ソードアート・オンライン~神速の剣帝~   作:エンジ

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第二十話 約束への道

 

 大扉の奥に存在したのは、ラテンたちが上ってきた大回廊南側の階段ホールとほぼ同じ広さの空間だった。形も同じく長方形、奥の壁には細長い窓が並び、濃い青色の北空を覗き見ることができる。

 しかし、黒と白の意志が交互に嵌め込んだ床には、肝心な五十一階へと続く筈の階段がなかった。

 

「おいおい。アドミニストレータは俺達にロッククライミングさせたいのかよ……」

 

 キリトとユージオも驚いているようで、周りを見渡していた。梯子もなければ縄一本すらない。おまけに壁は、憎たらしいほどに真平面だ。これではよじ登ることも不可能。

 

「……な……」

 

「なんだこりゃ……」

 

 キリトとユージオがそんな声を上げたので、ラテンも二人の視線をたどる。だが、ラテンの視線は物体をとらえることができなかった。

 

「思った以上に高いというか……高すぎね?」

 

 天井がない。いや、本当はあるのかもしれないが、今のラテンにはそれを視認することはできない。それほど長い縦穴がどこまでも続いているのだ。

 視線を上から徐々に下に持っていくと、小さい扉がいくつも設けられていることに気が付いた。おそらくその扉一つ一つが、五十階以上のフロア―――部屋なのだろう。

 

「……届くわけないよ……」

 

 いつの間にかユージオが右手を伸ばし、ぴょんと軽く飛び上がっている。だがそれはやるだけ無駄だ。どう見積もっても、一番近い扉までは二十メル以上ある。エクスキャリバーを取りに行った時のクラインの大ジャンプの記録でさえも、ここでは蟻んこ同然だった。

 

「あのさ……一応確認しとくけど、空飛ぶ神聖術ってないよな?」

 

「ないよ」

 

 キリトの問いにユージオが問答無用で即答する。ラテンも一瞬そのことを思ったのだが、よくよく考えればそんな術があればここまで苦労していないはずだ。

 

「ちぇ。飛龍の一、二体いただいてくればよかったな」

 

「その飛龍がどこにいるのかわからなかったけどね……」

 

 こうなったら、先ほど倒したダンレクトに聞く以外道はない。ラテンが道を引き返そうとしたとき、キリトが緊張した声で囁いた。

 

「おい、なんか来るぞ」

 

「え?」

 

 キリトの視線をたどる。そこには確かに上から何かが近づいてくるのが見えた。一列になって突き出しているテラスの端を掠めるように、黒い影がゆっくりと降下してくる。三人は大きくバックステップをして、剣の柄に手を添えた。

 

 そのままの体勢で降りてくる物体を見ると、どうやらエレベーターか何かのようなものだということが理解できた。完全な円形で、直径二メルと言ったところか。

 その円盤が三人の前で円い窪みにぴったりと着地する。その上には、一人の少女が静かに立っていた。

 

「………」

 

 一瞬新手の整合騎士かなんかかと思っていたのだが、少女の腰や背中には鎧どころか武器一本見当たらなかった。身に付けているのは胸から膝まで伸びた白いエプロン。それに簡素な黒いロングスカートだ。

 少し灰色がかった茶色の髪は眉と肩の線までまっすぐ切り揃えられ、血色の薄い顔も特徴を見出しにくい造作だった。

 

「お待たせいたしました。何階をご利用でしょうか」

 

「ああ、いいの?じゃあ―――」

 

「「ちょっと待ったー!!」」

 

 さっそくエレベーターらしきものに乗り込もうとするラテンの両肩を、キリトとユージオが思い切り鷲掴む。

 ラテンは「冗談だよ」と笑ってみせると、改めて少女に顔を向けた。

 

「俺たちここに侵入したお尋ね者なんだけど、そのエレb―――円盤に乗せていいのか?」

 

