ソードアート・オンライン~神速の剣帝~   作:エンジ

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第十七話 灼熱の弓使い

Side ユージオよりの三人称

 

 

「さてと……そろそろ、行こうか?」

 

「ああ……行くか」

 

 青薔薇の剣と黒い剣を取り戻したユージオとキリトは、新しい服に着替えると武器庫の扉に手をかける。

 ユージオが右、キリトが左の取っ手を手に取ると同時のそっと引いた。その瞬間―――。

 どかかかっ! と音を立てて、分厚い扉の表面に、何本のも鋼矢が突き立った。

 

「うわっ!」

 

「おわぁ!?」

 

 着弾の圧力で扉は勢いよく開かれると、ユージオとキリトは尻餅をつく。

 出入り口の向こうに広がる長方形の部屋、その正面奥から伸び上がる大階段の踊り場に、見覚えある赤い鎧の騎士が立ち、身の丈ほどあるような長弓に新たな矢をつがえようとしていた。

 

 その距離、およそ三十メル。剣ならば絶対に届かないが、弓ならば必中距離だ。あいにくユージオとキリトは無様に尻餅をついているため、身を隠す時間はない。

 かくなる上は、無傷の回避はあきらめて、せめて致命傷―――いや、行動不能に陥るような深手の回避に全力を注ぐしかない。

 ユージオは両目を見開き、つがえられた四本の矢を凝視した。その照準は二人の心臓ではなく、脚を狙っているようだ。カーディナルが言っていた通り、騎士に出ている命令は抹殺ではなく捕獲なのだろう。二人にとっては、抹殺も捕獲もほぼ同じ意味だが。

 

 整合騎士が、弦をきりりと引き絞った。

 何もかも停止したような、一瞬の静寂―――。

 その空隙を、キリトのびんと張った叫び声が貫いた。

 

「バースト・エレメント!」

 

 あまりの早口だったため、ユージオは相棒がとっさに言ったことが聞き取れなかった。その内容を理解できたのはその現象が起きる直後。

 

 突如、視界が、白一色に塗りつぶされた。

 ソルスが降ってきたかのような、強烈な光。属性系神聖術の起点となる《素因(エレメント)》のひとつ、光素をタダ解放しただけの単純な術だが、キリトは素因生成の術式を唱えていない。

 それでもそれができたのは、先ほど武器庫内部を照らすために呼び出した光素を使ったからだろう。

 

「前だ!」

 

「わかった!」

 

 相棒が叫んだ瞬間、ユージオは床を蹴った。斜め右ではなくまっすぐ前方に。

 光素が爆発したのは二人の頭上後方、つまりユージオとキリトは直接光源を見ていないが、こちらを狙っていた整合騎士の目には届いているはずだ。足にの近くに二本の鋼矢が突き刺さる。

 主に治癒術に使われる光素だが、強く発光させれば眩惑や威圧効果が期待できる。

 

 ユージオは大階段に突入した。一段、二段、三段目に足をかけた、その時。

 十数段先の踊り場に立つ騎士が、右手の面頬から離して背中に回すと、矢筒の鋼矢を引き抜いた。残るすべての本数を、一度に。どう見ても三十本はある。

 

「な……」

 

 細い弦一本で、三十もの矢をまともに撃てるはずがない。

 ぎりぎりぎりっ、と金属が軋む音が耳に届く。

 右隣で立ち止まったキリトも騎士の意図を咄嗟に判断しかねたようだった。苦し紛れのはったりか、それとも―――。

 ひときわ激しい軋み音を振り撒き、長弓がいっぱいに引かれた。

 

「―――左後ろに跳べ!」

 

 キリトが鋭く叫んだ。

 びんっ! と空気が鳴り、直後ばつんと響いたのは、弦が堪えかねて切れた音か。

 しかし、三十本もの鋼矢が放射線状に放たれ、致命的な銀色の雨となって二人の頭上に降り注いだ。

 ユージオは右足が折れるかと思うほどの力で階段を蹴り、左に身を投げ出した。同時に、体の中心線を青薔薇の剣を横にして守る。

 騎士の視力が万全ならば、二人の身体は穴だらけになっていたはずだ。何本かが体を掠り、肩から床面に落下した。

 

