ラテンとキリトが走り出すと、ファナティオの後ろにいた四人の整合騎士が動き出した。左端に立っていた騎士が両手持ちの大剣を、重い唸り声と共に横なぎに繰り出す。
「あんたらの相手は、俺だ!」
ラテンがその一撃を受け止めると、キリトが武装完全支配術の詠唱を始めているファナティオの元の駆け出す。
ラテンは騎士の大剣を押し返すと、そのまま追撃態勢に入る。大きく体勢を崩した騎士の懐にもぐりこみ刀を振り下ろす。だが……
「………!?」
一人目の撃破を確信した直後、もう一人の騎士が最初の騎士の影から出現した。そのまま、渾身の水平斬りを放とうとしている。しかし、ラテンの反応は速かった。
「あまいぜ!」
左手で腰から鞘を取り出すと、騎士の斬撃の軌道に合わせた。さすがは整合騎士か、その一撃はリーバンテインより重い。だが、一撃の威力で勝負が決まるわけではない。少なくとも相手がラテンだった場合は。
ラテンは鞘で防いだわずかな時間を利用して思い切りしゃがみこむ。ブレーキが無くなったため、騎士の剣はとどまることを知らずに振り切れられる。そのまま、斬りこめばラテンの勝ちだ。
「……くそっ、またかよ!?」
またもや斬撃動作に入っているラテンに、二人目の騎士の陰から出現した三人目の騎士の水平斬りが襲い掛かる。
(さっきから俺が斬る直後に出てきやがって。それに水平斬りばっか……!もしかしたら……!)
ラテンは左手に持っている鞘を床に突き立て、左足に力を入れる。三人目の騎士の斬撃がラテンに届く寸前、左足で地面を蹴り込み、鞘を支点として回転しながらジャンプする。
もちろん先ほどの二人と同じく、大きく体勢を崩した三人目の騎士は隙だらけだ。しかし、ラテンはそれに斬りかからない。鞘を使った分、普段より高く飛び上がったラテンは地に降りることを知らない。
次の瞬間三人目の騎士の陰から四人目の騎士が出現した。また、性懲りもなく水平斬りをしようとしている。おそらく着地直後を狙う気だろう。しかし、それを読んだうえでラテンはジャンプしたのだ。
「おらああああああ!!!!」
がら空きになった脳天をラテンが斬り下ろした。刀が四人目の騎士の体を貫通する。その光景を見ていた誰もがこの後、血を吹き出しながら真っ二つになる騎士の姿を予想していただろう。しかし、現実は全部セオリー通りに行くとは限らない。
ラテンが刀を振り下ろし終わると、四人目の騎士は倒れ込んだ。
着地直後ラテンは未だに状況を理解しきれていない騎士たちに斬りかかった。一人、二人と、誰がどう見ても体を真っ二つにしたとしか思えないような斬撃を繰り出したはずなのだが、斬られた二人も先ほどと同様無傷でその場に倒れ込む。そのまま、残る一人の騎士に斬撃を放ったが、間一髪で防がれた。仕方なく、バックステップをとると、最後の一人となった騎士と対峙する。
「……貴様、何をした」
「何もしてねえよ。ただ、斬っただけだ」
騎士はラテンのことを怪訝な眼差しで見つめる。そしてすぐさま、倒れている整合騎士に視線を向けた。
ラテンの斬撃は完全に天命が全損するものだった。だがそれでも外傷はなく、死んでいるわけでもない。おそらく、倒れている整合騎士の天命は残り200ほど残っているだろう。
それをラテンが知っている理由はこの刀の性能だからだ。この刀はラテンの思いによって、能力が分かれる。
一つは、ラテンが《心の底から殺人衝動を湧きあがらせたとき》だ。その場合は、普通の剣と同様相手を傷つけることもできるし、相手を殺すこともできる。まさに《普通の武器》だ。だが、ラテンの刀が普通の武器と違うのはもう一つの条件の場合。それは『殺人衝動が心の底から湧き出ていないとき』。
完全な殺意がなければラテンの刀は、相手を斬っても傷を付けずに天命だけを削り取る。それも、相手の天命を一%ほど残して。
とても使い勝手のいい武器だが、デメリットは《痛み》を消せないことだ。致命傷にならない程度の斬撃なら、誰でも痛みに耐えることができる。しかし、致命傷かもしくは天命が全損する斬撃を受けた場合、常人ならば必ず失神する。それは整合騎士と言えでも、耐えられなかったようだ。まあ普通ならば<死んでいる>ため、当たり前と言ったら当たり前なのかもしれないが。
「でも、あんたは強そうだ」
「確かに私は先の三人よりも剣の技術は上だ」
「こりゃあ、簡単にはいきそうにないな」
ラテンが再び構える。一方騎士は先ほどと違う構え方をする。さっきの四人のうち、何番目かはわからないが、恐らく一番目だろう。四人の中で一番身のこなしがうまかった。