「わたくしの仕事は、この昇降板を動かすことだけでございます。それ以外はいかなる命令も受けておりません」

 

「そう。じゃあ、問題ないな。行こうぜ」

 

「ああ」

 

「え?お、おい、大丈夫なのか?」

 

「安心しろ。もしもの時はこの嬢ちゃんを人質にする」

 

「ええっ!?」

 

 キリトがユージオの背中を押し、無理やり円盤に乗せた。ラテンもその後に続く。

 

「ええと、これでいける一番高いところは何階?やっぱ、無難に七十五階とか?」

 

「いえ、七十五階はリリア様がいらっしゃる《桜花庭園》です。それでは、八十階《雲上庭園》まで参ります。お体を手摺りの外に出しませんようにお願いいたします」

 

 今この少女はなんて言っただろうか。ラテン聞き間違えでなければ、七十五階にリリアがいるということになる。それをみすみすスルーするわけにはいかない。

 

「あ、ちょ、ちょっと待ってくれ。先に七十五階で止まってくれないか?」

 

「おい、ラテン」

 

「キリトとユージオはそのまま《雲上庭園》行ってくれ。俺が単身でリリアのところに行く。」

 

「それは危険すぎる。僕とキリトも……」

 

「いや、大丈夫だ。お前らはアリスを取り戻しに来たんだろ?なら、お前らはそのまま先に行くべきだ。おそらくアリスはその先にいる」

 

 ラテンが今までにない真剣な眼差して訴えると、キリトもユージオも渋々応じてくれたらしく、頷いた。

 円盤に乗っていた少女が一礼をしてから、筒の天辺に両手をあてる。

 

「システム・コール。ジェネレート・エアリアル・エレメント」

 

 突然の術式詠唱によって、緑色に輝く風素が出現した。その数はなんと十個。これほどの量を同時生成できるということは、この少女は術者として相当高位に位置しているはずだ。

 少女は硝子筒に当てた華奢な十指のうち、右手の親指、人差し指、中指をまっすぐ立てると、そっと呟いた。

 

「バースト・エレメント」

 

 途端、風素のうち四個が緑の閃光とともに弾け、ごうっ!という唸りが足の下から湧き起った。直後、四人もの人間が乗った金属の円盤が、見えない手に引っ張られたかのように上昇を開始する。

 

「なるほどなあ!そういう仕組みなのか」

 

 感心したようなキリトの声にラテンも同意する。この円盤が上下する原理は、円盤を貫く硝子筒の内部で風素を解放し、生み出された爆発的な突風を下向きに噴出することで、四人の体重に円盤自体の重さを足しただけの重量を持ち上げているのだ。

 円盤はどんどん上昇していく。

 

「……君はいつからこの仕事をしているの?」

 

 キリトが少女にそう尋ねると、少女はほんの少し不思議そうな声で尋ねた。

 

「この天職を頂いてから、今年で百七十年になります」

 

「へぇ~。じゃあ、君は百七十歳ってことになるのか~………って、ええっ!?」

 

 ラテンは腰が抜ける思いだった。

 天職とはそれが終わるまで、変更されることはない。つまりこの少女は百七十年間ずっと、この円盤を上下に動かし続けているのだ。そんなにやってたら、目を瞑っててもこなせる勢いではないか。

 

「……君……名前は?」

 

 キリトが不意にそう尋ねる。  

 少女はこれまでで一番長く首を傾げた後、ぽつりと答えた。

 

「名前は……忘れてしまいました。皆様は、わたくしを《昇降係》とお呼びになります。昇降係……それがわたくしの名前です」

 

 頭の中で自分を少女に置き換えて想像してみる。

 

―――昇降係、〇〇階。 ――かしこまりました。

 

―――昇降係、〇〇階へ行ってくれ。  ――かしこまりました。

 

―――昇降係、〇〇階を頼む。   ――かしこまりました。

 

―――昇降係、―――昇降係、―――昇降係、

 

