ソードアート・オンライン~神速の剣帝~   作:エンジ

61 / 103
第十八話 少女たちの牙

 

 

 しばらくの間、三人の靴底が大理石の階段を蹴る音だけが鳴り響き続けた。

 それを除けばあたりには静寂が漂っている。ユージオの情報によると、ここには大勢の見習いの修道士等がいるらしいが、見渡す限りでは人の気配はない。

 

「……なあ。俺達、同じところを上っているように感じるんだが」

 

「確かに。……なあ、ユージオ。今何階だっけ?」

 

「あのねえ……次が二十九階だよ。まさかと思うけど二人とも数えてなかったんじゃないんだろうね」

 

「安心しろ。これで何階か把握したから」

 

「……はあ」

 

 ユージオが溜息をついた。そんな、ユージオを見てラテンとキリトは踊り場の壁に背中を預ける。ラテンの至ってはそのまま、背中がずるずると滑り落ちていった」

 

「あ~腹減ったぁ。……お前らは大丈夫なのか?二日も食ってないのに、あんなに動いたんだから」

 

「え、あ、ああ。……俺とユージオは五時間前に食ったから」

 

「何ィ!?そんなバカな!!いったいどこで食料なんて見つけたんだ!?」

 

「そ、それはカーディナルに《武装完全支配術》を教えてもらったときに、ね?」

 

「……いろいろと聞きたいんだが、まず《武装完全支配術》ってなんだよ」

 

「まあ簡単に説明すると、《剣の記憶》を呼び覚まして能力を強化することだ」

 

 《剣の記憶》という言葉については、キリトが私用の剣を預けるときに聞いたことがある。だが、《武装完全支配術》については聞いたことがない。もしかしたら、どっかで聞いたことがあるのかもしれないが、記憶にないということはそこまで印象が大きくなかったのだろう。

 その《武装完全支配術》についてもっと詳しく聞こうと口を開いたとき、懐に潜りこんでいたジャビが出てきた。

 

『残念ながら、ラテンは武装完全支配術は使えないぞ?』

 

「え、なんで?」

 

『おれっちには《武器としての記憶》がないからな。最初に言っただろ?おれっちとお前は特別だって』

 

「じ、じゃあ、そういうことにしとくわ……」

 

 キリトとユージオには何のことかわからないようで、頭の上にクエスチョンマークが出ているようにも見える。

 

「なんかよくわからないけど、とりあえずキリト。ポケットに入ってるのを一つ寄越せよ」

 

「えっ……いや、これはその、非常事態用に……。―――意外と目敏いな、ユージオ」

 

「そんなに詰め込んどいて、気づかないはずないだろ」

 

 キリトは観念したような顔で右のポケットを突っ込むと、蒸し饅頭を三つ取り出して、一つはユージオ、一つはラテンに放ってきた。

 それを受け取ると、香ばしい匂いによって胃が暴れだす。それはまさに猛獣のように。

 

「ああっ、俺の胃が!お前らは早く自分の分を食ってくれ!もしかしたら、お前らを襲ってしまうかもしれん!」

 

「ま、まじかよ。早く食わねえと……!」

 

 ラテンの言葉を聞いて、キリトとユージオが急いで焼き目のついた饅頭を食べ始める。ラテンも手早く饅頭を食べる。何とか暴れた胃を抑えることに成功するが、やはり何か物足りない。何故かキリトの右手が蜂蜜パイに見えてくる。そんなキリトの手に向かって一歩一歩進んでいく。

 

「……ん?ラテン、何やってんだ?―――――え?」

 

ガブリッ。

 

「うわああああ!!!?お、お前っ。何やってんだよ!?」

 

「へ?……うわっ!なんで俺、キリトの手を噛んで……言っとくけど、俺はノーマルだからな!ユウキがいるからな!」

 

「それは俺が言いてえよ……」

 

 痛いのだろうか、キリトは右手をブンブン振っていた。ラテンはジャビに突進されて、地面に寝転がっている。そんな二人を見たユージオは苦笑いするほかなかった。

 

「……リーファにちゃんと謝らないとな」

 

「……なんのこと?」

 

「あ、いや。気にしないでくれ。そんなことより、腹も膨れたことたし、先に進もうぜ」

 

「そうだね」

 