「キリト!無事か!」

 

「な……なんとか。足の指の間を抜けたらしい」

 

 キリトの足元を見ると、左の靴のつま先に矢が一本突き刺さり、靴底まで抜けている。

 

「……今のは危なかった……」

 

 呟きながら、痺れかけた体に鞭を打って立つ。

 踊り場を見上げると、今度こそ整合騎士は動きを止めていた。背中の矢筒は空っぽ、長弓の弦も切れてだらりと垂れ下がっている。弓折れ矢尽きる、とはまさにこのことだ。

 

「……行こう」

 

 相棒に低く呼びかけ、ユージオは再び右足を乗せた。

 しかしキリトが、靴から抜いた矢を握ったまま左手でユージオを制した。

 

「待て……あの騎士、術式を……」

 

「えっ」

 

 ユージオは耳を澄ませると、かなり速い詠唱が聞こえてくる。

 

「まずい、これは……」

 

 その時、キリトが喘ぐように声を発した。

 

「これは属性攻撃じゃない。《完全武装支配術》だ」

 

 張り詰めた言葉が終わらないうちに、騎士が最後の一句を朗々と叫んだ。

 

「―――エンハンス・アーマメント!」

 

 ぽっ、とかすかな音を発して、切れて垂れ下がった二本の弦の先端に橙色の炎が生まれた。炎はあっという間に弦を燃やし尽くし、そして長弓の両端に達した瞬間。

 銅の弓全体から、真紅の火炎が巻き上がった。

 

「こりゃあ凄いな……。あの弓は何が元になってるんだろうな」

 

「感心してる場合じゃないよ」

 

 反射的に肩をどやしつけたくなるが、我慢して騎士を見上げる。敵の術式に対抗するために、こちらも憶えたばかりの完全支配術を使う手もあるが、間違いなく向こうが許すまい。

 

「―――こうして《熾焔弓(しえんきゅう)》の炎を浴びるのは実に二年ぶりだ。なるほど、騎士エルドリエ・サーティツーと渡り合うだけの技はあるようだな、咎人どもよ。しかし、なれば尚のこと許せん。正しき騎士の戦いではなく、穢れた闇の術によってサーティツーを惑わしたことがな!」

 

「な……闇の術だって?」

 

 隣でキリトが呆気をとられたように言った。ユージオも一瞬息をつめてから、激しく首を横に振りながら叫んだ。

 

「ち……違う、僕らは闇の術なんか使ってない!ただ、エルドリエさんが整合騎士になる前の話をしただけで……」

 

「騎士になる前、だと!?我らには過去など存在しない!我らは、天界より召喚されたその時から常に光輝ある整合騎士である!!」

 

 鋼のような怒声が大階段を震わせ、ユージオはうっと息を呑み込んだ。

 カーディナルという少女によれば、すべての整合騎士は自分が騎士になる前の記憶を封印されているらしい。つまり眼前の赤い騎士も《自分は天界から召喚された》と思い込まされているだけなのだ。

 

「生かして捕らえろと命じられているゆえ、貴様らを消し炭にまではせぬが、こうして熾焔弓を解放した以上は腕の一本なりとも焼け落ちると覚悟せよ!断罪の炎を掻い潜り、その貧弱な剣を我に届かせられるかどうか、試してみるがよい!!」

 

 強烈な炎が弓の前方へと迸り、それはたちまち一本の矢へと形を変えた。炎の矢の赤々とした輝きからは、内包されたとてつもない威力がまざまざと感じられ、ユージオの背中を強張らせる。

 

「弦切れも弾切れも関係なしか」

 

「何か策はある?」

 

「連射は不可能、そう信じる。初撃をどうにかして止めるから、お前が斬り込むんだ」

 

「信じる、って……」

 

―――つまり、あの炎を連射されたらお手上げ、ということだろう。しかし仮に単発だとしても、それはそれで一撃必殺の威力を有している証のようなかがする。

 

「―――わかった」

 

 キリトが止めるというなら止めるのだろう。ギガスシダーを倒すと言って倒した無茶に比べれば、まだしも現実味がある。

 二人が剣を構えると、覚悟を決めたと見て取ったのか、整合騎士が悠然たる動作で不可視の弦を引きはじめた。

 