「我が名はダンレクト・シンセシス・フィフティーン。
「俺の名はラテン。流派は大空天真流」
「では改めて―――参る!」
ダンレクトが地を蹴り、ラテンに斬りかかる。先ほどの連携プレイのような単純な軌道ではなく、確実に殺しにかかっている。
斜め上から振り下ろされる大剣をラテンは両手持ちで受け止めた。
「―――!」
ラテンはその斬撃の重さから、思わず片膝をつく。床にはラテンの膝を中心にして蜘蛛の巣のようにヒビが入った。
先ほどはやはり自分の剣術よりも連携重視で、斬撃を放っていたらしい。今まで感じた中で間違いなく一番威力が高いものだ。
「お、らあ!」
ラテンは刀の角度を変えることで、真横に大剣の軌道を変えることに成功した。そのままがら空きの腹部に斬撃を繰り出した。
しかし、腹部の鎧によって刀が防がれる。先ほどの三人の鎧よりも強度が段違いだった。十分な威力を発揮していないとはいえ、クラス49の武器の斬撃をいとも簡単に防ぐとは、相当優先度の高い鎧に違いない。
ラテンは右足で騎士の鎧を蹴り、無理やり後ろに体を押し出す。そうしなければ、大剣で体を真っ二つにされていただろう。
体を反転させて身を起こす。すぐさま視線を騎士に向けると、すでにラテンの元へ向かってきていた。再び振り下ろされる大剣はいなすだけで精一杯だ。この騎士は相当腕力に自信があるのか、大剣を使っているというのにまるで片手剣のように斬撃を繰り出してくる。
なすすべもなくままラテンはどんどん押されていく。
(く…そ!何か手はないか。何か……!)
一瞬鞘を使う手も考えたが、ここで叩き折られたら刀の天命を回復する手段がなくなる。それは、ラテンがこれから戦うことができないことを意味する。
頭をフル回転させて、手を考える。だが…
「……しまっt」
「終わりだあああ!!」
ラテンの剣が右にはじかれ、完全に体勢を崩した。体全体が後ろに押されているため、体勢を立て直すことは不可能。そのまま、後ろに倒れても確実に騎士の一撃をくらってお陀仏。ラテンに選択肢なんて残されていなかった。
(こんなところで、俺は……俺は……!)
思考がクリアになった瞬間ラテンの中の何かがはじける。
両目を見開き、剣筋に視線が一転集中する。今のラテンには、騎士の斬撃の軌道が完全に読めていた。
自然に逆らわず、そのまま床に倒れ込む。だが倒れ込む瞬間、体を全力でひねり、斬撃をすれすれでかわした。そのまま、体を回転させて騎士と距離をとると立ち上がる。
「ほう。今のをかわすとは、なかなかやるな」
「……これで終わりだ」
ラテンは刀を納刀し、腰を低くした。右半身を前に突き出し、右手を騎士の身体に向ける。抜刀術の構えだ。
「おもしろい構えだ。その技を見せてみろ!」
ダンレクトが大剣を大きく構える。その大剣に黄緑色の閃光が帯び始めた。その姿は両手剣重突進技<テンペスト>の構え方を酷似している。テンペストはアバランシュよりも威力と攻撃範囲が段違いで、直撃したらひとたまりもない。その代り、カウンター専用なので、相手が斬りこまなければ発動されることはない。
だが、あくまでラテンは真っ向勝負をする気らしい。ラテンの視線は騎士の手元に集中している。大きく息を吐いた瞬間、ラテンは思い切り地を蹴った。
「うおおおおおおお!!!!」
ダンレクトが大きく水平斬りを放った。その斬撃がラテンの身体目掛けて襲い掛かる。普通ならば回避することは不可能だ。
ラテンは水平斬りを行なってる大剣目掛けて、下から抜刀した。下から叩きつけられた大剣は軌道が上にずれる。だが、これで終わりではない。
ラテンは抜刀した勢いを使って、がら空きになったダンレクト両ひじに鞘を思い切り叩きつけた。
その衝撃によって、ダンレクトは大剣を手放す。その両手は、痙攣しているかのように上下に小刻みに震えていた。おそらく、今のダンレクトは剣を持つどころか両手に力を入れることさえできないだろう。
「……見事」
そのままダンレクト・シンセンス・フィフティーンは地面に倒れ込んだ。ラテンは刀を納刀する。それと同時にキリトの方へ顔を向けた。
見ればそこではすでに戦闘を終えたらしく、あちらこちらに傷を負ったキリトの傍にユージオがいた。ラテンも二人の元へ駆けていく。
「……終わったか?」
「ああ……ほいっ」
「わっと……なんだこれ?」
「まあ、とりあえず飲んでみろって」