 二人は未だに地面に倒れているラテンを無理やり起こすと、カセドラル二十九階へと続く階段に視線を向けた。

 そして、三人は唖然と両目を見開く。

 手すりの陰から、小さな頭がふたつ覗き、四つの瞳がじっとこちらを凝視している。

 ラテンの視線が二人を交互に突き刺すと、二つの頭はさっと引っ込んだ。しかし、すぐさま頭はもう一度現れ、あどけなさが残る両目がぱちぱちと瞬きを繰り返す。

 

「……君たちは誰?」

 

 二つの頭は顔を見合わせ、同時に頷いてから、おずおずとその全身を露わにした。

 

「……子供かよ」

 

 階上に立つのは、まったく同じ黒色の服に身を包んだ、二人の少女だった。

 年齢は十歳前後に見える。その少女らの腰帯には全長三十センほどの小剣が携えてある。その小剣は刀身だけでなく柄までも、赤みがかった木製でできているように見えた。どこかで見たことがある気がする。

 

(いや、あれは刀身じゃなくて鞘か。それにあれは見たところ南方の《紅玉樫》製だな。《ルベリエの毒鋼》で作られた剣に触れても唯一腐らない素材だったはずだ。ここは一応唱えておくか)

 

 ラテンは周りに聞こえないような声で、詠唱し始める。詠唱が終わると同時に、麦わら色の髪を短く切った少女が唐突に自己紹介を始めた。

 

「あの……あたし、じゃない私は、公理教会修道女見習いのフィゼルです。そんでこっちが、同じく修道女見習いの……」

 

「り……リネルです」

 

 リネルと名乗った少女は、薄い茶色の髪を二本のお下げに編んでおり、フィゼルと名乗った少女とは逆に、いかにも気弱そうな少女だった。

 

「あの……ダークテリトリーからの侵入者っていうのは、お三方のことですか?」

 

「「「は……?」」」

 

 思わず顔を見合わせる。キリトもユージオもこの状況をどう判断したものか決めかねているようだ。仕方がない。ここは、アインクラッドで鍛え上げた対子供攻略術を披露するしかない。

 

「ここは俺に任せろ。この手は何度も経験してるつもりだ。……ロリコンじゃねえぞ?」

 

「わかってるから。頼むわ」

 

 ラテンは釘をさすと、階上の二人視線を再び向ける。

 

「そんなに警戒しなくていいぜ、お嬢さん方(こっちは警戒してるんだけどね)。俺達は一応人界から来たんだ。……まあ、侵入者には変わりはないけど」

 

「……なによ、見た目は全然普通の人間じゃないのよ、ネル。角も尻尾もないわよ」

 

「わ、私は本にそう書いてあるって言っただけですよう。早とちりしたのはゼルの方です」

 

「うーん、でも、もしかしたら隠してるだけかも。近づけばわかるかな?」

 

「ええー、どう見ても普通の人間ですよ。でも……ひょっとしたら牙はあるかも……」

 

 ラテンの返答など無視をして、二人は何とも微笑ましいやり取りをし始めた。これが本当に優しい心を持った子供なら、完全に警戒を解いているだろう。だが、何故かこの二人には違和感を感じる。

 

「あのぉ……お三方は本当に、ダークテリトリーの魔物じゃないんですか?」

 

「ないない。もしそうなら、とっくに君たちを食べちゃってるって」

 

「なら、すいませんが、近くでよく見せていただけませんか……その、おでこと、歯を」

 

「……わかった」

 

 ラテンは渋々承諾すると、キリトとユージオの近くまで一応下がった。ラテンの返答にフィゼルとリネルが顔を輝かせると、好奇心と警戒心が綯い交ぜになった足取りでとことこと階段を降りてきた。

 ラテンは身をかがめ、右手で額の髪を押し上げながら、歯を剥き出して見せた。子供たちはラテンの顔を瞬きもせずに十秒くらい凝視した後、納得したように頷く。

 

「人間よ」

 

「人間ですね」

 

 二人の顔には露骨なまでに失望が浮かんでいるので、つい苦笑する。そんなラテンに二人が首を傾げた。

 

「でも、お三方がダークテリトリーの怪物じゃないなら、どうしてセントラル・カセドラルに侵入しようなんて思ったんですか?」

 