 

「うわああああ!!」

 

「ど、どうした!?」

 

「あ、いや。何でもない……」

 

 百七十年間も同じようなワードを言われ続けたら、それこそノイローゼになってしまいそうだ。

 それ以降は無言の状態が続き、定期的に階を言っていたユージオはそれに耐えかねたのか、口を開いた。

 

「……あの……あのさ、僕たち……公理教会の偉い人を倒しに行くんだ。君にこの天職を命じた人を」

 

「そうですか」

 

 少女が返した言葉はそれだけだった。それでもユージオは再び口を開く。

 

「もし……教会が無くなって、この天職から解放されたら、君はどうするの……?」

 

「……解放……?」

 

 おぼつかない口調でそう繰り返すと、昇降係と言う名の少女は、円盤がさらに五つのテラスを通り過ぎるあいだ沈黙を続けた。

 ちらりと上空を見上げると、いつの間にか行く手に灰色の大きな天井が出現していることにか気が付いた。いよいよ、リリアとご対面することになる。

 

「わたくしは……この昇降洞以外の世界を知りません」

 

 不意に、少女がぽつりとつぶやく。

 

「ゆえに……新たな天職を仰られても決めかねますが……でも、してみたいこ、と言う意味ならば……」

 

 これまでずっと俯かせていた顔を上げ、少女は右側に設けられた細い窓を―――その向こう側の澄み渡る北空を見やった。

 

「……あの空を……この昇降盤で、自由に飛んでみたい……」

 

 今更のようだが、初めて見た少女の瞳は深い藍色だった。

 最後の風素が消えそうになる寸前、円盤は二十五番目のテラスに到着し、ふわりとその動きを止めた。

 昇降係の少女は、硝子筒から両手を離すとエプロンの前で揃え、深く一礼する。

 

「お待たせいたしました、七十五階、《桜花庭園》でございます」

 

 ラテンが一歩前に出る。キリトもユージオも何も言わなかった。ただ「信じてるぞ」という眼差しをラテンに向けている。

 

「ありがとうな、お嬢さん。夢がかなうといいな。……キリト、ユージオ……また会おう」

 

 二人は深くうなずく。それと同時に昇降係が再び硝子筒に両手をかざし、円盤は上昇していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを見送った後、ラテンは眼前の大扉に手を当てる。重々しい音を立てて開いた扉の先で最初に見たのは、舞い上がる花びらだった。

 一瞬体が停止したが、迷いなくその先に踏み込む。

 

 内部は白い大理石の壁が遠くに見えることから、塔内には間違いないはずなのだが、その目の前に広がる光景はとても塔の内部にいるとは思えないものだった。

 横幅二メルほどの土でできた道の両隣にはいろんな種類の花がいくつも咲いており、ゆるやかな坂を彩っていた。ラテンの視線そのさきにあるものに釘づけになった。

 

 柔らかそうな芝の中央に堂々と生えている大きな桜の木。花びらが八重咲になっていることから、八重桜の一種に違いないだろう。

 その桜の木は満開に咲き誇り、幾つもの花びらが風に揺られて舞い降りている。桜吹雪ともいえるその光景の中に、一つの影が視認できた。桜の木の根元で、寄りかかりながら座っている。

 

「……ここまで来ましたか」

 

「……リリアだよな?」

 

 純白の服とロングスカートを身にまとったその少女は無言で立ち上がった。

 ラテンは一歩一歩踏みしめて、桜の木の元へ歩いていく。そしてその少女十メルほど離れた位置で停止する。

 対峙した二人の周りには依然として、桜が待っていた。

 

 

 




中途半端なところで、終わってしまいました。
次回はラテンとリリアの戦闘ですね。
これからもよろしくお願いします!

次話は午後八時に投稿します。
同じ日に連続投稿してしまうことになりますが、早く皆様にお見せしたくて(笑)
もちろん明日も投稿します!


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