 そして、不意にキリトが動く。

 雄たけびを上げるでもなく、床を強く蹴りもしない、木の葉が早瀬に吸い込まれるような突進。一呼吸遅れてしまい、ユージオは慌てて後を追う。

 

「フォームエレメント・シールドシェイプ!ディスチャージ!」

 

 鋭く突き出した左掌から、一列になって射ち出された素因の数は、片手で同時生成の上限である五個。

 

「笑止!―――貫けいッ!!」

 

 火竜の吐息を思わせる衝撃音を轟かせ、ついに炎の矢―――いや、もはや槍と言うべき劫火の塊が発射された。

 刹那の飛翔を経て、炎の槍は、キリトが作り出した氷の盾に触れた。その瞬間ことごとく四枚の盾が破壊される。残りは一枚。

 

「うおおおおお!!」

 

 ユージオが全力で階段を駆け上がる中、キリトの口から裂帛の気合が迸る。右手に握った黒い剣を鋭く前に突き出す。

 キリトがまっすぐ伸ばした剣は、思いもよらない軌道を描いた。目にも留まらぬ速さで閃く五指を中心に、風車の如く回転する。

 しかしその速さは尋常じゃない。いったい指をどう動かしているのか、刀身は視認不可能なほどの勢いで旋回し、まるでそこに半透明の黒い盾が出現したかのようだ。

 炎の槍が五枚の氷壁を破り、新たな六枚目の盾に接触する。回転する刃により、幾千にも火焔が切り裂かれ、放射線状に飛び散る。そのうちの少なくない量がキリトの全身を押し包み、次々と小爆発を引きおこした。

 

「キリト―――!!」

 

「止まるな、ユージオ!!」

 

 ユージオは階段を飛ぶように上る。

 宙に漂う火焔の残滓を一気に突っ切ると、騎士が立ちはだかる踊り場までは、もう目と鼻の距離だ。

 

「おおおおおお!!」

 

 ユージオが整合騎士の前に立ちはだかり、青薔薇の剣を高く振りかぶった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Sideキリト

 

――やばいな。

 

 俺は内心そう思っていた。

 先ほどから飛び散る火の塊が全身に衝突して、幾つか火傷を引き起こしている。このままでは、押し切られてしまう。

 我ながら良い作戦だと思っていたが、眼前の火炎がこうもねちっこいとは予想していなかった。てっきり映画のようにかっこよく弾けるかと思ったのだが…。

 

 押してくる火焔によって俺の剣の回転の速さが落ちてくる。

 もうだめかと思ったその時―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Sideラテン寄りの三人称

 

 

 全力で階段を駆け上がると、目の先で炎に襲われているキリトの姿が目に入った。ユージオは階段を駆け上がっている。おそらく、あの炎を出した術者を叩く気だろう。十中八九整合騎士だと思うが。

 

「ジャビ、刀に戻れ!」

 

『あいよ!』

 

 顔の近くで飛んでいたジャビがラテンの腰に移動し、光を発しながら刀の姿に変形していく。ラテンはそれを確認すると、キリトの元へ全力で駆け出した。先ほどまで、全力で階段を上ってきたので体は少々疲れてはいたが、そんなことは気にしている場合ではない。

 ラテンはキリトの元にたどり着くと、その腰を両手でつかむ。

 

「キリト!一気に引っぱるから、力を抜け!」

 

「ラテン!?―――わかった!」

 

「行くぞ!」

 

 ラテンの掛け声とともにキリトが回転させていた剣を止める。その瞬間、キリトが抑えていた炎が襲ってくるが、ラテンが力を振り絞り大きく横へ飛ぶと、炎はそのまま直進していった。

 

「ハア…ハア……、大丈夫かキリト」

 

「ああ。助かったぜ」

 

 キリトの身体は見たところ目立った外傷はなく、軽い火傷で済んだようだ。だが、無固形の炎を剣を回転させて防ぐなんて改めて化け物だと思う。キリトを立たせて、ユージオの元へ向かおうと、肩を貸す。

 ユージオの方を見ると、術者との決着をつけたようで術者と思われる赤い鎧の騎士が床に横たわっていた。

 

「……小僧……最初に使った秘奥義はなんだ……?」

 