仕方なく、覚悟を決めてキリトに渡された小さな瓶の中に入っている液体を飲み干すと、減っていた天命がみるみるうちに回復していった。体にできた傷も塞がっていく。
「すげーな、これ」
「ラテンも無事でよかったよ。ごめん、援護できなくて」
「いいよいいよ。キリトの方はやばかったみたいだし。ユージオの判断は間違っていなかったぜ」
ラテンはユージオの肩に、ぽんっと手を置いた。ユージオが微笑むと同時に、キリトが素っ頓狂な声を上げる。
「うわっ!?」
「何だよキリト…って、わっ!」
ラテンには何故キリトが素っ頓狂な声を出したのか、すぐさま理解できた。その原因は床にいる十五センほどの大きな虫だ。ムカデのような形をしたそれは、ユージオの靴の上に張り付き、触覚らしきものをゆらゆらと揺らしていた。
「ひい!?」
ユージオがヒステリックな声を上げて大きな虫を振り落すと、垂直跳びを何度も繰り返した。だが、このままでは嫌な予感しかしない。
「お、おい、ユージオ。お前、そのままだt――――」
くしゃ、ぷちぷち。
うむ、なんとも簡潔でわかりやすい音だ。その音は、どんな人でもあの光景を連想させてくれる。
「………」
「………」
「………」
しばらくの静寂。だが、それは破られることもなくラテンとキリトが無言で三メルほどユージオから離れた。
「おい……おおい!どっか行くなよ!」
「ごめん、俺、そういうのちょっと苦手だから」
「お前って虫が苦手なくせにいろんな種類を知ってるよな……。あっ、ユージオ。安心しろって。虫は無視ってよく言うじゃないか。何もなかったことにすればいいんだよ」
「ならなんで僕から離れるのさ!」
「こ、これは……本能?」
ラテンはとぼけて見せる。だが、ユージオは納得がいかない様子で、何やら小言を言い始めた。
「こ、こうなったら………二人とも道ずれにしてやるぅ!!」
「あっ、お前って実は黒いのな!」
三人がクラウチングスタートの形をとって、逃げる側と追いかける側の
「こ、これって……」
「え?」
ユージオの視線の先を見ると、先ほどまで四散していた無残なもんじゃがきれいさっぱり消えていた。
「……なるほどな。今のが、アドミニストレータがカーディナル捜索用に放った使い魔か。図書室と通路をかぎ分けたんだな……」
「………じゃあ、この塔は、さっきみたいな奴がたくさんうろついてるってこと?」
「もしかしたら、かくれんぼが大好きなのかもな。存在を無視されるほどに……」
ラテンがまたもつまらないシャレを言うと、ユージオは再び苦笑する。キリトは肩を上げて、おどけたようにすると口を開いた。
「はいはい。ってことで、後半戦に行ってみようか!」
こっちとしては延長戦に突入している気分なのだが、まだまだ先は長い。こんなことでへばっていたら、整合騎士でも最強クラスの奴らとなんて、ひとたまりもない。
ラテンは大きく深呼吸すると、巨大な扉に視線を向けた。
「んじゃあ、PK戦に入る前に終わらすぞ」
「おお!」
「ぴーけーせん?……あっ、ちょっと!二人とも待ってぇ!」
先に進んでいく二人の背中にユージオは慌てて追いかけていった。
なんか戦闘シーンが雑だったような気がします。すいませんm(_ _)m
ダンレクトは完全にオリキャラです。あと、テンペストはホロウフラグメントからいただきました。
そして、新たな技が出てきたので、説明します。
旧・大空天真流(きゅう・たいくうてんしんりゅう)
大空天真流(おおぞらてんしんりゅう)の元になった剣術で、戦国時代から明治時代まで受け継がれてきた殺人剣。そのスタイルは、大空天真流と同じようにカウンターを主流としている。
旧・大空天真流抜刀術 天照雷閃(てんしょうらいせん)
雷の如く放たれる高速抜刀術。主に殺傷用だが、ラテンのように武器だけをはじくことも可能。
旧・大空天真流抜刀術・連の型 流絶天閃(りゅうぜつてんせん)
二段式抜刀術。速さは天照雷閃よりも劣るが、旧・大空天真流の中で唯一殺傷用ではない技。初撃で相手の剣の軌道をずらし、二撃目の鞘で相手の肘の関節を砕くことで、受け手が二度と剣を振れないようにする。
旧・大空天真流には三種類の抜刀術がある。
ラテンの一時的覚醒について。
天理の潜在能力。五感で伝わる情報が瞬時に運動神経に送られることによって、反応速度が飛躍的に向上する。
だがそれが理由なのか、発動した後のラテンは発動前とは違って冷酷になり、口数も少なくなる模様。
この作中ではこれから 真思(しんし)という名称で出したいと思っています。
これからもよろしくお願いします!