「……人を取り戻しに来たんだよ。多分その人は整合騎士だから、ここまで来たんだ」

 

「そうだったの。結構普通の理由だったのね」

 

 明らかに公理教会に対する反逆行為なのだが、その公理教会を信じてる二人が嫌悪感一つ浮かばせないなんて驚きだった。

 

「じゃ、じゃあ最後にお名前を教えてもらってもいいですか?」

 

「……俺はラテン。後ろの黒髪がキリトで、亜麻色がユージオだ」

 

「姓はないの?」

 

「ああ。俺達は平民上がりだから。……フィゼルとリネルは?」

 

「私たちにはありますよ」

 

 そこまで言って、リネルはにっこりと笑った。明るく無邪気なまるで普通の女の子のような笑顔。

 

「私はリネル・シンセシス・トゥエニエイトです」

 

「……やっぱりか」

 

 ラテンはとっさに腹部に左手を移動させる。その手は少女の手を掴んでいた。ラテンの腹部二㎝手前ほどに、濁った緑色の刀身をした剣尖が向けられていた。少女の顔を見ると、明らかに動揺しているように見える。

 ラテンはその手を振り払い大きくバックステップをし、二人の少女と対峙した。

 

「動かないで!」

 

「……!」

 

 視線を上げると、キリトとユージオの腹部に似たような形状をした小剣が五センチほど刺さっている。

 

「―――で、あたしがフィゼル・シンセシス・トゥエ二ナイン」

 

「きみ……た……せいご……き……」

 

 ユージオがそんな声を絞り出した直後、膝から崩れ落ちた。それと同時にキリトも倒れ込む。何の抵抗もなく崩れ落ちたということは痺れている―――すなわち毒だろう。

 

「そこから一歩でも動いたら、この喉を掻っ切りわよ?」

 

「……嬢ちゃんにしてはなかなかワイルドなことを言うなあ」

 

「……この二人の命が惜しいのなら、何も言わずについて来てください」

 

「いまさら、抵抗する気なんてねえよ。こっちは人質を取られてるんだし」

 

 キリトとユージオに視線を向けると、謝罪を述べているようなまなざしが投げかけられた。もっとも、キリトに関しては先ほど何かを詠唱していた気がするが、ここで使う気はないようだ。

 

「あら。あなたは剣を持ってないようね。もしかして、生身でここに侵入してきたの?」

 

 フィゼルは嘲笑しながらキリトとユージオの剣を取ると、リネルと共に二人を引きずり始めた。普通ならば階段を引きずれられれば、痛いはずなのだが全身に毒が回っているのか、声一つ出さなかった。もう、感触が失われているのかもしれない。

 ラテンは大人しく二人についていく。引きずっているにもかかわらず少女たちは驚くべき速さで階段を上がっていた。

 

 

 階段を上っている間にフィゼルとリネルは過去のことを話し始めた。

 二人は五歳の時に天職を与えられたこと。その天職が、お互いを殺し合うこと。アドミニストレータが蘇生術の実験をしていたこと。前整合騎士のなんとかシンセンス・トゥエニエイトとトゥエニナインを二人で殺して整合騎士になったこと。 

 

 その内容を聞く限り、この二人があれほどの体術を身に付けていることも納得がいく。この二人は幼い時から地獄を経験して、整合騎士になったのだ。まあ、二人ともまだ幼いが。

 

 何度目かの方向転換の後、ついに《霊光の大回廊》という場所にたどり着いたのか、二人は足を止めた。

 天井は二十メルほどあるだろうか、遙か頭上で弧を作る大理石の天蓋には、創世の三女神と従者たちの似姿が色彩豊かに描かれている。天蓋を支える円柱も無数の彫刻で飾られ、左右の壁に設けられた大きな窓からはまぶしい光がふんだんに降り注いでいた。

 

 視線を前方に向けると、鎧兜に身を固めた複数の騎士たちが、何者も通さぬという威圧感を放ちながら立っていた。等間隔に四人、少し前に一人。

 後ろの四人は同じ鎧を身にまとっているが、その前に立つ騎士は明らかに四人と異なる鎧を身にまとっている。全体が優美な薄紫色の輝きを帯び、装甲も比較的華奢だ。腰に携えているのは、刺突技に特化している細剣。

 同じ整合騎士なのにフィゼルやリネルとは違い、ただならぬ闘気が感じられる。

 