「……アインクラッド流剣術、二連撃技《バーチカル・アーク》」

 

「二……連撃技」

 

 赤い騎士はそう繰り返し、少しの沈黙の後こちらに視線をやりながら口を開く。

 

「そっちの……貴様が使った技は……?」

 

「俺が使ったのはアインクラッド流防御技《スピニングシールド》だよ」

 

「………」

 

 それを聞いた騎士は、がしゃりと兜を鳴らして天井を仰ぐと、再び黙り込んだ。

 数秒後に流れた声は、ラテンたちではなく、自分自身に語り掛けているようにも密やかだった。

 

「……人界の端から端まで……その果てを超えた先まで見てきたつもりでいたが……世にはまだ知らぬ剣、知らぬ技があったのだな……。―――貴様らの技には、真摯な修練を積み重ねた重みがこもっていた。貴様らが、穢れた術によって騎士エルドリエを惑わせたと言ったのは……我の誤りであった……」

 

 整合騎士はもう一度首を動かし、面頬の奥からユージオに視線を向けた。

 

「……名を……教えてくれ」

 

「……剣士ユージオ。姓はない」

 

「俺は剣士キリトだ」

 

「……貴様も咎人だったな。名を教えてくれ」

 

「……俺は、ラテンだ」

 

 三人の名前を噛みしめるように頷いてから、整合騎士は、いっそう意外な言葉を発した。

 

「……カセドラル五十階、《霊光の大回廊》にて複数の整合騎士が貴様らを待ち受けている。生け捕りではなく天命を消し去れと言う命を受けてな……。先刻のように正面から突撃すれば、刹那のうちに息の根を止められるだろう。

 

「……そうか。でも、整合騎士さんよ、そんなことを言って大丈夫なのか?情報漏えいをすると身の危険が…」

 

「アドミニストレータ様の御下命を完遂できなかった以上……我は騎士の証たる鎧と神器の没収され、無期限の凍結刑となろう……。―――そのような辱めを受ける前に、天命を絶ってくれ……貴様らの手で」

 

「………」

 

「迷うことはない……貴様らは……堂々たる剣技によって倒したのだからな……。我……整合騎士、デュソルバート・シンセシス・セブンを」

 

「デュソル……バート?あんたが……あの時の……?」

 

 ユージオから別人のような響きの言葉が発せられた。おそらく、ユージオはこの男のことを知っているのかもしれない。もしかしたら……。

 そう考えた瞬間ユージオが青薔薇の剣を振りかぶる。

 

「お前が…アリスを……!よくも、よくもー!!」

 

「ゆ、ユージオ!」

 

 キリトがユージオの手を取る。ユージオは、何故止めるの、と言いたげな視線を投げかけた。

 

「そのおっさんは、もう戦う気はないよ。そういう相手に剣を振るっちゃだめだ……」

 

「でも……こいつは…こいつは、アリスを連れて行ったんだよ……」

 

「そうなのかもしれないけど、たぶん記憶は消されていると思うぜ?俺の予想ではな」

 

「え……?」

 

 ユージオは愕然として、横たわる騎士のかぶとを見下ろした。整合騎士は意識がもうろうとしているようで、何のことかわからない様子だった。

 

「詳しくは後で説明するよ。とにかくこいつを殺してはいけない。殺したらお前がいつか後悔すると思うぞ。心のどこかで抱え込んで」

 

「………」

 

 ユージオは黙ったままだ。

 キリトはそれを見て、ユージオの肩をポンと叩くと剣を納刀しながら口を開く。

 

「……これからはどうするかはおっさんが決めるんだ。アドミニストレータのところに戻って処罰を受けるか、傷を治療して俺達を追ってくるか……」

 

 キリトは踊り場の右側から延びる階段へと数歩進んだ。そこで立ち止まり、肩越しに振り向いて、ユージオとラテンの目を交互に見る。

 

「……行こう」

 

「ああ」

 

「……わかった」

 

 整合騎士デュソルバート・シンセンス・セブンがこれからどんな選択をするのかはわからないが、三人は前に進み続ける。それぞれの思いを胸に……。

 

 

 




ラテンとキリトたちが合流しましたね。おそらく、サイドチェンジはしばらくなくなると思います。

これからもよろしくお願いします!

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