えているようだ。
垂直四連撃技《バーチカル・スクエア》。
放たれた斬撃は空中に青い正方形を残して、石像の身体を四つに切り刻んだ。ばらばらになった石像にはもはや天命は残っておらず、空中で消滅する。
ラテンは空中から落ちてきた五メートルほどの棒をぎりぎり掴むと、オブジェクトの上に乗せる。
「……おもしろい技を使いますね」
「まあ俺よりキリトの方が得意だけどな」
「確かこうやってましたよね?」
「……え?」
オブジェクトの上に座り込んだラテンは、いきなり口を開いたリリアに顔を向けた。ラテンの視界に映ったのは、先ほどラテンが構えていたのと同じ構え方。すると、リリアの剣がブルーを帯び始めた。
「うそ……だろ?」
そのままリリアは演武をするがごとく《バーチカル・スクエア》を放つ。空中には青い正方形が浮かび上がっていた。
「……まさか、一回見ただけで憶えたのか?」
「なにかいいました?」
「あ、いえ」
ラテンは視線を刀に戻す。リリアと出会ってからは驚くことばかりだ。
ありえない斬撃速度。ありえない状況把握とその解決策。ありえない暗記力。
まさにありえないことだらけだ。
(俺の周りには化け物しかいないのか……)
少々めまいがしてきたので、頭を冷やすために立ち上がった。
「悪い、リリア。俺ちょっと、一周してくるわ」
「わかりました。とりあえずこれは返しておきます」
リリアから見覚えのある黒い物体を投げ渡される。それは正真正銘ラテンの鞘だった。すぐさま刀を納刀し、腰に帯刀する。久しぶりに安心感を覚えた。
「んじゃあ、ちょいと待っててくれ」
「せいぜい落ちないように気を付けてくださいね」
「ここまできて落ちてたまるかよ……」
ラテンはリリアに背を向けた歩き出した。
さすがはセントラル・カセドラルで一分ほど歩いたにもかかわらず、まだリリアの元にはたどり着かなかった。
ラテンは一つ大きなあくびをする。
「やっと左手の感覚が元に戻ったぜ」
両手を頭の後ろに組みながら歩いていると、しかしに人影らしきものが見えてきた。ようやくついたか、と思ったラテンだがよく見ると二人いるような気がする。怪訝に思いながらその人影に近づいた。
「……え、キリト……?」
「うわっ、なんだラテンか………ラテン!?」
「やっぱりキリトだよな!?なんでここに?」
「それはこっちの台詞だ。お前は?」
「ああ。俺さ、リリアの武装完全支配術を止めようとしたらいきなり爆発して、外に放り出されたんだよ」
「お前もか!?……実は俺達もだ」
「俺達?」とつぶやきながら、キリトの先にいるもう一人の人影に顔を向ける。そこには、修剣学院で見た整合騎士の姿があった。その目には驚きが浮かんでいる。
「リリア?リリアがいるのですか?どこに!」
「え、あ、ああ。この反対側位かもな。距離的に」
そう言い終わるとその整合騎士は反対側方向に走って行ってしまった。ラテンは仕方なくキリトに顔を向ける。
「ユージオは?」
「ユージオはたぶん上まで行ってる。俺とアリスだけが外に放り込まれたからな」
「そうか……とりあえず行くか?」
「ああ」
ラテンはキリトの手を取ると立ち上がらせた。二人はそのまま、アリスが走って行った後を追いかけていった。
なんかむちゃくちゃですね(笑)
ラテンとリリアの脱出方法については本当にすいません。これ以外思い付きませんでした。よく考えると、ラテンとリリアって相当超人ですよね(笑)
ラテンが使ったバーチカル・スクエアですが、勝手に刀で使わせてもらいました。原作では使えるかはわかりませんが、この作品では使えるという設定にしたいと思います。すいませんm(_ _)m
これからもよろしくお願いします!