「―――そこにいらっしゃるのは、副騎士長のファナティオ・シンセシス・ツー殿ですね」

 

「《天穿剣(てんせんけん)》のファナティオ殿がわざわざお出ましとは、元老もよっぽど慌てているようですね。それとも慌てているのはファナティオ様ご自身でしょうか?このままじゃ、副騎士長の座を《金木犀(きんもくせい)》殿か《八重桜(やえざくら)》殿に奪われかねませんし、ね?」

 

 張り詰めた数秒間の静寂の後、紫の騎士が、金属質の残響を伴うやや高めの声で被った。その声には苛立ちが含まれているように聞こえる。

 

「……見習いの子供が、何故名誉ある騎士の戦場にいるのだ」

 

「あは、くーっだらなぁい!」

 

「戦いに名誉とか格式とか持ち込むから、一騎当千の整合騎士様が三度も負けるんだよーだ。でも安心していいわよ、騎士様がこれ以上醜態をさらさなくても済むように、あたしたちが侵入者を捕まえてきてあげたから!」

 

「これから、私たちが侵入者さんの首を落としますから、よく見てちゃんと最高司祭様に報告してくださいね。まさか名誉ある整合騎士様が、手柄を横取りするような真似はしないと思いますけどね」

 

 超人的な強さを持つ整合騎士を五人も向こうに回して、ここまで遠慮のない口を利けるなんて、まだ少女と言えどさすがは整合騎士か。だが、彼女らは向こうにいる整合騎士に意識を向けすぎた。

 

「「………!?」」

 

 黒衣の人影が、音もなく少女らの背後に回り込む。ラテンもその動きを見た瞬間ユージオの元に駆け出した。

 黒衣の人影―――キリトがフィゼルとリネルの小剣を抜き取ると、二人の剥き出しになった左腕に浅く切りつけた。二人がぽかんとした顔でこちらを見たのはそれらがすべて終わったあとだった。

 

「なんで……」

 

「動け……」

 

 二人は軽い音を立てて床に倒れ込む。それに入れ替わるようにキリトが立ち上がった。ラテンはユージオの首を持ち、座らせる。

 

「大丈夫か、ユージオ?」

 

 ユージオが口をゆっくりとパクパクさせる。おそらくまだ筋肉がしびれているのだろう。キリトがフィゼルの懐から取り出した解読薬らしきものを持ってきて、ユージオに飲ませる。

 

「麻痺は数分で解ける。しゃべれるようになったら、騎士たちに気付かれないように武装完全支配術の詠唱を始めるんだ。準備ができたらそのまま保持して、俺の合図を待て」

 

 キリトはそれを言うと、再び少女たちの元へ歩いていく。ラテンもそれに続く。キリトは少女たちが離した黒い剣を手に持ち、じゃりん、という音と共に引き抜いた。

 

「……ジャビ」

 

 ジャビがラテンの懐から出てきて左手に乗る。光を放出しながら刀の姿へと変形した。それを帯刀すると、倒れている少女を壁に寄りかかせる。

 

「種明かしはこれが終わってからな。本当ならお前らは死んでるんだぞ?まあ、俺達はお前らを殺さない。その代り見ておけよ?本物の整合騎士の実力を」

 

 ラテンはにこっと笑うと、キリトの隣に移動した。刀を抜刀し大空天真流(おおぞらてんしんりゅう)の構えをとる。

 

「お前はあのファナティオをやってくれ。後ろの四人は俺に任せろ」

 

「わかった。――――我が名は剣士キリト。騎士ファナティオ!堂々たる立ち合いを申し込む!」

 

「我が名は整合騎士第二位、ファナティオ・シンセシス・ツー。いいだろう。その立ち合い、引き受ける」

 

「……後は任せたぜ?」

 

「わかってる」

 

 ラテンとキリトが腰を低くし足に力を入れる。

 

「剣士キリト―――」

 

「剣士ラテン―――」

 

「「参る!!」」

 

 

 

 

 

 

 




なんか最後、キリトは名乗ったのにラテンは名乗ってませんね(笑)
今回はユージオのポジションにラテンを入れてみました。前回はユージオが活躍してくれたので、彼も許してくれるでしょう(笑)

これからもよろしくお願いします!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。